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第五章
㊾当て馬依頼
夜会からしばらく経ち、ヤンセン伯爵とカンフルの仲は誰もが認めるほど親密になっていた。
しかし、二人の関係はそこから一向に進展しない。「結婚」の二文字を口にしない大人たちに、しびれを切らしたのがアガサとクロッグだった。
ギャラン伯爵家 執務室
机の前に座るギャラン伯爵。目の前に娘アガサと未来の婿殿クロッグが立っていた。
「アガサ、話があると聞いたがなんだ?」
アガサが喋ろうとすると遮るように伯爵が大きな声を出す。
「あ!まさか!アガサ……お前」
アガサはクロッグと顔を見合わせて口を開いた。
「実はお父様……」
伯爵は両耳を手で押さえ、
「待て、言うな!言うんじゃない!」
「は?あの……」
伯爵は耳を塞いでいた両手を離して、
「それで?いつだ?」
「何が……ですか?」
「お腹の子は、何ヶ月なんだ?」
アガサが大声を出す。
「お父様!勘違いなさらないでください!私は妊娠などしておりません!」
静まり返る執務室……伯爵がアガサに尋ねる。
「じゃあなんだ?紛らわしい。二人して相談があるというから……てっきり妊娠したのかと思ったではないか」
アガサはため息をついて口を開く。
「クロッグのお父上、ヤンセン伯爵のことでご相談があるのです」
「ヤンセン?ヤンセンがどうかしたのか?」
「実は……」とクロッグが話し出す。
三人は寛いでコーヒーを飲みながらソファに座っている。
ギャラン伯爵が口を開く。
「つまりヤンセンの奴が串焼き屋の女将といい仲になってきたのに、なかなかその先に進んでくれないという訳か……」
クロッグが返事をする。
「そうなんです父上。二人は好きあっているのに、その先へ進もうとしないのです」
「ふーん、それでその二人をくっつけてしまおうと?」
「はい」
「作戦はあるのか?二人の背中を押すための作戦が?」
アガサがニヤリと笑う。
「はい、それにはぜひお父様のお力が必要なのです」
ギャラン伯爵は二人から作戦をじっくりと聞いた。
「つまり私は当て馬というわけだな?」
「はい、そうです」とクロッグが答え、アガサが説明を続ける。
「お父様には女将さんと親しくなって頂いて、その上でヤンセン伯爵の前で女将さんにプロポーズをしてほしいの」
「まあ、確かに私がプロポーズをすればヤンセンの奴は慌てて求婚するであろうな」
クロッグが頭を下げて伯爵にお願いする。
「お父上、よろしくお願いします」
父親を思うクロッグの姿を見て、伯爵は依頼を引き受ける。
「分かった。面白そうだからお前たちのいう通りにしてやろう」
「ありがとうございます、お父様」
アガサが感謝を述べる。
伯爵がふと口にする。
「しかし、本当にそんな結ばせ方をしていいのかな?」
「え?」アガサが聞き返した。
「ヤンセンも私と同じ年だ。この年で再婚するというのは、なかなか勇気がいるものだ……いや何でもない……それよりいつから始めるんだ?」
クロッグが答える。
「明日から父は三日間、王都を仕事で離れます。ですからその三日間で女将さんと仲良くなっていただきたいのです」
伯爵は余裕のある表情で、
「三日もあれば十分だな」
と言った瞬間、アガサとクロッグが立ち上がる。
「お?もう帰るのか?クロッグ」
アガサがはっきりとした口調で返事をする。
「お父様、今から厨房で串焼き屋の仕事を教えますので覚えてください」
「え?串焼き屋の仕事?なんで?」
「女将さんと打ち解けあうには仕事を覚えるしかないのです。さ、お父様、立ち上がってください。時間はそんなにないのですから」
伯爵は急き立てられるように厨房へ向かった。
厨房へ着くとすでに串と一口大の肉と野菜の刻んだ物が用意してあった。
伯爵が早速やろうと手を串に伸ばした瞬間、アガサの厳しい声が飛ぶ。
「お父様!」
ビクッとしてアガサを見る。
「なんだ?どうした?」
目を細め眉間にシワを寄せて聞いた。
「まずは手を綺麗に洗ってください!綺麗に!」
「あ、はい」思わず娘に素直に返事をする伯爵。
伯爵が手を洗うのを見ていたアガサとクロッグが次に手を洗った。
