こころのみちしるべ

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ルクレティウス編

097.『嵐の前』1

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 ケーニッヒはまどろみの中にいた。彼はシルクのパジャマを着て天蓋付の広いベッドに寝ていた。布団は最高級の羽毛で出来ていたため、彼の体はそれに包まれるように深く沈み込んでいた。すでに日は高く昇り、正午に差しかかっていた。彼は美しい女性を娶る夢を見ていた。夢の中で彼は巨万の富を得て国の頂点に立った。民は彼を支持し臣下は彼に尽くした。女は彼の傍らに侍った。女は正妻の他に十ほどもいた。彼は好きなときに好きなものを食べ、好きなだけ酒を飲み、好きなだけ寝た。
 彼は窓を開けて寝ていた。それはこの国の平和を意味した。誰から狙われるともわからなければ窓など開けていられない。
 そこはアーケルシア王城の最上階・王の間であった。かつてゼロアがそこを罠と玉座のみの殺風景な空間として利用したのとは対照的に、ケーニッヒはそこに大きな窓を設えさせ、豪奢な絨毯を敷き、天蓋付のベッドを置き、そこを煌びやかなシャンデリアの灯りと美術品とで満たした。彼は日の光を浴びて気持ち良く目覚めたいという意図をもってカーテンを閉めないことにしていた。
 彼は暖かく優しい陽に照らされて薄く目を開いた。彼は少しくぐもった声を出して伸びをしながら一度大きくあくびをした。甘美な夢から醒めてしまった彼だが、しかし彼はそれをまったく惜しいと思わなかった。なぜなら夢から醒めた彼の生活もまた同様に甘美であったためだ。彼は体を起こし、ベッド脇のサイドテーブルに手を伸ばした。そこにはベッド脇に控えていた給仕が注いだばかりの温かい紅茶と十種のフルーツがあった。フルーツは十種すべて食べきれるわけではないため、その日の気分で好きなものを選んで食べた。その日はバナナの気分だったので彼はバナナを取った。バナナは皮が剥かれ、綺麗に均等にカットされていた。給仕は彼が二杯目の紅茶を飲みたくなったときにそれを注ぐためその場に控えた。
 バナナを咀嚼しながら彼はベッドから悠然と降り立ち、窓際まで歩を進めた。暖かな日差しを直接浴びて彼は目を細め、アーケルシア平原の地平を眺めた。それは一面日を浴びて白かった。それを見て彼は自身の心が穏やかに晴れていくのを感じた。
 騎士団のうちリヒトに与した者はほとんどが戦争で命を落とすか再起不能になった。さらにルクレティウスとの和平条約の締結に伴ってアーケルシア騎士団は解体された。多くの騎士が職を失った。しかしリヒトが騎士王となってからもケーニッヒを支持し続けた一部の者は今なおこの国の王となったケーニッヒの護衛と国内の治安維持のため実質的に騎士としての職分を保持し続けている。虎狼会はケーニッヒの私設の治安維持組織として暗躍している。いずれの組織も彼の掌中にあった。ルクレティウスとは対等な条件とは言い難かったが和睦が成った。その際、ビュルクにもっていた権益は放棄せざるを得なかった。しかし結果としてかつてのルクレティウス、フラマリオン、アーケルシア、ビュルクとの交易は再興し、その結果各地の産業は復興の兆しを見せ始めていた。アーケルシアはその恩恵を受けて豊かになるだろう。長い戦争は終わった。彼が見ている地平はその約束された永久なる繁栄と平和を象徴しているようだった。
 彼は眼下に視線を移した。そこにはアーケルシアの中心の市街があった。かつてアストラ以前の騎士王が政治を担っていた頃には都市はすさんでいた。しかし今は戦争も終わり人々の表情や所作にも活気が生まれているように見えた。
 そのとき王の間の入口にタルカスとダルトンがやって来た。二人とも騎士団や虎狼会に属していた頃よりも清潔でおよそ戦闘とは無縁にも思えるような正装をしていた。ケーニッヒは二人には目もくれずに言った。
