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第2部「黒魔女レカの復活」

Ⅱ:懐かしき日常

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 魔王ヘルフィアを倒し、墓地に報告をし、ベーデばあちゃんに真相を打ち明けられてから、パーティーは解散させていた。賢者オルビナ、魔法剣士クッタ、召喚士マダスカとも、その場で別れた。寂しさはあったが、躊躇いはなかった。各人とも、それぞれにそれぞれの在るべき場所、そして果たすべき役割というものを持っていた。ルーマだけはエリューと一緒にいると聞かなかったが、一国の姫君がこんな辺境の村に残るということが許されるはずもなく、兵たちに引き摺られるように去っていった。そしてエリューはコーンクールの村で、日常に戻っていた。
「よぉエリュー、今日も元気か?」
「ああ、どうもクディさん。リンゴの出来具合はどうですか?」
「最高よっ、どっかの勇者様が魔王様を倒してくれたおかげでな!」
「あはは……」
 どこに行っても、この調子だった。正直、少しくすぐったかった。確かに魔王は倒して、この世界を救ったことになっているらしかったが、自分としてはただやりたい事をやりたいようにやったに過ぎないのだ。そんな褒められるようなことはなにひとつとしてないというのに――
「あ、エリューじゃない。オレンジ食べる?」
「あ、はい。いただきますね……うまいっ!」
「いやー世界の救世主様にお褒めの言葉を頂き、恐縮至極だわー」
「や、やめてくださいよルテアさん……」
「ところで今日もミレナちゃんにイジめられたの?」
「え……ま、まぁ、イジめられましたが……」
「へー、勇者様になっても性癖は変わらないのねー」
「か、勘弁してくださいよー……」
「あはは」
 だがまぁその実は、みんなからかい気分というのが本当のところのようだった。みな、本気で敬意を表したりということはないようだった。
 それは軽んじられているという意味ではなく、純粋にこちらの心を汲み取っているという意味に他ならなかった。
「…………はは」
 思わず、笑みが零れる。
 そう。エリューが心の底から望んでいたことは、勇者として、救世主として祭り上げられるということではなく――元の日常を、取り戻すという不可能な奇跡。
 それが果たされた今、笑みを浮かべるなという方が無理な話だった。
「あ、あはは、アハハハハハ……っ!」
「……きょ、今日も絶好調にイジめられて、それを喜んでるみたいね」
「ハッ!? い、いやそのそ、そういうわけじゃ……!!」
「ううん、いいのよエリュー……あなた、頑張ったものね、だからオバさん、なにも言わない……いいのよ、その特殊な性癖を満足させたって……きっとミレナちゃんなら、その全てを受け入れ、解放してくれるわよ……」
「や、いやその本当にそういうわけじゃなくて、俺はただ久々に手にれられたこの日常の感慨に感動してただけで……」
「いいの……オバさん、なにも言わない……きっと村の誰もが、そんなあなたも許してくれるはずよ……ううん、確かにちょっと距離を置かれちゃうかもしれないし、微妙な空気が流れちゃうかもしれないけど、そんなこと気にする必要ない……だってあなた、勇者なんですもの……」
「…………」
 ルテアのその言い草に、エリューは複雑な想いを抱えた。いやいや、勇者のふたつ名をそんな風に使うのはやめて欲しいんだけど。言葉にはならなかった。エリューはただニッコリ微笑み、未だぶつぶつ呟くルテアに一礼し、その場を去った。魔族との戦いの旅路で学んだ、処世術のひとつだった。
 そしてエリューは村を一周し、久方ぶりのその場所へと訪ねていった。
 真っ暗な屋内には、ただ一本の蝋燭だけが灯る。たまにこんな中で過ごしていて気が滅入らないかと心配になる日もあったが、今となってはその神聖術とやらの為の儀式的な何かではないかとエリューは勝手に解釈していた。
「久しぶりです、ベーデばあちゃん」
 この村コーンクールの長老であり、エリューを除くすべての村民の命の恩人であるその老婆は、微かにだが笑みを浮かべた。
「エリュー、か……こりゃまた懐かしい顔だね。勇者様の降臨だよ」
「勘弁してくださいよベーデばーちゃーん~」
「……だからそう言いつつなんで笑っとるんだ、この男は」
「え、きっと気のせいですよー、えへ、えへへへへ」
「ヤバい……もうなんというか、ただただ気持ち悪いな……」
 ストレートな言葉に、背筋がゾクゾクしてきた。こんな罵り久しぶりに受ける。みんなわかってないよな――薄ら寒い賞賛よりかは、こういう本音のぶつかり合いこそご褒美でしょうが!!
 ベーデばあちゃんは、なぜかジト目になっていた。
「……なーにを考えてるとるんだ、お前は?」
「いえっ、別になにも?」
「即答するところが怪しいんじゃが……まぁええわい」
 渋い表情を浮かべて、ベーデばあちゃんは居住まいを正した。いつものトレードマークであるターバンはそのまま、深いしわはより濃さを増しているような気がした。ただ装いだけが黒いローブから、灰色の通常のものへと変貌を遂げていた。
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