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必死に説明をしようとする奏に、栄太は静かに首を振った。
「無理をするな」
「――え? 」
「お前は、今までの5年間…………発情期にオレに抱かれる度に、何度も何度も『正嘉さま』と、うわ言を繰り返していた。本当は、お前は――――心の底では、ずっとあの男を忘れられずに想っていたんだよ」
「そ、そんなっ! 」
そんなセリフを口にしていたなどと、奏は全然覚えていない。
今になって記憶にない事を今言われても、困惑するだけだ。
「それは、違います! 」
「でも、言っていたのは本当の事だ」
悲しそうな顔をする栄太に、奏はどうすればいいのかと動揺する。
栄太は、いつも自信満々で野心に満ちていて、ちょっと強引な所はあるが……でも、そんなところも魅力的で。
それに、少し意地悪だけど本当は優しくて、頼りになる男性の筈だった。
だが、今はこうして別人のように肩を落とした様子で、滔々と独り言のように過去の房事に起こったことを喋っている。
(どうして、そんな事を言うんですか? )
奏は、栄太に何と言って言葉を掛ければいいのか分からない。こんな風に覚えがない事を言われても困るだけだ。
だが、発情期の記憶が定かではない以上、栄太の言葉は否定できないのも事実だ。
「……正嘉さまは…………僕の運命の番でした。だから、僕がうわ言に正嘉さまの名前を呼んでいたと栄太さんが言うのなら、それは本当の事なんでしょう……」
でも、と奏は続ける。
「――――でも、僕はそれでも――――今は、栄太さんを愛しています」
5年もの間、封も解かれない贈り物に添えられていた愛の告白を知って、奏はそれを受け入れる事にした。
自分を愛していると言ってくれた、その栄太の言葉を信じたのだ。
どうしてこの期に及んで、正嘉の気紛れに惑わされなければならないのか。
いつもの、自信に満ちた野性味あふれる栄太に戻ってほしい!
「正嘉さまの事は気にしないで、2人で一緒に頑張りましょう! それに番の上書きにしたって、きっと正嘉さまにとってはどうでもいい戯れに過ぎないと思います。あの人が、本気で僕と番になりたがるワケがない」
「しかし、お前達は『運命の番』の自覚があるのだろう」
「で、でも……だって、僕はオメガの男体ですよ? だから僕は、青柳家から二度も冷たく追い払われたのに。あの人が今になって、僕をどうこうする筈がないじゃないですか」
強張った顔で、無理に笑いながら奏は言う。
この時の奏は、本当に正嘉の謎の行動はただの気紛れなのだと思っていたので、奏を本気で青柳へ迎え入れようとして、正嘉が実際に行動を起こしている事は知らなかった。
ただ、どういったつもりかは知らぬが、ふいと気が向くままに足を向けた先に奏がいて、偶然にも奏がヒートであったが為に……不幸な事故のようなことが起こったのだと、そう思っていた。
わざわざ九条恵美を連れて来て謝罪させた事や何やらは本当に意味が分からないが…………アルファの知り合いは九条理事を含め少数しか知らないが、きっとアルファという人種は、どこか考え方に偏重傾向があるのではと思う。
自分の思考や主義を第一に考えて、他者の想いを察するのが鈍いのではなかろうかと。
だから、自分の思い付くままに行動して、その結果、相手が何を思うかまでは予測もしないのだろう。
そんな自分勝手なアルファに、ようやく明るい方向へ進み始めたばかりの奏の人生を狂わされるなど冗談ではない。
ようやく、お腹には新しい命が宿ろうとしているのだし。
だから奏は、青白い顔で必死に笑顔を作った。
「栄太さん、それじゃあ――――悪い話はここまでにして、今度は良い話の方を聞きたくはないですか? 」
「……良い話? 」
「はいっ」
ニッコリと笑って、奏はとっておきのニュースを口にした。
「……先日の発情期の時の性交によって、僕のお腹に着床が確認されました」
「――え? 」