そしてまずはアガサとクロッグが見本を見せて串に肉と野菜を刺していく。
「ほう、上手いもんだな」
「お父様!さ、やってみてください」
「ふん、こんなもの、簡単さ」
串に肉と野菜を交互に刺していく。
自慢そうに刺した串を見せる伯爵。
「どうだ?」
「お父様、厚みのある肉や野菜は、串の真ん中に刺してください。その方がしっかりと中まで火が通りますから」
「お、なるほど」
だんだんとコツを掴んできた伯爵。クロッグが褒める。
「父上さすがです。手際がいいです」
「ふふふ、そうか」
次々に皿に積み上げていく伯爵。
アガサが次の作業を指示する。
「では父上、野菜を一口大に切ってみましょう」
「え?そんなこともするのか?」
「女将さんに気に入られるためです。辛抱してください」
「いや、私は当て馬だろう?気に入られたら不味いんじゃないのか?」
その言葉に納得するアガサとクロッグだったが、ここまでやったら最後まで教えて行こうと、弟子を持つ師匠の気分で伯爵に教えることにした。
伯爵は、野菜の一口大に刻むのはなかなか上手だった。
「さすがです、父上」クロッグが褒める。
「さ、次はなんだ?」
クロッグが一番苦労した肉を一口大に切って行く作業を教えていく。
伯爵はこれもまたすぐにコツを覚えてできるようになった。
「一口大にした肉に下味をつけます」塩と胡椒をふりかけなじませる。
そこで伯爵が疑問を口にする。
「どうして串が湿っているんだ?」
アガサが答える。
「良い質問です。それは焦げ付き防止のためです。一時の間、水につけてあるのです」
「なるほど、そうしないと串が焦げてしまうからか」
クロッグがすぐに褒める。
「さすがは父上、ご推察通りです」
そしてクロッグは肉と野菜が刺さった串を焼き始め、左手で串を回して右手で団扇を扇ぎ、見本を見せる。
ギャラン伯爵はこれもまた難なくやって見せた。
呆気に取られて見ているクロッグとアガサ。
アガサが感嘆の声をあげた。
「お父様……凄い」
何事もそつなくこなすギャラン伯爵は、このときはまだ自分の未来を知らなかった。
串焼き屋の女将に胸を焦がすことになるなんて……。
しかし、二人の関係はそこから一向に進展しない。「結婚」の二文字を口にしない大人たちに、しびれを切らしたのがアガサとクロッグだった。
ギャラン伯爵家 執務室
机の前に座るギャラン伯爵。目の前に娘アガサと未来の婿殿クロッグが立っていた。
「アガサ、話があると聞いたがなんだ?」
アガサが喋ろうとすると遮るように伯爵が大きな声を出す。
「あ!まさか!アガサ……お前」
アガサはクロッグと顔を見合わせて口を開いた。
「実はお父様……」
伯爵は両耳を手で押さえ、
「待て、言うな!言うんじゃない!」
「は?あの……」
伯爵は耳を塞いでいた両手を離して、
「それで?いつだ?」
「何が……ですか?」
「お腹の子は、何ヶ月なんだ?」
アガサが大声を出す。
「お父様!勘違いなさらないでください!私は妊娠などしておりません!」
静まり返る執務室……伯爵がアガサに尋ねる。
「じゃあなんだ?紛らわしい。二人して相談があるというから……てっきり妊娠したのかと思ったではないか」
アガサはため息をついて口を開く。
「クロッグのお父上、ヤンセン伯爵のことでご相談があるのです」
「ヤンセン?ヤンセンがどうかしたのか?」
「実は……」とクロッグが話し出す。
三人は寛いでコーヒーを飲みながらソファに座っている。
ギャラン伯爵が口を開く。
「つまりヤンセンの奴が串焼き屋の女将といい仲になってきたのに、なかなかその先に進んでくれないという訳か……」
クロッグが返事をする。
「そうなんです父上。二人は好きあっているのに、その先へ進もうとしないのです」
「ふーん、それでその二人をくっつけてしまおうと?」
「はい」
「作戦はあるのか?二人の背中を押すための作戦が?」
アガサがニヤリと笑う。
「はい、それにはぜひお父様のお力が必要なのです」
ギャラン伯爵は二人から作戦をじっくりと聞いた。
「つまり私は当て馬というわけだな?」
「はい、そうです」とクロッグが答え、アガサが説明を続ける。
