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ルクレティウス編
074.『この世界のかたち』2
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悠樹はためらいがちに聞いた。
「そんなことを話していいんですか…?」
ジンは平然と答えた。
「構わないさ。俺と一緒に仕事をするんだ。逆にそれぐらい知っておいてもらわなきゃ困る。それにな…」
ジンは急に言い淀んだ。真琴たちは不思議に感じながら次の言葉を待った。
「少しおかしいんだ…。この国も…。はっきりとは言えないが…、何かそんな気がする…」
「…」
ジンは再び急に声の調子を明るくして続けた。
「まあとにかく俺の知ってることを話しておこう。俺の知る限りではこの世界には五つの謎がある。すなわち、オーガ、精霊、剣、禁書、魔女だ。
まずはそうだな…、オーガについて話しておこうか。まあ、さっきも話したが、この世界にはかつて無数のオーガがいたとされる。特に『オーガの神と八体の悪鬼』はその主軸だった。彼らは人間を支配していたにも関わらず突如地上から姿を消した。しかし四年前、一体のオーガがフラマリオンに姿を現した。さらに魔女。彼女はオーガの子供をその身に宿したとされている。つまりこの世界には少なくとも現状二体のオーガが確認されているということだ。彼らの目的は何か、どのように戻って来たのか、そもそもオーガとは何か、そのすべてが謎に包まれている。
ただし彼らがかつて人間を支配し、虐殺したことは遺跡や口伝から間違いないとされている。また、フラマリオンで目撃されたオーガも街を破壊し多くの人々を殺した。魔女が宿したとされるオーガの子供も不思議な力を操りルクレティウスの兵士に危害を加えている。彼らが人間にとって非常に危険な存在であることは明白であり、君たちにもいずれ彼らとの戦いに加わってもらう日がくるかもしれない」
それは想像しただけで恐ろしいことだったが、三人はできるだけそれを顔に出さないようにした。
「次に精霊と呼ばれる存在。フラマリオンにはかつて三体の精霊がいたとされている。彼らはオーガや人間を従えていたともいわれているし、オーガや人間と共存していたともいわれている。しかしその三体も四年前に出現したオーガにより殺されてしまったといわれている。
次に『剣』だ。この世界には確認されているだけで七本、伝承においてさらに二本の特別な力をもつ武器がある。『剣』の持ち主は人並み以上の力を有する。持ち主はそれを自身の心の中に宿すといわれている。胸に手を当て、言葉を唱えると胸の前に白い光とともに武器が現れる。
七本のうち一つはルクレティウス騎士団長レオさんが操る『常勝の旗幟』。巨大な戦旗が括り付けられた槍だ。その槍は風を操りすべてを切り裂き、すべてを吹き飛ばし、すべての攻撃をはじき返す。最強にして万能。
一つはスレッダさんが操る『煉獄の階段』。特殊能力のないただの大剣だといわれているが、スレッダさんは彼自身の不断の努力と類まれな才能をもって小剣並の速度でこれを操ることができる。
一つは同じくルクレティウス騎士団のハクさんが操る『秘仏の喘鳴』。雷を発生させる杖だ。これに打たれた者はたいてい一撃で死ぬといわれている。これを回避したり防御したりするのは非常に難しく、また同時に攻撃できる範囲も広い。先日のムーングロウ統一戦争においてもアーケルシア兵約四千を殺害し、最大の戦果を挙げた。
一つは同じくルクレティウス騎士団のグレンさんが操る『輪廻の楔』。『煉獄の階段』同様特殊能力はない。細いロングソードだが、見た目とは裏腹に強烈な一撃を繰り出せる。
一つは同じくルクレティウス騎士団のフェリックスさんが操る『天界の支柱』。盾と筒からなる攻防一体の万能の兵器だ。ルクレティウスの切札とされる武器で俺もそれが発動されたところを見たことがない。
