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第89話 春の夜と秘密のクレープ屋
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放課後の帰り道、私は遠野と並んで駅へ向かっていた。
春とはいえ、夕方を過ぎると少し肌寒い。通りを歩く人たちも、どこか肩をすくめながら足早に家路を急いでいた。
「田所さん、ちょっと寄り道しない?」
唐突に遠野がそう言い出した。
私が「また食べ物?」と半ば呆れながら聞くと、彼女は満面の笑みで頷いた。
「さすが田所さん! 話が早いね!」
「いや、喜ばれても……で、何を食べるの?」
「ふっふっふ……秘密のクレープ屋さん だよ!」
私は思わず眉をひそめた。
「秘密のクレープ屋?」
「そう! 夜しかやってない、超レアなお店!」
遠野の話によると、そのクレープ屋は駅から少し離れた住宅街の一角にあり、夜になるとひっそりと営業を始めるらしい。
口コミで広がった隠れた名店で、メニューはたったの数種類。でも、どれも絶品で、売り切れるとすぐに閉店してしまうという。
「これはもう行くしかないでしょ!」
私には選択肢などないのだろう。
遠野の勢いに押され、私はそのまま彼女の後を追った。
住宅街の細い路地を進むと、ぽつんと一つだけ、暖かな灯りが灯っている場所があった。
そこには、小さなキッチンカーが停まっていた。
窓越しに、中で焼かれるクレープの甘い香りがふわりと漂ってくる。
「うわぁ、本当にあった……!」
遠野は興奮気味に小走りで近づいていく。
私はその後をゆっくりとついていき、黒板に書かれたメニューを眺めた。
夜のクレープ屋
・キャラメルナッツクレープ
・ショコラベリークレープ
・はちみつレモンクレープ(春限定)
「春限定……これはもう、はちみつレモンを選ぶしかないね!」
遠野は即決し、私は少し迷った末に「ショコラベリークレープ」を選んだ。
カウンターの中にいる店主は、優しそうな笑顔の女性で、「いらっしゃい、今日は冷えるから温かいクレープでほっとしていってね」と声をかけてくれた。
クレープの生地が焼かれる音、甘いバターの香り。
夜の静けさの中で、それらがゆっくりと広がっていく。
「お待たせしました」
店主が手渡してくれたクレープは、ほんのり温かく、紙に包まれてずっしりとした重みがあった。
遠野は早速、はちみつレモンクレープを一口頬張る。
「ん~~っ! レモンの酸味とはちみつの甘さが最高!」
彼女は目を閉じ、幸せそうにクレープを抱え込む。
私もショコラベリークレープを一口。
――濃厚なチョコレートソースがとろりと広がり、そこに甘酸っぱいベリーが絡んでくる。
生地はもちもちで、ほんのりバターの香ばしさが残っている。
「……うん、美味しい」
夜の冷たい空気の中で、じんわりと体が温まっていく。
甘さと酸味のバランスが絶妙で、口の中が幸せで満たされていく感じがした。
「ねぇ田所さん、これ、ほんとに秘密の名店だね!」
「うん……確かに、また来たくなる味かも」
遠野は満足げに頷きながら、最後のひと口を大事そうに味わっていた。
帰り道、私たちは少しだけ遠回りして、夜桜が咲く公園を歩いた。
春の夜風に乗って、桜の香りがふわりと漂う。
「夜のクレープって、なんか特別感あるよね」
「……まあ、昼とは違う雰囲気はあるかもね」
遠野は手を広げ、夜空を見上げる。
「春の夜ってさ、ちょっと寂しいけど、こうやって美味しいもの食べると温かくなるね」
珍しく、少ししんみりした口調だった。
私は彼女の横顔を見ながら、小さく微笑む。
「食べ物の温かさって、単純に体が温まるだけじゃないからね」
「うん、なんかわかる気がする」
遠野は満足げに頷くと、「じゃあ、また秘密の店探ししようね!」と、いつもの調子に戻っていた。
私は「また付き合うの?」とため息をつきながらも、どこか楽しみになっている自分がいた。
