こころのみちしるべ

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アーケルシア編

038.『大胆不敵』

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 その日も中央の騎士団庁舎の騎士王の執務室ではリヒト、ユスティファ、アイシャ、クライスの四名が顔を突き合わせていた。彼らはこうして現状の確認と今後の方針について話し合うことを日課としていた。アイシャの加入により騎士団の懸念すべき目下の敵はムーングロウ最大の犯罪組織虎狼会と暗殺者シェイドの二者となった。虎狼会の構成員の総数は千人といわれているが、下部組織やつながりをもつ商会、貧民街の虎狼会支持勢力などを合計するとその数は五千に上るともいわれている。充分に騎士団に匹敵する勢力だ。しかも彼らは騎士団本部から武器を奪い取っている。失った武器は流星団から騎士団に供与され補填されたが、とはいえ騎士団の質の高い武具を虎狼会が所有しているという事実は変わらない。リヒトは虎狼会がどのような組織なのかをより詳細に聞く必要があった。それを聞く相手としてはかつて同組織に所属した人物が最適だった。
「虎狼会のことは実はあたしもよく知らない」
 しかしリヒトの期待はこの返答によってあっさりと裏切られた。
「お前虎狼会にいたんじゃねえのかよ!」
 リヒトがそう問い詰めてもなおアイシャは平然としていた。
「いたことはいたさ。でもリヒトが知りたいのは虎狼会の組織としての全体像や弱点だろ?」
 リヒトは眉を顰めた。
「ああ…」
「なら知らない。悪いな」
 リヒトは頭を掻いた。
「お前な、自分は虎狼会のこと知ってるから役に立つみたいなこと言ってただろ?」
 アイシャは悪びれもせずに言った。
「嘘だよそんなの」
 リヒトは心底呆れてうなだれた。しかし次のアイシャの言葉はリヒトに再び期待を抱かせるのに充分だった。
「まああたしが虎狼会の幹部だったことは事実だけどな」
 リヒトは顔を上げて彼女を見た。
「だったら虎狼会のこともわかるはずだろ!?」
 しかしアイシャはまたもあっさり言いきった。
「いや、知らない。幹部だったけど組織のことなんて無頓着だったからな」
 もういっそこの問答をやめたくなったリヒトはぼやくように言った。
「よく幹部になれたな」
「まあ、流星団を作れるくらい人望はあったし、強かったからな。ゼロアとしてはあたしを傍に置いておきたかったんじゃないか? あたしはかなり好き勝手やらしてもらってたし」
 リヒトはジト目でアイシャを見た。
「ゼロアは血も涙もない冷徹な人物だと聞くぞ。それなのにお前に自由を許したのか?」
 アイシャは誇らしげに答えた。
「まあ、それだけあたしが必要だったってことだろうし、それにあたしから自由を奪おうとしてもあたしは好き勝手やる性分だから無駄だってわかってただろうからな」
 ふとリヒトは一つ疑問に行き当たった。そもそもアイシャとゼロアは何がきっかけで同じ組織に身を置くことになったのだろうか。
「ゼロアもアイシャも貧民街出身なんだよな?」
 アイシャは「何を今さら」という顔をした。
「そうだけど?」
「ゼロアとアイシャはもしかしてもともと知り合いだったりしたのか?」
「そりゃあ…お互い虎狼会旗揚げからのメンバーだからな…」
 リヒトは唖然とした。
「どうしてそれを早く言わないんだ…?」
 アイシャは笑った。
「そんなの…何の役にも立たない情報だろ?」
「そうかも知れないけど、何か役に立つ情報があるかも知れないだろ…!」
「だから今話したじゃないか」