一つは元アーケルシア騎士王リヒトが操る『新月の瞬き』。普段は剣の形をしているが、変幻自在に姿を変えることができる。さらに刀身自体を瞬間移動させることもできる。ルクレティウス兵はこれを『魔剣』と呼んで怖れた。
一つはアーケルシアの伝説の暗殺家シェイドが操っていた『道化の切札』。空中に浮遊する六本のナイフを変幻自在に操ることができる」
ジンはそこで一旦言葉を区切った。真琴たちは続きを待った。
「そして伝承にある二本のうち一本は四年前のフラマリオンの災厄の日に現れた少年が使おうとしたとされる剣。名は不明。だが彼の胸に白い輝きが現れたことから間違いなく『剣』の一つだといわれている。ごくわずかな目撃者の証言でしか確認されていない情報であるため信憑性は高くない。
そしてもう一本は聖剣と呼ばれている。所在も使用者も不明。世界を滅ぼすとも世界を統べるともいわれている」
ジンは三人の顔を見て、次に部屋の奥の壁の時計を見た。
「さて、それでは次に『禁書』について話そう。これも伝承でしかないがこの世界には禁書なるものがあるといわれている。一説によるとこの世界の秘密や歴史のすべてがそこに記されているのだとか。ただどこにあるのか、どんな見た目をしているのか、いつ誰が書いたのか、すべて不明」
三人は一様にその話に引き込まれた。その禁書になら元の世界に戻る方法が書かれているのではないかと思われたためだ。
「さて、じゃあ最後に魔女について話そう。魔女はかつてこのルクレティウスの住人だった」
三人は魔女という言葉には不似合いな彼女の素性に驚いた。
「早くから勉学についての才能を買われ研究院に入った。そこで医療の研究を専攻し、シェリルという医療部門のトップを務めていた研究者に才覚を認められ、彼女の務める中央病院で医療士の見習いとして働くことになった。それから数年間の彼女の医師としての成果は凡庸なものだった。
しかしあるとき急に奇跡のように患者の病気を治せるようになった。その中には絶対に治らないような怪我や病気も含まれていた。そしてついに世界最悪の難病と呼ばれる拘束斑までをも治してしまった。彼女がどのように拘束斑を治したかは不明だが、拘束斑の治療法が見つかったという噂は瞬く間に国中に広まり、彼女の下には多くの患者が押し寄せるようになった。そうこうするうちにルクレティウス中の拘束斑は根絶されてしまった」
「ちょっと待ってください。それじゃまるで魔女じゃなくて聖女じゃないですか」
悠樹が疑問を呈した。ジンは笑った。
「ああ、たしかにそうだな。彼女はここまではまさに聖女だ。しかしここからが問題だ。彼女がオーガの子をその身に宿しているという噂が広がった」
悠樹は眉を顰めた。
「そんなことが…あるんですか…?」
「わからない。とにかくある兵士がそう証言したんだ。事態を重く見た象牙の塔は魔女を危険視し彼女を捕らえるべく派兵した。彼女は魔法と思しき力を使って兵士数名に重傷を負わせて逃亡した。以来彼女は指名手配を受けている。彼女が北の森の方へ逃げたことから、彼女は今もその奥のどこかに潜伏していると考えられている」
真琴は魔女について考えてみた。人の病気を治し、オーガの子をその身に宿し、兵を襲って逃亡した。そのパーソナリティや行動理念を理解することは簡単なことではなさそうだった。
「魔女については北の森を中心に月に一度ほど捜索が行われているが未だに発見に至っていない」
気付けば授業の時間は終わりに近づいていた。新しく知ることばかりで三人にとってはあっという間の講義だった。真琴がぽつりと言った。
「ジンさん」
「なんだ?」
「魔女は罰せられるべきなのでしょうか」
ジンはその質問につかの間驚いたあと、微笑を浮かべ何度も小さく頷いた。
「まずはっきり言えるのは数名の兵士に重傷を負わせたのが事実だということだ。そしてこの国にとって脅威となる力を備えていることも事実だ。だが同時に、多くの人の命を救ったことも事実だ。実は俺も彼女に会ったことがある。心根の優しいいい子だ。俺の部下もたくさん助けてくれた」
