食いしん坊な親友と私の美味しい日常

†漆黒のシュナイダー†

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第20話 バレンタインと手作りチョコ

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 放課後の教室は夕暮れの光が静かに差し込んでいた。
 外はまだ冷たい風が吹いているけれど、窓から見える景色はどこか穏やかで春が少しずつ近づいている気配を感じさせる。

 教科書を鞄にしまい終えたところで遠野が目の前に現れた。

「田所さん、ちょっと付き合って!」

 いきなり手を引かれた私は、その勢いに逆らう間もなく教室を出ることになった。

「どこに行くの?」
「秘密の場所だよ!」

 遠野はニヤリと笑い、校舎の裏にある小さな空き教室へと私を連れ込んだ。
 普段はほとんど使われていないその部屋には机と椅子が少しだけ並んでいて誰もいない分、外の風の音が静かに聞こえてくる。

「で、何の用?」
「ほら、これ!」

 遠野がカバンから取り出したのは小さな包みだった。
 赤いリボンで結ばれた可愛らしいラッピング。

「……バレンタイン?」
「うん! 手作りチョコなんだけど、まず田所さんに試食してもらおうと思って」
「なんで私?」
「だって田所さん、正直に感想言ってくれるでしょ甘すぎるとか、味が微妙とか、遠慮なしでバッサリ言ってくれるから!」

 それを褒めているのかどうか分からないが私は軽くため息を吐いた。

「本当に食べても大丈夫なんだよね?」
「ひどいなぁ! ちゃんと頑張って作ったんだから!」

 遠野がふくれっ面になりながら包みを開けると、中には少しいびつな形のチョコレートがいくつか入っていた。
 丸い物もあれば齧られたような形をしたものもある。
 まさに遠野らしいというか、どこか抜けている感じがする。

「形はともかく、味は保証するよ!」

 遠野が一粒をつまんで私に差し出してきた。

「ほら、あーんして!」
「……自分で食べるから」

 スプーンを突き出された時のように素直に口を開けるわけにもいかず私は自分でチョコを受け取り、ゆっくり口に運んだ。

 一瞬、ほんのりビターな香りが広がり、すぐにチョコレートの甘さがじんわりと舌を包み込む。
 思っていたよりもちゃんとおいしい。

「意外と……悪くない」
「ほんと!? やったー!」

 遠野は嬉しそうにその場でぴょんと跳ねた。

「焦がしそうになったんだけど何とか無事に完成したんだよね~」
「それ、完成するまでに何回か失敗してるでしょ?」
「まぁね! 最初はチョコを湯せんで溶かすのに時間かかるからレンジでチンしたら大惨事だったよ!」

 遠野が楽しそうに話すのを聞きながら私はもう一粒を手に取って口に入れた。
 甘さがちょうどよく、どこかほっとする味だ。

「ねぇ、誰か他の人にも配るの?」

 ふと気になって聞いてみると、遠野は首を傾げた。

「ううん、今日は田所さんだけ!」
「……そうなんだ」

 なんだか胸の奥が少しだけ温かくなった気がする。

「だって、まず田所さんに合格もらわないと他の人には渡せないもん」
「そんなこと言って、本当はこれ以上作る気ないんじゃない?」
「バレた?」

 遠野は照れくさそうに笑った。
 その笑顔を見ていると、やれやれと思いながらも少しだけ嬉しくなる自分がいる。

「ねぇ、来年もまた作る?」
「もちろん! 来年はもっと上手に作るよ!」

 遠野が目を輝かせて宣言するのを見て、私は少しだけ言葉を選んだ。

「じゃあ、来年も期待してる」
「ほんと!? じゃあその時も試食お願いね!」

 遠野は大はしゃぎで私の手を取って軽く振った。
 その無邪気な姿がなんだか愛おしく思えてしまい、私は小さくため息をついた。

「ほんとにおいしかったから次もちゃんと食べるよ」
「田所さんにそう言われると、すごく嬉しいな!」

 夕陽が窓から差し込んで教室の中が柔らかいオレンジ色に染まっていく。
 隣で笑う遠野と、このささやかな瞬間が私にとって特別な時間になりつつあることを自覚していた。

「早く帰って復習もしないとね」
「えー、もうちょっとだけゆっくりしようよ!」
「ダメ。来年のチョコに期待するなら今年もちゃんと勉強してよね」

 遠野の笑い声が響く中、私はカバンを持って教室を出た。
 次のバレンタインには遠野がどんなチョコを作ってくれるのか。
 そんなことを考えながら私はまた少しだけ胸が温かくなるのを感じていた。
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