 リヒトは呆れた。彼は埒が明かないので話を先に進めることにした。
「それで? ゼロアとはどういう仲なんだ?」
 アイシャは漠とした質問に少し困惑しつつも、それに答えようと記憶を辿った。
「うーん、まあ貧民街では普通にしゃべったりもしてたよ。で、アイツが貧民街の連中を助けたいって言い始めたんだ。あたしはそれに同意して協力することにしたんだよ。旗揚げメンバーは仲のいい七人だったかな」
「それが今の虎狼会の幹部なのか?」
 アイシャはこの問いをあっさりと否定した。
「いや、ゼロアとあたし以外は全員死んだ」
 リヒトは眉を顰めた。虎狼会の旗揚げメンバーがほぼ全員死亡? 彼らはそれほど脆弱だったのだろうか。だとしたらどのように今のような強壮な組織が出来上がったのだろうか。あるいは騎士団との長きに渡る熾烈な抗争で旗揚げメンバーは徐々に散っていったのだろうか。
「騎士団との闘争でか?」
「いや、騎士団、というかアストラに殺されたのが一人。シェイドに殺されたのが一人。あとは全員ゼロアに殺された」
 リヒトは慄然とした。
「自分の部下を…殺したのか…?」
 アイシャは平然と答えた。
「ああ」
「仲間割れか…?」
「いや、ある日唐突に殺したんだ」
「どうして…」
「さあ」
「…理由もなく殺したのか?」
「ああ、そういうヤツだよ。裏切りで殺されたのが一人、不手際で殺されたのが一人、気分で殺されたのが一人」
 リヒトは愕然とした。
「気分…!?」
 アイシャは神妙な顔をした。
「ああ」
「要するに暴君ってことか…」
 アイシャは顎に手を当てて思案顔で答えた。
「いや、アイツの場合暴君ってのとはまたちょっと違うな」
 リヒトはアイシャの答えを待った。気分で部下を殺す犯罪組織のリーダーが暴君でなくて何だというのだろうか。アイシャはゼロアが部下をいたぶり、殺す様を思い出した。同時に彼が貧民街で子供や年寄りや小動物を大切にしていた姿を思い出した。同時に彼女は彼の孤独と苦悩と涙を思い出した。
「アイツは…多分…、不安なんだと思う」
 リヒトは目を眇めて訝し気な表情をした。
「アイツは金や力や仲間を欲してた。何でも手に入れたがってたよ。欲のままに。そういう意味じゃ暴君だよ。でも、それを手に入れても手に入れたって実感がないんだよ。それを自分の手で壊したり傷つけたりして初めてそれを手にしたのを実感できるんだ」
 リヒトは呆れた。
「何だそりゃ。せっかく手に入れたのに壊したら意味ねえだろ」
「ああ、だからアイツはいつまでたっても満たされない」
 アイシャの話すゼロアの人物像はリヒトには非常に歪んだ性格の持ち主のように思われた。しかし同時に程度の違いこそあれ誰にでもそのような矛盾した欲望はあるようにも思えた。クライスがそこで口を差し挟んだ。
「ところで、シェイドは放っといていいのか?」
 リヒトが答えた。
「ああ、順番としては先にゼロアだ。それにシェイドは神出鬼没だしな」
 アイシャがそこで再び顎に手を当てて何か考え込み始めた。リヒトは尋ねた。
「アイシャ、どうした?」
 アイシャは顔を上げてリヒトを見た。
「いや、少し気になることがあってな」
 リヒトは目を眇めた。
「気になること?」
「ああ、アストラが殺された場所とタイミングだ」
 アイシャ以外の三人は黙ってアイシャに先を促した。
「多分殺したのはシェイドだ」
 リヒトが同意した。
「まあ、手口からしても実力からしても消去法的にシェイドくらいしかいないだろうな」
 アイシャは目を眇めた。
「そこが問題なんだよ。シェイドは中央で貴族や富裕商人ばかりを狙って殺しをしてるんだ。それが何で北区で、それも退いた騎士王なんかを殺そうとしたんだ?」
