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37.大切なひと
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何日ぶりでウェルド国に帰ってきたレウシスは、今までの不在の陳謝と簡単な説明をするために王のものへ急いだ。どうやら、休憩の時間だったらしく彼は王妃と息子のロイズとこの国の象徴ともいえる湖を背にした、穏やかなお茶会の最中だった。しかもそこには、いつの間にかロイズと仲が良くなった子供の姿のティアドとお目付け役のフレイユもいて、他者がみるとなんとも不思議なお茶会の場となっていた。
「王。」
レウシスが声をかけたときの反応はさまざまだった。
だが、個性的な人間たちとは裏腹に、お菓子をばりばりと食べながらもティアドがお帰りなさい!と満面の笑みで言っていたのだけが微笑ましかった。
「お帰りはやかったね。」
「まあ、あいかわらずお綺麗ですわ。青い髪がきらきらと、その瞳もきらきらと。宝石で飾り付けると男前が一層アップいたしますのに、わが国の契約龍は…」
「…」
契約龍の不在をのほほんと迎えた王。
どう突っ込んでよいのかわからない、美麗備讃を述べる王妃。
そしてむっつりと、不機嫌そうな王子。
なんでこんな反応なのかと、レウシスが眉を寄せていたが、三人のその後の台詞は一緒でしかも同時だった。
『で、ファリアはどこ?』
「…谷ですが。」
何故そんなことを聞くのだろうと思いつつ黙っていると、また三人は同時に言った。
『振られたの?』
「は??」
何をわけのわからないことを…そう聞き返そうとすると三人は顔を見合わせ、ため息をついた。
「…まったく何をしに行ったんだが。」
「きっとわかってないのでは?」
「それって、すごい鈍いってことだよね?」
「ちょっと待って下さい。何の話をしているのですか?」
「わが国の契約龍のことだよ。」
カップに口をつけ、カシュアは小さく笑った。
「…それにしては、内容の意味がさっぱりわからないのですが。」
憮然として言う彼をカシュアはあきれた ように見た。だが、レウシスにしてみればようやく帰ってきたというのに、王からこんな態度をされてむっとしないわけがない。
「…君は何をしに谷へ行ったんだい?レウシス。」
「何をしにって…」
本当はファリアが捕まったのではないかと危惧し、龍の谷へ向かったのだが、詳しい龍の事情を話してはいないので言葉につまる(あとでしつこく言われていろいろと白状させられそうだが)。その様子に何故か業を煮やしたロイズは責めるように言った。
「ファリアを助けにいったんだよね?」
「…何故それを?」
「ティアドが教えてくれたんだ!ファリアが連れ去られて、レウシスが助けにいったんだって!なんでひとこともないのさ!黙っていって!!」
王に心配かけまいと特に事情を離さなかったことに王子はお冠のようだった。
だが、龍の谷がある程度復興するまでと預けられているティアドが、ロイズに事情を話してしまったようだ。…きっと彼も知らないうちに口を割ってしまったのだろう、こちらから視線を逸らし一心不乱にお菓子を食べているのを、そばにいるフレイユが困り顔で見ていた。
「でも、いろいろと解決しだんだよね!?じゃあ、ファリアはもう自由なんでしょう?どうしてこっちに帰ってこないの!?レウシスが何かしたの!?」
「…確かに解決しました。彼女は無事に谷に受け入れられ、龍の谷の復興に力を注いでいます。きっと、ひと段落したらこちらにも顔を出すでしょう。それまでは少しさびしいかと思いますが、我慢してください。」
ロイズの不満がファリアに会えないことと思ったレウシスは、何か不穏なことを言ってくれた王子の最後の方の言葉を無視して状況を伝えた。それでも不満なのか、ロイズは何かを言いたげな顔をしていたが、ティアドに何かを言われて、しぶしぶ引き下がった。
「と、ファリアがそう言ったの?」
王の問いかけに、レウシスは少し考えるようなしぐさをする。先ほどの言葉が、ファリアの伝言かと思っていたロイズはえっ!?声を上げた。
「?おそらく。」
「おそらくって…」
「黙って出てきたね。 レウシス。」
