愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらちん黒糖

文字の大きさ
47 / 114
第四章

㊼父と娘

クリン公爵の記憶が蘇ってくる。

クリン公爵が30歳の頃、飛び地のクリン公爵領に公務で月に何度か出向くことになり、その領地からの帰り道、畑を耕す娘に声をかけたのが、ルーズと知り合うきっかけになった。

二人はそれから何度も出会う度に話をするようになり、やがて深い関係へと進んだ。

ある日ルーズが言った。

「私、妊娠したみたい」と……。

そう言われて焦ったクリン公爵は、ルーズには自分の素性を隠していたので、そのまま逃げることにした。

だがそれでもルーズが心配で、毎月金貨二枚をルーズの家に仕送りした。

本当はもう少し送りたかったのだが、クリン公爵は婿養子であったので、妻や義父の目をくぐり抜けて使えるお金は金貨二枚が精一杯だったのだ。

そして知り合いのルカルト男爵が後妻を探していると聞いてルーズを紹介した。

秘密裏にルーズを見に行ったルカルト男爵がルーズを気に入り、この縁組は成功した。

これで安心したクリン公爵は、ルーズも娘も男爵家に迎え入れられ、幸せに暮らしていけるだろうと安堵し、それからは記憶からだんだんと遠ざけていった。

クリン公爵は時間をかけて全ての報告書を読み終え、セルフを見た。

クリン公爵は厳しい表情になっていた。

「それで用件とはなんだ?」

「我が主の伝言をお伝えします」

「ああ」

「父親と名乗らなくても良いから娘のカンフルと会話をしてはもらえないかとのことでした」

「……」セルフのその言葉に胸が熱くなるクリン公爵。

セルフはそれだけ言うとお辞儀をして部屋を出て行った。

クリン公爵は妊娠したと聞かされてから、一度もルーズに会っていない。生まれた娘の名前も確かめようとはしなかった。

ただただ無関係を装い逃げた。だがそれでも、少ないながらも仕送りは続けた。ルーズと娘が困らないように……。


大広間では踊り疲れたヤンセン伯爵とカンフルが椅子に座ってワインを飲んでいた。

「ねえ、リッスー」

「ん?」

「ワインって串焼きと合うんじゃない?」

「うーん、確かに合うかもな」

「今度私のお店で串焼きパーティーをやらない?クロッグやアガサを呼んで」

「いいな、それやろうか」

「うん」

その時二人の前に影ができた。

見上げるとクリン公爵が執事を連れて立っていた。

慌てて立ち上がる二人。公爵がヤンセン伯爵に声をかける。

「今夜はお楽しみいただけているかな?ヤンセン伯爵」

「ええ、もちろんです」

公爵はカンフルを見て声をかける。

「どうですかな、私と一緒に踊ってはくれませんか?」

カンフルは戸惑いながらヤンセン伯爵を見て、遠慮気味にクリン公爵に返事をする。

「構いませんけど、足を踏んでしまうかもしれませんが、それでもよろしいですか?」

公爵は笑って頷いた。

「では、お相手願えますか?」

カンフルは窺いを立てるように、ヤンセン伯爵の顔を見た。そして、伯爵が静かに頷いたのを見て返事をした。

「はい、喜んで」

カンフルは立ち上がるとクリン公爵とホールの中央へ一緒に歩いていった。

アップテンポのメロディーからスローテンポに変わる。

踊り始める二人。公爵が声をかける。

「ダンスがお上手ですね」

「高等部の授業以来久しぶりなんですよ」

「ほう?学校の授業でダンスがあるのですか?私の頃はなかったが……」

「うふふ、時代ですわ、時の流れが変えるんですよ、その時代に合わせて」

「そんなものかね」

「そんなものです。それにダンスが踊れるほうが、異性との出会いのチャンスが広がるでしょう?」

「はは、学校も大変だな、生徒の未来も考えなくちゃいけなくて……」

二人はまた無言で踊り始める。

するとカンフルがクリン公爵の胸に顔をうずめダンスを続ける。

戸惑う公爵だったがそのままの姿勢でダンスを続けた。

カンフルが口を開く。

「私の両親はユニベス侯爵夫妻です」

「え?」

「自分の両親をそんな他人行儀な呼び方するなんて可笑しいでしょう?」

返事に詰まる公爵。

「私の実母は農民出身なのです。父親は誰なのか知りません」

クリン公爵が真っ青になりカンフルに質問する。

「君は……その父親のことをどう思っているの?誰なのか知らないということは……父親は……逃げたんだろう?」

カンフルは笑いながら、

「どうして逃げたと思われたのですか?私が生まれる前に亡くなったのかもしれないのに」

「それは……ただ、なんとなく……」少し焦る公爵。

カンフルが話を続ける。

「いいえ、いいんですよ。本当のことですから」

クリン公爵はさらに質問をしてみる。

「その父親のことは……今でも恨んでいるのかい?」

カンフルが顔を上げて公爵を見る。

「恨む?」

顔をガン見され顔が引きつる公爵だったが我慢する。

「恨んだことなど一度もありませんよ?」

予想外のカンフルの言葉に返事ができない。

カンフルが話を続ける。

「誰もが聖人君子にはなれませんもの。父には父の都合があったはずですから」

「しかし……」

「母が言っていました。父は毎月仕送りをしてくれていたと……私と母を気にかけてくれていた証拠です。そのことを後で聞いて……私は嬉しかった」

