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守護精編
19(ジャイルズ視点)
しおりを挟む『待って、お兄ちゃん。ねえ、お兄ちゃんってば!』
無言で前を歩き続ける兄の姿を必死に追いかけた。
時折、立ち止まってはこちらを振り返る。
けれど追いつく前に再び兄は歩き始める。
それの繰り返しだった。
小さい頃、祈祷祭へ行くのに、いつも兄ははぐれないように待ってくれていた。
普段は一緒にいないのに。
そのときだけ一緒に行動してくれたのだ。
なぜかはわからない。
でも、振り返って待ってくれていたそのときの兄の顔を、俺は、もう思い出せない。
✯✯✯
意識が戻り、ジャイルズはゆっくりと立ち上がる。
俺に毒の耐性はない。
このままだと恐らく毒が回って死ぬだろう。
でも、その前に、やらなければならないことがある。
時間は残されていない。
ジャイルズはす、と目線を前へ向ける。
「浄化、しないとな」
ジャイルズの纏う空気が変わった。
まるで研ぎ澄まされた刃物のようで、その圧力がエイベルを飲み込む。
だが、エイベルは嗤う。
「来い、ジャイルズ」
エイベルの空気もよりまがまがしさが増した。
両者、神経を研ぎ澄ませて呼吸を置く。
刹那。
お互いの姿が消えた。
空気を切り裂く刃が四方八方で煌き、剣戟音が聖域内で木霊する。
けれどジャイルズとエイベルの姿は全く見えない。
風が巻き起こり、空気が揺れる。両者の攻防は苛烈を極めた。
しばらくの攻防の末、両者の刃が垂直に交わった時、初めて動きが止まった。
エイベルとジャイルズを中心として、そこから風が舞った。
お互いの力が拮抗し、ぎりぎりと押し合う形で睨み合う。
「兄さん、一体何で苦しんだんだ? なぜスカルになったんだ?」
「何で苦しんだ? フン、お前にはわからないだろうな。ジャイルズ……」
「どういうことだ?」
「……お前のような人間に、俺みたいな人間のことなんて分かりやしないってことさ」
「俺のような人間?」
言いようの無い苛立ちを振り払うように、ジャイルズは強く押し返す。
けれどエイベルは動かない。
「俺は兄さんに憧れていた。運動神経もよくて、勉強もできて、兄さんは誰よりもかっこよかった。俺は兄さんの真似ばかりして、兄さんになりたくて、勉強も運動もがんばった。でも、俺はそこそこの成績しか取れなかった」
「……だから何だ」
「俺みたいな人間ってどういう意味だよ。俺みたいな出来の悪い人間って言いたいのか?」
エイベルは答えない。
それが正解と言っているようで、ジャイルズは剣を握り締める。
落ち着け、感情的になるな。
もう、感情は捨ててきたのだ。
「現実しか見えていないからそう思うんだ」
エイベルがポツリ、と呟けば、押す力が強まった。
ジャイルズもぐっと力を込める。
「現実……。俺は……」
ジャイルズは剣を叩き弾いて電光石火の如く一閃を打ち込む。
エイベルはその速度に反応し避けたが、避けきることが出来ず、耳をスパンと斬り落とした。
バックステップで距離を取り、痛みを和らげるように耳を押さえた。
斬れたところから黒い血があふれ出している。
「俺は兄さんに憧れていた。でも……兄さんはいつも俺を避けてた。俺は、普通の兄弟のように、仲良くしたかった。小さい頃、他の兄弟を見ても、みんな一緒に遊んだりして、すごくうらやましかった。俺は……」
ぎり、と唇をかみ締める。
「兄さんがすごく好きだった!」
そうだ。
幼かった俺は、本当は兄さんにかまって欲しかったんだ。
兄さんに憧れて、兄さんのようになりたくて、兄さんの真似をして。
でもいくら兄さんを追いかけても、兄さんは俺の方を見てくれることなんてなかった。
だって、兄さんは――。
「俺は、お前のことが嫌いだった」
冷たい視線でこちらを見つめる。
いつもそうだった。
そんなことは言われなくても。
「……知ってるよ」
だから俺は諦めた。
大事なものを置き去りにするように、感情を消したのだ。
