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三章
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翌日、朝比奈は手作りのクッキーと、コンビニで買ったばかりの缶コーヒーを持って、愛知県警捜査1課の片隅にある大神班に顔を見せた。愛知県内で起きたあらゆる事件に対応する為に、別名特別地域捜査班と名付けられてはいるが、色々な事件の応援に駆り出される部署で、大神を班長として川瀬・高橋刑事の3名しかいない、捜査1課のお荷物と噂されていた。
「その後の事件の捜査状況はどうなっているんだ」
クッキーを3人に配り、ちょっとお腹が出てきた中年の高橋刑事には無糖ブラツク、朝比奈より少し年上の川瀬刑事にはブレンドコーヒー、大神には微糖コーヒーを渡した。
「部外者のお前の手を煩わせる事はなかったよ。やはり、川野議員が大池議員を殺害して自殺したとして、被疑者死亡で処理されるようだ」
クッキーを袋から取り出して口へと運んだ。
「大池議員が殺害時に抵抗したとみられ、右手の親指の爪に残された繊維が、川野議員の実家に残されていた背広の袖口の物と一致しましたので、川野議員が大池議員を殺害したことが立証されました」
川瀬刑事が事実を付け加えた。
「状況証拠は全て揃っているってことですね。一応確認ですが、川野議員の自宅の玄関のカギは掛かっていたのですか」
自殺現場の様子を想像しながら朝比奈が尋ねた。
「いえ、朝訪れた通いの家政婦の証言によると、玄関のカギは掛かっていなくて今まではそんなことは一度もなく慌てて家の中に入り、リビングのソファーに倒れ込んでいる川野議員を発見して警察に連絡したそうです」
書類を見ながら川瀬が答えた。
「テーブルの上には何が残っていたのですか」
説明により頭の中に状況が追加されていった。
「毒物をコーヒーに入れて飲んだようで、毒物が入っていたガラス瓶とその毒物が混入していたコーヒーがテーブルに残されていました」
川瀬は一度大神へ振り向き、頷く顔を確認して書類を朝比奈に渡した。
「ああっ、夾竹桃の部位をわざわざ煮込んで液状にしてからコーヒーに入れて飲んだってことか・・・・・・パソコンは書斎にあり、現場からも2人のスマホが見つからなかったという事は、時系列的に言えば川野議員は大池議員を殺害した後、どこかで2人のスマホを処分した後で、自宅に戻り書斎で遺書を書き込み、リビングでコーヒーに夾竹桃から抽出した毒物をコーヒーに入れて飲んで自殺したってことになるよな」
その時の状況を頭の中で映像化して尋ねた。
「所轄はそう判断したようだが、何処か問題があるのか」
大神は朝比奈が何に拘っているのか分からなかった。
「パソコンに遺書を残すのなら、どうしてその書斎で自殺しなかったのか。リビングで亡くなるつもりなら、走り書きでもいいから紙に自筆で遺書を残さなかったのか。まぁ、今まで死のうと思ったことがないので、その瞬間の人間の心理は解らないけれど、何か違和感を感じないか。わざわざ毒物も用意して、ビルから飛び降りる方が簡単だと思うけどね」
事件を扱う専門家の刑事を前にして警察の判断に疑問符を付けた。
「朝比奈さんはいつもそうして事件を複雑怪奇なものにしようとしますが、今回の事件は関係者は加害者も亡くなっていますので、残された物言わぬ証拠から判断するしかなく、その証拠は川野議員が大池議員を殺害したことを示しているのです」
川瀬が朝比奈の疑惑を否定した。
「動機について警察はどう見ているのですか。まぁ、2人が亡くなってしまった以上、何とでもなりますし正しいかどうかも分からないでしょうからね。それで、2人についての捜査はどうだったのですか」
川瀬の言いたいことは分かるが、自分の関わった事件は納得が行くまで追求したかった。