クリン公爵の目に不覚にも涙が浮かぶ。

公爵の心の中で葛藤が起きていた。

父親と名乗りたい……でも、できなかった。

今日、ヤンセン伯爵の執事に会うまでルーズのことさえ忘れていたのに……そんな薄情な自分が今さら父と名乗り出るなんてできないと……それに……。

会場の隅でじっと公爵を見つめる妻シェリーがいたから……できなかった。

「ではもうこの辺でダンスは終わりにしませんか?」

「あ、ああ、そうだな」

カンフルは公爵から離れると軽くお辞儀をしてヤンセン伯爵の元へ歩いて行った。

公爵はそんなカンフルの背中を見つめ寂しそうに呟いた。

(時を戻せるものなら、あの時に戻ってやり直したいが……きっと私はまた同じ道を進むのだろうな……)

カンフルはヤンセン伯爵と合流する直前に立ち止まりクリン公爵を振り返る。

そして小さく呟いた。

「お父さん……」と。







あなたにおすすめの小説

私のことはお気になさらず

みおな
恋愛
 侯爵令嬢のティアは、婚約者である公爵家の嫡男ケレスが幼馴染である伯爵令嬢と今日も仲睦まじくしているのを見て決意した。  そんなに彼女が好きなのなら、お二人が婚約すればよろしいのよ。  私のことはお気になさらず。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

好きな人の好きな人

ぽぽ
恋愛
"私には何年も思い続ける初恋相手がいる。" 初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。 恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。 そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。

私の大好きな彼氏はみんなに優しい

hayama_25
恋愛
柊先輩は私の自慢の彼氏だ。 柊先輩の好きなところは、誰にでも優しく出来るところ。 そして… 柊先輩の嫌いなところは、誰にでも優しくするところ。

「妾の子だから」と呑気に構えていたら、次期公爵に選ばれました

木山楽斗
恋愛
父親であるオルガント公爵が大病を患った、その知らせを聞いた妾の子のヘレーナは、いい気味であるとさえ思っていた。 自分と母を捨てた父のことなど、彼女にとっては忌むべき存在でしかなかったのだ。ただ同時にヘレーナは、多くの子がいるオルガント公爵家で後継者争いが起こることを予感していた。 ただヘレーナは、それは自分には関係がないことだと思っていた。 そもそも興味もなかったし、妾の子の中でも特に存在感もない自分にはそんな話も回ってこないだろうと考えていたのだ。 他の兄弟達も、わざわざ自分に声をかけることもない。そう考えていたヘレーナは、後継者争いを気にせず暮らすことにした。 しかしヘレーナは、オルガント公爵家の次期当主として据えられることになった。 彼の兄姉、その他兄弟達が彼女を祭り上げたのだ。 ヘレーナはそれに困惑していた。何故自分が、そう思いながらも彼女は次期当主として務めることになったのだった。 ※タイトルを変更しました(旧題:「どうせ私は妾の子だから」と呑気にしていたら、何故か公爵家次期当主として据えられることになりました。)

大好きだけどお別れしましょう〈完結〉

ヘルベ
恋愛
釣った魚に餌をやらない人が居るけど、あたしの恋人はまさにそれ。 いや、相手からしてみたら釣り糸を垂らしてもいないのに食らいついて来た魚なのだから、対して思い入れもないのも当たり前なのか。 騎士カイルのファンの一人でしかなかったあたしが、ライバルを蹴散らし晴れて恋人になれたものの、会話は盛り上がらず、記念日を祝ってくれる気配もない。デートもあたしから誘わないとできない。しかも三回に一回は断られる始末。 全部が全部こっち主導の一方通行の関係。 恋人の甘い雰囲気どころか友達以下のような関係に疲れたあたしは、思わず「別れましょう」と口に出してしまい……。

【完結】今さら執着されても困ります

リリー
恋愛
「これから先も、俺が愛するのは彼女だけだ。君と結婚してからも、彼女を手放す気はない」 婚約者・リアムが寝室に連れ込んでいたのは、見知らぬ美しい女だった―― アンドレセン公爵令嬢のユリアナは、「呪われた子」として忌み嫌われながらも、政略結婚によりクロシェード公爵家の嫡男・リアムと婚約し、彼の屋敷に移り住んだ。 いつか家族になれると信じて献身的に尽くすが、リアムの隣にはいつも、彼の幼馴染であり愛人のアリスがいた。 蔑まれ、無視され、愛人の引き立て役として扱われる日々。 ある舞踏会の日、衆前で辱めを受けたユリアナの中で、何かがプツリと切れる。 「わかりました。もう、愛される努力はやめにします」 ユリアナがリアムへの関心を捨て、心を閉ざしたその夜。彼女は庭園で、謎めいた美しい青年・フィンレイと出会う。 彼との出会いが、凍りついていたユリアナの人生を劇的に変えていく。 一方、急に素っ気なくなったユリアナに、リアムは焦りと歪んだ執着を抱き始める。 ・全体的に暗い内容です。 ・注意喚起を含む章は※を付けています。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…