「良い一日だ」
 ダルトンが応じた。
「すべてケーニッヒ王の苦労と知略の成したこと」
 ケーニッヒは目を閉じてゆっくりと頷いた。
「いかにも」
 彼は感慨深そうに語った。
「俺にはこうなる日がくることがわかっていた。それを信じて苦労を重ねてなお邁進してきた。すべては俺が成した平和だ」
 ケーニッヒは眼下に目をくれた。するとかつて騎士団に属し、リヒトを支持し職を失った若い元騎士が汚い身なりで片足をひきずりながら歩いていた。戦争によりルクレティウス兵により負わされた怪我によるものだろう。ケーニッヒは彼を哀れむようにかぶりを振り眉根を寄せ嘆息した。
「かわいそうに。だがこれもなるべくしてなったこと。自身の過ちを恨むが良い」
 タルカスはケーニッヒに伺った。
「ケーニッヒ王、リヒトとオーガの捜索の件ですが——
 その言葉はケーニッヒににわかに忌まわしい記憶をよみがえらせた。あと少しで憎きリヒトを処刑できるというその刹那、人間の十倍はあろうかという巨躯をもつ怪物が突如として広場に現れたのである。ケーニッヒは逃げ惑った。彼は助かったが以来リヒトとそのオーガの行方は知れない。リヒトが生きているならばおそらくケーニッヒへの復讐とケーニッヒ王政の転覆を目論むはずだ。それはケーニッヒにとって今や最大の懸案事項のはずであり、タルカスはそれについてケーニッヒの考えを伺おうとしていた。しかしその言葉はケーニッヒの次の一言で遮られた。
「そんなものはルクレティウスに任せておけ」
 それを聞いたタルカスは驚いて垂れていた首を上げてケーニッヒの背中を見た。返事もせず唖然としているタルカスにケーニッヒはさらに告げた。
「ルクレティウスが探しても見つからないオーガがアーケルシアに見つけられるはずもなかろう」
 それはルクレティウスの犬になることを誓ってこの国の統制を託された王に相応しい一言であった。まさに傀儡政権の王。タルカスは心のどこかで呆れつつも、こんな男だからこそこの戦乱の中で生き残り、これほどの地位を手に入れ、自身もまたその威光に浴している状況があることをあらためて理解した。タルカスはあらためて伺った。
「承知いたしました。ではケーニッヒ王、本日はいかがなさいますか?」
 ケーニッヒは顔を上げ、目を細め、鼻ひげをなで、しばらく考えてから言った。
「女を抱く」
 タルカスは伺った。
「どのような女子を用意いたしましょう。先日ケーニッヒ殿の好みに合いそうな女子を拾ってまいりましたが」
 ケーニッヒは眉を吊り上げ、ようやく振り向いてタルカスに目をやった。
「ほう。どのような容姿をしておる」
「はい。茶色の髪に茶色の瞳、ちょうどあの女のようです」
 タルカスは少しためらってからその名を口にした。
「マリア殿のような…美人です」
 ケーニッヒは再び窓の方に視線を戻した。彼は少し考えてから答えた。
「興が乗らん。別の女にせよ」
「はい」
 ケーニッヒは麗らかな日差しに照らされた顔に恍惚とした表情を浮かべた。
「散っていった民草よ。あとは俺に任せるが良い。そなたたちの思いは俺が引き継ぎ、俺が成した。あとはゆっくりと休まれよ」
 そう言って彼は一つ大きく頷き、穏やかに微笑んだ。



 ゲレーロによる圧政が終わったフラマリオンではアカデミーが再開されることになった。
 その際問題となったのはオーガの急襲とルクレティウスの占領のせいでアカデミーを卒業できなかった生徒たちの扱いだった。あれから四年も経っているのだから卒業扱いにしてあげれば良いという意見も多かった。今は当たり前の生活を送ることに誰もが必死で当人たちも今さら勉学どころではないだろうという考えがその根拠だった。さらにアカデミー自体が税金により賄われているため長い戦乱が終わった今そんなところに拠出する余裕はない、という考えもそれを後押しした。
