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塾の生徒達

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「あれ?もう既に一人来ている…?もしかして、新しい人でありますか!?」

「そっ。…で、…だから…」

入口の方で何やらひそひそ話している。やはり、少人数となると生徒同士の結びつきも強いようだ。やっぱり疎外されるのだろうか…という不安と、どんな人が来るのだろう、という期待で胸が詰まっていた。

「はい、じゃあ全員席について~。」

谷日さんがそう言うと、生徒達は自分の隣の席に着々と座っていく。左側には、女性が二人。右側には男性が二人。年齢はバラバラ…という程では無さそうだが、中学生から高校生までの集まりと言った感じ。

「はい、さっきも言ったけど、彼が新入りの吉住君。これから一緒に勉強して行くから、仲良くしてあげてね。」

俺と接している時とは打って変わって、真面目な口調で、固い言葉で接する谷日さん。これが、俺の知らない彼女。なんだか、不思議な気分だ。

「とりあえず、自己紹介から行こっか。まずは薫、お願い。」

「はいであります!岩本薫、14歳!趣味はミリタリーで、好きな銃器はXM307であります!これは分間に250発もの弾を撃てる銃器で…」

ミリタリー、つまり戦争のものだろう。それの専門的な知識をひけらかしているのが彼女。黒い髪のロングヘアーで、如何にも!と言った感じの迷彩服を着込んでいる。…コスプレだよな?

「ちょっと。趣旨がズレてるわよ。」

「あ、え、えへへ…ごめんであります。これからよろしくでありますよ。」

「あ、ああ。よろしく。」

彼女は席に座る。彼女は年下だろうから、呼び捨てでも良いだろうか?彼女の自己紹介が終わると、今度は隣の女子が立ち上がった。

「厳島伊織。高校二年生です。よろしくお願いします。」

こちらは凄く礼儀正しい。高校二年生ということは歳上なのだろうが、自分を全く見下していない態度なのが鈍感な俺からでも伺えた。彼女はショートヘアで、耳に飾られた月のノンホールピアスが特徴的だ。彼女は厳島さんと呼んだ方が良いだろうか?

彼女が座ると、くるっと回って今度は男性陣。よく見ると、二人共とても顔立ちが整っていて俺よりイケメンである。まず、手前の青年が立ち上がる。

「千早孤曉こさとです。歳は18で、趣味は料理です。これから、よろしくお願いします。」

そう言って会釈した彼は、非常に好青年であった。なんのイヤミも無い、素直な美しい挨拶。美少年というのは、彼の様な人の事を指すのだろう。孤曉さんが座ると、今度は奥の青年が立ち上がった。

「俺は真樹。お前と同じ歳だ。よろしく。」

こちらの青年は、どことなく無愛想だ。イケメンである事にさし変わりないため、俺が嫉妬しているだけかもしれないが、さっさと挨拶を済ませて座ってしまった。以上が、俺と同じ授業を受けるメンバー達。さて、四人が自己紹介をしたのだから、自分もしなければならないだろう。頭の中で、色々な自己紹介文を考え込む。

「はい、皆ありがとう。彼は、吉住大輝くん。高校一年生で、小説を書く作家さんをしているよ。」

と思ったら、谷日さんが簡潔にまとめてくれた。どうも彼女は、俺の性格をよく熟知してくれているらしい。ちなみに余談だが、自分はあがり症で全く人前に立てない。

「へえ、作家なのですか。良かったら、今度読ませて頂けませんか?」

そう言って、真っ先に声をかけてきたのは左隣の厳島さん。後で分かったことだが、彼女は筋金入りの読書家らしく、常に本を何冊か持ち歩いているんだとか。

「え?い、良い…ですけど、まだ人に見せられるようなものではないと言うか…」

というか、彼女が読むようなジャンルにはとても見えない、と言うのが本音だ。他人にまだ見せたことがない、というのもあるだろうけれど。

「構いませんよ。私、どんな駄文でも内容さえあれば読むのは好きですから。」

「そうですか…で、ではこの後にでも…」

谷日さんの授業がいつ終わるのかは分からないが、なんならプロットを印刷して渡せば後でも読んでもらえる。そう言えば、いつの間にか他人に作品を見せることが恥ずかしく無くなっている。これも、谷日さんのおかげなのだろうか。