 リヒトもまた考え込んだ。
「そう言われてみれば不自然だな…」
 アイシャはさらに付け加えた。
「それに部下からの情報なんだけど最近虎狼会以外の犯罪組織にも慌ただしい動きが見られるらしいんだ」
 クライスが尋ねた。
「騎士団の武器庫が狙われたタイミングと何か関連があるってことか?」
 アイシャは思案顔のまま答えた。
「わからない、だが何かがおかしい。何か…嫌な予感がするんだ…」



 黒い石造りのアーケルシア城は月明かりに照らされてその厳めしいシルエットを茫漠と夜の闇に浮かべていた。
 その二階の薄暗く広い部屋の奥で赤い瞳の男は嗤った。堅牢な王城とあってそこは居間でありながら窓がなかった。かつて騎士王が親しい者と食事をともに楽しんだ場所。ゼロアは長い食卓の奥の席に座を占め、眼前の景色を陶然と眺めていた。
「アストラは死んだ」
 彼は笑いの混じった声でそう言った。その声は蝋燭の灯りだけで照らされた薄暗い空間によく反響した。
「騎士団から武器を奪い取ることにも成功した」
 それは独り言であると同時にその空間にいる者たちに向けられた言葉でもあった。
「ビュルクの狩人も俺の手に堕ちた」
 そう言って彼は部屋の入口側に目をやった。そこにはゼロアと同じ食卓に向かって座すリサの姿があった。リサはつまらなそうに壁の方を向いていた。
「大信門、金舎羅、北神党も我々に合流した」
 リサの正面には三人の男たちが座っていた。虎狼会や流星団に次ぐ規模の犯罪組織の頭目である彼らはいずれもその顔貌に悪辣な狂気を、その体躯に強靭さを備えていた。彼らはゼロアの言葉に一様に会釈と目礼で応えた。薄暗い部屋の中で蝋燭の灯りは彼らの顔貌と首筋に深い陰影を刻んでいた。
「そして…」
 ゼロアは部屋の入口の壁際に目をやった。そこには目を閉じ壁に寄りかかって立つ黒衣を纏う小柄な男の姿があった。それは先日この国の先代の騎士王の命を奪った男だった。ゼロアはニヤリと嗤った。
「シェイドもまた俺の手駒になった」
 リサの隣には先日コロシアムでリヒトと戦ったダルトンの姿もあった。彼もまたゼロアに呼応するようにニヤリと嗤っていた。ゼロアは声を低く鋭くして言い放った。
「さあ始めるぞ」
 ゼロアの顔から笑みが消えた。
「騎士団の討滅とアーケルシアの征服を」



 私邸に戻ったリヒトはリビングで夕食の支度をするマリアの後ろ姿を見つけた。彼は笑顔で後ろから彼女に近づいた。
「なあに」
 それに気付いていたマリアもまた笑顔でリヒトの戯れに付き合うことにした。
「マリア」
 マリアは仕方なく料理の手を止めて振り向いた。リヒトは後ろ手に持っていた花束をマリアの顔の前に差し出した。それはその日の帰りに彼が貧民街に寄って屋台で買ったものだった。マリアは今度こそ驚いてリヒトの目を見た。いつまでも受け取らないマリアにリヒトはぐいと花束を押し付けて受け取るよう促した。
「さあ、どうぞ」
「どうしたの?」
 そう言ってマリアは戸惑いながら花束をその手に取った。
「お礼だよ」
 マリアの顔から笑みが消えた。それに気付いてか気付かないでか、リヒトは話頭を転じた。
「さて、お皿を運ぶのを手伝おう」
 リヒトは料理の盛りつけられたお皿を食卓の上に移し始めた。
「何があったの?」
 その後ろ姿にマリアが問いかけた。リヒトはそれに答えなかった。
「何をするの?」
 マリアは諦めずにもう一度尋ねた。彼女に諦める気がないことを悟って皿を運びながらリヒトは彼女を見た。
「ただちょっと仕事をするだけだよ」
 マリアは少しうつむいてそれ以上それについて聞くのを諦めた。二人とも話頭を転じようと考えたが頃合いの話題と接ぎ穂が見当たらなかった。
