キラワレモノ

亜衣藍

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「は? 」

「――少しはこっちの都合も考えろ」

 その意味を察し、いかりは足を止めた。

 そして、碇は――――何かを決心したように、口を開いた。

「止めてもいいんだぞ」

「は? 」

「今回の仕事は……オレは、お前を巻き込む事になると知った時から、ずっと気乗りがしなかった」

「何言って――」

「会社を作るなら、別にここじゃなくてもいい。オレは、手を引いてもいいと考えている」

 これに、異論を唱えようとする白川より先に、聖が苦々し気に口を開いた。

「バカを言うな。ここは立地的にも、東南アジアの窓口に丁度いい。北アメリカの直行便も飛んでいる。しかも、税制優遇は有り難いし、ナモ公国の法律は資金洗浄にも寛容だ。海外の旅行会社という体裁さえ整えたら、日本の法律は適応外だから、厄介ごともグンと減る。だから、天黄組でも頭の切れる連中が、厳選して選んだ国なんだろう? 」

「……そうだな」

「それで、既にここに来るまでにかなりの金を注ぎ込んでいる筈だ。それを、全部無駄にしてもいいって言う気か? 」

――――そんな気も無いクセに。

 フンと鼻で笑うと、意外な事に、碇はコクリと頷いた。

「ああ。そうだ」

「ちょっ……近藤さん! 」

 慌てたのは、秘書の白川だ。

「何を言ってるんですか!? すでに、手付であちこちに大金を遣っているんですよ! 青菱からだって、近々組長が出所して来るから祝儀の要求が来てます。それだけでも大変だってぇのに――」

(青菱……! )

 サッと青ざめる聖に、碇は視線を注ぐ。

「お前は、もうカタギだ。こっちの都合なんざ、考えなくていい」

「近藤……」

 意外過ぎるセリフに、聖は言葉を失った。

 まさか、そんな事を言われるとは夢にも思っていなかった。

 今まで、誰もが当然のように聖へを求めてきた。

 そして、それ無くしては、交渉など有り得なかった。

 真壁や天黄正弘のように、極一部の身内だけは聖を庇おうとしてくれたが。

「――ここまで来て、そんな事を言うな……」

 聖はそう言うと、くるりと方向を変えて車へと踵を返す。

「おいっ」

「オレは、同情されるのは嫌だ。そんな憐れみを受けるくらいなら、いつも通りに枕でも何でもした方がよっぽどマシだ。そんで相手を手の平で転がして、腹ん中で笑ってる方がずっといい」

――――なんて馬鹿な連中だと、男の上にまたがって嘲笑っている方が気が楽だ。

 もしかして、本当に本気の気持ち・・・がそこにあるのかもしれないと、そんな期待は二度としたくない…………。

「待て! 」

「っ!? 」

 碇は手を伸ばすと、強い力で聖の両肩に手を掛け、自分の方へと振り向かせた。

「オレは、嘘なんか言ってねぇ。カタギのお前に、組の仕事の片棒を担いでもらう程落ちぶれてもいねぇ。サイエン・ルドーには――あと10万ドル上乗せして交渉する」

「近藤さん!? 本気ですか!? 」

 白川が驚愕の声を上げるが、碇はそれに構わず聖を見つめる。

「このまま何もしないで、お前は、息子の晴れ舞台だけを見て帰りな」

「ゴ……近藤……」

 こうして、しっかりと視線を合わせて会話した事は、今まで殆どなかった。

 改めて見ると、意外とこいつはいい男っぷりをしていたんだな。

――――そう感じ、思わず聖は苦笑していた。

「ありがとうよ」

「御堂? 」

「でも、こいつぁオレなりのケジメよ。お前を利用してここまで来ておいて、今になって自分はカタギだからパスしますじゃあ、誰も納得しねぇだろう」
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