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故郷編
14(シリウス視点)
しおりを挟む飛空艇にて。
シリウスに抱きかかえられて帰ってきたマリアに、マリアの兄であるルドルフは飛びつくように抱き着いた。
「ああああああ……! 僕のマリア……! お帰り!」
シリウスの腕から降りたマリアもきゅっと抱きしめ返した。
「お兄様、ただいま……」
今にも泣きそうな声に、ルドルフも泣きそうな顔になった。
「どうしたんだい!? 元気がないじゃないか……! 何かあったのかい? 酷いことされなかったかい? 僕に言ってみなさい」
マリアは何かを言いかけて口を閉ざす。
少しだけ首を振って、意を決したようにルドルフを見つめた。
「私……残りの祈祷祭……頑張ってお祈りするわ」
「ああ……! そうだね。それはとてもいいことだ……! でも、いつも僕のマリアは頑張っているじゃないか。一体急にどうしたんだい?」
マリアは「何でもないの」と首を振る。
「たくさんの亡くなった人たちに、みんなの想いを届けるの。そして、この世界からスカルが消えますようにって……願うの」
「もう、誰もスカルにならないように」そう儚げに笑う彼女を横目に、シリウスは思い詰めたような表情を浮かべていた。
恐らく彼女は、あの少年が自分を庇って亡くなったことを負い目のように感じているのではないだろうか。
確かに少年のことは残念だが、彼女が負い目に感じることはない。あの状態では仕方のないことだった。
人間がスカル――いや、闇の使者に敵うはずがないのだ。
奴らは危険だ。
早々に片付けるべき対象。
小さくため息をつくと、窓の向こうから光が流れてくるのが見えた。
毎回恒例の見慣れた風景。
でも、それが懐かしいと思う。
急に、なぜか胸が苦しくなった。
「ルナ――……」
そういえば君と出会ったのはずいぶん昔だ。
君のいない祈祷祭は、これで何度目だろう。
君は……、もうどこにもいないのか……?
シリウスは想いを馳せるように目を閉じた。
ずいぶん昔の祈祷祭。
僕がまだ騎士になる前。
祈祷師や騎士に見学として付いて行った時だった。
別の都市の祈祷祭に行ったことがなかった僕は、あまりにもうきうきしていて、一人で勝手に街を散策していた。
その時だ。
一人の少女が森の方へ歩いてゆくのを見かけ、気になった僕は彼女の後を付いて行くことに。
気配を消していたはずだったのに。
「あなた、誰?」
いきなり振り返った彼女に、驚いた僕は咄嗟に嘘を付いた。
「あ、すいません。道に迷ってしまって」
「あら、そうなの。この森は迷いやすいから出口まで送ってあげるわ」
にっこりと笑って、親切に案内してくれる。
僕よりも年下の、人を疑うことをしない純粋な少女。
東都市の最東には確か、聖域があるって聞いた気がする。
帰り途中で森の中を振り返った。
「そういえば、この森の奥って……」
「ああ、私の家があるのよ」
「……え、こんな森の奥にあるのかい?」
「そうよ? 変かしら??」
「え、いや……?」
僕は視線を彼女の指差す方向へ向ける。そこは木々が鬱蒼としていた。
その先は人が通れるような道はない。その奥に家があるなんて、考えられない。
さも当然のようにはにかむ少女に、僕は戸惑いを隠せず、「別に……」と困ったように笑った。
すると。
「姉さん! 大丈夫か!?」
どこからともなく颯爽と現れた少女が、地面に落ちていた木の棒を拾って僕に殴りかかってきたではないか。
「おい、お前! 早くどこかへ行け! 姉さんに近づくな!」
騎士養成学校に通っていた僕は、そんな攻撃に意味などなく。
「危ないじゃないか……」
「サラ! この人は道に迷って困っているのよ」
「嘘だ! そう言って、姉さんを誘拐しようとしているんだろう!? 姉さんも人をもっと疑え!」
誘拐……?