「まず、殺害された大池議員なのですが、民自党の環境大臣の長女で2ヶ月前の県会議員選挙で2回目の当選をしたばかりでした。父娘の関係は良かった様で、いずれは自分の地盤を譲って国会議員にするつもりだったそうです。党内では二世議員と言うことで一目置かれた存在ではあるものの、それを表に出すことはなく真面目に議員としての職を遂行しいて、議員の間でも評判は良く今のところは彼女を恨んでいた人間は見当たりません。彼女は独身で、調べた限りでは付き合っていた男性は居なかった様です」
今度は高橋が手帳を見ながら答えた。
「優秀な議員だったのですね。でも、聖人君子、どんな完璧な人間でも、どんなことで恨まれるか分からないからな。それで、被疑者と思われる川野議員はどうなんですか」
意外とまともな二世議員であることに驚いてはいた。
「川野議員も、民自党の川野前幹事長の長男である二世議員で、8年前に父親の秘書から転身して今回の県会議員選挙で3期目の当選になっていました。こちらも、父親の権威を笠に着ることなく接していた様で、党内の評判も良かったようです。こちらも、いずれは父親の跡を継いで国会議員へとなると言われていたみたいです。特に、父親が病死したので次回の衆議院選挙では地盤を継いで立候補するのは間違いないとのことです。簡単な捜査ではありますが、他人に恨まれる人物だったとは思えませんね。同じ県会議員で同じ党ですから、2人の関係は表面上は悪くはなかったけれど、父親が民自党内では違う派閥で、総裁選などで敵対することもあった様で、仲良くすることはなかったそうです」
今度は川瀬が簡単に説明した。
「つまり、2人は同じ県会議員であること以外は、私的には関係していないということなのですね。反対に言えば、殺害の動機はなんだったのか気になりますね」
顎に手を当てて頭を傾けた。
「それはお前が気にすることじゃない。俺も動機については興味はあるが、川野議員が大池議員を殺害した事実は変わらないんだからな。いいか、念を押しておくけど、これ以上この事件に首を突っ込むなよ。素人のお前が掻き回すことで、弁護士の姉さんや最高検察庁の次長検事の親父さんにも迷惑が掛かってくるんだからな」
朝比奈の思い込み納得ができるまでは走り出すと誰も止められない性格とは知っていても、敢えて苦言を呈した。
「ああっ、そうだった。俺は手を引くけれど、警察としては動機を含めもう少し詳しく調べた方がいいと思うけどな。そもそも、殺害されたのが環境大臣の娘だったんだから、そんな簡単に済ませれる事件なのでしょうかね。それではこれ以上はお邪魔のようですので失礼させていただきます」
皮肉を込めて言い返すと、朝比奈は手にしていた缶コーヒーをテーブルに置いて立ち上がった。そして、愛知県警を後にして姉が運営している法律事務所へと向かった。運営していると言っても、事務所は弁護士の姉麗子と事務員兼パラリーガルの糸川美紀の2人だけで、調査などが必要の時には朝比奈が臨時で手伝っていた。
「お邪魔します」
朝比奈は手土産にイチゴのショートケーキを持って、事務所の扉を開けて声を掛けた。
「仕事のご依頼なら歓迎しますが、邪魔するつもりなら帰っていただけますか」
麗子は、開口一番素っ気ない言葉を返した。
「仕事ではありませんが、ちょっとお聞きしたいことがあって伺わさせていただきました」
パラリーガルの美紀にケーキの入った箱を渡してソファに腰を下ろした。
「まさか、一昨日あなたが第一発見者になった事件に関わることじゃないわよね」
渋々朝比奈の前にテーブルを挟んで座ることにした。
「えっ、どうしてそのことを知っているんですか・・・・・・あっ、大神から連絡が入ったのですね」
先程の大神の言葉に直ぐに納得ができた。
「そうよ、いつまでも探偵の真似事をして、大神君など警察を困らせないでよ」
朝比奈の行動パターンを推理した大神の言葉に感心していた。
「大神が何と言ったのかは知りませんが、僕は別に困らせようとしている訳ではなくて、警察が間違って判断して冤罪を生むことを防ごうとしている、つまり協力しようとしているのですよ」