この中で一番長いつきあいのカシュアはレウシスの行動が手にとるようにわかる。おそらく、わざわざ帰るなど言ってもしょうがないし、面倒なのもあったのだろう。誰にも何も言わずに帰ってきたのが、この契約龍は。あいかわず…やれやれと彼はため息をつく。
「本当にまあ…なんと言っていいのか。」
「どういうことです?私は彼女が無事、谷で 生きてゆけると思ったから戻ってきたのです。なのに何故彼女と共にこなかったことで責められねばならないのですか?」
数かに込められた苛立ちに、カシュアは苦笑する。
もしかして、自分の考え違いだったかと思ったが、長年の勘を信じることにした。
「責めているわけではないよ、ただ、君がとてもファリアを大切にしていると思ったから、手を離すとは思ってもみなかったんだ」
「…手を離す?」
レウシスは本当に首を傾げた。
何だか話がよくわからない方向へ行っている気がする。いや、この王たちは自分にいったい何を言わせようとしているのかと、彼らの意図がつかめずにいた。
「大切というか、彼女を見守るのがあるものの遺言でもありましたし、人の関係でいえば姪にあたる者でもあります。ほかの龍より気にかけていたというのはありますが」
「血縁関係だったのか、それは驚いたな。まぁそれを考慮してもね…ロイズがファリアを連れてきたときから君が少し変わったように感じていたんだよ。我が国の契約龍は自分のことをあまり話してくれないけど、それでも僕は生まれたときから君と一緒にいるからね、よくわかる。君がどれほどファリアを心配していたか。口や表情にださなかったけど、時折同じ方向に向けて心配そうに視線を向けていたからね。君が龍をそこまで気にするなんて今までなかっただろう?」
カシュアにそういわれて、全く自覚のなかったレウシスは少しばかり動揺する。
確かに今までは、自分の存在を知られないよう見守っていたが、ロイズがファリアを連れてきたとき何をどう話してよいのかわからなかったところはある。もともと対人関係がそれほど得意ではないが、自分の前に現れたファリアは、あの森で別れてからずいぶんと成長していた。今までは遠目ぐらいにしか見たことがなかったので、気づかなかったのだが、あの小さな頃とのギャップに彼女が全く知らぬ龍に見えたぐらいだ。
「だからね…ファリアは特別だと思ったんだ。一時、国を離れるときもあまりにも必死だったからね。龍の特別は深い意味があるから…私たちはてっきり、「嫁を取り戻しに行った」と思ったんだけど…」
「………はぁ?」
「そうだよ!ファリアが特別なんだから、結婚しちゃえばずっとこの国にいてくれるじゃない!なのに、ライバルたちに機会を与えるような真似をして…!!」
「まぁ。恋の駆け引きを知っているのね!すごいわロイド!!」
「えっ!ファリア、ここの契約龍のお嫁さんになるの?フレイユ」
「え、ええと…ど、どうなんでしょうね」
唯一、常識な思考を持っているのがフレイユだけというのはどういうことなんだろう(ディアドはよくわかっていないようだが)。レウシスは、三者三様勝手なことをわめく人間たちに頭が痛くなる。真剣に話を聞いてはみたが、結局は彼らはレウシスとファリアのことをいろいろと邪推して楽しんでいるのだ。
確かにファリアは美しい龍に成長した。
だが、今まで彼女をそんな目でみたことはなかったし、そもそも契約龍である自分は伴侶をもつことが難しい。龍は伴侶は生涯ただ一人だけ。相方が死んでも、新たな相手を迎えることはほぼない。お互いをだれよりも一番に考える生き物だ。だが、契約龍は違う。人と龍との契約は伴侶よりも重い絆で結ばれる。もし、契約した人に何かあれば、自分は伴侶のことよりもその人を守るために戦う。その行動を契約した人をもたない伴侶が理解することは難しく、反対に裏切られたとまで思われる可能性がある。
だから自分に伴侶はできない。
そんな状況は、カシュアには契約するときに伝えたこともあったはずなのだが…
「とにかく!今から迎えにいけば、まだライバルも手を出してないはずだ!!」
「…息子よ、どこでそんな言葉を覚えてきたのか…」
「あら。あなたが教えたのではありませんの?」
「え。いや、その…」
変な修羅場を迎えている夫婦と熱血している小さな王子。
「将来、ファリアにお嫁さんになってもらえるためにも、今動かないとダメなんだよ!レウシス!!」
…誰かこの王子を止めて欲しい。
