愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらちん黒糖

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第七章

70.夫婦

翌日マリアは午前中に家事を片付けお昼ご飯を食べ終わると午後からエリアを連れて一緒に家を出た。

ジェームスがよく飲み歩く場所は王都の中心地からやや外れた場所にあるさびれた飲み屋街だった。

一緒に歩いていたエリアの歩きが遅くなってきた。顔を覗くとエリアは眠たそうにしていた。

「いっけない。エリアのお昼寝時間だった」

慌ててエリアをおんぶするマリア。

「ごめんねエリア。今日はお母さんの背中で寝てくれる?」

エリアが絞り出すような声で返事をした。

「わかった~」

おんぶをされると気持ちがいいのかエリアはすぐにすやすやと眠り始めた。

マリアはエリアをおんぶしながら飲み屋街の店を一軒一軒覗いて回った。

かなりの数の店を回ったのにあの人はいなかった。

「まさか……あの女の人……飲み屋の女将さんじゃなくて素人さんなんじゃ」

不安がマリアの胸を締め付ける。

「ジェームズはあの人と付き合っているんじゃないかしら……」

マリアの妄想が膨らみかけた時、声をかけられる。

「あら、あなたジェームズの奥さんじゃないの?」

振り向くと女将のローナが立っていた。





飲み屋街から少し離れた場所の路地裏に女将の店があった。

女将はエリアを椅子を並べて毛布を敷いて寝かせてくれた。

「何歳なの?この子」

女将が優しくエリアの顔を見つめながらマリアに尋ねた。

「4歳です」マリアは小さな声で答えた。

「そう、4歳になるの……可愛いわね、子供って」

女将はカウンターの中に戻るとグラスに水を入れてマリアに差し出した。

「飲んで、水だけど」

「ありがとうございます。いただきます」

マリアは一口水を飲んで女将を改めて見つめた。女将はオリビアにやはりよく似ている。

マリアに見つめられて女将がつい呟く。

「あなたもジェームズも同じような目で私のことを見るのね」

「え?夫もあなたのことを見るんですか?」

「チラチラとね……」

女将がジェームズのことを話し始める。

「ジェームズがうちの店に来たのは今から半年ぐらい前……そして来なくなったのが三ヶ月ぐらい前かな」

三ヶ月前と聞いてマリアの脳裏に自分を求めてきたジェームズの姿を思い浮かべる。

「最初ジェームズがうちの店に来た時、私の顔をじっと見ていたから、私に惚れたのかなって思ったのよ、私綺麗じゃない?だから」

「それからね、ジェームズがちょくちょくうちの店に来るようになったの。あなたの旦那さんとはほとんど会話をしなかったのよ」

「じゃあ夫はこの店でどうしてたんですか?」

女将は少し戸惑った風に答えた。

「ただいつもビールかお酒を飲んで私のほうをチラチラと見るだけ、ただそれだけだったの」

やはりジェームズはオリビア先輩のことが忘れられなかったんだ……としょんぼりするマリアに女将が話を続ける。

「三ヶ月ほど前、こんなことがあったの」

マリアはじっと女将を見つめた。

「あの日はお客が少なくてジェームズしかいなかったのよ、一人だけ」

「その日もまたあなたの旦那様は私のほうをチラチラ見ながらビールを飲んでいた」

おかみはそこでニヤッと笑ってマリアに言葉をかける。

「てっきり私のことが好きなんだと思ったから、彼を誘惑したのよ、今夜泊まって行かない?って」

マリアの顔が引きつる。女将はかまわず話を続けた。

「誘惑の途中でね、あなたの旦那様、涙をこぼしたのよ」

「え?」と聞き返すマリア。

(ジェームズが……涙をこぼした?)

