小春日和

葉月玖実

文字の大きさ
上 下
1 / 7

東京は狭い

しおりを挟む
東京は、案外、狭い。

父親が個人タクシーの運転手をしていた友人から聞いた話。

友人が妹と銀座で買い物をして、いざ帰宅しようとした時、「お姉ちゃん、タクシーで帰らない?もう、電車に乗って帰るの、かったるい」

と、妹。

確かに、2人とも久しぶりのショッピングで両手いっぱいの紙袋。

普段は倹約家の友人も流石に混んだ電車に乗る気がしなかった。

「そうだね、タクシーで帰ろ」

4丁目のコアビルの前から、手を挙げた。

運良く空車のタクシーが、2人の前に横付けになった。

ドアが開き、妹が先に乗り込む、紙袋が邪魔をして中々、奥に座り込めない。

「お客さん、荷物、トランクに入れますか?」

「ん?」

なんだか、聞き覚えのある声だ。

妹が、声のした方へ顔を向ける。

と、同時に、運転手と妹が声をあげた。

「あっ!」

ここで会ったが100年目、親子の御対面である。

今朝、一緒に朝ご飯を食べて、数時間しか経っていないのに。


「なんだ、お前達、銀座に買い物に来てたのか」

「お父さんこそ、こんなとこまで、来てたの?」

「あぁ、個人だからな、気の向いた所を流してるんだ。今日は、もう、商売にならねえな、俺も今日は店じまいしよっ」

お父さんは、2人の娘を乗車するとメーターを倒し回送にすると、そのまま帰宅したそうだ。

ところが、この後に、親子は上野でも遭遇することになる。

「世間って狭いねぇ、それも東京で、自分の父親のタクシーを2度も拾う事になるとは」

と、友人は、しみじみ言ってた。

あれから、数十年、友人は、40代の初めに大腸癌で亡くなった。

3歳になる可愛い忘れ形見を残して。

天国も狭いんだろうか。

私が逝った時に、また、ばったり会えたらいいな。

しおりを挟む

処理中です...