インチキで破廉恥で、途方もなく純情。

亜衣藍

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「奏ーお前に、なんか手紙が来てるぞ」

「手紙!? 」

「えっと……差出人は結城信一郎ってなってるけど――ああ、コレお前の実家か」

 その知らせに、奏は顔を輝かせた。

 手紙をヒラヒラとさせながら、くたびれたジャージの上下を着た男性は、少し呆れたように口を開く。

「…………しかし、今時手紙って――凄い古風だな~」

「いいじゃないですか、そんなの」

 そして少しだけ間を空けて、奏はポツリと言う。

「――――実家は、勿論僕の携帯番号を知ってはいるんですが、いつも忙しいらしくて――今まで何度かけても、誰も出ないんですよ。折り返しに電話が来るということも一切無くて――――父も母も……本当に、忙しい人達だから……だから、時間が出来た時にでも読んでもらえるようにと、先日思い切って手紙でメッセージを送ったんです」

「あ、悪い……」

「やだなぁ……謝らないでくださいよ、武藤先輩」

 ちょっと笑って、奏は続ける。

「古風でも、ウチは手紙が丁度いいみたいです。現にこうして、返事が来たし! 」

 奏は明るくそう言うと、花のように笑った。

 奏は、先日からアパートの一室を借りて、ラボ七海班の仲間とシェアして暮らし始めている。

 お陰で大分経済的な負担が減り、以前のようにカツカツの状態からは脱出することが出来た。

 しかし、やはり発情抑制剤の負担分は大きい。

 仲間内では、オメガの男体が妊娠し難いのを逆手に取って、高額な発情抑制剤など最初から使わずに、発情期が訪れる度に売春紛いの行為をしては、小金を稼いでいる者もいたが。

――――だが、奏はそんな事をして、自分の純潔を汚すのだけは避けようとしていた。

 この身体は、全て、青柳正嘉の物である筈だ。

 そう教えられて、奏は育ってきた。

 今でも、それは堅く信じている。

(正嘉さま――――もうすぐ、正嘉さまは14歳になられる筈。第二次成長期も、とっくに迎えているお年頃ですね……声変りをしたりして、大人の体への変化が顕著になっている頃でしょうか……)

 ならば、やはり将来の番である奏は、傍にいるべきなのだ。

(お父様と、お母様は――僕の願いを聞き届けてくれたのかな? )

 奏はドキドキしながら、パーテーションで軽く仕切っただけの自分のスペースへ転がるように入り込むと、その手紙を急いで開いてみた。


   ◇


 そこには、奏が期待していた事が書かれていた。

『奏へ。

 お前の手紙を受け取りました。

 そして、青柳家と場を設けて、お前のこれからの事について話し合いをしました。

 お前は元々、幼少の頃より、青柳家の当主にすと正式に両家で婚約を交わし、とても大切に育てた結城の子供の一人です。

 だから、お兄さんや弟と隔離して、私達は奏をいつも一番特別に育ててきました。

 それなのに、5年前は、大切なお前を青柳家に置き去りにするような真似をして、まるでお前を結城から追い出すような仕打ちをしてしまった……。

 あの時は、本当に大変済まなかったと思っています。

 今は、ただただ申し訳なく思って、母さん共々反省している所です。

 奏は自分で道を切り開き、大学では奨学金をもらいながら、立派に勉学に励んで着々と成果を収めているようですね。

 まだ23歳なのに、飛び級だけでなく近々博士号も取得するとか?

 奏の優秀さには、今更ながら本当に驚いています。

 お兄さんのしょうと、弟の篠笛しのぶえも感心していますよ。

 奏は、我が家の自慢だと二人とも喜んでいます。

 そして、手紙の内容は、確かにお前の言う通りだと実感しました。

 まずは、発情期おめでとう。

 これで、奏は妊娠可能なオメガになりましたね。

 オメガの男体は妊娠し難いと言われてはいますが、それでも、アルファ同士の男女ペアよりも妊娠する可能性は上です。

 大丈夫、自信を持ってください。

 青柳家と話し合いをしたところ、青柳の離れへ新しく、奏の部屋を用意してくれる事になりました。

 向こうも、5年前に奏に酷い仕打ちをした事を反省し、今は後悔しているそうです。

 だから、安心してください。

 奏は、今も正嘉くんの正式な婚約者です。

 番として、奏は皆から祝福されています。

 しかし、正嘉くんは先日14歳になったばかり。

 奏は発情期が来て大人のオメガの身体になりましたが、彼の方はまだ未熟かと思います。

 ですので、しばらくの間は奏には離れで生活してもらい、正嘉くんが18歳になったら改めて 祝言を執り行いたいと申し合わせをしました。

 それまでに、彼と心の距離を縮めて欲しいと思います。

(でも、今風にデキ婚でも良いですよ。お父さんとお母さんは、可愛い赤ちゃんが奏のお腹に宿るように、いつでも奏を応援してます)

