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金庫×忠告

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 ダンジョンを脱出し、金庫を探りに冒険者組合の建物にやってきた。

 冒険者組合とはその名の通り、冒険者を支援したり関連する手続きを行ったりするための場所だ。また、冒険者の個人金庫の管理もここが行っている。

 見た目は窓がなく、全面がメタリックな素材で覆われた高層ビルだ。ダンジョンからのドロップで生計を立てる冒険者にとって、ドロップ品を安全に保管しておいてくれる冒険者組合はなくてはならない存在である。

 ビルの中に入り、俺は個人金庫の確認場所へと向かう。ビルの1階は手続きなどを行うカウンター。そして2階へ上がれば個人金庫を確認できる。

 2階には分厚い壁で仕切られて作られた小さな個室が、ずらりと並べられている。その中の一つに適当に入ると、タッチパネルと窓口が。

 タッチパネルに冒険者番号とパスワードを入れると、画面で倉庫に何を預けているかが確認できる。

 その中の一つに、『夜の短杖(暗器) 星1』という名前を見つける。

 一見するとただの短杖だが、仕込杖だ。暗器として使用しない限り普通の短杖として使える、という暗器としての特殊効果がある。

 夜の短杖は1万円くらいで売れる。まあその程度の武器である。初めてドロップした短杖だったので記念に売らずに取っておいたのだが、まさかそれが使える日が来ようとは思いもしなかった。

 俺はそれをタップし、『引き出し』を続いてタップ。しばらくすると窓口から機械で短杖が搬入されてきたのだった。

 それはかなりシンプルな作りとなっている。全体的なフォルムは十字で、黒が基調。長さはショートソード並だろうか。

 俺はそれを遠慮なく手に取る。そして代わりに今まで装備していた短杖『シンプルメイス 星1』を預けた。

 ダンジョンの外では武器類は使用不可…例によって神の加護の力で、鞘から抜けないし謎の力で鈍器にもならないしで安全処理が施されているので、携行は自由だ。

 よし、早速ダンジョンだ。俺は意気揚々と個室から出ていった。

 それから数時間後。

(…あー、暇だな~…)

 俺は適当なファミレスでスマフォを弄っていた。

 ダンジョンは基本ランダムに現れるため、そう都合よく自分が潜れるダンジョンがぽんと出てくるわけではない。

 特に今は初心者ダンジョンしか入れない様になっている為、ダンジョンに潜れない時間は当然出てくる。

 朝入ったダンジョンは既に他の冒険者に攻略されて跡形もなかった。

「…あんたさあ…」
「…んっ?」

 ぼんやりとスマフォを見つめていると、不意に視線を感じて顔をあげた。そこには呆れた表情を浮かべる四ノ原の姿があった。

 後ろには明野と、明野が率いる他のパーティーメンバーもいた。

「田中君! 君も待機? 実は僕たちもなんだ」
「あ、ああ…まあな」

 明野が嬉しそうに話しかけてきた。どうでもいいけど普段訓練校でしか話さない相手と別の場所で会うと、どうしてこうも気まずいかね。

「まあな、じゃないから! あんたまだ一人でいるの?」

 四ノ原が身を乗り出して目を吊り上げてきた。俺は思わず後ろに身を引く。

「わ、悪いかよ」
「はあ…これは先生に報告かな~」
「えっ、なんで?」
「知らないの? 田中がソロになった時点で、先生危機感覚えてるらしくてさあ。様子見てくれ~、って言われてんの。私、結構頼りにされてるから!」
「はあ…」
「もうこの際先生にパーティー斡旋してもらったら?」
「まじかよ…」

 げんなりする。いや、先生の心遣いはありがたいけど…パーティーは嫌だ。

「あの、四ノ原さん。しばらく黙っておいてくれないか? ソロの方が気楽っていうか…」
「呑気すぎ! これは田中のためでもあるんだから!」
「パフェ奢るぞ」
「えっ、マジ? やったあ」

 俺が座っていたテーブルに、四ノ原が座ってきた。明野も便乗して座ってくる。他のメンバーは隣のテーブルを囲んだ。

「皆結構心配してるんだよ。田中君レベルの人に、脱落してほしくないんだ」
「ソロだと絶対頭打ちになるんだから、マジで危機感持ったほうがいいんだからね。ね、ヤマト君」
「小春の言う通りだよ」

 こいつらいつの間にか下の名前で呼び合う仲に…いや、四ノ原の方は最初から下の名前で呼んでたか。

 とにかく、その言葉に俺は思わず目をそらした。

「仮免の僕らは、ある程度成果をあげないと免停になるからね。しかもそのハードルは徐々に上がっていくし」

 あげなければいけない成果とは、モンスターの討伐のことである。モンスターを討伐するとポイントがたまり、そのポイントを月に一度冒険者組合に納めなければならない。

 一定期間モンスターを討伐出来ないでいると、素質無しということで仮免を剥奪されるのである。

 これは仮免でなくても、冒険者免許全般で言えることだ。ただし冒険者免許は仮免とは違い剥奪ではなく停止で、組合で試験を受けることで結構簡単に再発行されるが。

「…まあ、そこは今のところ大丈夫。一人でもなんとかこなせるレベルだ。今月分ももう終わったぞ」

 徘徊種は多めのポイントが貰える為、とりあえず今月は安泰だ。

「は? まだ月の初めなんですけど…あんた何やったの」
「流石というか、なんというか」

 まあ、徘徊種に関しては運が良かった。一対一の状況が最後まで続いてくれたし。あれでラットかバットが乱入してきていたら俺じゃひとたまりもなかっただろう。

 そう思うと、我ながら綱渡りしてるよなと思う。

「流石といえば、佐野さんのパーティーがすごい勢いだよ」

 佐野、と聞いて紳士の老年男性の顔を思い浮かべる。

「多分、佐野さんたちがクラスで一番成績が良いんだ。聞けば佐野さんは元軍人で、メンバーもサバゲーのプロだったり料理人のプロだったり…経験値が違うよね。はあ、僕らも負けてられない」
「ね~」

 と、ここでピロンと音がなった。初心者ダンジョン発生の通知だ。

「悪い、ダンジョン行ってくる」
「うわ、注文したばかりじゃん! タイミング悪すぎ!」
「仕方ないよ、小春。田中君、僕らは食事を取ってから行くよ。頑張ってね」
「ああ。それじゃあ」

 俺はパフェ代だけ置いて伝票を持ってテーブルを立った。

 それにしても、俺がこうしてうだうだしてる間に、他のパーティーは着実に前に進んでるんだなあ…。

(…うん、辞め辞め。考えるのは辞めておこう)

 俺は諸々の問題を忘れるためにダンジョンへと集中することにしたのだった。
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