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勇者の心得
Ⅳ:卑怯者
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「くっ……!」
振り下ろされたその爪を、オルビナは間一髪首を捻ることで躱す。さらにロプロスは翼で宙に浮いたまま、残された左の爪と両脚の蹄を用いての、連続攻撃を敢行する。それをオルビナは右手の杖とバックステップとそれでも躱しきれないものは左手のベールにより、防ぐ。だがその表情に余裕はなく、攻撃する合間もない。
「キェエアアアアア!」
『ギャアアアアアア!』
そこに他の六匹も殺到する。ロプロスの隙間をつく形で、その爪でオルビナを貫かんとする。
「くっ……つ……ぅ……!」
オルビナはその波状攻撃からなる猛攻に、一方的な後退を余儀なくされる。杖は削れ、ベールは破け、後ずさる足も鈍くなっていく。
「くく……ハハハハァ! どうしたどうしたどうした人間ンンンンン!」
他の二匹の攻撃で崩れたところに打ち込まれた、一際速く、強烈な一撃を躱しきれず、オルビナは受けた杖ごと後方に吹き飛ばされた。
「っ! ……ぅう!」
地面に叩きつけられ、そのまま転がる。纏うローブも破け、細く白い肩と膝と太腿が覗いた。
「ま、まだ――」
「もちろんだ、人間」
うつ伏せのまま、再度三つの魔法陣を前方に展開した――瞬間、その目の前に再びロプロスが、現れる。
「まだ何の雌雄も、決せていないからな」
ゴン、という音。ロプロスがオルビナの頭を鉤爪で掴み、地面に叩きつけた音だった。
「ぐ……っ、あ」
「まったく、やってくれたな人間よ……これで私は、隻翼の身としてこれからを生きねばならん。それでヘルフェア様のご期待に沿えることが出来るか、心配で仕方ないよ。どうする? もしもヘルフェア様の不興を買い、兵団長の座を降ろされるようなことがあれば? それを貴様は、どう償うというのだ、うん?」
「ぁ……っ、か……はっ、く……う、ぅう……」
ロプロスは言葉を一つ紡ぐたび、オルビナの顔を地面に叩きつけた。それにオルビナの頬は切れ、額は裂かれ、鼻からも出血が起きる。うめき声も、少しづつ小さくなっていく。
その周りを、他の鳥人たちが囲んでいた。
「ん? 終わりかね。こんなものかね、人間の力など。まったく、早まったものだな。我々に盾突こうなどと考えず、大人しく従っておればいいものを。己の小ささを、思い知ったか?」
ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ。
笑う笑う笑う、鳥人たち。ロプロスもオルビナの顔を地面に押し付けたまま、粘着質な笑みを浮かべている。その光景はあまりに醜悪で、
「卑怯者が……」
その呟きに、ロプロスは手を止め、そちら――エリューの方を向いた。
「なんだ、貴様? 今、なにか聞こえた気がするが――」
「一人に対して七匹がかりで、なにを偉そうに講釈垂れてんだって言ってんだよ。それも、女の子相手によォ……!」
「ほぉう……」
息を漏らし、ロプロスは左手をオルビナの頭から放し、エリューへと歩み寄る。
「そうか、それは失礼したな。なら、なにかね? 君が、彼女の代わりに――」
ロプロスと鳥人の脇を、エリューは駆け抜けた。
「な――」
「オルビナっ!」
鋭い、呼びかけ。それにオルビナは僅かに身じろきし、顔を上げ、
「ぅ、く……しょ、少年?」
「生きてるなら、つかまれ!」
差し出された手。それにオルビナは一瞬躊躇し――応えるように手を、伸ばした。
それをエリューはしっかりと掴み、抱き上げる。
「よしっ、逃げるぞッ!」
オルビナがそれに戸惑う間もあらばこそ、エリューは猛スピードで駆け出していた。
「しょ、少年……」
「大丈夫! 俺、足だけは速いんです!」
事実、エリューは速かった。まるで跳ねるように弾けるように、山中をすっ飛んでいく。物凄いスピードで後ろに流れていく景色の中、
「……少年、きみは」
「いま喋らない方がいいですよ! 舌噛みますっ!」
走る。途中いくつもの枝が頬や肩や二の腕を掠めたが、スピードに任せて千切り飛ばした。血が流れたが、痛みは構わなかった。腕の中で弱々しい息を繰り返す彼女の盾になれるなら、それでいいと思えた。
「ギャア」
鳴き声。それに背筋が撫でられるような悪寒を感じた。
「……っ!」
振り返る。だいたい一メートル後方二メートル上方に、鳥人の一匹が追いかけてきていた。
「くっ!」
加速。前方に向きなおり、さらに駆ける。バサバサという羽音が聞こえるたび、ぞくぞくと悪寒が巻き起こった。
「……少年、置いていけ。このままでは、追いつかれる。だが、きみ一人なら――」
「ダメだッ!」
エリューはその提案を、一喝した。
ほぼ同時に背中を、爪が、喰い込んだ。
「くっ、あ……ああッ!」
痛みを堪え、一歩思い切り前に飛び出しその爪を、引き抜く。さらに前かがみになり、加速。どくどくと背中から血が噴き出しているのを感じた。
「しょ、少年……」
「もう、こぼさない!」
オルビナの声をかき消すように、エリューは叫んだ。前だけを見た。もうあんな思いは、二度と嫌だった。
右の足首を、鈍痛が襲った。
「くっ!? っ、あ……!」
それにエリューは踏ん張ろうしたが耐え切れず、前のめりに倒れた。その際なんとかオルビナだけは自分の腕で庇うことが出来た。見ると、右の足首がどす黒く変色し、その前をころころと石が転がっていた。
