1 / 40
月蝕
その1
しおりを挟む車に、撥ねられた。
――と理解するまで、しばらく時間がかかった。体が、宙を舞っている。時間の感覚が、遅い。と、感じる。というか体の感覚のほうが、無い。実際に事故に遭ったときは、こんなにも色々と考えられるものなのかな?
視線はずっと、夜空の月を捉えたままだった。
背中に、硬い感触。恐らくは、地面に着いたんだろう。というか、落ちたの間違いか。墜ちたでもいいかもしれない。堕ちた、でもいい。むしろ、堕ちたい。ひとが、来れないところへ。
彼がいってしまった世界には、もう興味なんてないのだから。
「ぅ……あ、ぁ……っ!」
うめき声が、口から漏れた。言おうとしたわけじゃない。勝手に。排気音に視線を向けると、バックライトが遠ざかっていくところだった。うわ、轢き逃げってホントにあるんだ。定番ってことで起き上がって、文句のひとつも言おうと思った。
だけど体は、指一本動かせなかった。
すごいと思った。まるでテレビとかであるような、金縛り。それになんか、寒い。視線を下げると、体は水溜りの中に沈んでいた。うあ、ついてない時はとことんついてないんだなァ……だけど今日は、雨なんて降ってたっけ?
なんて考えてよく見たら、その水溜りは粘っこくて、そしてその色は、赤かった。
てかこれ、血じゃん。
ちょっとやそっとの量じゃない。1リットルとか、もしかしたらもっと出てるのかも。死ぬんじゃないかな、ひょっとして?
死ぬ。
考えたら、なんだか複雑な感情が渦巻いてきた。死ぬのはもちろん怖いんだけど、このまま死にたいという気持ちも沸き起こっていた。でも、痛いのも嫌だった。でもラッキーなことに、今はなんにも感じなかった。まるで夢の中にいるような心地。それがたぶん、一番近いかもしれない。
「ぁ――――は」
声も出せない。ここできっと、死んでしまう。
意識したとたん、視界が揺らぎだした。見えている自分の体、血だまりが、ぐにゃぐにゃと歪みだす。まるで蛸が海でうねっているよう。こんな時だっていうのに、少し、おかしい。
あははははは。
もう声も出せないから、心の中で笑った。あんなに色々悩んで迷って苦しんでたのに、終わりはこんなに呆気ないなんて。人生ってホントわかんない。でも悪くないかもと思った。だってもう、これ以上生きてたくないんだから。思考もだんだんとまとまらなくなってきた。視界はももはや粘土みたいに混沌としたものになっている。終わりは近いのかもしれない。だから最後はと、視線を上に向けた。
空にはいつも見ていた、満月が。
それもぐにゃぐにゃと揺らいでいき、それとともに意識までもぐちゃぐちゃと混濁していった。なにもかも、夢みたいにぼんやりしたものになっていく。あぁ、死ぬんだなと思った。死にたいわけじゃないけど、生きなくてもいいんだなと、安堵した。
月が突然、翳りだした。雲じゃなく、そのものが。こんなこと、あるの? 浮かぶ疑問をよそにとつぜん世界は暗闇に、包まれた。星の光すら、届かない。もうなにも見えない。なにも、わからない。
月が、目の前にやってきた。
どこまでが現実でどこまでが幻想なのか、わからなくない。気づけば目の前に、金髪の女性が立っていた。
――あなたは、だれ?
「へぇ。こんなところに、迷い猫がいっぴき」
――ねこ?
聞こえないはずだけど、なぜか心の中で答えてしまう。なんだか輪郭がぼやけているような、体が光っているような、とても不思議な印象を受ける女性。
「霊悍(れいかん)に人間が迷い込むのは、久しぶりね。お嬢ちゃん、私のこと、怖くないの?」
――こわくないよ?
もう怖いものは、なにもない。
「へぇ。面白いわね、あなた。逃げないの? 元の世界に、戻りたくないの?」
――逃げないよ。
戻りたい世界なんて、ない。
「へぇ。面白いわね。じゃああなたは、いったいどうしたいの?」
――生きていたくない。
女性は、笑った。
少し、作り物っぽく。
「――じゃあ、混ぜてあげるわよ」
翳った月が、再び世界を照らし出した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる