こころのみちしるべ

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ルクレティウス編

072.『重さ』3

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 翌朝早くスレッダが馬車で迎えに来た。兵士になるための試験を受けることを昨晩必死に覚悟しようと努めた四人だが、馬車とスレッダの姿を目にするとやはり現実を直視しきれない弱さが湧いて出た。
 スレッダと四人の乗る馬車は中央の騎士団庁舎に移動し、そこでみな下りた。四人は建物の一階の入り口に案内され、そこで待たされた。スレッダは奥へ行き、彼に連れられて一人の体格の良い男が奥から現れてこちらへ来た。彼がおそらく入団試験を担当するジンという人物なのだろう。彼は真琴より少しだけ背の低い男だったが、歴戦の兵らしい服の上からでもわかるよく鍛えられた筋肉を有していた。ウェーブのかかった長く黒い髪を後ろで束ねており、無精ひげが生え、顔には柔和な笑みを湛えていた。スレッダは真琴たちにジンを紹介した。紹介するスレッダがどこか不安げな表情をしているのが真琴たちには気がかりだった。
「えーと、まあ、何ていうか、コイツがジンだ」
 「コイツ」と言われたジンにはそれについて少しも気にする様子はなかった。むしろ彼は機嫌が良さそうだった。
「はい。「ジン」ですどうも」
 試験官が柔和な人物で良かったと真琴たちは安心したが、その安心は次のスレッダの言葉で吹き飛んだ。
「こいつはちょっと性格にクセがあってな。まあ、大変だと思うけどみんな頑張ってくれ」
 それを聞いて不安になった真琴たちとは対照的に当のジンはさらに嬉しそうにニコニコと笑っていた。
「スレッダさんやだなあ。それじゃ俺が変な人みたい聞こえちゃうじゃないですか?」
 スレッダは表情も変えずに言った。
「そう言ってんだよ」
 ジンは鼻でふっと笑うばかりで何とも抗議しなかった。スレッダからの「紹介」が済むとジンは自己紹介を始めた。
「えっと…、ただいま『ご紹介』に預かりましたジンです。で、まあ、好きな食べ物は魚、趣味は風俗通い、一応これでも騎士だけど戦いは大嫌いです。よろしくお願いします」
 それを聞いてスレッダは呆れ顔をした。個性的な自己紹介に唖然としつつも杏奈と琢磨は愛想笑いを浮かべたり会釈をしたりした。対照的に真琴と悠樹はジンという人物のクセの強さを正しく理解して警戒していた。
「そんじゃまあジン、よろしく頼むぜ」
 そう言ってスレッダはその場をあとにした。言われたジンは振り返り、スレッダに会釈をした。ジンは再び真琴たちに向き直ると、今度は何も言わずにしげしげと四人の様子を眺めた。
「…」
 先ほど笑みを浮かべていた杏奈と琢磨も含めて四人はやや気味悪がりながら彼の様子を窺った。そのうちジンは口を開いた。
「えっと、四人はまあ、いろいろな思いを抱えてこの試験に来てるみたいだなと思います。で、まあぶっちゃけ合格したくないなって思いもあるのなかと思います」
 内心を看破された琢磨は少しどぎまぎした。
「だからまあ、正直合格したくない人は合格しなければいいと思います」
 四人はこれを聞いてやや神妙かつ訝し気な表情をした。
「兵士になるなんて普通に大変だしキツいことばっかだし。何より危険だし。だから合格したくない人は不合格でいいと思います。今は戦争が終わったばっかでどんな仕事もみんないろいろ大変だけど、でもまあ兵士だけが仕事じゃありません」
 四人の表情が曇っているのをよそにジンは飄然と続けた。
「でもまあ頑張りたいって思う人は頑張ってください。そのための試験です」



 そのあとジンによってグラウンドのような広場に案内された四人はそこでしばらく待たされた。建物の中から戻って来たジンは五本の光輝く直線状の金属の物体を持っていた。それが剣であることは遠くでちらりと見えた瞬間からわかっていた四人だが、できればそうではないと信じたかった。真琴たちはにわかにただならぬ畏怖と不安に襲われた。ジンが手にするそれらは鞘に収まっておらず抜き身のままだった。