「今度は俺が作るよ」
 ややあってリヒトがそう言った。マリアはリヒトをちらと見た。
「料理」
 マリアの顔に少しだけ笑みが戻った。彼女は花束をキッチンに置いた。
「作れるの?」
 リヒトも微笑んだ。
「経験のなさは才能でカバーするよ」
 その冗談にマリアは今度こそいつもの笑顔を取り戻したかに思われたが、やはりそこには不安の色がわずかに滲んでいた。
「何を作ってくれるの?」
「目玉焼き」
 マリアはふっと破顔した。リヒトは今が頃合と悟って言った。
「もう一つ渡したいものがあるんだ」
 マリアは驚いた。同時に彼女の顔の不安の色は少し濃くなった。リヒトは服の内に隠しておいた薄い紙袋をマリアに手渡した。マリアは今度は素直にそれを受け取った。彼女は上目遣いにリヒトを見た。
「開けてごらん」
 そう促されてマリアは紙袋を開いた。するとそこにあったのは白と黒の布製の何かだった。マリアはすぐにはそれが何かわからなかった。彼女はそれを袋から取り出して広げて見た。すると彼女の表情はぱっと明るくなった。それは服だった。白と黒の給仕服。彼女がフラマリオンで着ていたものだ。喜びと驚きで声も出せない彼女にリヒトが言った。
「君が着ていたものとできるだけ似たものを探したんだ」
 彼女は慈しむようにそれ見た。その表情はどこか少し悲しげでもあった。きっといろいろな記憶が蘇ってきたのだろう。
「気に入ってくれた?」
 マリアはその質問には答えなかった。代わりにリヒトに尋ねた。
「ねえ、何か危ないことするんでしょ?」
 リヒトの視界の中で彼女の双眸が「今度こそちゃんと答えて」と言っていた。リヒトはにっこり笑って答えなかった。何も答えないリヒトにマリアは言った。
「必ず帰って来て」
 リヒトは目を閉じ、少し逡巡した。しかし目を開けると彼は力強く言った。
「必ず帰って来る。心配しないで」
 マリアはそれ以上何も言わなかった。リヒトもまた目を潤ませてこちらを見上げるマリアにそれ以上掛ける言葉を見つけられずにいた。リヒトはマリアを一息に抱き寄せた。マリアは涙をこぼすのをこらえた。二人は料理が冷めるのも忘れてしばらくそうして抱き合っていた。



「時にリサ、なぜお前は騎士団を潰さなかった?」
 男はそう言ってリサを紅い双眸で睥睨した。リサは男に冷淡な視線を返した。
「潰したでしょ? 武器をすべて奪ったのよ?」
 ゼロアの双眸は鋭さを増した。
「温いこと言ってんじゃねえよ。眠らせて武器盗むよりも全員ぶっ殺した方が簡単だし確実だろ」
 リサはその言葉を受け流して笑った。
「怖いの? ゼロア」
「あ?」
 ゼロアは気色ばんだ。リサは構わず続けた。
「騎士団員はまだ死んでない。でも武器を失い戦意を失い、その武器は我々の手に渡った。彼らに何ができるの?」
 ゼロアは肘をついた手に顎を乗せリサの言葉をつまらなさそうに聞いた。
「仮に彼らが武器も持たず素手だけで我々に立ち向かおうとして来たら、その時こそ騎士団を正面から叩き伏せ、我々の名をムーングロウ全土に轟かすまで。そうでしょ?」
 ゼロアは少しだけ目を細めて笑った。
「元よりアーケルシア騎士団は堕落していた。あなたがその気になればいつでも潰せる組織なのよ? いつでも潰せるってことは今潰さなくてもいいってことじゃない?」
「はっ」
 ゼロアはついに噴き出した。
「ははは、そうだな。いつでも潰せるよ騎士団なんて。それが今の虎狼会の力。それが今の俺の力。アーケルシア最大勢力。最強の組織。その頭目が俺」
 リサもそれを満足そうに聞いた。ゼロアは目を細めてさらにリサに語りかけた。
「ビュルクもそうだ」
 リサの表情から笑みが消えた。