 しかし実のところ卒業できなかった多くの生徒たちがもう一度学ぶ機会を得ることを望んでいた。彼らは署名活動を通じて多くの署名を集め自警団に嘆願書を提出した。その声はフラマリオンの街の多くの人々の支持を得て街を動かした。
 しかし問題はもう一つあった。それは学び舎としての建物がないことだった。アカデミーはルクレティウス駐留軍が兵舎兼役所として接収した。ルクレティウスの圧政が終わったのちもその建物はそのまま街の役場として利用されていた。今更アカデミーが再開されるとなれば役場は他に用意しなくてはならない。かつて役場だった建物はオーガの襲撃で潰れてしまっていた。他の建物を学校として利用する意見もあった。しかし多くの建物は家や仕事を失った人々の一時的な住宅や公共の施設にあてがわれており、学校として使える建物はなかった。
 多くの元生徒たちはアカデミーだった建物をそのままアカデミーとして再開させることを望んだ。それに関しても多くの署名が集まった。街はついに観念した。公共の資金を投じて新たな役場を建設することによりアカデミーだった建物はアカデミーとしての本来の役割を取り戻すことが決まった。役場はほどなく建設が終わり、元アカデミーにある役場の資材はそちらに移されることになった。
 ついにアカデミーが明日から再開されるというその日、懐かしい学び舎を一目見ておこうと円形広場を訪れるかつての生徒たちの姿が見られた。
 最初に現れたのはレティシアだった。そこに来た彼女の脳裏にはアカデミーで学んだ日々の懐かしさと同時に、オーガ襲来の日の恐ろしい記憶が否応なくよみがえってきた。オーガの姿を間近で目撃した彼女はエレノアとリビエラとともに逃げ一命をとりとめた。しかし数日後に進軍してきたルクレティウス軍により「フラマリオンの平和維持と市民の保護」を名目に捕縛され、総督ゲレーロにより彼の「身の回りの世話」という職業を「斡旋」された。
 彼女の仕事は彼の食事を作り、運び、片付け、彼の体をマッサージし、彼の部屋を掃除することだった。召使か家政婦さながらの扱いだった。その上彼女はゲレーロの機嫌次第で「ゴミ」だの「カス」だのと罵られながらそれをこなさなければならなかった。彼女の性格上強く反発することもあった。しかしそのたび顔を殴られるなどの折檻を受けた。そのような地獄の日々の中で彼女が常に思い出し心の支えにしていたことは、学友とともにアカデミーで学んだ日々であった。エレノアとリビエラに会いたい、その気持ちが彼女の心を繋いでいた。
「レティシアが一番最初に来るなんてびっくりしたよ」
 レティシアの後ろから声がした。振り返るとそこにエレノアの姿があった。
「エレノア…」
 その姿を見たレティシアは目に涙を浮かべた。彼女は顔をくしゃくしゃにして泣いた。エレノアは彼女に寄り添い、その小さな頭を黙って抱きしめた。レティシアはエレノアよりも背が高かったため、まるで妹に甘える姉のような格好になった。
「よしよし、つらい思い…したんだね…」
 エレノアはレティシアの四年の苦労を思いやった。しかしレティシアはかぶりを振って顔を上げた。
「違うの」
 エレノアは目を丸くしてレティシアを見上げた。レティシアは涙で潤んだ目でエレノアの目を見て言った。
「あなたが生きていてくれて嬉しいの」
 エレノアは嬉しさと気恥ずかしさを同時に味わって困ったように笑った。レティシアはそれだけ言うと再びエレノアに抱きつきその肩に顔を埋めて泣いた。エレノアがレティシアの背中や腰を抱くともともと華奢だった彼女の体が四年の苦労でさらに細くなったことがわかった。
 兵舎で給仕をさせられていたエレノアも大変な日々を味わった。中には性格の悪い兵士もいたため、謗りもセクハラも暴力も受けた。そんな苦痛の日々の中で彼女の心の支えになったのはやはりアカデミーでの日々と学友との思い出であった。エレノアは懐かしい校舎を見るためにここに来たが、その実ここに来た動機としてはレティシアとリビエラに会えるかもしれないという期待の方が強かった。
