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7 出会いと別れは、今までを壊す。
殺意
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(side光希)
俺の三階の住居スペースに藍とふたりで意識のない夏向を運ぶ。夏向を俺のベッドに寝かせた途端、藍はソファに陣取った。
「ね、みっくん。ここ、飴ちゃんある~?」
藍の部屋は同じ建物の二階にある。そして俺とは幼馴染だから、ここは自分の家感覚なのだろう。遠慮というものが無い。まあ、俺も許しているし今更だけど。
君、一応代々従者の家系で、そして俺に仕えてるんだよね?
まあ、今日は藍のおかげで助かった。いつもは俺に対しては図々しいが、俺より目立とうとは絶対にしない。藍が受け持つ仕事は、いつもサポート役で裏方に徹することが多い。だから何だかんだ俺も藍のことは信頼している。
「そこの引き出しに有るだろう?前に君が来た時に残してった分だ」
「あ、ほんとだ~」
呑気に藍は机の引き出しを明け、そしてオレンジ味の飴を取り出す。ぺろり……とまずは試すように舐めてから、ぱくっと口の中にいれた。
「蓮叶くんを放っておいて大丈夫?」
「れんちゃんはいいの。先週のヒートで構い過ぎたからさ~。今日は友達とお勉強会だってさ。どうせ勉強なんかせずにすぐ遊んじゃうだろうね~」
「そうか」
口では和やかだが、ああこれは……その友達に対して嫉妬をしているな。藍は執着が強すぎる。けれども番に対して嫌われないように、多少の自由は許しているのだろう。
蓮叶くんというのは藍の番だ。
藍は一見子供みたいな言動で、甘えたがりに見えるだろう。
けれども、長く付き合ってみると案外冷酷な一面も見えてくる。
情には流されないし、ああ見えて冷静な判断ができる人だ。
まあ、それも。番が絡まなければの話だが。
藍と彼の番はお互いに運命の相手ではないが、
それでも真剣に恋愛をして藍は彼を選んだ。
冷静な藍が、骨まで焼き尽くす程の情熱。
飽き性で、好きなお菓子だってコロコロ変えてしまうのに、番に対してはどこまでも一途だ。
そんな番に対する藍の想いを知っていると、運命では無いイコール番に愛が無いなんて考えは出来ないなと思ってしまう。
それは、俺が選ばなかった道だ。
夏向の苦しそうな寝顔を見ていると、こっちまで苦しくなってきた。『大丈夫だよ』と想いを込めて、夏向の頭を何度も撫でてみる。
「で、どうして遅かったの~。追風さん?を、僕はよく知らないけど……殺したってなぁに?」
「そうだな……幻滅しないでいてくれると嬉しいけれど」
やはり追風さんが死んだという情報は行き渡っていたか。そして俺が殺したという情報も。
俺の後ろから、藍が俺の肩に手を乗せ、身を乗り出した。夏向の顔を覗き込んで、そして心配そうに溜息をつく。
「本当に殺したの?」
「違うとも言いきれない」
「なんで?」
「殺されると知ってて、見殺しにしたのは事実だから」
「ふぅん。詳しく教えてくれる?」
「……実は」
拳を握りしめ、俺は全てを打ち明けた。本当に、酷い話だと思う。
「やっぱりそれ、みっくんが殺してないよね?」
「でも、一緒だと思う。俺は夏向を守ることで精一杯だった。寧ろ自分の手を汚さないだけ俺の方が卑怯だ。何度も何度も……『俺は違う』『やっていない』と言う度に、何かが擦り切れた気がした。結局のところ、同類では無いのか。そんな迷いが生まれたんだ」
「全然違うよ。殺意が有るのと無いのとでは違う」
藍は首を横に振って、俺の代わりに俺の迷いを否定した。
「みっくんは優しいから、ずっと希望のままでいてくれたらいいんだよ~。……迷わないでいいの」
「そうかな。俺は……ずっと光の中で生きてきた。闇も知らずに。それは、夏向から見て薄ら寒く無いのかな?」
「さあね。僕は夏向じゃ無いからね~。でも、ま……闇に生きてきた人間って、光は薄ら寒いものじゃないよ。ただ眩しいんだよ」
藍のその俺に向ける眼差しは、まるで自分の番を見ているみたいで。ああ、そうだった。藍は蓮叶くんに救われて今の藍がある。お日様みたいな真っ直ぐな性格が、何となく俺と似ているらしい。藍は昔、俺にそう教えてくれた。
「……ありがとう」
未だ魘されている夏向の手をぐっと握りしめた。
そういえば、追風さんが言っていた。『αらしく生きてください』と。
それが俺に対する彼の願いだ。きっと迷っては駄目なんだ。夏向を救出するのに俺まで深い、深い闇に蝕まれてしまっては……きっともう出られないだろう。
ゆっくりと、深呼吸をした。未だに目を閉じれば……歪な何かが壊れる音と、血の赤が脳内にこびりついて心を引っ掻き回す。
天と地だってぐっしゃぐしゃにかき混ぜられて……三半規管だって狂いだしそうだ。
それでも俺の目の前には確かな道がある。まだ夏向だって俺の手の中にいる。
αらしく支配してもいいと言うなら……俺は絶対に夏向の手を離さない。
奈落の底に落としたりしない。
「大好きだよ。だからね」
ふと、夏向に向かって呟いた。
「夏向の家族になりたいんだ」
どうか俺を選んで欲しい。夏向の為なら俺はもう迷わない。
結局夏向は俺が眠りにつくまで目を覚まさなかったけれど……俺は安心させるように夏向の隣で眠りについた。
俺の三階の住居スペースに藍とふたりで意識のない夏向を運ぶ。夏向を俺のベッドに寝かせた途端、藍はソファに陣取った。
「ね、みっくん。ここ、飴ちゃんある~?」
藍の部屋は同じ建物の二階にある。そして俺とは幼馴染だから、ここは自分の家感覚なのだろう。遠慮というものが無い。まあ、俺も許しているし今更だけど。
君、一応代々従者の家系で、そして俺に仕えてるんだよね?