 そういう事で、月末の日曜に、まずは奏に青柳家の離れの様子を見てもらいたいと打診されました。

 好みの家具やインテリアなど、相談して決めたいそうです。

 ですので、奏の都合が良ければ、30日の12時にこちらから迎えの車を回します。

 夜は、奏の為に、両家で会食の場を設ける予定です。

 当然正嘉くんも出席するので、綺麗に装わないといけませんね。

 当日は、最高に素敵になった奏を皆に見てもらいましょう。

 
 奏と会える日を楽しみにしています。
 

   結城信一郎・美佐子より。』


   ◇


 手紙を読んでいる内に、奏の瞳からはポロポロと涙が溢れていた。

 そこには、この5年、ずっと奏が言ってほしかったことが書かれていたからだ。

 奏の父親はアルファ。母親はベータ。

 兄弟は二人ともベータだ。

 オメガとして産まれた奏と間違いが起きぬようにと、兄弟の笙と篠笛とは、幼少時から隔離されて育った。

 奏は、ずっとそれを寂しく感じていた。

 オメガの発情は、アルファやベータの理性を破壊する故、仕方のない事だと諭された。

 しかしその為に、兄弟なのに、奏は二人とロクに顔も合わせた事がない――――。

 もしかしたら、結城の家を追い出されたこともあるし、二人とも自分の事などとうに忘れているのではないだろうか?

 ずっとそう思って、不安に感じていた。

 しかし、それは奏の杞憂だったらしい。

 奏の事を、二人の兄弟は、自慢の兄弟だと言ってくれたらしい。

 それが、とても嬉しい。

 そして父と母も、今は、奏に冷たく当たってしまった事を後悔しているという。

 もしかしたら、本当に忘れ去られているのではなかろうかと、一向に通じない電話を眺めては、憂鬱になっていた。

 ずっと悲しかった。

 でも、それも全部、奏の勘違いだったのだ。

――――奏は、ずっと愛されていたのだ。

「良かった……」

 奏はそう呟くと、ポロポロと流れる涙をティッシュで拭いて、仄かに頬を赤らめた。

「『お父さんとお母さんは、可愛い赤ちゃんが奏のお腹に宿るように、いつでも奏を応援してます』……か。ふふ……」

 まったくもう、気の早い。

 正嘉とは、あれ以来まともに顔を合わせていない。

 まずは。

 そう――まずは……。

「正嘉さまと、お話をして……仲良くなれるようにしないと……」

 だって、僕たちは番になるのだから。

 あれ以来、どうにかして会おうと奏なりに努力してみたのだが、居留守を使われてたり直接的に門番に追い払われたり。

 それでもどうにか会いたいと、手紙を何度も投函してみたが。

 一度も正嘉から返事は無かった。

 しかし、こうして、きちんと家同士の話し合いをした結果、青柳家では今はそれを後悔しているらしい。

――――大丈夫。あの時は辛かったけれど、僕は笑顔で許そう。

 あなたの番になる為に、僕は今まで生きて来ました……そう、口に出して告白するんだ。

 とびきり素敵な服を着て。

 そうだ、今流行りはモノトーンの単色素材だとテレビで言っていた。襟はデコルテが綺麗に見えるように、大きくカットされているシャツを合わせて――……。

 しかし、そこで奏は不審な点に気付いた。

 手紙には、綺麗に装う――と書いてあったが、それは奏の身体に合わせて、新しく洋服を仕立てる工程は入らないのか?

 吊るしの服で、果たして盛装と呼べるのだろうか?

 洋服を新しく仕立てるなら、月末に合わせる為には、今すぐにでも仕立て屋に行って一から測定をしなければ間に合わないのだが――……。

(いやだな――なんだって僕は、こんなどうでもいい事を気にしてるんだろう)

 平凡な顔をしているだけに、せめて装いで目を引くように、きちんとした物を身に付けたい……そう思うのは、きっと我が儘なんだ。

 会って、両家の家族で食事をする。

 それだけで、今は、充分満足ではないか。

「――で、奏っ」

「っ!! 」

「どうしかしたか? 」

「あ、何でもないです。ただ、手紙に夢中になっちゃって」

「なら、いいけど――」

「あ、先輩! 月末のバイトのシフト、代わってもらえませんか? 」

「ん? いいけど? 」

「ありがとうございます」

 奏はそう言うと、幸せで堪らないというように、微笑みを浮かべた。


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