そう言うと、美紀が運んでくれたコーヒーを手に取り香りを楽しんだ。
「私もその事件は気になって、大神君や知り合いの担当刑事にも尋ねたけれど、状況証拠や残された証拠等からすれば、警察の判断に間違いがあるとは思えないわ。あなたは一体どの部分に違和感を感じているの」
反対に朝比奈が警察の判断を疑う事が理解できなかった。
「僕が第一発見者になったホテルの事件は、警察が駆け付けるまでに十分に検証できましたから、警察が言うように男性が正面から襲い床に倒れた彼女に馬乗りになって首を絞めたのは間違いないと思います。その際に抵抗して背広の繊維が彼女の指に残ったのも理にかなっている。その加害者と思われる川野議員についても、事件の流れとしては辻褄は合っていて、一応納得は出来たんだけど、まず動機がはっきりしないことと、殺害が衝動的なものではなく計画的なものであったとすれば、そこに何かトリックがあった可能性があると思ったのです」
ショートケーキの苺を外してから、フォークで先に切れ込みを入れて口に運んだ。
「疑うことは必要だとは思うけど、1つ1つの事件をいちいち疑っていたらキリがないわよ。あなたの興味だけで警察を振り回さないでね。まぁ、具体的に気になることは何なの」
大神の気持ちがよく分かった。
「まず、大池議員が異性である男性をどうして部屋に入れたかということです。部屋には男性が持ち込んだ薔薇の花束が残されていました。それも12本のね。しかし、今のところ加害者とされる川野議員とは議員としての付き合いしかなかった様なんだ」
コーヒーカップを手にした顔で言った。
「でも、知り合いならば、花束を持って来られれば部屋に招き入れることだってあるでしょう。相手が同じ政党の議員だったら断ることはしないでしょう」
朝比奈の意図することが分からなかった。
「大池議員が亡くなったのは12月12日だったんですよ」
えっ、気付かなかったのという表情で麗子を見た。
「12月12日・・・・・・何か意味がある日なの。ああっ、あなたの公演があった日だたわね」
考えてみたが、全然思い浮かばなかった。
「12月12日はダズンローズデーで、男性から恋人の女性に12本の薔薇を贈ることで、『愛』を表現する日なんです。日本では姉さんみたいに知らない人が多い様ですが、欧米ではこのダズンローズデーが習慣化されていて、12本の薔薇それぞれは『永遠、真実、栄光、感謝、努力、情熱、希望、尊敬、幸福、信頼、誠実、愛情』と言う意味が込められています」
右手で指を折りながら答えた。
「えっ、優作の話を聞く限り2人は愛し合っていた関係。つまり、恋人同士だったってことになるわね。川野議員が恋人である大池議員を殺害したってこと」
麗子は腕を組み頭を傾げた。
「もし、犯人が川野議員であればそういうことになるね」
カップを置いて麗子の言葉を待った。
「でも、確か亡くなっていたのは入口付近ではなく、少し奥に入ったリビングだったはずだわ」
所轄の刑事の説明を思い出していた。
「まぁ、それらの疑問を抱えたままじゃ、モヤモヤして気が晴れないんですよね。だから、警察には迷惑を掛けない様に、自分で調べようと姉さんを頼ってきたんだよ。弁護士の横の繋がりは僕も知っていますし、確か大池議員と川野議員の顧問弁護士共付き合いがあるんですよね。ちょっと2人について聞いていただきたいのです」
次々とケーキを口へと運んだ。
「あのね、簡単に言うけど、個人情報であり弁護士には守秘義務があるから、いくら親しくても教えてはくれないわよ」
似たもの姉弟、麗子も朝比奈と同じように苺を外して同じ様に食べ始めた。
「守秘義務はあるとは思いますが、その守るべき人物は亡くなってしまったので、ダメ元で聞いていただけないでしょうか」
最後の苺を口へ放り込んだ。