まあ、今日は藍のおかげで助かった。いつもは俺に対しては図々しいが、俺より目立とうとは絶対にしない。藍が受け持つ仕事は、いつもサポート役で裏方に徹することが多い。だから何だかんだ俺も藍のことは信頼している。
「そこの引き出しに有るだろう?前に君が来た時に残してった分だ」
「あ、ほんとだ~」
呑気に藍は机の引き出しを明け、そしてオレンジ味の飴を取り出す。ぺろり……とまずは試すように舐めてから、ぱくっと口の中にいれた。
「蓮叶くんを放っておいて大丈夫?」
「れんちゃんはいいの。先週のヒートで構い過ぎたからさ~。今日は友達とお勉強会だってさ。どうせ勉強なんかせずにすぐ遊んじゃうだろうね~」
「そうか」
口では和やかだが、ああこれは……その友達に対して嫉妬をしているな。藍は執着が強すぎる。けれども番に対して嫌われないように、多少の自由は許しているのだろう。
蓮叶くんというのは藍の番だ。
藍は一見子供みたいな言動で、甘えたがりに見えるだろう。
けれども、長く付き合ってみると案外冷酷な一面も見えてくる。
情には流されないし、ああ見えて冷静な判断ができる人だ。
まあ、それも。番が絡まなければの話だが。
藍と彼の番はお互いに運命の相手ではないが、
それでも真剣に恋愛をして藍は彼を選んだ。
冷静な藍が、骨まで焼き尽くす程の情熱。
飽き性で、好きなお菓子だってコロコロ変えてしまうのに、番に対してはどこまでも一途だ。
そんな番に対する藍の想いを知っていると、運命では無いイコール番に愛が無いなんて考えは出来ないなと思ってしまう。
それは、俺が選ばなかった道だ。
夏向の苦しそうな寝顔を見ていると、こっちまで苦しくなってきた。『大丈夫だよ』と想いを込めて、夏向の頭を何度も撫でてみる。
「で、どうして遅かったの~。追風さん?を、僕はよく知らないけど……殺したってなぁに?」
「そうだな……幻滅しないでいてくれると嬉しいけれど」
やはり追風さんが死んだという情報は行き渡っていたか。そして俺が殺したという情報も。
俺の後ろから、藍が俺の肩に手を乗せ、身を乗り出した。夏向の顔を覗き込んで、そして心配そうに溜息をつく。
「本当に殺したの?」
「違うとも言いきれない」
「なんで?」
「殺されると知ってて、見殺しにしたのは事実だから」
「ふぅん。詳しく教えてくれる?」
「……実は」
拳を握りしめ、俺は全てを打ち明けた。本当に、酷い話だと思う。
「やっぱりそれ、みっくんが殺してないよね?」
「でも、一緒だと思う。俺は夏向を守ることで精一杯だった。寧ろ自分の手を汚さないだけ俺の方が卑怯だ。何度も何度も……『俺は違う』『やっていない』と言う度に、何かが擦り切れた気がした。結局のところ、同類では無いのか。そんな迷いが生まれたんだ」
「全然違うよ。殺意が有るのと無いのとでは違う」
藍は首を横に振って、俺の代わりに俺の迷いを否定した。
「みっくんは優しいから、ずっと希望のままでいてくれたらいいんだよ~。……迷わないでいいの」
「そうかな。俺は……ずっと光の中で生きてきた。闇も知らずに。それは、夏向から見て薄ら寒く無いのかな?」
「さあね。僕は夏向じゃ無いからね~。でも、ま……闇に生きてきた人間って、光は薄ら寒いものじゃないよ。ただ眩しいんだよ」
藍のその俺に向ける眼差しは、まるで自分の番を見ているみたいで。ああ、そうだった。藍は蓮叶くんに救われて今の藍がある。お日様みたいな真っ直ぐな性格が、何となく俺と似ているらしい。藍は昔、俺にそう教えてくれた。
「……ありがとう」
未だ魘されている夏向の手をぐっと握りしめた。
そういえば、追風さんが言っていた。『αらしく生きてください』と。
それが俺に対する彼の願いだ。きっと迷っては駄目なんだ。夏向を救出するのに俺まで深い、深い闇に蝕まれてしまっては……きっともう出られないだろう。
ゆっくりと、深呼吸をした。未だに目を閉じれば……歪な何かが壊れる音と、血の赤が脳内にこびりついて心を引っ掻き回す。
天と地だってぐっしゃぐしゃにかき混ぜられて……三半規管だって狂いだしそうだ。
それでも俺の目の前には確かな道がある。まだ夏向だって俺の手の中にいる。
αらしく支配してもいいと言うなら……俺は絶対に夏向の手を離さない。
奈落の底に落としたりしない。
「大好きだよ。だからね」
ふと、夏向に向かって呟いた。
「夏向の家族になりたいんだ」
どうか俺を選んで欲しい。夏向の為なら俺はもう迷わない。
結局夏向は俺が眠りにつくまで目を覚まさなかったけれど……俺は安心させるように夏向の隣で眠りについた。
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