 ジンはそれを一本ずつ真琴たちに手渡した。渡す手つきが荒っぽいため四人は狼狽しながらそれを手にした。持つとずっしりと重たかった。それを五本も軽々と抱えていたジンの腕力に四人は驚嘆した。
「それが兵士になった者全員に支給されるロングソード。ただしそれは訓練生用の刃がないやつだから大丈夫。でも重さは本物と同じ。それが振れなきゃ兵士にはなれない」
 ジンにそう言われて見ると、たしかに刃の部分は丸く作られていて、誤ってどこかを切る心配はなさそうだった。
「ちょっと見ててくれ」
 そう言うとジンは剣を両手で持ち、右斜め上に構え、袈裟懸けに空を斬った。無駄な力みのない、素早く何気ない一振りだった。びゅん、と一瞬にして耳朶を叩いて消えた音が四人を萎縮させた。まるでオモチャの剣のように軽々と振っていた。常に飄げた表情のジンだが、振り終わってなおそれは飄げていた。表情にも身体のどの筋肉にもこわばりがなかった。もしそれが鋭利な刃をもつ本物の剣であり、もしジンの目の前に人が立っていたとしたら、斬られた相手は自分の身体が両断されて地に落ち、倒れるまで何が起こったか理解できないだろう、そんな想像を四人にさせる一振りだった。
「いきなりこんなちゃんとした振り方できなくていいから、ちょっと振ってみて」
 そう言われた真琴たちは互いに顔を見合わせてから恐る恐る真似をしてみた。切れないと分かっていてもどこか自身の体の一部を斬ってしまいそうな恐怖が四人の頭にこびりついて離れなかった。案の定彼らはまず重さに苦労した。真琴たちは振り上げた剣にバランスを奪われ後ろに倒れそうになり、何とかバランスを立て直してから振り下ろした剣にもバランスを奪われ前のめりに倒れそうになった。特に杏奈は苦戦した。
「それを百回」
 四人とも同時に顔を上げてジンを凝視した。残念ながら冗談を言っているようには見えなかった。
「もし左上から右下に振り下ろす方が楽ならそっちでもいいよ。左利きはそっちのが楽だから」
 それは何の気休めにもならない提案だった。真琴たちは少しずつ覚悟を固め、おずおずと百回を目指して一回ずつ振り始めた。やることは至極シンプルだった。だがシンプルであるだけに体力の消耗は激しかった。十回を数える頃には汗が滲んで息が切れ始めた。十五回を数える頃には振り下ろした剣を抑える筋力が利かなくなり、切っ先が地面に落ちて当たるようになった。さらに回数を重ねると、地面に当たるだけだった切っ先は地面にめり込んだり、地面に強く当たって跳ねたりするようになった。またしばらくすると剣を斜めに振ることで生じる遠心力に体が逆らえなくなり、振り下ろしたあとに空振りした野球の打者のように体をひねるようになった。杏奈はすぐに体と剣のコントロールを失い始めた。
「ちなみに——
 剣を振る四人をじっと見ながらジンがこんなことを言った。
「ちなみに、わざと下手な振り方をして試験に落第することを俺は咎めない」
 真琴たちの弱気は見透かされていた。いや、そういう腹積もりで試験を受ける者などきっと珍しくもないのだろう。
「兵士は危険極まる職分だ。なりたくないと思って至極当然だ。しかも君たちはもともとこの国の住人ではない。この国のために命を擲つような選択を無理にする必要はない。自分の心に素直に従って、兵士として危険な任務にあたることを恐れる者は素直に落第を目指せばいい。これは挑発ではない。俺の本心であり、当然の筋道だ」
 その言葉を聞きながらも真琴たちは剣を振り続けた。顔を上げてジンの方を見る余裕はなかったから耳だけで聞いて、他の神経と筋肉のすべては剣を振り上げ振り下ろすことに動員した。真琴の心にはジンの言うように手を抜こうかという弱気が芽生えていた。だがそうしてはいけないという気持ちが勝った。それはこの試験に合格したいという意志の表れでもあった。また、単なる意地でもあった。しかし他にも何か自分自身でも名状しがたい感情が正しく剣を振ることを自分に強いているのを真琴は感じていた。それが何なのかよくわからないまま、それでも真琴はそれに身を委ね、振り上げ振り下ろすたびに一つずつ雑念を斬った。