レウシスがぐったりと肩を落としたときだった、彼の瞳が何かの魔力を捕え、湖を振り返る。水がざわつき細かく震えたときだ、彼女が現れた。
「見つけました…レウシス」
はじける水しぶきと踊る青銀色の髪。
きらめくような青い瞳は、若干の怒りを含めて、ファリアは呆然と自分をみているレウシスを見つめていた。
「王。」
レウシスが声をかけたときの反応はさまざまだった。
だが、個性的な人間たちとは裏腹に、お菓子をばりばりと食べながらもティアドがお帰りなさい!と満面の笑みで言っていたのだけが微笑ましかった。
「お帰りはやかったね。」
「まあ、あいかわらずお綺麗ですわ。青い髪がきらきらと、その瞳もきらきらと。宝石で飾り付けると男前が一層アップいたしますのに、わが国の契約龍は…」
「…」
契約龍の不在をのほほんと迎えた王。
どう突っ込んでよいのかわからない、美麗備讃を述べる王妃。
そしてむっつりと、不機嫌そうな王子。
なんでこんな反応なのかと、レウシスが眉を寄せていたが、三人のその後の台詞は一緒でしかも同時だった。
『で、ファリアはどこ?』
「…谷ですが。」
何故そんなことを聞くのだろうと思いつつ黙っていると、また三人は同時に言った。
『振られたの?』
「は??」
何をわけのわからないことを…そう聞き返そうとすると三人は顔を見合わせ、ため息をついた。
「…まったく何をしに行ったんだが。」
「きっとわかってないのでは?」
「それって、すごい鈍いってことだよね?」
「ちょっと待って下さい。何の話をしているのですか?」
「わが国の契約龍のことだよ。」
カップに口をつけ、カシュアは小さく笑った。
「…それにしては、内容の意味がさっぱりわからないのですが。」
憮然として言う彼をカシュアはあきれた ように見た。だが、レウシスにしてみればようやく帰ってきたというのに、王からこんな態度をされてむっとしないわけがない。
「…君は何をしに谷へ行ったんだい?レウシス。」
「何をしにって…」
本当はファリアが捕まったのではないかと危惧し、龍の谷へ向かったのだが、詳しい龍の事情を話してはいないので言葉につまる(あとでしつこく言われていろいろと白状させられそうだが)。その様子に何故か業を煮やしたロイズは責めるように言った。
「ファリアを助けにいったんだよね?」
「…何故それを?」
「ティアドが教えてくれたんだ!ファリアが連れ去られて、レウシスが助けにいったんだって!なんでひとこともないのさ!黙っていって!!」
王に心配かけまいと特に事情を離さなかったことに王子はお冠のようだった。
だが、龍の谷がある程度復興するまでと預けられているティアドが、ロイズに事情を話してしまったようだ。…きっと彼も知らないうちに口を割ってしまったのだろう、こちらから視線を逸らし一心不乱にお菓子を食べているのを、そばにいるフレイユが困り顔で見ていた。
「でも、いろいろと解決しだんだよね!?じゃあ、ファリアはもう自由なんでしょう?どうしてこっちに帰ってこないの!?レウシスが何かしたの!?」
「…確かに解決しました。彼女は無事に谷に受け入れられ、龍の谷の復興に力を注いでいます。きっと、ひと段落したらこちらにも顔を出すでしょう。それまでは少しさびしいかと思いますが、我慢してください。」
ロイズの不満がファリアに会えないことと思ったレウシスは、何か不穏なことを言ってくれた王子の最後の方の言葉を無視して状況を伝えた。それでも不満なのか、ロイズは何かを言いたげな顔をしていたが、ティアドに何かを言われて、しぶしぶ引き下がった。
「と、ファリアがそう言ったの?」
王の問いかけに、レウシスは少し考えるようなしぐさをする。先ほどの言葉が、ファリアの伝言かと思っていたロイズはえっ!?声を上げた。
「?おそらく。」
「おそらくって…」
「黙って出てきたね。 レウシス。」
この中で一番長いつきあいのカシュアはレウシスの行動が手にとるようにわかる。おそらく、わざわざ帰るなど言ってもしょうがないし、面倒なのもあったのだろう。誰にも何も言わずに帰ってきたのが、この契約龍は。あいかわず…やれやれと彼はため息をつく。
「本当にまあ…なんと言っていいのか。」
「どういうことです?私は彼女が無事、谷で 生きてゆけると思ったから戻ってきたのです。なのに何故彼女と共にこなかったことで責められねばならないのですか?」
