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北都市編 後編

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 サラは病院を後にして、研究所へ向かった。

 サラ自身なかなか北都市に来ることがないため、この機会を逃したくはなかった。

 だから研究所に行くことで以前から知りたいと思っていることが何か少しでもわかればいい。そう思って雪道を歩く。

 メルボスティから少し外れた場所にある、森の中。

 雪に覆われた白銀の中に佇む巨大な構造物が現れた。

 どうやらそれが研究所のようだ。看板には北都市部研究所と書いてある。

 そっと息をするように、煙突から煙がうっすら出ていた。

 研究所は騎士であれば許可なく入館できるようで、最新の研究を現場の騎士へ情報を公開することは義務であるらしい。

 まあ、現場で飛び回っている騎士がこの研究所に来ることはほとんどないだろうが。

 サラは入館し、リノリウムの床を一人歩いてゆく。

 研究所内には、首を傾げるような機械や設備があった。モニター画面にはいくつものスカルが映っており、よくわからない波形が映っている。

 設備の内の一つには、ガラスに仕切られた空間の中に数種類のスカルが捕獲されており、数分置きにロープが床すれすれを移動しているというのがあった。

 そしてなぜかスカルがそのロープをジャンプをしているのだ。

 なんとも不思議な光景だった。

 他の設備には一体のスカルに何か薬品のようなものを投与し、その反応をみている研究っぽいものもあった。

 これらは一体何の目的で研究をしているのだろうかと疑問に思うが、おそらく何らかの目的があって行われているのだろう。

 けれどサラはその風景を眺めながら疑問を持った。

 あのスカルたちは浄化されなくてもよいのだろうか、と。

 そしてずっと部屋に閉じ込められているのだろうか、と。

 スカルを倒し、浄化をしている騎士としては、少しばかり気の毒な気分になる。

 それに閉じ込めているといっても、暴れ出したりしないのだろうか。

 暴れたとしても、囲っているこのガラスには強度が十分あるのだろうか。

 そんなどうでもいいことを考えながらサラは歩いていた。

 すると。

「何か分からないことがあれば、スタッフにおっしゃってくださいね」

 白衣を着た女性がサラに話しかけてきた。

 パーマがかった頭は髪の毛の毛先が好きな方向を向いている。

 両頬にそばかすが散っており、とても快活そうな女性だ。

 恐らく彼女はここの研究員だろう。丁度いい。彼女に色々と聞いてみよう。

「じゃあ、研究所を案内してくれないか? 私が一人で見学したところで、正直よくわからない。最新の研究について知りたいんだ」

「ええ。いいですよ」

 頷き、彼女はサラを案内する。

 案内されたのは、先ほどのスカルがジャンプをしているガラス部屋だった。

「ここでは様々な負荷をスカルに与え、どのような状況下で闇エネルギーが高まるのかを計測しています」

 ウィーン、と床上五センチ幅でロープが移動する。

 タイミングよくジャンプしているスカルもいれば、ジャンプに失敗してすっころぶスカルもいる。

 どうやら全てのスカルにおいて運動神経がいいというわけではないらしい。

 人間と同じで、運動神経の悪いスカルもいるようだ。

 こけているスカルを見ることがないサラは、先程の気の毒さなどなくなって、少しその光景を滑稽に思った。

「で? どういう状況下で闇エネルギーが高まるんだ?」

「個体自体に極度のストレスを与えたときですね。どのスカルも闇エネルギーの量は決まっておりません。そのスカルの生前の状態、またスカルになった後の精神的身体的状態によって闇エネルギーの量が増減すると考えられております」