「真琴」
 悠樹が声を掛けてきた。彼は息を切らしていて立っているのがやっとの様子だった。真琴は悠樹の方を見て手を止めた。悠樹は訝しそうに真琴を見ているので真琴も何がそんなに訝しいのかと訝った。
「お前百超えてるぞ」
 真琴は「嘘だろ?」と思った。
「いや俺より速いペースで振って俺が百終わったんだからお前終わってるよ絶対」
 琢磨を見ると悠樹と同じような顔をしていた。本当らしい。杏奈はまだ剣を振っていた。どう答えて良いかわからない真琴はただ立ったまま肩で息をし続けた。冬の冷えた空気が心地よく火照った体と熱に浮かされた頭を冷やしてくれた。吐く息は白く、体中から噴き出る汗もすぐ白い湯気になった。白い息や湯気が湧き上がるように、真琴の中で何かが高揚し、湧き上がっていた。自分の中で何かが変わるのを感じた。ただそれが何なのかは先ほどの理由と同じくわからなかった。
 杏奈が剣を振り終えたのはそれから三十分後だった。明日も試験を行うので帰ってしっかり体を休ませるようにとジンは言って、その日の試験は終わった。四人の胸中では入団試験が二日もかかって行われることへの落胆よりも、ひとまず今日の試験が終わったことへの安堵が勝った。門を出るとスレッダと馬車が迎えに来た。四人はそれに乗り込んで家へ帰った。帰途の馬車の中では疲労のため会話はほとんどなかった。帰るとすぐ琢磨は一階の廊下に仰向けに倒れ込んだ。杏奈が風邪をひくといけないからと言うと、辛そうに起き上がって水を浴びて水を飲んでリビングで毛布を強くかぶって寝た。他の三人も疲れ果てていた。みな順番に水を浴びて食事を摂って横になった。真琴も仮眠をとろうとしたが試験の際に覚えた高揚感が続いてなかなか寝付けなかった。



 夕方になっても琢磨は起きられそうにもなかったため他の三人だけで夕食を摂った。その頃にはすっかり元気を取り戻していた杏奈はよくしゃべった。明日の試験を受けることをやめさせようと思っていた真琴と悠樹はその様子に面食らった。実際四人の中で一番元気なのは彼女だった。
「みんなお給料もらったら好きなもの買おうよ! あたしたち今まで必要なものを必要なだけ買ってたでしょ!? それも大事なことだけど、それだけだときつくなっちゃうじゃん? だからたまには自分のために自分の好きなもの買うのも大事だと思うんだよね。大人ってなんかそんな感じじゃん? 自分で稼いで自分の好きなもの好きなだけ買って。あたしそういうの憧れてたんだ! みんな何買うか決めてる? あたし服買いたい! 給料日っていつだっけ? 来月からお仕事もらって再来月の終わりか。それまではスレッダさんにお金借りるしかないね。まあ何とかなるでしょ! 兵士って大変なお仕事だけど逆に大変じゃないお仕事なんてないし。働くってそういうことだよ。その代わりお金ももらえるし人の役にも立つわけじゃん。あたし誰かの役に立つ仕事がしたかったんだ!」
杏奈の支離滅裂な話を聞いているうちにみなの表情は和らいだ。翌日の入団試験も頑張ろうと思えるようになった。



 しかし翌朝、騎士団庁舎でジンが何気なく放った言葉はそんな四人を一様に落胆させた。
「じゃあ昨日と同じ。袈裟斬りの素振り。百回」
 ジンは実に飄然と言い放ち、話はそれだけで終わらせ、みながそれを開始するのを待った。からかっている様子はない。昨日と同じ剣を渡された時点で嫌な予感はした。この剣を使って何かをさせられることはその時点で確実だった。それでもせめて違う動作であってほしいと願った。同じ動作であっても、せめて昨日の疲労を鑑みてもっと少ない回数であってほしいと願った。実際、真琴たちの身体は少し動かすたびに筋肉痛という名の悲鳴をあげていた。ジンの言葉でその願いが叶わなかったことを知ってなお、それが向こうの言い間違いかこちらの聞き間違いであればと願った。