数かに込められた苛立ちに、カシュアは苦笑する。
もしかして、自分の考え違いだったかと思ったが、長年の勘を信じることにした。
「責めているわけではないよ、ただ、君がとてもファリアを大切にしていると思ったから、手を離すとは思ってもみなかったんだ」
「…手を離す?」
レウシスは本当に首を傾げた。
何だか話がよくわからない方向へ行っている気がする。いや、この王たちは自分にいったい何を言わせようとしているのかと、彼らの意図がつかめずにいた。
「大切というか、彼女を見守るのがあるものの遺言でもありましたし、人の関係でいえば姪にあたる者でもあります。ほかの龍より気にかけていたというのはありますが」
「血縁関係だったのか、それは驚いたな。まぁそれを考慮してもね…ロイズがファリアを連れてきたときから君が少し変わったように感じていたんだよ。我が国の契約龍は自分のことをあまり話してくれないけど、それでも僕は生まれたときから君と一緒にいるからね、よくわかる。君がどれほどファリアを心配していたか。口や表情にださなかったけど、時折同じ方向に向けて心配そうに視線を向けていたからね。君が龍をそこまで気にするなんて今までなかっただろう?」
カシュアにそういわれて、全く自覚のなかったレウシスは少しばかり動揺する。
確かに今までは、自分の存在を知られないよう見守っていたが、ロイズがファリアを連れてきたとき何をどう話してよいのかわからなかったところはある。もともと対人関係がそれほど得意ではないが、自分の前に現れたファリアは、あの森で別れてからずいぶんと成長していた。今までは遠目ぐらいにしか見たことがなかったので、気づかなかったのだが、あの小さな頃とのギャップに彼女が全く知らぬ龍に見えたぐらいだ。
「だからね…ファリアは特別だと思ったんだ。一時、国を離れるときもあまりにも必死だったからね。龍の特別は深い意味があるから…私たちはてっきり、「嫁を取り戻しに行った」と思ったんだけど…」
「………はぁ?」
「そうだよ!ファリアが特別なんだから、結婚しちゃえばずっとこの国にいてくれるじゃない!なのに、ライバルたちに機会を与えるような真似をして…!!」
「まぁ。恋の駆け引きを知っているのね!すごいわロイド!!」
「えっ!ファリア、ここの契約龍のお嫁さんになるの?フレイユ」
「え、ええと…ど、どうなんでしょうね」
唯一、常識な思考を持っているのがフレイユだけというのはどういうことなんだろう(ディアドはよくわかっていないようだが)。レウシスは、三者三様勝手なことをわめく人間たちに頭が痛くなる。真剣に話を聞いてはみたが、結局は彼らはレウシスとファリアのことをいろいろと邪推して楽しんでいるのだ。
確かにファリアは美しい龍に成長した。
だが、今まで彼女をそんな目でみたことはなかったし、そもそも契約龍である自分は伴侶をもつことが難しい。龍は伴侶は生涯ただ一人だけ。相方が死んでも、新たな相手を迎えることはほぼない。お互いをだれよりも一番に考える生き物だ。だが、契約龍は違う。人と龍との契約は伴侶よりも重い絆で結ばれる。もし、契約した人に何かあれば、自分は伴侶のことよりもその人を守るために戦う。その行動を契約した人をもたない伴侶が理解することは難しく、反対に裏切られたとまで思われる可能性がある。
だから自分に伴侶はできない。
そんな状況は、カシュアには契約するときに伝えたこともあったはずなのだが…
「とにかく!今から迎えにいけば、まだライバルも手を出してないはずだ!!」
「…息子よ、どこでそんな言葉を覚えてきたのか…」
「あら。あなたが教えたのではありませんの?」
「え。いや、その…」
変な修羅場を迎えている夫婦と熱血している小さな王子。
「将来、ファリアにお嫁さんになってもらえるためにも、今動かないとダメなんだよ!レウシス!!」
…誰かこの王子を止めて欲しい。
レウシスがぐったりと肩を落としたときだった、彼の瞳が何かの魔力を捕え、湖を振り返る。水がざわつき細かく震えたときだ、彼女が現れた。
「見つけました…レウシス」
はじける水しぶきと踊る青銀色の髪。
きらめくような青い瞳は、若干の怒りを含めて、ファリアは呆然と自分をみているレウシスを見つめていた。
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