ジンはそこで言葉を区切った。
「そうだな、最後にこの国の脅威について話そう。この国にはたくさんの脅威がある。まず一つはオーガ。フラマリオンのオーガと魔女に宿ったオーガだ。他のオーガももしかしたらムーングロウに戻って来ているかもしれない。一つは魔女。魔女については今話した通りだ。一つはアーケルシア兵の残党だ。一部で略奪行為を行っていると聞く。アーケルシアの犯罪組織も健在だし、犯罪組織は残念ながらこの国にも存在する。さて、君たちは今日から兵士だ。兵士である以上どのような任務に関わるかわからない。以上話したような大きな脅威と向き合うこともあるかも知れない」
そこでジンは唐突に真琴の名前を呼んだ。
「真琴」
真琴ははっとした。
「はい」
「お前はさっき魔女が罰せられるべきかどうか聞いたな」
そこには厳かな響きがあった。しかし真琴は自分の直感をここで曲げるべきではないと思った。彼は固い意志とともに返事をした。
「はい」
ジンは微笑んだ。
「魔女を罰するべきかどうか、誰とどう向き合うべきかはお前らが決めろ」
真琴はジンの言葉のその響きに違和感を覚えた。講義の終了の鐘がそこで鳴った。名残惜しいような気持ちを抱える三人をよそにジンは淡々と告げた。
「今日の講義は以上だ」
先述の通り訓練兵が座学を修了するためには筆記テストを受けることになる。その難易度は勉強が苦手な兵士でもきちんと勉強すればクリアできる程度に、逆に勉強をサボった者や当日のテストで取りこぼしをした者は合格できない程度に設定されている。真琴と悠樹と杏奈の三人はこれに一度で合格した。百点満点のうちもともと勉強が得意な真琴が九十五点、杏奈も九十点、やや心配されていた悠樹も八十点で合格点の七十をクリアした。
次に彼らは武器や防具、戦争や探索、行軍や不慮のサバイバルに必要な道具の扱いなどのスキルを学ぶことになった。これは逆に悠樹が器用にこなした。妹や母親の面倒を見てきた上に野球をやってきた彼は真琴や杏奈が知るよりはるかに器用な一面を見せて二人は驚かされた。悠樹はサバイバルの動画を見るのが好きで、経験こそないものの知識の面ですんなり理解することができ、真琴と杏奈の学習をサポートするほどだった。真琴は無難にこれをクリアしたが、不器用な杏奈はかなり苦戦した。
次は基礎体力作りだった。もともと体力のある真琴と悠樹は軍隊特有の筋力トレーニングのストイックさに多少の苦労はしたものの及第点以上のパフォーマンスを見せた。杏奈はかなり苦戦した。しかし持ち前の根性で彼女はそれを乗り越えた。
次に三人を待っていたのは戦闘術の実技訓練であった。剣術が基本ではあったが、剣を失った際のナイフでの戦闘や素手での格闘、身を守るための防御術や護身術、盾や弓、槍の扱いも学んだ。真琴も悠樹もかなり優秀な成績を残した。杏奈も技術面ではかなり優秀だった。
最後に三人を待っていたのはデュエルであった。つまり決闘形式の戦闘実演訓練である。これをこなすと訓練兵卒業となる。しかしこれをクリアするには五勝しなくてはならない。ただし女性はデュエルが免除されていた。なぜならルクレティウス軍に女性兵は杏奈を含めて二名しかいないからだ。女性兵に決闘が課されないことに関して杏奈が不服を言ったらどうしようかと真琴と悠樹は心配したが、意外にも杏奈はこれを受け入れた。
ついに真琴の初めての模擬戦の日がやってきた。グラウンドの方形のリングの中央に真琴は先に立った。対戦相手はあとから現れた。その相手を視認したとき真琴は愕然とした。それはフラマリオンで仲間を殺そうとした憎き人物であり、翔吾の死に深く関わる人物であった。真琴の心に怒りの炎が滾った。審判を務めるジンは淡々と両者の名を告げた。
「えー、続いてゲレーロ対真琴」
「そんなことを話していいんですか…?」
ジンは平然と答えた。
「構わないさ。俺と一緒に仕事をするんだ。逆にそれぐらい知っておいてもらわなきゃ困る。それにな…」