「俺がその気になればいつでも潰せる」
「…」
 ゼロアの顔からも笑みが消えた。
「ムーングロウ最大の国アーケルシアの最強勢力の頭目がその気になればあんな山里一個潰すなんてわけねえよな。そうだろリサ?」
 リサは硬い声で応じた。
「そうね」
「ビュルクを守るためにお前は頑張ってんだろ? そのためにお前はここにいんだよな?」
 リサは答えなかった。ゼロアは再び笑みを浮かべた。
「じゃあさ、お前は俺の言葉をよく聞いて俺の言う通りに行動しろ。それがプロの仕事ってもんだろ? 俺はプロが好きだ。逆にプロじゃねえヤツは嫌いだ。プロ意識に欠ける子分はみんな燃やしてきた。だからプロらしく頼むぜ、リサ」
「わかったわ」
 そう答えるリサの声は少し震えていた。ゼロアは満足そうに嗤った。彼は話頭と話し相手を変えた。
「ダルトン、お勤めご苦労だった」
 二人のやり取りを聞いていたダルトンは少しだけ上ずった声を出した。
「ありがとうございます」
「コロシアムはどうだった?」
「簡単に勝てましたよ。随分儲けました」
「そうか。あの大男は何と言ったか。お前と並んで最強と呼ばれていたあの男だ」
 クライスの話題が出たことでダルトンの顔色が少し曇った。
「クライスですか」
「そうクライスだ。あれが流星団やリヒトとつるんでるらしいな」
「ですね。ですがまあゼロア様が与えてくださった部隊で潰せますよ、あんなヤツ」
「そうか、お前は働き者だな。助かるよ」
「痛み入ります」
「さて…」
 ゼロアは再び話し相手と話頭を転じた。
「シェイド。よく俺の元に下った」
 話しかけられたシェイドはしかし顔さえ上げなかった。その場には緊張感が漂い、ダルトンはかわるがわるゼロアとシェイドを見たが、ゼロアに許可なく勝手に声を発すれば自身が窮地に追い込まれかねないという恐怖と、ムーングロウ一の殺し屋に下手な口を利けばそれこそ何をされるかわからないという恐怖からシェイドに返事を促すことができずにいた。
「なんだ、口も利いてくれないのか? 寂しいな」
 そう言ってゼロアはおどけた。シェイドはそれにも反応しなかった。さすがに耐え切れなくなってダルトンはシェイドに返事を促した。
「シェイド殿。何かお言葉を頂戴できませんかな?」
 シェイドはそれを聞いて目を開けた。彼は平坦な目でダルトンを見た。
「誰だお前」
 怯えながらダルトンは答えた。
「私はダルトンと申します。シェイド殿、ゼロア様とお話をされますよう…」
 そう言ってダルトンは再びシェイドにゼロアへの返事を促した。
「誰だよゼロアって」
 ダルトンは恐る恐るゼロアを見たが意外にも彼は笑っていた。
「あちらにおわす方です。この虎狼会のリーダーであらせられる方です」
 シェイドはつまらなさそうにゼロアを見た。
「そうか、お前がゼロアか」
「そうだ、俺がお前を雇った男だ」
 シェイドはそれを聞き終わらないうちに再び壁に寄りかかったまま目を閉じた。何かを思案しているようにも見えたが、彼がいつまで経っても声を発せず胸で長い息をしているため、彼が立ったまま居眠りしているのだと知れた。ゼロアは益々口元を歪めた。
「大した度胸だ」
 周りはゼロアが怒っていないことに安堵した。
「気に入ったぜシェイド。その度胸認めてやる。俺の下で大いに励めよ」
 次の瞬間、ゼロアの視界の中からシェイドが消えた。首筋に鋭利な殺意を突き付けられた感触を覚えてゼロアは目を見開いた。その場に居合わせた他の者も一様に目を見開いた。ゼロアが目を動かすと視界の端でいつの間にか自身の隣にシェイドが立っていて首筋にダガーの刃を当てているのが見えた。シェイドは平坦な顔でゼロアに問うた。
