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新生の奇跡

ⅩⅠ:アナグラム

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「お、おう! なんだ、マダスカ? よく世間で言ってる、積もる話ってやつか!?」
「いえ、その……言い辛いんだけど」
「なんだよ? 今さら俺とおまえの間で、隠しごともねぇだろ? 言えよ!」
「だったら、遠慮なく言わせてもらうけど……」
「なんだ?」
「その……燃えてるけど?」
 マダスカの視線の先――自分の身体を、見た。
 めっちゃメラってた。
「い――イイイイイイイイイイイイイ!?」
 慌ててパッタパタパタ手で煽ったが、ほんっと半端じゃない勢いで、焼け石に水もいいところな感じだった。てか不思議なのは、こんだけ燃え滾ってるのに――
「わ、わわわ、はわわわわ……な、なんで熱くねぇんだよ!?」
「氷、溶かしてあげてるから」
 マダスカの声に、改めて身体を凝視する。するとそこには、燃え盛る火炎――の奥で分厚い氷が、身体全体を包みこんでいた。それが炎により、ぽたぽたと溶けている。
 ていうか今、全部溶け切った。
 わけわからんほどの熱さが、脳髄を突き抜けた。
「お――あっちぃいいいいいいいいいい!!」
「はい、おしまい」
 パチン、と指を鳴らすマダスカ。同時にもの凄まじい炎は糸を巻くように、消えていった。
 それに手をバタバタしていたエリューは、どっと膝をつく。
「う、はぁ……し、死ぬかと思った」
「でもあっちは、消してあげるわけにはいかないわね」
 それにエリューは、振り返る。
 そこには――お母さんが、炎にまかれ、叫び、もがき、苦しんでいた。
 瞠目する。
「な……お、お母さ――!」
「待ちなさいって」
 飛び出そうとしたエリューは、マダスカに首根っこつまかれて、首が締まってつんのめる。
「くぇ? な、なにすんだマダス……」
「よく、見なさいって」
 それにせき込みながら様子を見ると――お母さんは苦しみもがいているように見せながら、実際は声も出さずにその表情は、
「わ……笑、って?」
「あーあ……バレちゃったみたいね」
 炎が四方に――弾け飛ぶ。
「おわっ!?」
 それにエリューは、両手で顔をかばう。しかしマダスカは笑みを保ち――そしてその周りだけ弾け飛んだ炎は、かき消えていく。
「遂に姿を現したわね……ヘルフィア」
 どくんっ、とエリューの心臓が脈打つ。
「……ヘルフィア、だって?」
「よく、気づきまして?」
 そしてお母さんの姿が、足元から――ルーマの姿に、変わっていく。その意味が、エリューには理解できなかった。
 だから代わりにマダスカが、説明した。
「きっかけは、些細なことよ……召喚士の古い資料を調べているうちに、アナグラムを学んだわ。言葉をバラけて、並び直す暗号解読手段のことよ。それであなたの無駄に長い名前のスペルだけ取って、並び変えてみたのよ。Ruma De Apera Eternora The Spanblegue……並び変えれば、RADETS。ラデッツはスパンブルグ語で、鼠の意。鼠は、魔王が最初に降臨したとされる端の国ミアでは、ヘルフィアとされている」
「あら。上手に隠しておいたつもりですのに、存外みなさん、頭がよろしいようで」
 そしてルーマは――宙に、浮いた。
「な、んで……」
 声をあげたのは、エリューだった。それにルーマ"だったもの"は笑みを作り、
「元々ワタクシには、実態などないのですわ。俗世の臣民に『神』と呼ばれている存在が、ワタクシを依り代にこの世界に顕現しているだけ。その意思を、力を、ワタクシは振るっているだけですもの」
「神……だって?」
 予想外の言葉に、エリューは瞳を揺らす。それにルーマだったものは視線をおろし、
「エリューさまのお望みは、いったいなんですの?」
 一瞬、息が詰まる。
「……それは」
「妹さま……ミレナお嬢様の、ご復活」
 どくん、と心臓が脈打つ。
「……そ、そんなことが?」
「叶えてさしあげましてよ。だってワタクシは、エリューさまの味方ですもの。それにお母様も、なんでしたらお父様だって」
「あ……あ、あぁ……!」
 その言葉に、エリューは頭を抱え込む。先ほどはただの世を儚んでの自殺に過ぎなかったが、今度は実際の魔王――神を名乗るものの、甘言。わかっていても、その渇望に胸が焼かれるようで――

「お前って、そんな弱い人間だったっけ?」

 再び鼓膜を揺らす、聞きなれた声。
 あまり得意ではなかったが、自分が撃たれた時、誰よりも先に自身の身も案じず、飛び出してくれた。それに洗礼を受けた先達として、短いながらも指導をしてくれた。なにより唯一の同性として、気が許せた。
 その、マダスカとは反対側から悠然と歩いてくる以前とは違い短く刈り上げられた金髪の名を、呼ぶ。
「……クッタ」
「ちゃんと、修行してたか?」
 軽口を叩き、クッタはまだルーマまで30メートルの距離があるにもかかわらず、その剣を鞘から抜き放った。
 それは元来彼が持つセイバーではなく、直ぐ刃の絢爛豪華な護拳を持つ片手剣だった。
「クッタ……それは?」
「リズ師匠より、この戦いのために特別にお借りしてきた……『碧き聖剣ルミナス』だぜ」
 そしてクッタは自身の言葉に酔っているようにスキアヴァーナ――聖剣ルミナスの刃を自分の方に返し、
「……この洗練された、護拳の美。そして研ぎ澄まされた、刀身。恐ろしく軽いにもかかわらず、伝わる重みは、切れ味は超一級品。パないぜ、こりゃあ……リズ師匠には、感謝してもしきれねぇ。このルミナスを持って、これよりヘルフィアを斬りますので、どうか見守って――」

「敵を前にして視線を切るとは、大した進歩だね」

 そしてパーティーは、揃った。
「オルビナっ!」「お、おお……オルビナさまァアアアアアアアアア!」「お……おっるびっな、さああああああああああああああああああああん!!」
 一声あげただけのエリューと違い、マダスカとクッタはちょっとすれば気が違ったようなとんでもない雄叫びをあげ涙と鼻水を垂らし撒き散らしながら、突進していった。
「お、おお……お会いしとうございましたあああああああああああああああ!」「ずっと、ずっとその白い髪とすべすべお肌と控えめな胸に焦がれてましたああああああああああああ!!」
「落ち着きたまえ」
 無防備に両手を広げていた二人の頭を掴んだオルビナの両掌から、直に魔力が叩き込まれる。それにべちゃんッ、と二人は地面に突っ伏す。それを見てエリューは、うわ、俺って今までこんな役回りだったんだな……と頬を引きつらせてから、笑っていた。
「――さて、」
『…………』
 オルビナの号令に、二人はゾンビのように立ち上がる。そしてその最前線を、刀身がないバスタードソードを構えたエリューが固める。右を聖剣ルミナスを構えたクッタ、左をパストラルスタッフを構えたマダスカ。そして奥を、三つの魔法陣を展開させたオルビナが、固めた。
「準備は、出来たかしら?」
 そのやり取りを空中5メートルの高さから眺めていたルーマだったものが、尋ねる。それにふっきれた表情のエリューが、
「……やろう」
 みながその言葉に頷き、そして――
「過去に、取りこぼしてしまったもののためじゃ、ない。それは――"先に続く"、幸せのために!」
 最後の聖戦の幕が、開けた。
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