5 / 6
セーヌ河畔のパビリオンを歩く
しおりを挟む
スペイン館を出るウォルタリとドゴール。
「万博に浮かれるフランス国民だけじゃない、世界中の“平和ボケ”した人たちに見てほしいということだ」
とドゴール。
スペイン共和国政府の目論見は、万博の芸術と科学に関するテーマに反したが、内戦によって生じたスペインの分断に、世界各国の同情と支援を求めること。
それは困難な状況にあるアサーニャ政権が正統政府であり、反ファシストへの団結を訴えることであることをウォルタリもドゴールも感じ取った。
二人は続いて隣のノルウェー館に向かった。
ノルウェー館は、クヌート・クヌーセン、アルネ・コルモ、オーレ・リンド・シスタッド達によって設計。
館内の展示でウォルタリとドゴールを驚かしたのは、スウェーデン出身のテキスタイルアーティストのハンナ・ライゲン作のタペストリー「エチオピア」である。
「エチオピア」は、ムッソリーニが引き起こしたイタリアのエチオピア侵略を題材とした作品であるが、ムッソリーニと思しき顔に、矢がグサリと刺してある場面があり、
「これからイタリア館に行くのに、エグイもの見たな……」
とドゴール。
イエナ橋を渡ってカナダ館に向かうウォルタリとドゴール。
橋の上から北東を見ると、オリバー・ヒル設計のイギリス館とスヴェン・アイヴァー・リンド設計のスウェーデン館が見える。
イギリス館の設計に、造園家・ガーデンデザイナーでもある建築家オリバー・ヒルを任命したのは、弁護士で芸術産業評議会会長のフランク・ピック。
商業アートに大きな関心を持っていたピックは、ロンドン地下鉄のトップの時に、ブランド向上のためにグラフィックデザインを活用している。
イギリスは各国が競い合って万博に力を入れるとは思ってもいなかったので、与えられた予算はほんの少し。
対岸で競い合うように立つドイツ館やソ連館より小さく、白い箱のようなパビリオンを建設したことに国内から猛批判を受けた。
スウェーデン館の設計者であるリンドは、ストックホルム市都市計画局や、ストックホルム市立図書館や森の火葬場・森の墓地を設計したエーリック・グンナール・アスプルンドのもとで働いた後、パリで自分の事務所を開業。
この年5月に開業したロスンダスタジアムを、ビルガー・ボルグストロムとの共同設計で手掛けている
さらに奥には、フランスの二五地域のパビリオンを集めるエリアの地域センターがある。
エッフェル塔のふもとにあるカナダ館。
設計はジャック・アンリ・オーギュスト・グレーベール。
グレーベールは、カナダのオタワやアメリカのフィラデルフィアで活躍していたフランス人建築家。
ケベック出身の彫刻家ジョゼフ・エミール・ブリュネが、展示絵画や外壁の彫刻パネルを担当した。
カナダ出展の経緯はというと、ウィリアム・ライアン・マッケンジー・キング首相とケベック出身の国会議員で法務大臣のアーネスト・ラポワントに対し、
「是非、パリ万博にパビリオンを出していただきたい」
と参加することを強く要請。
これにキング首相は「カネが掛かる」と渋い顔。
さらに英国王が「カナダはパリ万博のパビリオン建設費用を賄えるのか?」と言っているとの情報も。
「このままカナダがパビリオンを出展しないとなれば国内がザワつく」
と、世論を恐れて一計を案じた。
パリの事務局に「カナダ参加」の電報を送り、それをもとに事務局は発表。カナダに対して感激、感謝、歓迎を表した。
既成事実を作られたキング首相は渋々万博参加を決定した。
館内はカナダ文化の紹介で溢れていたが、フランス文化が色濃く、フランス語を公用語とするケベック出身者が関わっていると知って感激するドゴール。
「スバラシイ。ケベックのますます発展を祈念するばかり。ケベック万歳。だ」
と興奮気味に語る。
カナダ館から続いてイタリア館へ。
川辺に面し、イタリア人を両親にもつフランス生まれの彫刻家ジョルジュ・ゴリ作の「ファシズムの天才」と題する騎馬像が立つイタリア館。
ローマ大学本館を手掛けた建築家で都市理論家でもあるマルチェロ・ピアチェンティーニがデザインを担当。
ジュゼッペ・パガーノが展示品の全体をコーディネート。
パガーノが信奉するファシズムのあらゆる側面。労働者だけでなく芸術家、知識人、職人の結束。社会の進歩と調和。技術革新を生み出す政府の強力な指導。
展示は技術の発展の歴史に対するイタリアの重要かつ多大な貢献をアッピールするだけではなく、イタリアが規律、秩序、団結を重んじる慈悲深いファシズム国家なのだということを強調する。
「イタリアがナチス・ドイツとソ連の間で注目を集めようと必死なのが良く伝わる」
と評するドゴール。
鑑賞を終え、イタリア館のレストランで、イタリア料理に舌鼓をうつウォルタリとドゴール。
食事が終わってレストランを出るときに、朝日新聞欧州総局長の古垣鉄郎が声を掛けてきた。
「どうでしょう。我が国のパビリオンをご紹介させていただきたい」
との提案である。
「万博に浮かれるフランス国民だけじゃない、世界中の“平和ボケ”した人たちに見てほしいということだ」
とドゴール。
スペイン共和国政府の目論見は、万博の芸術と科学に関するテーマに反したが、内戦によって生じたスペインの分断に、世界各国の同情と支援を求めること。
それは困難な状況にあるアサーニャ政権が正統政府であり、反ファシストへの団結を訴えることであることをウォルタリもドゴールも感じ取った。
二人は続いて隣のノルウェー館に向かった。
ノルウェー館は、クヌート・クヌーセン、アルネ・コルモ、オーレ・リンド・シスタッド達によって設計。
館内の展示でウォルタリとドゴールを驚かしたのは、スウェーデン出身のテキスタイルアーティストのハンナ・ライゲン作のタペストリー「エチオピア」である。
「エチオピア」は、ムッソリーニが引き起こしたイタリアのエチオピア侵略を題材とした作品であるが、ムッソリーニと思しき顔に、矢がグサリと刺してある場面があり、