ジンは急に言い淀んだ。真琴たちは不思議に感じながら次の言葉を待った。
「少しおかしいんだ…。この国も…。はっきりとは言えないが…、何かそんな気がする…」
「…」
ジンは再び急に声の調子を明るくして続けた。
「まあとにかく俺の知ってることを話しておこう。俺の知る限りではこの世界には五つの謎がある。すなわち、オーガ、精霊、剣、禁書、魔女だ。
まずはそうだな…、オーガについて話しておこうか。まあ、さっきも話したが、この世界にはかつて無数のオーガがいたとされる。特に『オーガの神と八体の悪鬼』はその主軸だった。彼らは人間を支配していたにも関わらず突如地上から姿を消した。しかし四年前、一体のオーガがフラマリオンに姿を現した。さらに魔女。彼女はオーガの子供をその身に宿したとされている。つまりこの世界には少なくとも現状二体のオーガが確認されているということだ。彼らの目的は何か、どのように戻って来たのか、そもそもオーガとは何か、そのすべてが謎に包まれている。
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七本のうち一つはルクレティウス騎士団長レオさんが操る『常勝の旗幟』。巨大な戦旗が括り付けられた槍だ。その槍は風を操りすべてを切り裂き、すべてを吹き飛ばし、すべての攻撃をはじき返す。最強にして万能。
一つはスレッダさんが操る『煉獄の階段』。特殊能力のないただの大剣だといわれているが、スレッダさんは彼自身の不断の努力と類まれな才能をもって小剣並の速度でこれを操ることができる。
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ジンは三人の顔を見て、次に部屋の奥の壁の時計を見た。
「さて、それでは次に『禁書』について話そう。これも伝承でしかないがこの世界には禁書なるものがあるといわれている。一説によるとこの世界の秘密や歴史のすべてがそこに記されているのだとか。ただどこにあるのか、どんな見た目をしているのか、いつ誰が書いたのか、すべて不明」
三人は一様にその話に引き込まれた。その禁書になら元の世界に戻る方法が書かれているのではないかと思われたためだ。
「さて、じゃあ最後に魔女について話そう。魔女はかつてこのルクレティウスの住人だった」
三人は魔女という言葉には不似合いな彼女の素性に驚いた。
「早くから勉学についての才能を買われ研究院に入った。そこで医療の研究を専攻し、シェリルという医療部門のトップを務めていた研究者に才覚を認められ、彼女の務める中央病院で医療士の見習いとして働くことになった。それから数年間の彼女の医師としての成果は凡庸なものだった。
しかしあるとき急に奇跡のように患者の病気を治せるようになった。その中には絶対に治らないような怪我や病気も含まれていた。そしてついに世界最悪の難病と呼ばれる拘束斑までをも治してしまった。彼女がどのように拘束斑を治したかは不明だが、拘束斑の治療法が見つかったという噂は瞬く間に国中に広まり、彼女の下には多くの患者が押し寄せるようになった。そうこうするうちにルクレティウス中の拘束斑は根絶されてしまった」
「ちょっと待ってください。それじゃまるで魔女じゃなくて聖女じゃないですか」
悠樹が疑問を呈した。ジンは笑った。
「ああ、たしかにそうだな。彼女はここまではまさに聖女だ。しかしここからが問題だ。彼女がオーガの子をその身に宿しているという噂が広がった」
悠樹は眉を顰めた。
「そんなことが…あるんですか…?」
「わからない。とにかくある兵士がそう証言したんだ。事態を重く見た象牙の塔は魔女を危険視し彼女を捕らえるべく派兵した。彼女は魔法と思しき力を使って兵士数名に重傷を負わせて逃亡した。以来彼女は指名手配を受けている。彼女が北の森の方へ逃げたことから、彼女は今もその奥のどこかに潜伏していると考えられている」
