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王都編
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しおりを挟む「いち、に、さん、いち、に、さん」
アンジェリカが数歩進んでターンを見せる。
「ほら。同じように踊って。いち、に、さん、いち、に、さん」
アンジェリカがサラを見ながら手を叩く。
その声に合わせて、サラは同じように体を動かすが。
なぜだろう、同じようには踊れない。
アンジェリカの踊りは優雅で美しいのに、サラの踊りは踊りというかただの動きだ。
「もう一度ですわ」
「え」
「もう一度ですわ」
サラは黙々と同じ動きを繰り返す。
「はい、もう一度ですわ」
「……」
「はい、もう一度ですわ」
「……」
有無を言わさず何度も何度も同じ動きを繰り返させるアンジェリカ。
アルグランドの体が小刻みに震えていた。
くそ、絶対に笑っているな。
「ほら、集中しなさいな」
「……」
リズムを刻みながら、二人はもくもくと踊っていたが。
「もういい加減にしてくれません!?」
先にアンジェリカが根を上げたのだ。
「もう嫌ですわ! 何ですの!? どうしてそんなにも踊れないんですの!? 踊りというよりも、機械のようですわ! あなた、本当に人間ですの!?」
はあ、はあ、と肩で息をするアンジェリカがきーきー喚く。
けれど、サラは自分では最初よりもうまく踊れたと思っていた。
そんなにも変だったのだろうか。
歌よりかはだいぶマシだとは思ったのだが。
アルグランドの体は相変わらず小刻みに震えていた。
くそ、まだ笑っている。一体何が可笑しいんだ!
「あなた、本当に絶望的ですわ!」
はっきりと言われて、サラは頭を掻いた。
「……そうなのか?」
「そうなのか? じゃないですわよ! あなた、歌も踊りもできないなんて、光脈を使えるようになるなんて、思えませんし、正直、祈祷師は向いていませんわ! これほどまで音痴、リズム感皆無な方、初めて見ましたわ!」
もう無理ですわ、とアンジェリカがぐったりとしている。
サラは腕を組んだ。
「……こんなことをしないと、本当に光脈は使えないのか?」
「どういうことですの? そんな、パッと使えるようになるような裏技はありませんことよ!」
「……踊りや歌が大切なのは理解した。だが、本当にこれをしていれば光脈が使えるようになるなんて到底思えないんだけど……」
アンジェリカがキッと睨む。
「そんなの当たり前ですわ! 光脈を使うなんて、幼少の頃から無意識的に行っていますので、その力を使っているという意識はありませんのよ! だから歌ったり踊ったりしたら必ず光脈が使えるようになるとは限らないですわ!」
「は?」
アンジェリカの暴露に、サラは絶望的な表情を浮かべた。
「おいおい、じゃあ一体何のためにこんなことをしているんだよ……」
「歌ったり踊ったりしたら光脈が使えるようになると思ったからですわ! でもやっぱり無理でしたわね!」
「……おいおい嘘だろ」
「……嘘じゃないですわ」
アンジェリカがため息をつく。サラもため息をついた。お通夜のような雰囲気が漂う中、サラはあることを思いつく。
「浄化はどうなんだ?」
「どういうことですの?」
「だから、浄化をしたら光脈の使い方がわかるんじゃないか?」
「無理ですわ」
「どうしてだ」
「あなたには精霊がいるからですわ。たとえ浄化をしたとしても、その光の力が精霊と協力の元か、それとも自分自身の光脈か、区別できないからですわ」
「確かにな……」
「まあでも規模が規模ならやってみる価値はあるかもしれませんけれど、その場所が今はありませんから……」
「だよな」
二人とも、はあ、と深いため息をつく。疲れと絶望とでしばらく沈黙していたが、アンジェリカが口を開いた。
「祈祷や浄化は基本的には口述、歌謳、舞踏の三つの方法がありますけれど、口述も基本的には同じですものね……」
「口述はどうやるんだ?」
サラの質問に、少しだけ視線を落としたアンジェリカは跪いて手を合わせる。
そのスタイルは祈祷際等で見た事のあるスタイルだった。
ゆっくりと息を吸って、アンジェリカが詠唱し始める。
「雲の隙間からの太陽のほころびは我々に、黄色い歓喜と未来への扉を与えん。広大な大地の恵みと潤いの海の恵みを受け取った我々は、感謝と祈りを意識の中に織り込み、母なる光へと全てを捧げん。移ろいゆく歪みのない世界の中で色とりどりの――」
「ちょ、ちょっと待て」
「何ですの?」
集中しているのですけれど、とジト目でこちらを見上げるアンジェリカ。
嫌な予感がする。
「それ、もしかして文章を覚えるのか?」
「当たり前ですわ。祈祷文を気持ちを込めて唱えているのですわ」
「……」
ため息をついたアンジェリカが、再び本棚から一冊の本を取り出す。
かなりの厚さのある本だった。
「これが祈祷と浄化の口述に関するものですわ」
「もしかして、これを覚えて唱えないといけないのか……?」
「何年も唱えていれば、簡単に身に付きますわ」
何か? と笑うアンジェリカに、サラはある一つの疑問が浮かぶ。
「『闇に染まりし者たちに光の祝福を』その一節だけ唱えて浄化をすることはできないのか?」
「なぜその一節を知っているのです?」
一瞬冷たい表情になったが、サラが「過去に母が唱えていた」と告げると、アンジェリカは「そうですわね」とため息をこぼした。
「……出来ることは出来ますわ。けれどそれはかなり上級者……というか、王族の中でもかなり祈祷や浄化に精通している者にしかできませんわ」
遠くを見つめるアンジェリカが、掻き消えそうな声で「エスティレーナ様……」と呟く。
「浄化能力の長けている方は、わたくしの知る中ではその方しか知りませんわ」
「……そうか」
サラは一節だけで確かに浄化できた。
でもそれは恐らく精霊の力を借りてできたものであって、光脈を使っていたわけではないだろう。
ということは。
サラは悟った。
歌った時や踊った時と同様、詠唱するための祈祷文や浄化文を覚えたとしても、光脈を使えるようになるかどうかなどわからないのだ。
では一体どうすればいいのだ。
しばらく考えていたサラの思考は停止する。
そして導き出した答えはただ一つ。
ここから逃げる、だった。
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