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北都市編 後編
8(ウィルソン視点)
しおりを挟む「え……?」
衝撃的な言葉にウィルソンは絶句する。
「どういうこと……?」
「私は、あなたのことを知りませんし、私はデイジーではありません」
「なん、で……?」
カタカタと肩を掴む手が震えた。見た目は100%デイジーだ。
なのに、この人はデイジーではないという。
一体それはどういうことだろうか?
先ほどのモリスの発言からして、デイジーであることは確定していると言ってもいい。
では、目の前にいる、デイジーとよく似た彼女は、一体誰なんだ?
いや、もしかしてデイジーだったときの記憶がないだけなのかもしれない。
それならば、どうして記憶をなくしてしまったんだろうか。
驚愕の表情を浮かべているウィルソンに、モリスが深いため息をついた。
「彼らの元となる人間は、全て精霊に体も精神も委ねているんだよ。つまり彼女が精霊本人であるため、この体の持ち主であった元の人間は、もうこの世にはいない。そのため元の人間の記憶はないのだよ」
「は……? 何だよ、それ……」
じゃあ、デイジーは、もうこの世界にいないってことか?
それって、体が存在していても、死んでしまったことと同じことじゃないのか?
ふらふら、とウィルソンは床にしゃがみ込む。
俺は騎士養成学校を卒業後、一度も実家に帰っていなかった。
彼女は元気に生活しているだろうと思っていたし、父に自分を犠牲にしてまで金を作らなくてもいいと言われたが、嘘をついて騎士になったことが両親に会ってバレるのが嫌だったから帰らなかったのだ。
でも、一度きちんと帰るべきだった。そしたらデイジーをモリスの実験台にはさせなかったのに。
ああ――どうして。
どうして、どうして、どうして……。
デイジーの手術のために俺は自身の身を捧げたのに。
デイジーが元気で、そして普通に生活できることを祈っていたのに。
故郷で笑っていてくれていると信じていたのに。
どうして……。
ウィルソンは顔を覆った。
確かに騎士になることも、モリスの研究の協力をすることも、自分の決めたことだ。
でも、そうだとしても。
俺は。
俺はじゃあ、一体何のために、こんな苦しい思いをしていたんだろう?
ああ――どうして。
どうして、こうなってしまったんだろう。
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