真琴は魔女について考えてみた。人の病気を治し、オーガの子をその身に宿し、兵を襲って逃亡した。そのパーソナリティや行動理念を理解することは簡単なことではなさそうだった。
「魔女については北の森を中心に月に一度ほど捜索が行われているが未だに発見に至っていない」
気付けば授業の時間は終わりに近づいていた。新しく知ることばかりで三人にとってはあっという間の講義だった。真琴がぽつりと言った。
「ジンさん」
「なんだ?」
「魔女は罰せられるべきなのでしょうか」
ジンはその質問につかの間驚いたあと、微笑を浮かべ何度も小さく頷いた。
「まずはっきり言えるのは数名の兵士に重傷を負わせたのが事実だということだ。そしてこの国にとって脅威となる力を備えていることも事実だ。だが同時に、多くの人の命を救ったことも事実だ。実は俺も彼女に会ったことがある。心根の優しいいい子だ。俺の部下もたくさん助けてくれた」
ジンはそこで言葉を区切った。
「そうだな、最後にこの国の脅威について話そう。この国にはたくさんの脅威がある。まず一つはオーガ。フラマリオンのオーガと魔女に宿ったオーガだ。他のオーガももしかしたらムーングロウに戻って来ているかもしれない。一つは魔女。魔女については今話した通りだ。一つはアーケルシア兵の残党だ。一部で略奪行為を行っていると聞く。アーケルシアの犯罪組織も健在だし、犯罪組織は残念ながらこの国にも存在する。さて、君たちは今日から兵士だ。兵士である以上どのような任務に関わるかわからない。以上話したような大きな脅威と向き合うこともあるかも知れない」
そこでジンは唐突に真琴の名前を呼んだ。
「真琴」
真琴ははっとした。
「はい」
「お前はさっき魔女が罰せられるべきかどうか聞いたな」
そこには厳かな響きがあった。しかし真琴は自分の直感をここで曲げるべきではないと思った。彼は固い意志とともに返事をした。
「はい」
ジンは微笑んだ。
「魔女を罰するべきかどうか、誰とどう向き合うべきかはお前らが決めろ」
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次に彼らは武器や防具、戦争や探索、行軍や不慮のサバイバルに必要な道具の扱いなどのスキルを学ぶことになった。これは逆に悠樹が器用にこなした。妹や母親の面倒を見てきた上に野球をやってきた彼は真琴や杏奈が知るよりはるかに器用な一面を見せて二人は驚かされた。悠樹はサバイバルの動画を見るのが好きで、経験こそないものの知識の面ですんなり理解することができ、真琴と杏奈の学習をサポートするほどだった。真琴は無難にこれをクリアしたが、不器用な杏奈はかなり苦戦した。
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次に三人を待っていたのは戦闘術の実技訓練であった。剣術が基本ではあったが、剣を失った際のナイフでの戦闘や素手での格闘、身を守るための防御術や護身術、盾や弓、槍の扱いも学んだ。真琴も悠樹もかなり優秀な成績を残した。杏奈も技術面ではかなり優秀だった。
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ついに真琴の初めての模擬戦の日がやってきた。グラウンドの方形のリングの中央に真琴は先に立った。対戦相手はあとから現れた。その相手を視認したとき真琴は愕然とした。それはフラマリオンで仲間を殺そうとした憎き人物であり、翔吾の死に深く関わる人物であった。真琴の心に怒りの炎が滾った。審判を務めるジンは淡々と両者の名を告げた。
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しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
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