「また明日から学校だね」
 エレノアは目を細めて学校を見上げた。いつしか彼女の目にも涙が浮かんでいた。
「長い夏休みだったな」
 後ろから発せられたその声を聞いた二人がはっとして振り返ると、そこに懐かしい姿があった。エレノアは目を細めた。
「リビエラ…あんたも生きてたんだ…」
 ふっと笑って彼は答えた。
「生きてたんだはねえだろ」
 もともと細身だったリビエラだが、三人の中ではもっとも四年の貧苦により体をやつれさせていた。もうほとんど泣き止んでいたレティシアが言った。
「あんた痩せたね」
 苦労の結果刻まれた皺を寄せてリビエラは笑った。
「相変わらずストレートな物言いだな」
 彼は二人に近づき校舎を見上げた。
「懐かしいな」
 エレノアも同じように校舎を見て茶化すことなく同意した。
「そうだね」
 そのときふと思い出したエレノアが二人に向かって言った。
「ねえ、前から気になってたことがあるんだけど」
 レティシアがきょとんとした顔をして尋ねた。
「何?」
 リビエラも何気なくエレノアを見た。エレノアは二人に疑問をぶつけた。
「なんかさ『気になる』ことがあるって言ってなかった?」
 しかしそれを聞いたレティシアとリビエラは顔を見合わせた。まったく要領を得ないリビエラはエレノアに問い返した。
「いや、気になることがあるって言ったのエレノアだろ?」
 二人に話が伝わらないエレノアはややじれったそうにした。
「いやだから、二人が気になることがあるって言ってたじゃん」
 リビエラもレティシアも再び顔を見合わせた。エレノアは二人がまだきょとんとしているため言葉を補った。
「オーガが現れた…あの日に…この広場で。ルナちゃんのダンスを見た後」
 そこへ来て二人は同時に思い出した。
「ああ!」とリビエラが言った。
「たしかに言ったわ!」とレティシアが言った。
 たしかにオーガが現れた四年前、その直前に三人は研究をしていて互いの分野でそれぞれ「気になること」があったという旨の会話をした。しかしその「気になること」についてはエレノアだけが二人に伝え、二人の「気になること」はまたあらためて話すことになっていた。二人はその日のことを思い出そうとしたが、しかし当時二人は何を気にし、何を話そうとしていたのか思い出せなかった。リビエラは記憶の引き出しを手当たり次第にまさぐったがそれを探り当てるのは途方もない作業に思えた。同様に難儀していたレティシアは呟いた。
「何だったっけ…」
 二人のその様子を見たエレノアは落胆とも怒りともとれる声をあげた。
「ええ!? それをいつか聞きたいなってずっと四年間思ってたのに…」
 リビエラは半ば呆れるように感心した。
「よく四年もそんなの覚えてたな」
「え? だって気になるじゃん」
 すると唐突にレティシアが大きな声を上げた。
「あ! あたし思い出したかも!」
 エレノアは彼女の手を取り詰め寄った。
「何!? 何!? 何!? 何!?」
 それに気圧されながらレティシアは語り出した。
「近いな…。えっと医療記録見てたの。アカデミーの提携してるお医者さんの」
 リビエラは話とは直接関係のないところに関心を寄せた。
「そんなの見せてくれるんだ」
「まあ勉強のためにね」
 早く話の核心を聞きたいエレノアは先を促した。
「で?」
 レティシアは神妙な顔をした。
「なんかね、ちょっと変な話なんだけど…」
 レティシアはそこで表現に迷った。二人はレティシアがそれを語るのをじっと待った。
「二度死んだ人がいるの」
 今度はエレノアとリビエラが顔を見合わせた。その言葉が二人を困惑させることを予想していたレティシアは言葉を継ぎ足した。
「いや、あのね、変な話してるのはわかってるんだけど、まったく同じ特徴の人がいたの」
 リビエラは「そんなの普通だろ?」と言わんばかりに反論した。
「まったく同じ特徴の人たちだったんじゃない?」