「子供が宿ったんです、僕のお腹に! 」
「無理をするな」
「――え? 」
「お前は、今までの5年間…………発情期にオレに抱かれる度に、何度も何度も『正嘉さま』と、うわ言を繰り返していた。本当は、お前は――――心の底では、ずっとあの男を忘れられずに想っていたんだよ」
「そ、そんなっ! 」
そんなセリフを口にしていたなどと、奏は全然覚えていない。
今になって記憶にない事を今言われても、困惑するだけだ。
「それは、違います! 」
「でも、言っていたのは本当の事だ」
悲しそうな顔をする栄太に、奏はどうすればいいのかと動揺する。
栄太は、いつも自信満々で野心に満ちていて、ちょっと強引な所はあるが……でも、そんなところも魅力的で。
それに、少し意地悪だけど本当は優しくて、頼りになる男性の筈だった。
だが、今はこうして別人のように肩を落とした様子で、滔々と独り言のように過去の房事に起こったことを喋っている。
(どうして、そんな事を言うんですか? )
奏は、栄太に何と言って言葉を掛ければいいのか分からない。こんな風に覚えがない事を言われても困るだけだ。
だが、発情期の記憶が定かではない以上、栄太の言葉は否定できないのも事実だ。
「……正嘉さまは…………僕の運命の番でした。だから、僕がうわ言に正嘉さまの名前を呼んでいたと栄太さんが言うのなら、それは本当の事なんでしょう……」
でも、と奏は続ける。
「――――でも、僕はそれでも――――今は、栄太さんを愛しています」
5年もの間、封も解かれない贈り物に添えられていた愛の告白を知って、奏はそれを受け入れる事にした。
自分を愛していると言ってくれた、その栄太の言葉を信じたのだ。
どうしてこの期に及んで、正嘉の気紛れに惑わされなければならないのか。
いつもの、自信に満ちた野性味あふれる栄太に戻ってほしい!
「正嘉さまの事は気にしないで、2人で一緒に頑張りましょう! それに番の上書きにしたって、きっと正嘉さまにとってはどうでもいい戯れに過ぎないと思います。あの人が、本気で僕と番になりたがるワケがない」
「しかし、お前達は『運命の番』の自覚があるのだろう」
「で、でも……だって、僕はオメガの男体ですよ? だから僕は、青柳家から二度も冷たく追い払われたのに。あの人が今になって、僕をどうこうする筈がないじゃないですか」
強張った顔で、無理に笑いながら奏は言う。
この時の奏は、本当に正嘉の謎の行動はただの気紛れなのだと思っていたので、奏を本気で青柳へ迎え入れようとして、正嘉が実際に行動を起こしている事は知らなかった。
ただ、どういったつもりかは知らぬが、ふいと気が向くままに足を向けた先に奏がいて、偶然にも奏がヒートであったが為に……不幸な事故のようなことが起こったのだと、そう思っていた。
わざわざ九条恵美を連れて来て謝罪させた事や何やらは本当に意味が分からないが…………アルファの知り合いは九条理事を含め少数しか知らないが、きっとアルファという人種は、どこか考え方に偏重傾向があるのではと思う。
自分の思考や主義を第一に考えて、他者の想いを察するのが鈍いのではなかろうかと。
だから、自分の思い付くままに行動して、その結果、相手が何を思うかまでは予測もしないのだろう。
そんな自分勝手なアルファに、ようやく明るい方向へ進み始めたばかりの奏の人生を狂わされるなど冗談ではない。
ようやく、お腹には新しい命が宿ろうとしているのだし。
だから奏は、青白い顔で必死に笑顔を作った。
「栄太さん、それじゃあ――――悪い話はここまでにして、今度は良い話の方を聞きたくはないですか? 」
「……良い話? 」
「はいっ」
ニッコリと笑って、奏はとっておきのニュースを口にした。
「……先日の発情期の時の性交によって、僕のお腹に着床が確認されました」
「――え? 」
「子供が宿ったんです、僕のお腹に! 」
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