「ほらどうした。始め!」
 真琴たちは心の中で深く深く嘆息してから半ばやけくそ気味に剣を振り上げた。



 真琴の体にはたしかに激しい筋肉痛と疲労があった。だがそれに反して慣れのためか昨日より動きは軽かった。その余裕を真琴は剣の振りのフォームを正すことに注力することにあてた。昨日は回数をこなすだけで精一杯だった。だがその日は前日に見たジンの手本のように、より正しいフォームで、より速く、鋭く振ることを心がけた。
 対照的に十五回を数えずに琢磨と杏奈のペースは落ちた。遅れ始めてすぐ琢磨は真琴と悠樹に追いつこうと必死にペースを上げたが、到底追い着かないとわかるとさらにペースを落とした。
 真琴は昨日のジンの言葉を思い出した。兵士になりたくなければいい加減に手を抜いて振ればいい。だがそれを思い出せば思い出すほど、真琴は力強く正確に振った。それは一見すると意地だった。だが意地だけでは説明できない何かがあるような気がした。それが何なのか自身にもわからないまま真琴は疲労と弱気に抗い続けた。
 さすがに六十回を数える頃にフォームが乱れてきた。彼の心に弱気が芽生えてこう言った。「六十回綺麗に素早く振った。あと四十回くらいは雑に振っても咎めだてられることはないだろう」。だが真琴はそれに抗った。彼はあえてペースを落としてまで、一回一回を素早く正確に振ることにこだわった。そんなことをしても、この剣を振り上げて振り下ろすだけの今後何の役に立つとも知れない重労働がより長く苦しく続くだけだ。そうとわかっていても、いやわかっていてこそ、真琴はその否定的な考えと闘った。剣を振りながら真琴は昨晩の杏奈の言葉を思い出していた。給料をもらう、好きなものを買う、大人になる、人の役に立つ。兵士になればきっと危険な目にも遭うだろうし大変な訓練が待っている。でも良いこともきっとたくさんある。杏奈の一言一言が真琴の力になった。しかしそれよりももっと大きな何かが兵士になった先にあるような気がした。真琴はその得体の知れない何かに突き動かされて剣を振り続けた。
 昨日よりも明瞭な意識は、昨日と違って百回目をきちんと認識した。真琴は剣を下ろした。昨日は百回終えるとすぐ地面に落としてしまった剣を、この日は持ち続けることができた。昨日より呼吸も楽だし、汗もかいていなかった。あと五十回なら同じ質で同じ動作ができそうだった。真琴が百回を終えたとき、まだ悠樹は七十回くらいで、琢磨は三十五回くらいだった。杏奈は琢磨を追い抜いて四十回に達していた。
 琢磨はペースを落とすどころかフォームも乱していた。本来右上段に振り上げてから振り下ろす動作のはずが、右の脇腹の横に捻ってから左下の地面に切っ先を落とす動作になってしまっていた。琢磨の表情を見るとそれは、なかばそうせざるを得ない筋肉の疲労のためでもあり、なかば嫌気のためでもあるようだった。四十回目で琢磨は剣を放った。剣を置くでも落とすでもなく、手から地に明確な意思をもって放った。試験を中止するなら剣を置けばいい、握力が限界にきて持ち続けることが難しいなら落とせばいい、だがあえて放ったのだ。何で俺がこんなことしなきゃいけない、何で俺がこんな街で生活しなきゃいけない、何が兵士だ、何がルクレティウスだ、ふざけんな。琢磨の態度にはそのような意思が表れていた。剣は乾いた音を立てながら琢磨の一メートル先の地面を跳ねて滑った。琢磨は座ってうなだれた。そのまま試験が終わるまで顔も上げず声も発しなかった。真琴も悠樹も杏奈も気になってジンを見たが、いつも通り飄然と立って眺めているだけで琢磨の態度を気にも留めていなさそうだった。やはり兵士の試験や訓練に嫌気がさして反抗的な態度をとる者は珍しくないのだろう。