「お父様には女将さんと親しくなって頂いて、その上でヤンセン伯爵の前で女将さんにプロポーズをしてほしいの」
「まあ、確かに私がプロポーズをすればヤンセンの奴は慌てて求婚するであろうな」
クロッグが頭を下げて伯爵にお願いする。
「お父上、よろしくお願いします」
父親を思うクロッグの姿を見て、伯爵は依頼を引き受ける。
「分かった。面白そうだからお前たちのいう通りにしてやろう」
「ありがとうございます、お父様」
アガサが感謝を述べる。
伯爵がふと口にする。
「しかし、本当にそんな結ばせ方をしていいのかな?」
「え?」アガサが聞き返した。
「ヤンセンも私と同じ年だ。この年で再婚するというのは、なかなか勇気がいるものだ……いや何でもない……それよりいつから始めるんだ?」
クロッグが答える。
「明日から父は三日間、王都を仕事で離れます。ですからその三日間で女将さんと仲良くなっていただきたいのです」
伯爵は余裕のある表情で、
「三日もあれば十分だな」
と言った瞬間、アガサとクロッグが立ち上がる。
「お?もう帰るのか?クロッグ」
アガサがはっきりとした口調で返事をする。
「お父様、今から厨房で串焼き屋の仕事を教えますので覚えてください」
「え?串焼き屋の仕事?なんで?」
「女将さんと打ち解けあうには仕事を覚えるしかないのです。さ、お父様、立ち上がってください。時間はそんなにないのですから」
伯爵は急き立てられるように厨房へ向かった。
厨房へ着くとすでに串と一口大の肉と野菜の刻んだ物が用意してあった。
伯爵が早速やろうと手を串に伸ばした瞬間、アガサの厳しい声が飛ぶ。
「お父様!」
ビクッとしてアガサを見る。
「なんだ?どうした?」
目を細め眉間にシワを寄せて聞いた。
「まずは手を綺麗に洗ってください!綺麗に!」
「あ、はい」思わず娘に素直に返事をする伯爵。
伯爵が手を洗うのを見ていたアガサとクロッグが次に手を洗った。
そしてまずはアガサとクロッグが見本を見せて串に肉と野菜を刺していく。
「ほう、上手いもんだな」
「お父様!さ、やってみてください」
「ふん、こんなもの、簡単さ」
串に肉と野菜を交互に刺していく。
自慢そうに刺した串を見せる伯爵。
「どうだ?」
「お父様、厚みのある肉や野菜は、串の真ん中に刺してください。その方がしっかりと中まで火が通りますから」
「お、なるほど」
だんだんとコツを掴んできた伯爵。クロッグが褒める。
「父上さすがです。手際がいいです」
「ふふふ、そうか」
次々に皿に積み上げていく伯爵。
アガサが次の作業を指示する。
「では父上、野菜を一口大に切ってみましょう」
「え?そんなこともするのか?」
「女将さんに気に入られるためです。辛抱してください」
「いや、私は当て馬だろう?気に入られたら不味いんじゃないのか?」
その言葉に納得するアガサとクロッグだったが、ここまでやったら最後まで教えて行こうと、弟子を持つ師匠の気分で伯爵に教えることにした。
伯爵は、野菜の一口大に刻むのはなかなか上手だった。
「さすがです、父上」クロッグが褒める。
「さ、次はなんだ?」
クロッグが一番苦労した肉を一口大に切って行く作業を教えていく。
伯爵はこれもまたすぐにコツを覚えてできるようになった。
「一口大にした肉に下味をつけます」塩と胡椒をふりかけなじませる。
そこで伯爵が疑問を口にする。
「どうして串が湿っているんだ?」
アガサが答える。
「良い質問です。それは焦げ付き防止のためです。一時の間、水につけてあるのです」
「なるほど、そうしないと串が焦げてしまうからか」
クロッグがすぐに褒める。
「さすがは父上、ご推察通りです」
そしてクロッグは肉と野菜が刺さった串を焼き始め、左手で串を回して右手で団扇を扇ぎ、見本を見せる。
ギャラン伯爵はこれもまた難なくやって見せた。
呆気に取られて見ているクロッグとアガサ。
アガサが感嘆の声をあげた。
「お父様……凄い」
何事もそつなくこなすギャラン伯爵は、このときはまだ自分の未来を知らなかった。
串焼き屋の女将に胸を焦がすことになるなんて……。
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