 エレノアも同じ感想をもっているようだった。だがレティシアはそれに構わず説明の言葉を続けた。
「その人ね、腕を失ってた人なの。で、骨が痛むって言って来たんだけど、骨に珍しい疾患をもつ人だったの。で、結局その人拘束斑で死んじゃったんだけど、その一か月後にまったく同じ悩みを訴える人が現れたの。で、その人も同じ珍しい疾患を骨にもってて、生活習慣も医師へ話した内容もまったく同じなの。で、その人また拘束斑で死んじゃったの」
 それを聞いてもなおエレノアは懐疑的だった。
「やっぱりただの偶然じゃない?」
 二人に否定されたレティシアだが、それでも彼女は自身の感覚を疑わなかった。
「何だか偶然には思えないのよね…」
 リビエラは再び反駁した。
「二度同じ病院に訪れたんだろ? 死んだはずの同じ人物が現れたらさすがに医者か誰かが気付くだろ?」
 レティシアもそのもっともな反駁には首肯せざるを得なかった。
「うーん…たしかにそこも不思議なのよね…」
 話はそれで終わってしまった。エレノアはレティシアの「直感」を気に留めつつも、それ以上待っても話は発展しそうになかったため、話頭を転じることにした。エレノアはリビエラに尋ねた。
「ねえ、あんたも気になることがあるって言ってたでしょ? 結局何だったの?」
 リビエラはエレノアを見た。彼もレティシアの話を聞いているうちに自身の「気になること」を思い出していた。
「ん? ああ。俺のはちょっと二人と違うというか…」
 エレノアはじれったくなった。
「もったいつけてないで早く言いなさいよ」
「いや、聖剣って知ってるか?」
 レティシアが言った。
「世界のどこかにある世界を統べる力をもつ変革の剣、でしょ?」
 それは有名な伝承であるため、アカデミーに通ったレティシアは当然のごとく知っていた。リビエラは首肯した。
「そう、世界を滅ぼすともいわれてる」
 エレノアが先を促した。
「それがどうしたの?」
 リビエラもまた神妙な顔で語った。
「いや、世界を統べるとか滅ぼすって噂はよく知られてるだろ? なのにどの戦争史を読んでも聖剣が世界を統べたり滅ぼしたりした記録がないんだ」
 レティシアが反論を試みた。
「そりゃ滅ぼしたら記録なんて残らないでしょ」
 しかしリビエラは平然と言い返した。
「統べたら残るだろ? でも残ってない」
 レティシアは目を眇めてリビエラに尋ねた。
「つまり誰かがでっち上げた伝承ってこと?」
 リビエラは顎に手を当てた。
「それが不思議なんだよな。聖剣に世界を統べる力も世界を滅ぼす力もないとして、じゃあ何のためにそんな噂が流れたんだろう…」
 少しがっかりしたエレノアが言った。
「なんだ、推論も立たないんじゃない」
 リビエラは肩をすくめた。
「だから『気になること』なんだよ。二人の『気になること』だって推論や仮説の域に達してないだろ?」
 エレノアは認めざるを得なかった。
「まあたしかに…」
 レティシアは二人を見て微笑んだ。
「じゃあさ、答えを見つけようよ」
 先ほどまで泣いていたのが嘘のように彼女の顔は晴れやかだった。
「これから。この学校で!」
 それを聞いてエレノアも笑顔を取り戻した。
「そうね。また学生に戻れるんだから」
 リビエラも笑った。
「また本の山との格闘だな」
 リビエラは二人がげんなりするような意地悪をあえて言ったつもりだったが、二人の反応は予想とは違った。レティシアは目を細めて学校を見上げて言った。
「そうね」
 エレノアも学校を見上げた。
「なんか頑張れそうな気がしてきた」
 リビエラもまた二人の頼もしい学友を見て思った。生きていてよかった。これからたくさんのことを学んで、たくさんのことに答えを見出そうと。西日を浴びるアカデミーの大きな校舎もまた四年前と変わらぬ姿で三人を静かに迎えてくれているように見えた。
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