「まるほど。……なあ、最近闇の使者という者たちが世界を脅かしているのは知っているだろうが、彼らは一体何者なんだ?」

「闇の使者ですね。あの命の木を襲っていたという」

「そうだ」

「こちらへ」

 すると女性が別室へ案内する。

 そこには数多くのモニター画面が設置されていた。そのモニターには各世界の映像が映し出されている。

「ここは?」

「各地をモニターしているモニター室になります」

「監視カメラが……街についていたのか?」

「いいえ。私たちが開発したモニター精霊のレンズから、こちらへ映像が送られています」

「モニター精霊?」

「例えばこの子」

 画面のボタンを押すと、ピチチチ……、と小鳥が飛んできた。

「この子が最新式のモニター精霊になります。目がレンズで出来ており、自然界で普通に生活できます。まあ、精霊に扮した小型機械とでも思っていただければわかりやすいかと」

「ふーん……」

 じ、とサラが眺めていると、ピヨ? と首を傾げている。動き方から鳴き方まで、生物を忠実に再現しており、機械とは思えない程精巧に作られていた。本当に生き物にしか見えない。

「ここのモニター室の役割は、スカルが発生した場合、そのスカルの闇エネルギーの計測および種の記録が主な役割になります。スカルの発生状況の連絡を各都市部長に入れたりとかもしますが、それは稀ですね」

「たとえばこれとか」と研究員が画面を操作すると、鳥型のスカルが画面上に映った。

 すると種類と闇エネルギーの量だけではなく、重さや大きさ、さらには攻撃パターンや弱点などの詳細な情報が画面に広がった。

「画像から情報を得られるものと、今までのスカルに関する統計を組み合わせてスカルの情報を画面上に映し出せるようにしています。まあ、これは置いておいて……」

 研究員が再び画面を操作すると今度はグラフが映った。

「これは闇エネルギーとスカルの力の相関図です。闇エネルギーの強いモノほど、強力なスカルであると言えます。ただ、闇エネルギーとスカルの型に関してはまだ関係性がはっきりとしていませんが……。で、ここからが本題になります」

 そう言って画面を切り替える。

 すると画面にキャンヴェルとヴォルクセンが映った。

 画像が彼らを分析するが、詳細な情報は何一つ乗っていなかった。どうやら他のスカルとは分類が違うのだろうか。

「彼らが闇の使者ですね」

「ああ」

「先ほども言いましたが、闇エネルギーが強力なものがより強い力を有しています。彼等の闇エネルギーを遠くから計測した結果、相当な闇エネルギーを有していることがわかりました。もはや闇の塊と言っていいでしょう。それぐらい強力でした。……ただ、そのぐらいしか今のところはわからない状態ですが、少しこちらを見てください」

 そして切り替わった画面は騎士が犬型スカルと闘っている場面だ。

 その場面はどこにでもある、ありふれたものだったが。

 騎士が剣で斬り付けた直後、犬型スカルが巨大な獅子型スカルに急成長してしまった。

 映像はそこで途切れているが、モニターの画面の上に闇エネルギーの波形が大きくうねっていた。

 そこを指さしながら研究員は熱心に語る。

「このようなことも記録できたのです。闇エネルギー上昇と共に、スカルは成長をするということ。つまり、あくまで私の考えですが、闇の使者は元々強力なスカルから何らかの成長の結果、今の形として存在している可能性が考えられます。まあ、彼らの元がスカルだとは断定できませんが。どちらにせよ、無から有は出来ませんから、闇エネルギーの成長過程で彼らができるのではないかと推測しています」

「元が……スカルの可能性が高い」

 ということは、姉さんの体は腐敗してノヴァとなっている可能性がある。

 腐敗した体は浄化することができる。

 姉さんの体、つまりノヴァを浄化することによって、姉さんを救うことができるかもしれない。

 サラは少しだけ希望が見えた気がした。

 ただ、あの体の意識はノヴァであり、姉さんの意識があの体にないということが少しだけ気がかりだった。

 生きていると信じたいが、正直確証は持てない。

「彼らは一体どこからやってくるんだ? 異界とは、この世界の一体どこにあるんだ? そういう研究はされてないのか?」

「いいえ? それに関しても面白いことが分かってきました。それはこちらで説明しましょう」

 研究員はいい質問ですね、とにっと笑った。
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