どんなことにも揺れない自分を打ち立てたのだ。
自分が傷つかないように。
悲しまないように。
苦しまないように。
憧れなど持たないように。
目の前の現実だけを捉えるように。
淡々と生きていけるように。
自分というものをこの世界になじませるように。
そうやって生きてきた。
でもそれは、過去、哀しくて哀しくて哀しかった末に自分が選んだ選択だった。
だから、兄さんがスカルになったと分かったときも大して哀しくなかったのだ。
感情を捨ててきたから。
「知っている、か」
エイベルがどこか哀しそうな瞳を一瞬したが、すぐに殺気が空間を焼き尽くす。
その殺気に体が反応したのか、ジャイルズは再び血を吐いた。
「ぐあ……」
「すぐに楽にしてやるから」
動いたようには見えなかった。
だが血溜まりを踏んで、目の前に肉薄していた。
息も止まるほどのスピードで剣が煌く。
反応するのが遅れた。
ジャイルズは片方の頬から目を切り上げられた。
しかし、それだけでは攻撃は収まらず、エイベルは幾度と無く切り下ろす。
そんな中、反応が遅れつつも、ジャイルズはぎりぎりのところで防いでいた。
だめだ。
目で見ていては反応できない。
気配で感じるしかない。
ジャイルズは目を閉じた。
ジャイルズの雰囲気は研ぎ澄まされるように鋭くなってゆく。
不意に背後から鋭い殺気を感じて剣を振るう。
次いで左、後ろ、前、上。剣を振るうごとに重い打撃を弾き返す。
「まだそんなにも動けるのか……」
体力的にはぎりぎりだった。
気を抜けば血を吐き、意識を失う。
それでもジャイルズが剣を握り締めるのは、弟としてスカルになった兄を浄化するという強い意思があったからだ。
エイベルの追撃をまるで予測しているかのようにジャイルズは動く。
気配で攻撃される場所が分かるかのようだ。
そしてエイベルの攻撃速度を超えた時、ジャイルズが大きく踏み込んで、筋肉から剣先へと力を引き絞った。
力が放たれた直後、ド、と重い音がいて、手には肉を貫いたときのような手ごたえがあった。
だが、それでも上方からの鋭い攻撃がきた。避けられない。
ならば。
ジャイルズは手を伸ばす。
手には衝撃と同時に激痛が来たが、耐えられないことはない。
なんとジャイルズは刃物を素手で掴んだのだ。
そして動けないように握る。
手からは血があふれるように出ているだろうが、それでもお構いなしだ。
ゆっくり目を開けて、目の前にいるエイベルを捕らえる。
「捕まえた……」
今度はジャイルズが笑う番だった。
「しまっ」
「悲涙の蒼炎」
ごう、とエイベル、そして自分自身ごと蒼い炎に包まれた。
刃を握っている手から血が滴れてエイベルの方へ刃を伝ってゆく。
まるで誰かの零した涙のようだ。
それが導火線のようにエイベルの手へ付着した瞬間、炎は灼熱の業火へと変貌する。
この技は自身の血が対象物に付着している方がより火力が強いのだ。
自身をエイベルと共に燃やすのは、この火で体を浄化することにより解毒できるのではないかと思ったからだ。
自身の光の力であるから重度の火傷を負うことはないが、体を包む炎は刺すように痛い。
未だに形を保っているエイベルは苦しそうに顔を歪めている。
だが、剣をジャイルズの手から引き抜き、渾身の一撃を叩き込んできた。
「毒の漣!」
波の様に揺れるあまたの毒の刃が放たれて、ジャイルズを串刺しにしようと降り注ぐ。
ジャイルズもエイベルから剣を引き抜き、瞬時に足に力を入れて跳躍した。と同時に、高速で舞う。
刃を弾く毎にジャイルズの体は毒に犯され、そして纏っていた炎は消え散ってゆく。
けれど全てを弾き落とすまでは一瞬。
そして重力に従うように、ジャイルズは血走った瞳でこちらへ剣を構えるエイベルを切り伏せた。
「群青の蝕灯」
今度はエイベルの内側から暴れるように炎が破裂した。
「ああああああああああああああああああああ!」
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