「もう、仕方ないわね。もう何十年もの付き合い、あなたの性格は嫌という程知っているから、納得ができるまで止められないことは承知しているわ。まぁ、どちらの弁護士とも仲良くさせてもらっているから、出来る範囲で聞いてはみるけど当てにはしないでね」
渋々朝比奈の願いを聞くことにした。
「ありがとうございます」
顔の前で手を合わせた。
「その後の事件の捜査状況はどうなっているんだ」
クッキーを3人に配り、ちょっとお腹が出てきた中年の高橋刑事には無糖ブラツク、朝比奈より少し年上の川瀬刑事にはブレンドコーヒー、大神には微糖コーヒーを渡した。
「部外者のお前の手を煩わせる事はなかったよ。やはり、川野議員が大池議員を殺害して自殺したとして、被疑者死亡で処理されるようだ」
クッキーを袋から取り出して口へと運んだ。
「大池議員が殺害時に抵抗したとみられ、右手の親指の爪に残された繊維が、川野議員の実家に残されていた背広の袖口の物と一致しましたので、川野議員が大池議員を殺害したことが立証されました」
川瀬刑事が事実を付け加えた。
「状況証拠は全て揃っているってことですね。一応確認ですが、川野議員の自宅の玄関のカギは掛かっていたのですか」
自殺現場の様子を想像しながら朝比奈が尋ねた。
「いえ、朝訪れた通いの家政婦の証言によると、玄関のカギは掛かっていなくて今まではそんなことは一度もなく慌てて家の中に入り、リビングのソファーに倒れ込んでいる川野議員を発見して警察に連絡したそうです」
書類を見ながら川瀬が答えた。
「テーブルの上には何が残っていたのですか」
説明により頭の中に状況が追加されていった。
「毒物をコーヒーに入れて飲んだようで、毒物が入っていたガラス瓶とその毒物が混入していたコーヒーがテーブルに残されていました」
川瀬は一度大神へ振り向き、頷く顔を確認して書類を朝比奈に渡した。
「ああっ、夾竹桃の部位をわざわざ煮込んで液状にしてからコーヒーに入れて飲んだってことか・・・・・・パソコンは書斎にあり、現場からも2人のスマホが見つからなかったという事は、時系列的に言えば川野議員は大池議員を殺害した後、どこかで2人のスマホを処分した後で、自宅に戻り書斎で遺書を書き込み、リビングでコーヒーに夾竹桃から抽出した毒物をコーヒーに入れて飲んで自殺したってことになるよな」
その時の状況を頭の中で映像化して尋ねた。
「所轄はそう判断したようだが、何処か問題があるのか」
大神は朝比奈が何に拘っているのか分からなかった。
「パソコンに遺書を残すのなら、どうしてその書斎で自殺しなかったのか。リビングで亡くなるつもりなら、走り書きでもいいから紙に自筆で遺書を残さなかったのか。まぁ、今まで死のうと思ったことがないので、その瞬間の人間の心理は解らないけれど、何か違和感を感じないか。わざわざ毒物も用意して、ビルから飛び降りる方が簡単だと思うけどね」
事件を扱う専門家の刑事を前にして警察の判断に疑問符を付けた。
「朝比奈さんはいつもそうして事件を複雑怪奇なものにしようとしますが、今回の事件は関係者は加害者も亡くなっていますので、残された物言わぬ証拠から判断するしかなく、その証拠は川野議員が大池議員を殺害したことを示しているのです」
川瀬が朝比奈の疑惑を否定した。
「動機について警察はどう見ているのですか。まぁ、2人が亡くなってしまった以上、何とでもなりますし正しいかどうかも分からないでしょうからね。それで、2人についての捜査はどうだったのですか」
川瀬の言いたいことは分かるが、自分の関わった事件は納得が行くまで追求したかった。
「まず、殺害された大池議員なのですが、民自党の環境大臣の長女で2ヶ月前の県会議員選挙で2回目の当選をしたばかりでした。父娘の関係は良かった様で、いずれは自分の地盤を譲って国会議員にするつもりだったそうです。党内では二世議員と言うことで一目置かれた存在ではあるものの、それを表に出すことはなく真面目に議員としての職を遂行しいて、議員の間でも評判は良く今のところは彼女を恨んでいた人間は見当たりません。彼女は独身で、調べた限りでは付き合っていた男性は居なかった様です」
