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栗木 妙

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「勝手に誤解して、失礼なことを言ってしまいました。それはお詫びします。本当に申し訳ありません」
「おうよ。わかってくれたなら、それでいい」
「でも本当に、一緒にいるお二人の姿が、本当にお似合いで……とても親しげで、義理の兄妹だから、ってだけじゃ、説明がつかないくらいの関係に、見えて……」
 言いながらそのときの光景が思い出され、あのときの絶望にも似た想いが甦ってきて。
 ふいに目頭が熱くなり、じわっと涙まで滲んできた。
「だから僕は、お二人を祝福しなくっちゃ、って、そう思わざるを得なかった……」
 思わず声を詰まらせてしまった僕とは裏腹に、「あのなあ…」と、どこまでも呆れたように投げられる、その言葉。
「それも君の勘違い、最大のな。――確かに花ちゃんが、ああやって俺に気安く接してくれんのは、身内だから、っていう理由だけじゃない」
 ずきり、と小さく胸が痛む。
 しかし須田さんは、あくまでも事も無げな様子で、その続きを口にしたのだった。


「それは、彼女も真澄も、俺がゲイだってことを知ってるからだよ」


「―――え……?」


 何か……とても意外な言葉を耳にした、と思った。
 いま自分が耳にした事実が、とてもじゃないけど俄かには信じられなかった。


「つまり彼女にとって俺は、どんなに親しくしたところで夫に浮気なんて絶対に疑われることが無い、いわば究極の安全牌なの。ただそれだけの理由。そのおかげで、今までさんざん、いいようにコキ使われてきたわ花ちゃんには」
 言って軽く苦笑してみせる、そんな須田さんほどには、僕はまだ笑えない。
 ただただ茫然とするしか出来ない僕を見つめ、くすりと笑うように息を吐き、そして言った。


「ついでに、俺も好きだからな。リョースケくんのこと。――勿論、恋人になりたい、っていう意味でな」


「―――はぃ!?」


 それこそ、信じられない言葉を聞いた気がした。
 今度こそ自分の勘違いではないのだろうか。僕は今、とても自分勝手に言われた言葉を都合よく変換して聞いてしまっただけではないのだろうか。


「…だから、そうやって毎回、疑いの眼差しを向けてくんじゃねえっつの」
 どんだけ俺のこと信用してないんだ、と、タメ息混じりに須田さんが僕をデコピンしてくる。
「惚れない筈がないだろう。助けて欲しい時にいつも、助けてくれと差し伸べた手を笑顔で握り返してくれる、最初は、そういう頼りがいのある男気に惹かれた。それに、俺にもカスミにも、どこまでもとことん親切にしてくれて、さ……その優しさを、知らず知らずのうちに独り占めしたいと願ってしまう自分がいた。そのとき初めて、君を本気で好きになってたことに気が付いたんだ。だから、どんな理由であれ……こんな俺のことを『好き』だと言ってくれたことは、本当に嬉しかった……」
 言いながら、その頬が次第に赤みを帯びていく。照れくささも徐々に増してきたものか、頬の赤さに比例するように、語尾もだんだん小さくなってゆく。
 その様子を目の当たりにしているうちに、ようやく僕の胸の内に、実感としてこみあげてくる何かを感じられたような気がした。
「――僕も、嬉しいです……」
 気が付けば、僕も素直に気持ちを言葉に出していた。
「須田さんに『好き』だと言ってもらえるなんて……嬉し過ぎて夢みたいで天にも昇る心もちで、だからこそ、まだどこか信じられない……」
 そこで、僕の言葉を止めるように、ふと何かが頬に触れた。
 それが須田さんの指だと、気が付いたと同時、ふっと眼前に影が差した。


