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第1話 白米と私たちの関係
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放課後の教室に残る生ぬるい空気。
窓から射し込む斜めの夕陽が黒板に薄いオレンジ色の影を落としていた。
誰もいなくなった高校の教室、私は席に座ってノートの整理をしながらふとため息をつく。
「田所さーん!」
同級生の遠野がいつもの勢いで教室の扉を開け、ドタドタと駆け寄ってくる音が響いた。
予想はしていたけど、もう少し静かにできないものかと内心思う。
「帰る前にさ、ちょっと寄り道しない?」
私がちらりと遠野を見ると彼女はすでに私の机に身を乗り出してきていた。
その目は輝いている。
こういうときの遠野はたいてい食べ物の話に決まっている。
「またご飯の話?」
「当たり前じゃん! 今日は行きたいところがあるんだよー!」
やれやれ。
私はノートを閉じてカバンにしまい込んだ。
「どうせ断ってもついてくるんでしょ?」
「わかってるねぇ、さすが田所さん!」
「褒められても嬉しくないけど?」
こういうときは素直に流されておいた方が楽だ。
遠野は一見、わんぱくで無邪気なように見えるが意外と強引だし、食べ物に関しては譲らない。
教室を出て校門を抜けるころにはすでに彼女は鼻歌を歌いながら楽しそうにしている。
こういうテンションに巻き込まれるのが嫌いじゃないから私もなんだかんだ付き合ってしまうのだ。
「で、どこに行くの?」
「新しくできたおにぎり専門店!」
「おにぎりか……」
ちょうど小腹が空いていたし悪くはない。
けれど遠野が選ぶ店は、たいていボリューミーで気づけば何品も注文する羽目になる。
私は心の中で軽く覚悟を決めた。
そのおにぎり専門店は駅前の商店街にひっそりと佇んでいた。
店の前にある黒板には季節限定の具材が手書きで紹介されている。
梅しそ、たらこ、鮭、そして「炙りチーズ明太子」なる新メニューが目を引いた。
「炙りチーズ明太子にしようっと!」
「私は鮭でいいかな」
店内はこぢんまりとしていてカウンター席が数席あるだけ。
私たちはその一角に座り、注文が運ばれてくるのを待った。
遠野は机に肘をつきながら視線をメニューから離さない。
「田所さん、白米って最高じゃない?」
「……いきなり何の話?」
「だってさ、どんなおかずでも受け止めてくれるじゃん! 焼き魚、唐揚げ、煮物、何でも! おにぎりなんてその究極形態だよね!」
「まぁ、否定はしないけど」
遠野が熱弁をふるうのをぼんやり聞き流しながら、私は自分の中で密かに結論を出していた。
確かに白米の包容力には何か特別なものがある。
遠野が言うように、おにぎりはその力を最もわかりやすく具現化した存在かもしれない。
しばらくすると炊きたてのおにぎりが目の前に並べられた。
湯気がほわほわと立ち上り、海苔の香ばしい香りが鼻をくすぐる。
「いただきまーす!」と、遠野がすぐにかぶりつく。
「おいしい!」
「それは良かったね」
私も一口食べてみた。
程よく塩気の効いた鮭が白米と絶妙に絡み合い、口の中でふわっと溶ける。
これは確かに良い。
「田所さん、もっと感動しようよ!」
「これ以上どうしろと?」
遠野は笑いながらおにぎりをもう一つ頬張る。
彼女の食べる姿を見ると、まるでご飯がさらにおいしそうに見えるから不思議だ。
「さすがにそんなに食べたら苦しくならない?」
私がそうと聞くと彼女はニッと笑った。
「私のお腹には限界なんてないもん!」
「その自信はどこから来るんだか……」
結局、遠野は炙りチーズ明太子に加え、梅しそ、昆布、そして締めにもう一つ鮭のおにぎりを平らげた。
私はその食欲に少し呆れつつも最後まで彼女に付き合った自分を褒めたい気分だった。
「おにぎりって、心も満たされるよねぇ」と、満足げにお腹をさすりながら遠野が言う。
「だからって食べ過ぎには気をつけなよ」
「田所さんももう少し食べればいいのに」
「これで十分だから」
こうして今日も、遠野と私はご飯を共にするだけの日常を過ごした。
