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新生の奇跡

Ⅲ:出立、そして別離

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 オルビナは大きく咳払いし、
「――で、黒魔女レカ討伐に向かい、激戦の末、スクアートの一撃で黒魔女レカは滅びた。しかしスクアートは相討ちの形で命を落とし、そしてスラブは足を不自由にした。私とレッセルの女性二人だけ、まともな形で生還することが出来た。レッセルは残りの人生を残された家族のために生きることを決め、スラブは息子に技術を託し、そして私は次なる脅威が訪れた時のために力を蓄えた。そして今、スクアートが死んだ時僅か3歳だったきみが、こうして魔王討伐に参戦している。なんとも感慨深い話だね」
「……父が、母と」
 初めて聞く家族の真相に、エリューはしばらくぼんやりして、視線を辺りに巡らせた。
 そこで初めて、部屋にベッドが"2つ"あることに気づき、
「……そういえば、マダスカは同室だったはずじゃ?」
「マダスカとクッタは、既にここから出立したよ」
「え……?」
 そしてオルビナは傾けていたカップを受け皿に置き、
「なにやら、修行の旅だそうだよ」

 マダスカは山道を進みながら、ひとり悩んでいた。
「わたしの存在価値とは、なんなのだろう……」
 片や聖騎士を父に持つ、魔法剣士。方や神聖術士を母に持つ、破邪武剣士。そして信頼と羨望を一心に集める、我らが賢者。
 それに比べて、自分は――
 先のβとの戦い、自分は何のお役にも立てなかった。倒すに至ったエリューはもちろんのこと、オルビナさまはその偉大なる魔力を示されたし、クッタでさえ飛びかかる気概と攻撃を防ぐ魔法剣の有用性を示した。なのに自分は、ただ驚き、呆け、その場を眺めることしかできなかった。
 自分はまるで、オルビナ様のお役に立てていない。
 そのためには――
「強くならなきゃ、ならねぇ」
 そばで歩く金髪の男が、呟く。それにマダスカは顔を上げ、
「今のままじゃ、オレはヤツの、悔しい話だが足元にも及ばない。だからここは一旦、パーティーを解散した方がいい。遊びじゃないからな、このパーティーを組んだ目的は。だから、二人が拠点を潰している間に修行して、あの破邪野郎より強くなって……」
「本心でそう思っているのか?」
 初めてマダスカから、その男――クッタに問いかけがあった。それにクッタは苦笑いを浮かべ、
「……どーも、オレは完全にお嬢ちゃんから信用をなくしちまったらしいな。だが、本心だ。確かにオレは、お嬢ちゃんの言うとおりビビりでピエロだが……負けず嫌いでも、あるんでね」
「ならばなぜ、お前はわたしに同行する」
「なに、一緒に戦うことで安全を得るのと、それに旅は女の子と一緒の方が楽しいし――」
「帰れ」
「お嬢ちゃんは、『召喚士』になれる可能性があるしな」
 スタスタと山道をゆくマダスカの足が、止まった。
「……どういう意味だ、それは?」
 クッタはマダスカのわかりやすい反応に笑みを作り、
「魔術職の系統は、知ってるよな? 魔法は、四つの系統――四元素、生成、補助、変質にわかれてて、そのうち四元素一つしかこなせないやつを魔術師、賢者オルビナみたいに四元素、補助、生成の三つを扱える人を賢者、そしてお嬢ちゃんみたいに生成に特化した者を、象形魔士っていう。そしてさらに、補助の果てにある神聖術師みたいに生成を極めていった先にあるのが――」
「召喚士」
 マダスカの答えにクッタはニヤリと笑い、それを答えととったマダスカは、
「聞かせろ、ピエロ」
「……それ、やめてくんね?」
 二人の旅は、今までの立ち位置とは違うものになっていた。

 オルビナとエリューとルーマ姫は、三人で出立することになった。
「さて、我々は他の発端のスペルを潰して回るとしよう」
「……俺たち二人だけで、大丈夫でしょうか?」
「心配することはない。きみの破邪の力は、本物だ。それにきみの特性を理解した今、私の方も確実なフォローが可能だ」
「はい……でも、その」
 エリューはそこで、脇に視線を送った。そこに自分の腕に腕をからめる、金の長髪の美しい姫――
「なーに、エリューさま?」
 その無邪気な笑顔に、エリューは動揺を浮かべた。
 先ほどの戦いでの無慈悲さが、エリューにはまったく理解できなかった。しかしこれだけの好意を、ふいにするのも気持ちが引けた。さらには一国の姫君という立場が、結局エリューに拒絶の決断を下す勇気を与えずにいた。それに決定的な要素として、各国の兵団、騎士団の協力を仰ぐ場合、各国にコネを持つその存在は絶対的だった。
「いや、その……」
「ではまず、北軍最高司令α(アルファ)からだ」
 そしてエリューたちのパーティーは、二つに分かれることになった。
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