今度は高橋が手帳を見ながら答えた。
「優秀な議員だったのですね。でも、聖人君子、どんな完璧な人間でも、どんなことで恨まれるか分からないからな。それで、被疑者と思われる川野議員はどうなんですか」
意外とまともな二世議員であることに驚いてはいた。
「川野議員も、民自党の川野前幹事長の長男である二世議員で、8年前に父親の秘書から転身して今回の県会議員選挙で3期目の当選になっていました。こちらも、父親の権威を笠に着ることなく接していた様で、党内の評判も良かったようです。こちらも、いずれは父親の跡を継いで国会議員へとなると言われていたみたいです。特に、父親が病死したので次回の衆議院選挙では地盤を継いで立候補するのは間違いないとのことです。簡単な捜査ではありますが、他人に恨まれる人物だったとは思えませんね。同じ県会議員で同じ党ですから、2人の関係は表面上は悪くはなかったけれど、父親が民自党内では違う派閥で、総裁選などで敵対することもあった様で、仲良くすることはなかったそうです」
今度は川瀬が簡単に説明した。
「つまり、2人は同じ県会議員であること以外は、私的には関係していないということなのですね。反対に言えば、殺害の動機はなんだったのか気になりますね」
顎に手を当てて頭を傾けた。
「それはお前が気にすることじゃない。俺も動機については興味はあるが、川野議員が大池議員を殺害した事実は変わらないんだからな。いいか、念を押しておくけど、これ以上この事件に首を突っ込むなよ。素人のお前が掻き回すことで、弁護士の姉さんや最高検察庁の次長検事の親父さんにも迷惑が掛かってくるんだからな」
朝比奈の思い込み納得ができるまでは走り出すと誰も止められない性格とは知っていても、敢えて苦言を呈した。
「ああっ、そうだった。俺は手を引くけれど、警察としては動機を含めもう少し詳しく調べた方がいいと思うけどな。そもそも、殺害されたのが環境大臣の娘だったんだから、そんな簡単に済ませれる事件なのでしょうかね。それではこれ以上はお邪魔のようですので失礼させていただきます」
皮肉を込めて言い返すと、朝比奈は手にしていた缶コーヒーをテーブルに置いて立ち上がった。そして、愛知県警を後にして姉が運営している法律事務所へと向かった。運営していると言っても、事務所は弁護士の姉麗子と事務員兼パラリーガルの糸川美紀の2人だけで、調査などが必要の時には朝比奈が臨時で手伝っていた。
「お邪魔します」
朝比奈は手土産にイチゴのショートケーキを持って、事務所の扉を開けて声を掛けた。
「仕事のご依頼なら歓迎しますが、邪魔するつもりなら帰っていただけますか」
麗子は、開口一番素っ気ない言葉を返した。
「仕事ではありませんが、ちょっとお聞きしたいことがあって伺わさせていただきました」
パラリーガルの美紀にケーキの入った箱を渡してソファに腰を下ろした。
「まさか、一昨日あなたが第一発見者になった事件に関わることじゃないわよね」
渋々朝比奈の前にテーブルを挟んで座ることにした。
「えっ、どうしてそのことを知っているんですか・・・・・・あっ、大神から連絡が入ったのですね」
先程の大神の言葉に直ぐに納得ができた。
「そうよ、いつまでも探偵の真似事をして、大神君など警察を困らせないでよ」
朝比奈の行動パターンを推理した大神の言葉に感心していた。
「大神が何と言ったのかは知りませんが、僕は別に困らせようとしている訳ではなくて、警察が間違って判断して冤罪を生むことを防ごうとしている、つまり協力しようとしているのですよ」
そう言うと、美紀が運んでくれたコーヒーを手に取り香りを楽しんだ。
「私もその事件は気になって、大神君や知り合いの担当刑事にも尋ねたけれど、状況証拠や残された証拠等からすれば、警察の判断に間違いがあるとは思えないわ。あなたは一体どの部分に違和感を感じているの」