 悠樹は真琴よりはるかにペースもフォームも悪かった。だが気持ちでは真琴に負けていなかった。悠樹は必死に剣を振り上げ振り下ろした。その度に悠樹の口からは唸るような声が漏れ出た。きっと自分と同じように疲労と弱気に抗い、意地を張り、何かに突き動かされて剣を振るっているのだろうと真琴は思った。悠樹が一回、また一回と剣を振るたびに真琴は嬉しくなった。悠樹は百回を終えると重力のままに剣と腰を地面に落とした。顔は苦痛で歪んでいた。だがすぐに目の端で真琴を見た。二人は目が合うと互いにニヤリと笑った。
 その時点で杏奈はまだ五十五回だった。彼女は口を大きく開いて呼吸をし、全身に玉のような汗をかき、立っているのもやっとだった。彼女の長い髪は振り乱れて顔や肩に絡みついたがそれを直そうともしなかった。彼女は剣を持ち上げるのにも難儀し、それを振り下ろす段には剣を手から離さないようにするのがやっとだった。今日こそ杏奈は脱落するものと誰もが思った。だがその四十五分後に彼女は百回振り切った。それをずっと見守っていたジンが四人に告げた。
「はい、お疲れ様でした。途中でやめた人も、みんなよく頑張りました。本当に立派でした」
 少し改まった口調だった。
「最後まで続けた三人は合格。あとの一人は残念ながら不合格とします」
 驚くべきことにその場で面と向かって合否が言い渡された。
「でも、兵士だけが仕事じゃありません。むしろ軍務は少数派です。世の中にはたくさん仕事があるし、何であれ仕事は仕事です。人には向き不向きがあります。それぞれの職場で才能を存分に発揮して活躍してください。合格した三人には早速明日からここで訓練と講義を受けてもらいます。みんなと出会えたのも何かの縁です。特に、みんなはどこか遠い場所から流れ着いた身の上とのことで、元の場所に戻れることを願っています。俺にできることがあったら何でも言ってください。喜んで力になります。では、入団試験を終了します。お疲れ様でした」
 帰りは昨日と同じくスレッダが馬車で四人を家まで送り届けた。馬車の中では昨日と同じく四人は終始無言だった。家に着くと琢磨は体調不良を訴え、横になった。試験に落ちたのは体調不良が原因だと言う。三人は琢磨を気遣い、合格したことに対する喜びを表現する者はいなかった。理由の一つは落ちた琢磨への気遣いだが、もう一つは実際に素直に喜べるほど兵士の仕事を楽観視していなかったからでもあった。琢磨は夕食の時間になると起きてきた。四人はその日はいつもより少しだけ多めに食事を摂った。杏奈と琢磨はすぐに寝付いたが真琴と悠樹はなかなか寝付けなかった。



 その翌朝、早速三人は早くに家を出て歩いて騎士団庁舎にやって来た。昨日までのスレッダの馬車での送迎は一時的な「支援」であり、その日からは他の兵士と同じく自分の足で出向くことを事前に言い渡されていた。騎士団庁舎は兵舎も兼ねていたため、三人にはそこに泊まるという選択肢もあった。だがせっかく広い家をスレッダに貸し与えてもらっていたこと、それをせっかくみなで使える状態にまで清掃・修繕したこと、何より琢磨を一人にしたくないということもあり、三人は三十分ほどかけて歩いて通うことを選んだ。
 着くとすぐに三十人ほどを収容可能な講義室に三人は案内された。初日は講義を受けることになっていた。教壇には昨日四人に入団試験を課したジンが立っていた。他に兵士の姿はなかった。彼はいつも通り瓢げた笑みを浮かべていた。
「兵士になるのに勉強が必要なんですか?」と悠樹がストレートな質問を投げた。ジンが答えた。
「いい質問だな。ああ必要だ。この国の教育制度はまだまだ未熟だ。教育を受けられる者は一握りだ。そして望んで兵士になる者の多くは貧民の出身だ。つまり彼らは教育を受けていない。この国が何かも正確には知らない。敵が誰なのかも正確には知らない」
 そこでジンは少し間を置いた。
「そして、この世界が何なのかも…」
 三人の目つきが鋭くなった。この世界が何なのか。それは彼らが常に胸の内に秘めてきた問いだった。ジンはそれを見て少し得意げに笑った。
「今から君たちにそれについて話そうと思う」
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