 続いて唇の上にもたらされた、やわらかさと、ぬくもり―――。


「…信じるか? これで」
 はっと我に返れば、ものすごく近くから須田さんの瞳に覗き込まれていた。
 あまりに突然で、目を閉じることすら出来なかったけど……いま、僕は須田さんに、キス、された……よ、ね……?
 それを認識できたと同時、無意識に両腕が動き、気が付けば目の前の身体をぎゅうっと力一杯、抱き締めていた。
「信じられない……! こんな都合のいい幸せなんて、ある筈ない……!」
「どうすれば信じてもらえるんだろうな……」
 半ば呆れたような苦笑と共に、回された手が背中を撫でてくれる。
 その感触が尚更、僕を煽って仕方がない。
「抱き締めるだけじゃ、キスしてもらうだけじゃ、まだまだ全然あなたが足りない。もっともっと、あなたに触れたい、全身すべて、余すところなく。…いや、それでも足りない、触れるだけじゃ嫌だ、繋がりたい、一つになりたい、あなたの全部を僕のものにしたい―――!」
「ああ、いいぜ。全部やるから、好きなだけ持ってけよ。――でも、その前に……」
 そこで、身体を押されたような力を感じ、咄嗟に彼を抱き寄せていた力を緩めた。
 ぴったりとくっついていた身体と身体の間に隙間が出来ると、どこか改まったように須田さんが、真剣な表情で真正面から僕を見つめてくる。
「とりあえず確認させてくれ。――君、俺のこと抱きたいの?」
「そうですね。どちらかといえば抱きたいです。あなたと繋がれるなら極論どっちでもいい、って気持ちも当然ありますけど……でも、やっぱり、許してもらえるのなら、あなたを抱く方がいいです」
「――ああ、そう……そうなんだ、意外……」
「嫌なら、無理にとは言いませんけど……」
「いや、いいよ。君の好きにしてくれていい。――けど、ちょっと心の準備はさせてくれ。正直、“そっち側”は経験が無いんだよ……」
「待ちますよ、幾らでも」
 くすりと笑って僕は、その可愛らしく真っ赤に染まった頬に、思わず口付けてしまう。
「その間は、身体の準備の方、お手伝いしますから」
 おもむろに指を彼の股間に這わせ、やや固くなっているそこを撫で上げた。
 布地の下から、即座にびくっと震える感触が伝わり、それがなおさら愛おしく感じられる。
「な、おい、コラ、何をオッサンみたいなこと言ってんだ……!」
「だって僕ももうオッサンですし」
「は……?」
「須田さん、僕のこと二十代の若造だとでも思ってたみたいだから、あえて否定もしませんでしたが……こう見えて、とっくに三十路突入してますよ?」
「ちょっと待て、まさかの同年代……!?」
「まあ、それほどに僕たちはお互いを知らない、っていうことですよね。これから知っていきましょう、時間をかけて、じっくりと、ね」
「そういうことは、その手を止めてから言え……!!」
「心外だなあ、これも一つのコミュニケーションですよ。愛し合う二人の間で、肉体言語は大事ですよね」
「言うことがいちいちエロオヤジ過ぎるんだよ、この年齢詐欺師がっっ……!!」
「そうだ、これで晴れて同年代と判明したんですから、僕も名前で呼んでいいですか? ――ねえ、真広?」
「――――ッ!!!!!」


 ――ああ、もう、本当に……何でこんなにも可愛すぎるんだろうな、このひとってば。


 初めて出会った日から、その笑顔に僕は惹かれた。
 不意打ちのように向けられた、どこか彼を幼くも見せるその笑顔が、もう本当に可愛らしくて……!
 その瞬間に、僕の心は彼に打ち抜かれてしまったのだ。


「カスミちゃんが帰ってくるまで……大人の時間を一緒に過ごせるかと思うと、今からとても楽しみです」
 真っ赤になって絶句している、その唇を思わず食んだ。
 そして耳元近くから息を吹きかけるようにして囁く。こちらも満面に悪戯心を載せた笑顔を浮かべながら。


「たくさん二人で遊びましょうね、楽しい大人の時間の過ごし方、色々教えてあげますよ―――」




【終】
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