振り下ろされたその爪を、オルビナは間一髪首を捻ることで躱す。さらにロプロスは翼で宙に浮いたまま、残された左の爪と両脚の蹄を用いての、連続攻撃を敢行する。それをオルビナは右手の杖とバックステップとそれでも躱しきれないものは左手のベールにより、防ぐ。だがその表情に余裕はなく、攻撃する合間もない。
「キェエアアアアア!」
『ギャアアアアアア!』
そこに他の六匹も殺到する。ロプロスの隙間をつく形で、その爪でオルビナを貫かんとする。
「くっ……つ……ぅ……!」
オルビナはその波状攻撃からなる猛攻に、一方的な後退を余儀なくされる。杖は削れ、ベールは破け、後ずさる足も鈍くなっていく。
「くく……ハハハハァ! どうしたどうしたどうした人間ンンンンン!」
他の二匹の攻撃で崩れたところに打ち込まれた、一際速く、強烈な一撃を躱しきれず、オルビナは受けた杖ごと後方に吹き飛ばされた。
「っ! ……ぅう!」
地面に叩きつけられ、そのまま転がる。纏うローブも破け、細く白い肩と膝と太腿が覗いた。
「ま、まだ――」
「もちろんだ、人間」
うつ伏せのまま、再度三つの魔法陣を前方に展開した――瞬間、その目の前に再びロプロスが、現れる。
「まだ何の雌雄も、決せていないからな」
ゴン、という音。ロプロスがオルビナの頭を鉤爪で掴み、地面に叩きつけた音だった。
「ぐ……っ、あ」
「まったく、やってくれたな人間よ……これで私は、隻翼の身としてこれからを生きねばならん。それでヘルフェア様のご期待に沿えることが出来るか、心配で仕方ないよ。どうする? もしもヘルフェア様の不興を買い、兵団長の座を降ろされるようなことがあれば? それを貴様は、どう償うというのだ、うん?」
「ぁ……っ、か……はっ、く……う、ぅう……」
ロプロスは言葉を一つ紡ぐたび、オルビナの顔を地面に叩きつけた。それにオルビナの頬は切れ、額は裂かれ、鼻からも出血が起きる。うめき声も、少しづつ小さくなっていく。
その周りを、他の鳥人たちが囲んでいた。
「ん? 終わりかね。こんなものかね、人間の力など。まったく、早まったものだな。我々に盾突こうなどと考えず、大人しく従っておればいいものを。己の小ささを、思い知ったか?」
ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ。
笑う笑う笑う、鳥人たち。ロプロスもオルビナの顔を地面に押し付けたまま、粘着質な笑みを浮かべている。その光景はあまりに醜悪で、
「卑怯者が……」
その呟きに、ロプロスは手を止め、そちら――エリューの方を向いた。
「なんだ、貴様? 今、なにか聞こえた気がするが――」
「一人に対して七匹がかりで、なにを偉そうに講釈垂れてんだって言ってんだよ。それも、女の子相手によォ……!」
「ほぉう……」
息を漏らし、ロプロスは左手をオルビナの頭から放し、エリューへと歩み寄る。
「そうか、それは失礼したな。なら、なにかね? 君が、彼女の代わりに――」
ロプロスと鳥人の脇を、エリューは駆け抜けた。
「な――」
「オルビナっ!」
鋭い、呼びかけ。それにオルビナは僅かに身じろきし、顔を上げ、
「ぅ、く……しょ、少年?」
「生きてるなら、つかまれ!」
差し出された手。それにオルビナは一瞬躊躇し――応えるように手を、伸ばした。
それをエリューはしっかりと掴み、抱き上げる。
「よしっ、逃げるぞッ!」
オルビナがそれに戸惑う間もあらばこそ、エリューは猛スピードで駆け出していた。
「しょ、少年……」
「大丈夫! 俺、足だけは速いんです!」
事実、エリューは速かった。まるで跳ねるように弾けるように、山中をすっ飛んでいく。物凄いスピードで後ろに流れていく景色の中、
「……少年、きみは」
「いま喋らない方がいいですよ! 舌噛みますっ!」
走る。途中いくつもの枝が頬や肩や二の腕を掠めたが、スピードに任せて千切り飛ばした。血が流れたが、痛みは構わなかった。腕の中で弱々しい息を繰り返す彼女の盾になれるなら、それでいいと思えた。
「ギャア」
鳴き声。それに背筋が撫でられるような悪寒を感じた。
「……っ!」
振り返る。だいたい一メートル後方二メートル上方に、鳥人の一匹が追いかけてきていた。
「くっ!」
加速。前方に向きなおり、さらに駆ける。バサバサという羽音が聞こえるたび、ぞくぞくと悪寒が巻き起こった。
「……少年、置いていけ。このままでは、追いつかれる。だが、きみ一人なら――」
「ダメだッ!」
エリューはその提案を、一喝した。
ほぼ同時に背中を、爪が、喰い込んだ。
「くっ、あ……ああッ!」
痛みを堪え、一歩思い切り前に飛び出しその爪を、引き抜く。さらに前かがみになり、加速。どくどくと背中から血が噴き出しているのを感じた。
「しょ、少年……」
「もう、こぼさない!」
オルビナの声をかき消すように、エリューは叫んだ。前だけを見た。もうあんな思いは、二度と嫌だった。
右の足首を、鈍痛が襲った。
「くっ!? っ、あ……!」
それにエリューは踏ん張ろうしたが耐え切れず、前のめりに倒れた。その際なんとかオルビナだけは自分の腕で庇うことが出来た。見ると、右の足首がどす黒く変色し、その前をころころと石が転がっていた。
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