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愛と絶望の果てに
その30
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遊月の表情がコロっ、と変わる。爬虫類のように、見開かれた瞳。表情のない顔。開かれる白痴のような口。
「食べてたの、みてあ」
「……ククッ」
それに思わず、笑みが零れた。剣を横に構えて、
「なんだお前、面白いじゃんか」
振るう。
息を荒げて、最上段に刀を構える。
「なんか……楽しくなってきたか?」
キツイが、気持ちだけ高揚している。ランナーズハイという言葉を思い出した。脳内麻薬がでて、いい状態になっているのだ。これはいい。この怪物を前にして、それぐらいのドーピングがないとやっていられない。笑みを湛えて、遊月と戦えて
「安坂くん、気づいてないんだネー」
――あ?
拍子が抜ける。いきなり訳のわからないことを言われ、調子が外れる。なんだ、心理作戦なのか? 今さら?
「安坂くんの体、もうボロボロだヨ?」
「――――」
その言葉に、改めて自分の体を見返す。
呆気に取られた。
右足の腱は切れ、左の大腿筋は断裂し、右の肋は三本ほどへし折れており、左肩は外れて、こめかみからはおびただしい出血が止め処なく溢れていた。
「……参ったね、こりゃ」
遊月が目の前にいるのに、呟く。どれもこれも全治一週間どころではない重傷だった。戦闘どころか日常生活にも支障をきたすレベルのもの。にもかかわらず、それを負った覚えがまったくない。どこから記憶がとんでんだか。
「もう、俺……瀕死じゃんか」
だからといって、戦闘をやめるわけにいかない。やめられる訳がない。大きく踏み込み、既に大上段に構えていた刀を、振り下ろす。しかしそんな見え見えの攻撃はバサリと翼をたわめかせただけで、簡単に避けられる。お返しとばかりに、蹴りが飛んでくる。それを左腕でガード――
べき、という音。
「――――ヅっ!?」
折れた。尺骨が、くの字にへし曲がる。しかも勢いは止まらず、両足が浮き、吹き飛ばされる。ほぼ床と平行に移動し――壁に、激突。後頭部、強打。ぐわん、と脳が揺れた。なるほど、こうやってか。
それでも体は、倒さない。痛みすら感じない。危機的状況においてトランス状態発動といったところか。
「右腕だけは懸命に守ってるんだネ……けなげ」
「お前を……殺せなく、なるからな」
なんとか意地を張って啖呵を切ったが……こいつは、厳しい。
もうほとんど絶望的じゃないか。
見ると、遊月に傷は一つも見当たらなかった。つまりさっきのと最初のを含め、こっちの剣は一発も当たっていないらしい。それに比べ、あっちの攻撃は避けられない。何しろあのスピードに加え、剣を振るったあとの隙を狙っているのだ。デタラメだ。ラスボスが素早さ100みたいなもんだ。しかもこっちは魔法なんかの特殊技能はなし。
どうする?
「……く、ぅ」
――どうしようもない。せめてRPGゲームのようにパーティーだったなら、連携攻撃やお互いの悪いところを補い合って、隙を作れるかもしれないのだが……
「もう、おしまいカナ?」
ブワッ、と風が渦を巻いたと思ったら、これだ。目の前に、遊月の掌。身体能力があまりにも違う。頭を掴まれた。持ち上げられた。これでまた、記憶が飛ぶのだろう。くそっ。腹が立つ。戦い始めてから、いったいどれだけの時間が――
どん、という衝撃。
「え"」
初めて聞いた。遊月の、呆気にとられたような声。計算外の声。驚いたような、声。
同時に遊月の手の感触が、消えた。
そして遊月は謙一の目の前は向こうへと吹き飛び、ゴンッ、と壁に、めり込んだ。
「謙一。あんま先走るもんじゃねーよ」
それは、頼りになる――相棒の声。
「古、河……」
振り返らず呟くと、同時に遊月が起き上がった。ミリタリーコートの下に着た制服のブレザーの真ん中に、丸い、弾。
ほぼ、鉄球。
「……魔法、だな」
魔砲といってもいいかもしれない。もちろんわけのわからない古河からのレスポンスはなかったが。
遊月の翼が、たわめく。
「おー。すげーな、ありゃ。ますます悪魔っぽい」
そうか。そういう見方も出来るな。
「……いったいナー。なにするカなー。呼んでないヨー? キミは。お邪魔虫はァ、さっさとォ」
「あんだよ?」
ガガガガガ、という雷鳴のような五連多重音。
「食べてたの、みてあ」
「……ククッ」
それに思わず、笑みが零れた。剣を横に構えて、
「なんだお前、面白いじゃんか」
振るう。
息を荒げて、最上段に刀を構える。
「なんか……楽しくなってきたか?」
キツイが、気持ちだけ高揚している。ランナーズハイという言葉を思い出した。脳内麻薬がでて、いい状態になっているのだ。これはいい。この怪物を前にして、それぐらいのドーピングがないとやっていられない。笑みを湛えて、遊月と戦えて
「安坂くん、気づいてないんだネー」
――あ?
