ヒネクレモノ

亜衣藍

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「あの、うるさいハエのような金髪のガキの件はどうします? 裏から手を回すのはいつでも出来ますが」

「もうどうでもいいよ。っていうか、二度と会いたくないと思っていたし」

 ジュピタープロも辞めるのなら、もう聖の名を出して釘を刺すのは意味もない。
 それどころか、Triangleとは局で顔を合わせる事も今後無くなるだろう。

(聖さんの傍はやっぱり居心地がよくて……つくづく甘え過ぎたな。だから、最初から頼っちゃダメだって、自分でもあんなに思っていたのに)

 この数か月間、夢のように幸せだった。
 カムバックの夢想に浸り、少しずつ入るようになった歌の仕事をしながら、ただ現実味のない夢を見ていた。

 だがそれは、聖によって用意された夢の揺りかごで。
 全ては偽りの世界だった。

(新曲? なにが、夏らしい軽やかな曲だ? そもそも、それを本当にオレが作ったところで、誰が聴いてくれるっていうんだよ……)

 誰もいなくなった室内で、ユウは静かに嗚咽を漏らした。

   ◇

 その後、スタッフ達から事の顛末を聞いた聖は激怒した。

「お前たち、ユウにそんな事を喋ったのか!!」

 腹の底から恫喝するような声に、皆、青くなって震えあがる。

「し、しかし、社長! これは、畠山も納得したことです! 彼は辞退すると」
「黙れっ!」

 ガラスの灰皿が飛び、床に叩きつけられ粉々になった。
 先程まで反旗を翻そうとしていたスタッフたちは、聖のあまりの剣幕にただただ恐れおののく。

「オレは、歌謡祭にユウを出すと言ったよな? 違うか!」
「は、はい……ですが……」
「決定は取り消すつもりはない。文句があるなら、今すぐジュピターを辞めろ!」
「そんな……社長っ!」

 長年ジュピタープロに付き添ったスタッフ達よりも、移籍したばかりの愛人を優先するのか? 

 承知しかねる事態に、だが、聖の怒りを恐れスタッフ達は押し黙った。
 その面々に、重ねるように聖は言う。

「いいな? ジュピタープロは、畠山ユウで変わらない。インディーズバンドのプロデビューは、もうしばらく先だ。わかったな? 二度目はないぞ」

 射殺すような眼光鋭い眼差しに、反論は完全に封じられた。
 聖は忌々しく舌打ちすると、苦し気に眉根を寄せる。

(こいつら、軽々しくユウを傷つけるようなマネしやがって! あいつがどんなにショックを受けた事か!)
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