ただ、それが不思議と心地よいのはきっと彼女の影響なのだろう。
やれやれ、明日はどこへ連れて行かれるのだろうか。
窓から射し込む斜めの夕陽が黒板に薄いオレンジ色の影を落としていた。
誰もいなくなった高校の教室、私は席に座ってノートの整理をしながらふとため息をつく。
「田所さーん!」
同級生の遠野がいつもの勢いで教室の扉を開け、ドタドタと駆け寄ってくる音が響いた。
予想はしていたけど、もう少し静かにできないものかと内心思う。
「帰る前にさ、ちょっと寄り道しない?」
私がちらりと遠野を見ると彼女はすでに私の机に身を乗り出してきていた。
その目は輝いている。
こういうときの遠野はたいてい食べ物の話に決まっている。
「またご飯の話?」
「当たり前じゃん! 今日は行きたいところがあるんだよー!」
やれやれ。
私はノートを閉じてカバンにしまい込んだ。
「どうせ断ってもついてくるんでしょ?」
「わかってるねぇ、さすが田所さん!」
「褒められても嬉しくないけど?」
こういうときは素直に流されておいた方が楽だ。
遠野は一見、わんぱくで無邪気なように見えるが意外と強引だし、食べ物に関しては譲らない。
教室を出て校門を抜けるころにはすでに彼女は鼻歌を歌いながら楽しそうにしている。
こういうテンションに巻き込まれるのが嫌いじゃないから私もなんだかんだ付き合ってしまうのだ。
「で、どこに行くの?」
「新しくできたおにぎり専門店!」
「おにぎりか……」
ちょうど小腹が空いていたし悪くはない。
けれど遠野が選ぶ店は、たいていボリューミーで気づけば何品も注文する羽目になる。
私は心の中で軽く覚悟を決めた。
そのおにぎり専門店は駅前の商店街にひっそりと佇んでいた。
店の前にある黒板には季節限定の具材が手書きで紹介されている。
梅しそ、たらこ、鮭、そして「炙りチーズ明太子」なる新メニューが目を引いた。
「炙りチーズ明太子にしようっと!」
「私は鮭でいいかな」
店内はこぢんまりとしていてカウンター席が数席あるだけ。
私たちはその一角に座り、注文が運ばれてくるのを待った。
遠野は机に肘をつきながら視線をメニューから離さない。
「田所さん、白米って最高じゃない?」
「……いきなり何の話?」
「だってさ、どんなおかずでも受け止めてくれるじゃん! 焼き魚、唐揚げ、煮物、何でも! おにぎりなんてその究極形態だよね!」
「まぁ、否定はしないけど」
遠野が熱弁をふるうのをぼんやり聞き流しながら、私は自分の中で密かに結論を出していた。
確かに白米の包容力には何か特別なものがある。
遠野が言うように、おにぎりはその力を最もわかりやすく具現化した存在かもしれない。
しばらくすると炊きたてのおにぎりが目の前に並べられた。
湯気がほわほわと立ち上り、海苔の香ばしい香りが鼻をくすぐる。
「いただきまーす!」と、遠野がすぐにかぶりつく。
「おいしい!」
「それは良かったね」
私も一口食べてみた。
程よく塩気の効いた鮭が白米と絶妙に絡み合い、口の中でふわっと溶ける。
これは確かに良い。
「田所さん、もっと感動しようよ!」
「これ以上どうしろと?」
遠野は笑いながらおにぎりをもう一つ頬張る。
彼女の食べる姿を見ると、まるでご飯がさらにおいしそうに見えるから不思議だ。
「さすがにそんなに食べたら苦しくならない?」
私がそうと聞くと彼女はニッと笑った。
「私のお腹には限界なんてないもん!」
「その自信はどこから来るんだか……」
結局、遠野は炙りチーズ明太子に加え、梅しそ、昆布、そして締めにもう一つ鮭のおにぎりを平らげた。
私はその食欲に少し呆れつつも最後まで彼女に付き合った自分を褒めたい気分だった。
「おにぎりって、心も満たされるよねぇ」と、満足げにお腹をさすりながら遠野が言う。
「だからって食べ過ぎには気をつけなよ」
「田所さんももう少し食べればいいのに」
「これで十分だから」
こうして今日も、遠野と私はご飯を共にするだけの日常を過ごした。
ただ、それが不思議と心地よいのはきっと彼女の影響なのだろう。
やれやれ、明日はどこへ連れて行かれるのだろうか。
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