拍子が抜ける。いきなり訳のわからないことを言われ、調子が外れる。なんだ、心理作戦なのか? 今さら?
「安坂くんの体、もうボロボロだヨ?」
「――――」
その言葉に、改めて自分の体を見返す。
呆気に取られた。
右足の腱は切れ、左の大腿筋は断裂し、右の肋は三本ほどへし折れており、左肩は外れて、こめかみからはおびただしい出血が止め処なく溢れていた。
「……参ったね、こりゃ」
遊月が目の前にいるのに、呟く。どれもこれも全治一週間どころではない重傷だった。戦闘どころか日常生活にも支障をきたすレベルのもの。にもかかわらず、それを負った覚えがまったくない。どこから記憶がとんでんだか。
「もう、俺……瀕死じゃんか」
だからといって、戦闘をやめるわけにいかない。やめられる訳がない。大きく踏み込み、既に大上段に構えていた刀を、振り下ろす。しかしそんな見え見えの攻撃はバサリと翼をたわめかせただけで、簡単に避けられる。お返しとばかりに、蹴りが飛んでくる。それを左腕でガード――
べき、という音。
「――――ヅっ!?」
折れた。尺骨が、くの字にへし曲がる。しかも勢いは止まらず、両足が浮き、吹き飛ばされる。ほぼ床と平行に移動し――壁に、激突。後頭部、強打。ぐわん、と脳が揺れた。なるほど、こうやってか。
それでも体は、倒さない。痛みすら感じない。危機的状況においてトランス状態発動といったところか。
「右腕だけは懸命に守ってるんだネ……けなげ」
「お前を……殺せなく、なるからな」
なんとか意地を張って啖呵を切ったが……こいつは、厳しい。
もうほとんど絶望的じゃないか。
見ると、遊月に傷は一つも見当たらなかった。つまりさっきのと最初のを含め、こっちの剣は一発も当たっていないらしい。それに比べ、あっちの攻撃は避けられない。何しろあのスピードに加え、剣を振るったあとの隙を狙っているのだ。デタラメだ。ラスボスが素早さ100みたいなもんだ。しかもこっちは魔法なんかの特殊技能はなし。
どうする?
「……く、ぅ」
――どうしようもない。せめてRPGゲームのようにパーティーだったなら、連携攻撃やお互いの悪いところを補い合って、隙を作れるかもしれないのだが……
「もう、おしまいカナ?」
ブワッ、と風が渦を巻いたと思ったら、これだ。目の前に、遊月の掌。身体能力があまりにも違う。頭を掴まれた。持ち上げられた。これでまた、記憶が飛ぶのだろう。くそっ。腹が立つ。戦い始めてから、いったいどれだけの時間が――
どん、という衝撃。
「え"」
初めて聞いた。遊月の、呆気にとられたような声。計算外の声。驚いたような、声。
同時に遊月の手の感触が、消えた。
そして遊月は謙一の目の前は向こうへと吹き飛び、ゴンッ、と壁に、めり込んだ。
「謙一。あんま先走るもんじゃねーよ」
それは、頼りになる――相棒の声。
「古、河……」
振り返らず呟くと、同時に遊月が起き上がった。ミリタリーコートの下に着た制服のブレザーの真ん中に、丸い、弾。
ほぼ、鉄球。
「……魔法、だな」
魔砲といってもいいかもしれない。もちろんわけのわからない古河からのレスポンスはなかったが。
遊月の翼が、たわめく。
「おー。すげーな、ありゃ。ますます悪魔っぽい」
そうか。そういう見方も出来るな。
「……いったいナー。なにするカなー。呼んでないヨー? キミは。お邪魔虫はァ、さっさとォ」
「あんだよ?」
ガガガガガ、という雷鳴のような五連多重音。
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