この少女は何度も誘拐されたことがあるのだろうか?
確かに、少女と言うには大人びている風貌。
成長したらきっと美しくなるに違いない、と考えている自分。
いやいやいや、何を考えているんだ。
それに、なんだか面倒くさい子が出てきてしまった。僕は途端に興味を失い、頭を掻いた。
「あー……なんか申し訳ないけど、何となく帰り道わかるから、一人で帰れるよ。送ってくれなくても大丈夫だから」
「ほら、コイツは一人で帰れるんだ! さっさと帰れ!」
「ちょっとサラ! サラは帰っていて。私はきちんと送っていくから」
「……」
そう姉に怒られた妹はむ、と押し黙る。暫く僕と姉を見比べていたが、渋々という風に帰って行った。
すると、一人で帰れると言ったにも関わらず、少女が「じゃあ行きましょうか」と案内し始めた。
「ごめんなさいね。サラはとってもいい子なの。私の心配をしてくれるだけなの」
「そうなんだ。…でも、どうしてそんなにも心配することがあるんだい?」
「私、よく街に出かけると、おじさんに声をかけられるの。サラは警戒しているみたいだけど、心配しすぎなのよ。だって、お野菜とかたくさんくれるもの。みんな優しい人たちしかいないのにね。でもたまにどこかへ連れて行かれそうになることもあるけれど、そんなにも心配することじゃないと思うの」
ふふふ、と笑っているが、それは警戒して当然なのではないかと僕は思った。
「君は……天然なのかい? それはさすがに危ないだろう?? 妹さんが心配するのがなんとなくわかる気がするよ」
「そうかしら??」
「そうだよ。君は人を疑わなさすぎなんだ。僕みたいな、知らない人を親切に出口まで送る必要もないだろう?? もし僕が君を襲ったりしたらどうするんだい??」
「あなたはそんな事しないでしょう?」
「え? どうして?」
「だって、あなたは瞳が綺麗だもの。そんな人が誰かを傷つけたりしないわ」
そうでしょ? とふわふわ笑う彼女。
何も疑わず、どこまでも純粋な瞳で、僕をまっすぐ見つめた。
この子……。
僕は、思わず彼女に見惚れてしまっていた。
立ち止まった僕に、どうしたの? と少女は首を傾げる。
「……いや、あの、君の名前は何ていうんだい?」
「私? 私はルナよ」
「……素敵な名前だね」
「そう? ありがとう」
にこ、と笑う彼女の顔に光が差し込む。
その笑顔はまるで、美しい宝石のようだった。
僕たちはそれからたわいもない会話をして、歩き続けた。
もうすぐで森の出口。
ここまで歩いてきて、あっという間だった。
もうお別れだと思うと、なんだかとても名残惜しい。
「ねえ、また君に会えるかな?」
「え?」
「僕、また次の祈祷祭にここへ来るから。また、君に会いたい」
何を言っているんだろうと思ったが、言ってしまったものは仕方ない。
言わなければ、きっと彼女とはもう二度と会えないと思ってしまったから。
「ええ。楽しみにしているわ」
そう、ほほ笑んだけれど。
僕は騎士になって祈祷師の護衛に付かなければならず。
ずっとこの街の祈祷祭に来ることができず、君と会えないまま。
君は、どこかへ行ってしまった。
君は、一体どこにいるんだい?
もう、この世にはいないのかい?
――ルナ。
シリウスは深い深いため息をついた。
そういえば……。
ふと気になることを思い出す。
サラに寄り添うように立っていた、あの輝かしい姿。
そしてマリアを森へ逃がしてくれた、あの姿。
シリウスがスカルと闘っている時にぼんやりとだが見えた。
精霊神――ウィンテールとよく似ていた。
まさかとは思ったが、いや、恐らく違うだろう。
なんせ、あの方は外へ出られないのだから。
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