「はいはい、それじゃあ授業を始めるよ。全員筆記用具を出して~」

彼女は話を途切れさせないタイミングで、かつ無駄に間延びしない様なタイミングでうまく場を進行させてくれている。俺は言われた通りに筆箱を出して、彼女の話を聞くことにする。

「それじゃ、今日も一人ずつ教えていくからね。」

どうやら、彼女の授業は個別的に指導してくれるようだ。少人数ならではの勉強法だろう。大手の塾となれば、個人と個人で授業を行うのにも、莫大な人数を用意しなくてはならないからだ。

「吉住君は最後に行くからちょっとまっててね。」

「あ、はい。」

そんなわけで、学校から手渡された対策プリントに目をやる。意味不明な文字がズラーんと並んでいて、とてもやる気になれない。いくら好きな人とやるとしても、これじゃあとても無理な気がする…

「……」

そんなすぐに順番が回ってくるわけでもなし。ちらっと授業を受けている岩本(ミリオタちゃん)の方を見てみる。

「ここはこうするの。ほら、出来たでしょ?」

「あっ!なるほど!ありがとうございますであります!」

そう言えば、岩本は四人の中でも特に個性派だ。なんと言っても、その特徴的な語尾。「であります」なんて、今どき軍人でも使わないだろう。

「次は孤曉君ね。見せてみて。」

着々と進み、次は男性陣。ちなみに、厳島さんは至って普通の生徒と先生、的な感じだった。

「うんうん、よく出来てるね。偉い偉い!」

えっ…?

「あ、ありがとうございます。」

なに…が…?

「よしよし~」

目の前で起こっている出来事に、自分は心を奪われてしまった。谷日さんが、彼の頭を撫でている。たったそれだけ。たったそれだけの事なのに、自分の中で、何かがカチンと動いた。そう、まるでカセットコンロのように。

「…………」

ベラベラと燃え盛る緋色の炎。自分の中で、小さくそれが宿った気がした。彼女はその後、真樹と名乗った青年とも話していたようだが、全く何をしていたのかすら頭に入って来なかった。

「………」

ああ。何だこの気持ちは。先程まであんなに気分が良かったのに。どうしたことだろう。気が付けば、持っていたプリントが手汗でぐしゃっとなっていた。

「よーしずみ君。」

「……はっ!え、あ、はい!」

「ほら、勉強するよ。わからない問題、どんどん解いてこ?」

「は、はい!」

ぼーっとしていた。…のだろうか。きっとそうだ。それに違いないと。俺は思いながら彼女との勉強を始めた。彼女の勉強方法はとてもわかりやすく、身につくような勉強方法だったけれど、何をしたのかよく覚えていない。今の自分は、夢と現実の合間に居るような感覚に常に襲われているのだ。

「はい。お疲れ様。…大丈夫?」

「……お疲れ様でした。」

俺は彼女の問いかけに答えなかった。いや、答えられなかった。さっきの光景が、いつまでも頭の中を駆け巡っている。その後、授業が終わるまで、自分は何も考えられないでいた。

「今日の授業はここまで。皆、お疲れ様~。吉住君も、解散で良いよ?」

「あ、はい…お疲れ様でした…」

もう、ダメだ。何も考えられない。なんでたった一つの行動だけで、ここまで追い詰められてしまうんだ。何故こんなにも身体が熱くなってしまう。他の四人に別れの挨拶もしないで、俺は家の外へと出てしまった。

「えっ?よ、吉住君…?どうしたの…!?」

呼び止めてくれた声を無視して、ドアを閉める。なんでだ。どうして、こんなにも苦しい。こんなにも辛い。燃え盛る炎は更に勢いを増していく。夜の冷たい雨でさえ、俺を濡らすだけで炎を止めることができないのだ。

どうして。

こんな感情が。

生まれるんだ。
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