不器用だけど…伝わって‼

さごち

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二十一話 ~新たな神様~

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 気が付けばそこは見慣れた学校だった。
 制服姿で廊下に棒立ちしていた蓮はハッと我に返ると辺りを見回す。
 ガランとした校舎に人の気配はなく、窓から見える街は曇り空というわけでもないのにどこか暗くはっきりとしない。
 まるでゲームのグラフィックのよう。プレイヤーが関わらない部分を簡略化して、あくまでそう見せているだけようにすら見えた。
 いつものように夢の世界……にしては何かが違う。

「綻火は……?」

 蓮は辺りを見回した。
 細莉がいてくれれば、様子はおかしいがここを夢だと納得できる。
 何を焦っているのかわからないまま、蓮は細莉を探して廊下を歩き始めた。
 試しに近くの教室のドアを開けようとしてみたが、鍵がかかっているというより接着でもしているようにドアはピクリとも動かなかった。
 ガラス越しに覗いてみても教室には誰もおらず、ドアが開かないことも相まって、行くべき場所へと誘導されているような錯覚すら覚えてしまう。

「あれは……」

 いくらか進んだところで蓮の足が止まる。
 細莉がいたわけではない。
 蓮が見つけたのは割れた窓だった。
 それは細莉の遊び相手になると約束し、初めて見た夢の中で細莉が叩き割った窓。
 紛れもなくここが夢だと証明するきっかけ。


 そのはずなのに蓮の頬には冷や汗が一筋伝っていく。


 割れた窓には血が滴っていた。
 調子に乗った細莉を助けるために掴んだ窓。割れて鋭利な刃物と化したせいで手の甲すら貫通し、盛大に出血したのは記憶にある。
 だが、あり得るはずがない。
 あれからどれだけ時間が経ったと思っている。
 いや、時間の経過など、この世界では無意味なのかもしれないが……それにしたってだ。
 細莉がわざわざこんなものを見せるはずがない。
 ここは間違いなく夢だ。
 けれど、細莉が見せている夢ではない。


──ここは……どこだ?


 心臓がうるさいほどに鼓動している。
 焦りか恐怖か。
 どちらにせよ、細莉を探そうなんてもう思わないほうがいいのかもしれない。
 せり上がる感情を押し殺し、蓮は廊下を進んでいく。
 割れた窓を超え、バラ撒かれた破片を踏み締め、視界からそれらが消えた瞬間だった。

「なるほど。あの子が気に入るのもわかるかもしれませんね」

 聞いたことのない声がした。
 声の主は今しがた通過した蓮の背後にいる。
 ホラー映画でお化けと対面でもするように、蓮はゆっくりと後ろを振り向いた。

「自分のために無茶されると女の子はときめくものですから」

 女の子がいた。
 肩口で切り揃えられた綺麗な銀髪を揺らし、割れた窓の前で膝を抱えてしゃがみ込みながら、蓮と同年代か少し上くらいに見える少女は小首を傾げる。

「はじめまして、伊澄さん」
「……なんで俺の名前を?」
「たくさん聞きましたから。それこそ耳にタコができるくらい」

 自分の耳をそっと指差し、少女はくすりと笑う。
 その姿は大人びて見える少女の容姿にはやや不釣り合いな子供っぽさがあった。
 立ち上がった少女はぺこりと丁寧に頭を下げる。

「私は霧里鈴。細莉の友達と言えば、あなたにはこの状況もわかるのではないですか?」
「細莉の友達?」

 何の変哲もない関係に聞こえるが、細莉に関しては意味合いが変わってくる。
 蓮が自己紹介した場合も同じことを言ったかもしれないが、細莉の友達であることを明かせばこの状況に説明がつくと言うならば、それは『細莉』個人ではなく、細莉という存在に掛かってくる言葉だ。

「まさか……」

 最近意識することは減っていた。
 現実離れした状況に慣れ過ぎて、もはやそれを当たり前とすら思っていた。
 だが、改めて蓮はそれを思い出す。
 綻火細莉がどういう存在なのかということを。


「神、様?」
「ご明察です」


 ポンッと鈴は両手を合わせながら蓮の言葉を肯定する。
 確かにそれなら納得も出来る。
 同じ神様であるならば、細莉と同じことが出来ても不思議はない。
 そもそもこの世界を蓮が夢と認識しているのは細莉にそう説明されたからだ。
 他に良い名称がなかったから夢と仮称しているだけで、この場所は蓮がいることのほうがイレギュラーであり、こうして他の神様が普通に生活している世界だったなんて可能性だって捨てきれない。