――春の夜、秘密のクレープ屋。
この小さな特別な時間が、ふとした瞬間に思い出されるのかもしれない。
春とはいえ、夕方を過ぎると少し肌寒い。通りを歩く人たちも、どこか肩をすくめながら足早に家路を急いでいた。
「田所さん、ちょっと寄り道しない?」
唐突に遠野がそう言い出した。
私が「また食べ物?」と半ば呆れながら聞くと、彼女は満面の笑みで頷いた。
「さすが田所さん! 話が早いね!」
「いや、喜ばれても……で、何を食べるの?」
「ふっふっふ……秘密のクレープ屋さん だよ!」
私は思わず眉をひそめた。
「秘密のクレープ屋?」
「そう! 夜しかやってない、超レアなお店!」
遠野の話によると、そのクレープ屋は駅から少し離れた住宅街の一角にあり、夜になるとひっそりと営業を始めるらしい。
口コミで広がった隠れた名店で、メニューはたったの数種類。でも、どれも絶品で、売り切れるとすぐに閉店してしまうという。
「これはもう行くしかないでしょ!」
私には選択肢などないのだろう。
遠野の勢いに押され、私はそのまま彼女の後を追った。
住宅街の細い路地を進むと、ぽつんと一つだけ、暖かな灯りが灯っている場所があった。
そこには、小さなキッチンカーが停まっていた。
窓越しに、中で焼かれるクレープの甘い香りがふわりと漂ってくる。
「うわぁ、本当にあった……!」
遠野は興奮気味に小走りで近づいていく。
私はその後をゆっくりとついていき、黒板に書かれたメニューを眺めた。
夜のクレープ屋
・キャラメルナッツクレープ
・ショコラベリークレープ
・はちみつレモンクレープ(春限定)
「春限定……これはもう、はちみつレモンを選ぶしかないね!」
遠野は即決し、私は少し迷った末に「ショコラベリークレープ」を選んだ。
カウンターの中にいる店主は、優しそうな笑顔の女性で、「いらっしゃい、今日は冷えるから温かいクレープでほっとしていってね」と声をかけてくれた。
クレープの生地が焼かれる音、甘いバターの香り。
夜の静けさの中で、それらがゆっくりと広がっていく。
「お待たせしました」
店主が手渡してくれたクレープは、ほんのり温かく、紙に包まれてずっしりとした重みがあった。
遠野は早速、はちみつレモンクレープを一口頬張る。
「ん~~っ! レモンの酸味とはちみつの甘さが最高!」
彼女は目を閉じ、幸せそうにクレープを抱え込む。
私もショコラベリークレープを一口。
――濃厚なチョコレートソースがとろりと広がり、そこに甘酸っぱいベリーが絡んでくる。
生地はもちもちで、ほんのりバターの香ばしさが残っている。
「……うん、美味しい」
夜の冷たい空気の中で、じんわりと体が温まっていく。
甘さと酸味のバランスが絶妙で、口の中が幸せで満たされていく感じがした。
「ねぇ田所さん、これ、ほんとに秘密の名店だね!」
「うん……確かに、また来たくなる味かも」
遠野は満足げに頷きながら、最後のひと口を大事そうに味わっていた。
帰り道、私たちは少しだけ遠回りして、夜桜が咲く公園を歩いた。
春の夜風に乗って、桜の香りがふわりと漂う。
「夜のクレープって、なんか特別感あるよね」
「……まあ、昼とは違う雰囲気はあるかもね」
遠野は手を広げ、夜空を見上げる。
「春の夜ってさ、ちょっと寂しいけど、こうやって美味しいもの食べると温かくなるね」
珍しく、少ししんみりした口調だった。
私は彼女の横顔を見ながら、小さく微笑む。
「食べ物の温かさって、単純に体が温まるだけじゃないからね」
「うん、なんかわかる気がする」
遠野は満足げに頷くと、「じゃあ、また秘密の店探ししようね!」と、いつもの調子に戻っていた。
私は「また付き合うの?」とため息をつきながらも、どこか楽しみになっている自分がいた。
――春の夜、秘密のクレープ屋。
この小さな特別な時間が、ふとした瞬間に思い出されるのかもしれない。
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