反対に朝比奈が警察の判断を疑う事が理解できなかった。
「僕が第一発見者になったホテルの事件は、警察が駆け付けるまでに十分に検証できましたから、警察が言うように男性が正面から襲い床に倒れた彼女に馬乗りになって首を絞めたのは間違いないと思います。その際に抵抗して背広の繊維が彼女の指に残ったのも理にかなっている。その加害者と思われる川野議員についても、事件の流れとしては辻褄は合っていて、一応納得は出来たんだけど、まず動機がはっきりしないことと、殺害が衝動的なものではなく計画的なものであったとすれば、そこに何かトリックがあった可能性があると思ったのです」
ショートケーキの苺を外してから、フォークで先に切れ込みを入れて口に運んだ。
「疑うことは必要だとは思うけど、1つ1つの事件をいちいち疑っていたらキリがないわよ。あなたの興味だけで警察を振り回さないでね。まぁ、具体的に気になることは何なの」
大神の気持ちがよく分かった。
「まず、大池議員が異性である男性をどうして部屋に入れたかということです。部屋には男性が持ち込んだ薔薇の花束が残されていました。それも12本のね。しかし、今のところ加害者とされる川野議員とは議員としての付き合いしかなかった様なんだ」
コーヒーカップを手にした顔で言った。
「でも、知り合いならば、花束を持って来られれば部屋に招き入れることだってあるでしょう。相手が同じ政党の議員だったら断ることはしないでしょう」
朝比奈の意図することが分からなかった。
「大池議員が亡くなったのは12月12日だったんですよ」
えっ、気付かなかったのという表情で麗子を見た。
「12月12日・・・・・・何か意味がある日なの。ああっ、あなたの公演があった日だたわね」
考えてみたが、全然思い浮かばなかった。
「12月12日はダズンローズデーで、男性から恋人の女性に12本の薔薇を贈ることで、『愛』を表現する日なんです。日本では姉さんみたいに知らない人が多い様ですが、欧米ではこのダズンローズデーが習慣化されていて、12本の薔薇それぞれは『永遠、真実、栄光、感謝、努力、情熱、希望、尊敬、幸福、信頼、誠実、愛情』と言う意味が込められています」
右手で指を折りながら答えた。
「えっ、優作の話を聞く限り2人は愛し合っていた関係。つまり、恋人同士だったってことになるわね。川野議員が恋人である大池議員を殺害したってこと」
麗子は腕を組み頭を傾げた。
「もし、犯人が川野議員であればそういうことになるね」
カップを置いて麗子の言葉を待った。
「でも、確か亡くなっていたのは入口付近ではなく、少し奥に入ったリビングだったはずだわ」
所轄の刑事の説明を思い出していた。
「まぁ、それらの疑問を抱えたままじゃ、モヤモヤして気が晴れないんですよね。だから、警察には迷惑を掛けない様に、自分で調べようと姉さんを頼ってきたんだよ。弁護士の横の繋がりは僕も知っていますし、確か大池議員と川野議員の顧問弁護士共付き合いがあるんですよね。ちょっと2人について聞いていただきたいのです」
次々とケーキを口へと運んだ。
「あのね、簡単に言うけど、個人情報であり弁護士には守秘義務があるから、いくら親しくても教えてはくれないわよ」
似たもの姉弟、麗子も朝比奈と同じように苺を外して同じ様に食べ始めた。
「守秘義務はあるとは思いますが、その守るべき人物は亡くなってしまったので、ダメ元で聞いていただけないでしょうか」
最後の苺を口へ放り込んだ。
「もう、仕方ないわね。もう何十年もの付き合い、あなたの性格は嫌という程知っているから、納得ができるまで止められないことは承知しているわ。まぁ、どちらの弁護士とも仲良くさせてもらっているから、出来る範囲で聞いてはみるけど当てにはしないでね」
渋々朝比奈の願いを聞くことにした。
「ありがとうございます」
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