「本当は口を出すつもりはなかったんですけどね」

 鈴はそう言うと少し困ったよう顔になった。
 もしもこの世界が今仮定した通りなら、細莉はこの世界から蓮のいる世界に抜け出しているという話になってくる。

「水とかに手を出され始めるとさすがに放っておくのもどうかと思いまして……」
「……連れ戻しに来たってことか?」
「連れ戻す、ですか?」
「あいつも神様で、あんたも神様なんだろ。いまいちあいつの言う神様ってのがどういうものかはわかってないんだが、俗に言う天国ってのがあるんじゃないのか? それで見てられなくてあいつを連れ戻しに来たみたいな」
「あぁ、なるほど。そのような心配はいりませんよ。あの子のいるべき場所はあの世界で間違いありませんから」
「そう、なのか……?」
「私はただあの子の空回りを少し修正出来ればと思っただけです。私の存在が伊澄さんの不安を煽るようなら極力姿を現さないようにしますがどうしますか?」
「……それはつまり、今後はあんたもこの夢に関わってくるってことか?」
「大なり小なりはそうなりますね」

 鈴はそう言いながら、足元のガラスの破片を一つ持ち上げる。
 そのガラス片を顔の前に持って来ると、鈴は少しだけ目を伏せた。

「見ているだけと我慢できたなら、こんなことにはなっていませんから」

 友達というにはその感情はずいぶんと重いものに感じた。
 空回っている細莉を修正しに来たと言うが、それはどこを目指した修正なのだろうかと蓮は疑問に思ってしまう。
 おかしな言い方をするならば、誰も迷惑を被っていない。
 水に関しては一歩間違えばよくない結果になったかもしれないが、鈴がもっと早く口を出していれば細莉が水に傾倒することにならなかったのかと言えば決してそうではない。
 細莉を心配しているだけにしては、鈴の言い方はどこか特定のゴールを目指して細莉を導きたいと言っているように聞こえた。

「なら好きに出て来てくれ」
「意外な回答ですね。細莉と二人きりは嫌でしたか?」
「そういうわけじゃない。ただ見えないところで入れ知恵が入るってんなら、いてくれたほうがわかりやすいってだけさ。あいつはそんな器用なやつじゃないからな。毎回毎回様子がおかしくなられたら気付けるものも気付けなくなりそうだ」

 吹っ切れてはくれたが、蓮はそもそも細莉が水にハマった原因を知らない。
 あれで終わったんだしまぁいいかと流せるほど単純でもない。
 もう少し気に掛けてやらなきゃな。なんて考えすら浮かんでいた矢先にこの展開なのだ。
 鈴と細莉がどれほど親しいのかは知らないが、思い付きで行動しがちな細莉に鈴が何かを言えば、途端に細莉はぎこちなくなるのは目に見えている。
 なら、最初から鈴も巻き込んだ三人でいるほうが精神的な安心感は大きいと思った。

──あれ?

だから蓮はこんなことを思ってしまう。

「そもそもお前が遊び相手になってやればよかったんじゃないのか? 神様同士ならそっちのが普通だろ?」
「…………」

 伏せられていた鈴の視線が蓮へと向けられる。
 その目は鈍感男に呆れているという風ではなく、まるで自分の想像と蓮の人物像が重ならなかったことに驚いているような、そんな衝撃を受けた顔だった。
 少し呆けた顔をして、鈴はふふっと小さく吹き出す。

「たしかにこれは強敵ですね」
「なんの話だよ?」
「いえ、こちらの話です。伊澄さんの質問にお答えするなら、あなたのほうが適任だったからですよ。相性の問題です」
「相性って……実は仲悪いのか?」
「そんなことはないですよ。けど、私はぎゃーぎゃーと騒ぐタイプではありませんから。良い反応を返してくれる伊澄さんといたほうが楽しいと思うのは当たり前のことです」
「人をうるさい奴みたいに言うなよ……」
「……では、今日はこの辺で」

 ニコリと微笑んだ鈴は持っていたガラス片から手を離した。
 キラキラと光を反射させながら、ガラス片は廊下へと落ちるとキィィン……と甲高い破砕音を響かせながら砕け散る。


「近いうちにまたお会いしましょう。仲良くしてくださいね、伊澄さん」


 気が付けば、蓮は自宅のベッドの上だった。
 いつ眠ったのかも、どのタイミングで起きたのかもわからない。前後の記憶があやふやな感覚。それでも徐々に意識がはっきりとしていけば、夢で出会った少女を思い出すのは難しいことではなかった。

「霧里……鈴」

 細莉の行動の修正。
 見ていられなかったという理由だけでは納得できない妙な重さがあった。
 あの少女が本当は何を目的に出てきたのかはわからない。
 だが、悪い奴には見えなかった。

──綻火に聞いてみるか。

 いつもより少し早めに家を出て、もうすぐ学校だと言うところで蓮は背後から声を掛けられた。

「おはようございます」

 耳に新しい聞き覚えのある声。
 弾かれたように振り返れば、そこにいたのは──

「霧里……?」
「はい。覚えていてくださって安心しました」
「……なんでここに?」
「私は夢でしか関わらないとは言ってないですよ? それに好きに出て来いと言ったのは伊澄さんじゃないですか」

 確かにそうだ。
 そもそも同じ神様である細莉が現実にいるのだから、鈴が夢でしか現れないなんて蓮の勝手な早とちりでしかない。

「これからよろしくお願いしますね」

 意外な展開にポカンとする蓮を見て、制服姿の鈴はイタズラっぽくチロリと舌を出しながら、嬉しそうにはにかんで見せた。
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