「どうして涙を流したのか理由は知らないけど、あなたの旦那様はそのまま店を出て行ったわ」

静かに聞いていたマリアに女将が優しく話しかける。

「だから心配しないで。私とあなたの旦那様は何にもなかったのよ」と……。

その時マリアがポツリポツリと自分とジェームズとの馴れ初めを話し始めた。

「夫はオリビアという女性と恋人同士だった。婚約もしていた」

「そんな時三人で食事をする機会があり、そこで酔っ払った私とオリビアさんを馬車に乗せて自宅までジェームズが送り届けた」

「最初にオリビアさんを送り届け次に私を送り届けた時、夫は酔っ払っていて私とオリビアさんを間違えて私を抱いたの。そして私は妊娠した」

「結局夫はオリビアさんと別れて身ごもった私と結婚することになった」

「結婚して五年、夫はまだオリビアさんのことが忘れられないんだと思う」

黙って聞いていた女将が口を挟む。

「まさか、もう五年経つんでしょ?」

「ええ、でもそんな時、夫はあなたに出会ってしまった」

意味のわからない女将が聞き返す。

「えっと……それが何か……まずいことでもあるの?」

「あなたの顔、オリビアさんにそっくりなんです」

女将はそこで合点がいった。

「あ……それで旦那さん私の顔をチラチラ見てたんだ」

女将は自虐的に笑う。

「なんだ…私に惚れたのかと思っていたのに、違ったのか……」

女将はマリアを励ましてあげようと思った。

「ねえ奥さん、心配しないで、あなたの旦那様はあなたをとっても愛してるはず」

マリアは少しふてくされた感じで返事をした。

「そんなこと、どうしてあなたにわかるんですか?」

女将は嘘をつくことにした。

「わかるわよ、だってあの時あなたの旦那様は私の誘惑を断る時にこう言ったのよ」

「すまない、私には可愛い妻と娘がいるんだ、もう帰るよ、って」

「あ、そうそう、さっきも言ったけど、私の誘いを断る時、あなたの旦那様、目から涙をこぼしていたわ」

ほっとした安堵の表情を浮かべるマリアを見つめて、女将の心はしんみりとしてきた。

こんな小さな子をおんぶして私を探し回るだなんて……。

女将はカウンターから出るとマリアのそばに近寄りそっと抱きしめた。

「あなた、健気ね……」

女将はマリアから離れると店を出て行った。

あまりにも突然のことで戸惑うマリア。

しばらくして戻ってきた女将がマリアに声をかける。

「馬車を呼んだから乗って帰りなさい」

慌てるマリア。

「いえ、結構です。歩いて帰りますから」

「娘さんもその方が喜ぶんじゃない?お代はいらないから、乗って帰って」

マリアは恐縮しながらも馬車に乗って帰ることにした。大通りに出ると馬車が止まっていて、そこまで女将は見送ってくれた。

手を振るマリアとエリア、微笑む女将も軽く手を振った。

女将が呟く。

「今度ジェームズがうちの店に来たら追い返さなくちゃね」と……。







その日の夜、ジェームズはローナの店に現れた。『外で出会っても声をかけないで欲しい』と頼みに来たのだ。

だが女将はジェームズの顔を見るなりすぐに店からジェームズを追い出した。

店の前で、なぜ店から追い出されたのかわからないジェームズが女将に話しかける。

「あの女将、私は今日頼みがあってきたんだ」

「……」返事をしない女将にジェームズが続けて話しかける。

「申し訳ないんだが外で私を見かけても声をかけないで欲しいんだ」

返事をしないでジェームズを見つめたままのローナ。ジェームズは必死で訴えかける。

「頼むよ女将、また昨日みたいなことがあると妻が心配するから、もう妻には心配かけたくないんだ。だから……」

女将はジェームズを安心させるように言った。

「心配しないでジェームズ。もう二度と話しかけないから」

その言葉を聞いて本当に安堵した顔をするジェームズ。そんなジェームズの顔を見てローナが口を開く。

「早く家に帰りなさいよ、可愛らしい奥さんと娘さんが待ってるんでしょ」

そう言うと女将は店の中へ入って行った。

ジェームズはほっとしたような残念なような複雑な心境のまま自宅へ向かった。

女将の店に寄り道したので遅くなったがそれでも途中駆け足をしたのでだいたいいつも通りの時間になった。

玄関の前で息を整えてドアを開けた。

「ただいま」

ドアの前にはマリアとエリアが立っていた。

「おかえりなさい、ジェームズ」

そう言ってジェームズにハグをした。

「ただいまマリア」

ジェームズの下から声が聞こえた。

「お帰りなさい、お父さん」

エリアがジェームズにしがみついていた。

「ただいま…エリア」

ジェームズが優しくエリアに声をかけた。
    


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