「さっきから何だお前は。うるせえな。人が寝てんのが見えねえのか」
 ゼロアは冷淡な目でシェイドを見た。シェイドは噛んで含めるようにゼロアに言い聞かせた。
「俺に指図をするな。俺を金で雇ったからって俺を好きにできると思うな。金が欲しいだけならお前を殺して金を奪えば済む話だ」
 ゼロアは哄笑した。
「はっはっは! 気に入ったぞ、それでこそ最強の殺し屋だ」
 ゼロアは口の端を歪めた。
「もう一度言うぜシェイド、俺のために大いに励め。そうすればお前の望むものをくれてやる」
 シェイドは眉を吊り上げた。
「俺の望むもの? そんなものお前が知ってるわけねえだろ」
 ゼロアは口の端を歪めて嗤った。
「『居場所』、だろ?」
 シェイドはダガーを持つ手を下ろして体ごとゼロアに向き直った。
「なめてんのか!?」
 ゼロアは平然と言った。
「雇う相手のことくらい調べてるさ」
 笑うゼロアとは対照的にシェイドは憎しみをその顔に滲ませていた。
「そんな軽口を叩いていいのか? その気になりゃお前くらい簡単に殺せるんだぞ?」
 ゼロアはなおも平然と笑った。
「お前に俺は殺せない。まあ騎士団を潰せたら教えてやる。それまでせいぜい励め」
 シェイドは何も言い返せずに歯噛みした。
 轟音がしたのはそのときだった。ダルトンは大いにたじろいだ。対照的にゼロアとリサとシェイドは冷静だった。虎狼会の見張りの一人がそこへ血相を変えて現れた。
「失礼します! 敵襲です!」
 ゼロアは神妙な顔をして尋ねた。
「何者だ」
 見張りの男は顔を上げて答えた。
「アイシャです! リヒトとクライスも一緒です!」
 ゼロアはつかのま驚いたあと笑った。
「この集会のことを嗅ぎ付けてこちらが動く前に仕掛けてきたってわけか。やるじゃねえかアイシャ」
 彼は立った。
「各自迎え撃て! これは好機だ。この国最後の抵抗勢力を今こそ潰せ! 虎狼会の天下は目の前だ!」
 再び外で轟音が鳴った。ゼロアはそれを聞いてニヤリと嗤った。
「わざわざ出向いてくれるとはな。手間が省けて有難い」



 先代騎士王の殺害にアイシャは違和感を覚えていた。シェイドの犯罪であることは目撃証言などから明らかだったが、シェイドは中央区ハドリーに住む一部の上流階級を殺しの対象にすることが多く、北区ラムズデンで殺人を行ったことは一度もなかった。それが急にこの国のトップ、それも先代に矛先を向けたのだ。何かある。では先代騎士王を殺すためにシェイドを雇ったのは誰か。それは先代騎士王に所縁のある人物ではないだろうか。ゼロアには虎狼会を結成する前に傭兵をしていた時期があった。彼はそのときアストラと接触している可能性があった。さらに虎狼会と流星団に次ぐ犯罪組織の動きが慌ただしいという部下からの情報。加えてリサが虎狼会に下った理由。それはこの国の覇権をシェイドを従えた虎狼会が手中に収めることが確実であり、ビュルクの人々の生殺さえ掌握している証拠ではなかろうか。騎士団襲撃はその前段。アイシャはここへ来て虎狼会が一斉蜂起する日は近いと確信した。そのための決起集会は近いうちに行われる。そう睨んだアイシャはリヒト、クライスを連れて虎狼会本部である王城を攻撃したのだ。先ほどの轟音は王城の門扉をアイシャが吹き飛ばす音だった。門扉がなくなり風通しの良くなった王城の入口でアイシャは拳を胸の前で合わせた。バシッと小気味よい音がした。
「さあ出て来いゼロア!」
 月明かりに照らされギラリと輝く双眸で王城を睨み上げ、彼女は不敵な笑みを浮かべた。
「決着つけようぜ!」
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