「これからイタリア館に行くのに、エグイもの見たな……」
とドゴール。
イエナ橋を渡ってカナダ館に向かうウォルタリとドゴール。
橋の上から北東を見ると、オリバー・ヒル設計のイギリス館とスヴェン・アイヴァー・リンド設計のスウェーデン館が見える。
イギリス館の設計に、造園家・ガーデンデザイナーでもある建築家オリバー・ヒルを任命したのは、弁護士で芸術産業評議会会長のフランク・ピック。
商業アートに大きな関心を持っていたピックは、ロンドン地下鉄のトップの時に、ブランド向上のためにグラフィックデザインを活用している。
イギリスは各国が競い合って万博に力を入れるとは思ってもいなかったので、与えられた予算はほんの少し。
対岸で競い合うように立つドイツ館やソ連館より小さく、白い箱のようなパビリオンを建設したことに国内から猛批判を受けた。
スウェーデン館の設計者であるリンドは、ストックホルム市都市計画局や、ストックホルム市立図書館や森の火葬場・森の墓地を設計したエーリック・グンナール・アスプルンドのもとで働いた後、パリで自分の事務所を開業。
この年5月に開業したロスンダスタジアムを、ビルガー・ボルグストロムとの共同設計で手掛けている
さらに奥には、フランスの二五地域のパビリオンを集めるエリアの地域センターがある。
エッフェル塔のふもとにあるカナダ館。
設計はジャック・アンリ・オーギュスト・グレーベール。
グレーベールは、カナダのオタワやアメリカのフィラデルフィアで活躍していたフランス人建築家。
ケベック出身の彫刻家ジョゼフ・エミール・ブリュネが、展示絵画や外壁の彫刻パネルを担当した。
カナダ出展の経緯はというと、ウィリアム・ライアン・マッケンジー・キング首相とケベック出身の国会議員で法務大臣のアーネスト・ラポワントに対し、
「是非、パリ万博にパビリオンを出していただきたい」
と参加することを強く要請。
これにキング首相は「カネが掛かる」と渋い顔。
さらに英国王が「カナダはパリ万博のパビリオン建設費用を賄えるのか?」と言っているとの情報も。
「このままカナダがパビリオンを出展しないとなれば国内がザワつく」
と、世論を恐れて一計を案じた。
パリの事務局に「カナダ参加」の電報を送り、それをもとに事務局は発表。カナダに対して感激、感謝、歓迎を表した。
既成事実を作られたキング首相は渋々万博参加を決定した。
館内はカナダ文化の紹介で溢れていたが、フランス文化が色濃く、フランス語を公用語とするケベック出身者が関わっていると知って感激するドゴール。
「スバラシイ。ケベックのますます発展を祈念するばかり。ケベック万歳。だ」
と興奮気味に語る。
カナダ館から続いてイタリア館へ。
川辺に面し、イタリア人を両親にもつフランス生まれの彫刻家ジョルジュ・ゴリ作の「ファシズムの天才」と題する騎馬像が立つイタリア館。
ローマ大学本館を手掛けた建築家で都市理論家でもあるマルチェロ・ピアチェンティーニがデザインを担当。
ジュゼッペ・パガーノが展示品の全体をコーディネート。
パガーノが信奉するファシズムのあらゆる側面。労働者だけでなく芸術家、知識人、職人の結束。社会の進歩と調和。技術革新を生み出す政府の強力な指導。
展示は技術の発展の歴史に対するイタリアの重要かつ多大な貢献をアッピールするだけではなく、イタリアが規律、秩序、団結を重んじる慈悲深いファシズム国家なのだということを強調する。
「イタリアがナチス・ドイツとソ連の間で注目を集めようと必死なのが良く伝わる」
と評するドゴール。
鑑賞を終え、イタリア館のレストランで、イタリア料理に舌鼓をうつウォルタリとドゴール。
食事が終わってレストランを出るときに、朝日新聞欧州総局長の古垣鉄郎が声を掛けてきた。
「どうでしょう。我が国のパビリオンをご紹介させていただきたい」
との提案である。
0
あなたにおすすめの小説
if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
無用庵隠居清左衛門
蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。
第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。
松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。
幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。
この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。
そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。
清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。
俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。
清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。
ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。
清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、
無視したのであった。
そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。
「おぬし、本当にそれで良いのだな」
「拙者、一向に構いません」
「分かった。好きにするがよい」
こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる