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~第二の宝石~
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シャーロットとジョンソンは、セバスチャンと共にフォスター男爵の屋敷へ向かった。
道中の馬車の中で、シャーロットは無言のままでいる。
かなり複雑であろう彼女の心境をジョンソンは理解していた。
待ちに待った『鳳凰の血』の情報。
最初は首飾りだった宝石は、おそらく盗まれた後に解体され、故物屋の手を経由して大陸に渡り、指輪に姿を変えてフォスター男爵に買われたのだろう。
そして、それを狙う盗賊がいる。
何処の誰とも知れぬ輩にストラスフォード公爵家の家宝をくれてやるわけにゆかない。
だが盗賊から守ったところで、シャーロットの元に戻って来るわけでもないのだ。
やがて馬車は大きな門の前に到着した。
3人はそこで降り広い前庭をぬけて玄関へ入る。
長い廊下を経て華美な装飾に彩られた客間に通され、主を待たされた。
「……大丈夫か?シャーロット」
「お気遣い無く」
はねつけるような物言いだったが、内心の葛藤を悟り、ジョンソンは黙る。
まもなく、セバスチャンを従えてフォスター男爵が現れた。
「私がフォスター男爵である。警視庁のハンソン警部からの紹介だそうだな」
見た目は穏やかそうなロマンスグレーの紳士は、愛想笑いの笑顔を向ける。
シャーロットは極力感情を映さぬ瞳で、儀礼的に挨拶をした。
「初めてお目にかかります。私はシャーロット・ホームズ、こちらは私の友人で助手のDrジョンソン・ワトスンという者です」
一応の紹介が終わると、男爵は二人に椅子を勧める。
やはりと言うか、高名な探偵が己の娘と大差ない歳頃なのを見ると、驚きを隠せないようだった。
4人はお茶を運んで来たメイドが退室した後、本題に入る。
「早速ですが、『卿』にお願いが――― 」
その呼称に男爵はふと眉を寄せた。
だがシャーロットはすぐに気付き、訂正して言い直す。
「――― 失敬。『閣下』にお願いがあります。賊に狙われているという宝石を拝見させていただけませんか」
毅然とした態度で、それでも低姿勢かつ丁寧な口調で乞われると、男爵はコホンと咳払いをして承諾する。
さすがに、たかが庶民の言葉尻にいちいち目くじらを立てては貴族として狭量だと考えたのだろう。
とはいえ『男爵』は貴族階級では最下に当たり、その逆で最高位たる公爵の娘であるシャーロットが、つい格下に対する呼称『卿』で呼んでしまったのも、実は当然の事なのだが。
ほどなくしてセバスチャンと共に一人のメイドが、美しい宝飾箱をうやうやしく捧げ持って現れた。
「これが我が男爵家の家宝、『赤い指輪』です」
――― ストラスフォード公爵家の家宝だ。
そう主張したいのを押し殺し、シャーロットはポーカーフェイスのまま、箱の中を見つめる。
色とりどりの宝石が散りばめられ、装飾過多な宝飾箱の中には漆黒のビロードが敷き詰められており、中央の窪みに小さな指輪が乗っていた。
シャーロットは思わず息を呑む。
黄金で象嵌され、周囲を小粒のダイヤに取り巻かれているが、真ん中に輝く真紅の宝石だけは昔と同じ。
「…これは素晴らしい宝石ですね」
丁寧な言葉使いでジョンソンが賞賛する。
彼にも、それなりの審美眼はあるし、何よりシャーロットの母親がつけていた当時の写真を目にしていたから。
ジョンソンはシャーロットの反応が気になり、チラリと視線を向ける。
彼女は思っていたよりは落ち着いて見えた。
いや、むしろ冷たいまなざしとも思える。
「……つかぬ事を伺いますが、閣下。この指輪は本物ですか?」
「え!?」
唐突なシャーロットの質問に、ジョンソンは驚いた。
彼だけでなく、フォスター男爵も、セバスチャンも、一様に目を丸くする。
しばしの沈黙の後、男爵は苦笑した。
「…これは驚いた。なぜわかったのかね」
「は?」
「だ、旦那様?」
ジョンソンとセバスチャンはいまだ目を白黒させている。
対してシャーロットはいとも冷静に言った。
「盗賊に狙われるような品を――― 実際に狙われている今、こんな目立つ宝飾箱に保存している事を不審に思ったので、言ってみただけです」
説得力はあるが実際は、本来の所有者だから真贋の見分けがついたのだろうとジョンソンは推察する。
「さすがは名探偵だな。そう、これは以前作らせておいた偽物だ。―――本物は、ここにある」
笑いながら男爵は、自らの上着の内ポケットに手を入れ、小さな袋を取り出した。
それは偽物を入れた宝飾箱とは違って何の飾りも無い、白い絹製のありふれた小さな巾着である。
中には偽物の指輪とまったく同じ形状の―――少なくとも素人目には見分けのつかない、そっくり同じ指輪が入っていた。
ジョンソンは再びシャーロットに視線を送る。
シャーロットは指輪をじっと見つめた後、溜息をつくかのように目を閉じた。
「……こちらが、本物ですか」
「さよう。私はこのような事態が起きた場合に備えて贋作を用意している。普段は金庫に保管してあるが、いざという時こうして肌身離さず所持しておけば、たとえ賊に盗まれても、それは偽物の方というわけだ」
「それは賢明ですね」
言葉ほどには感情の無い口調で、シャーロットは社交辞令を言う。
「ですが、ご令嬢が夜会で身につけるとうかがっていますが」
「娘には悪いが、偽物の方を渡すつもりだ。何しろ1億ドルの宝石だからな。万一の事態があっては困る」
男爵はまるで悪びれずに返答する。
娘の身に危害が及んだら、とは予想していないらしい。
「お嬢様が納得なさるでしょうか?」
「あの娘のことだ、本物だと言えばそれで信じるだろう」
セバスチャンの問いかけに、男爵は平然と答える。
その様子にシャーロットは、なかばあきれ、不快さを押し隠しながら無言でいた。
───こんな男にストラスフォード公爵家の家宝をさわらせるのも腹立たしい。
だが現状では、この宝石の所有者はフォスター男爵なのだ。
そして今、シャーロットにできる事はただ一つ。
「この依頼、受けさせていただきます」
男爵は、パーティーの興を削ぐような物々しい警備は望まない為、警官隊は主に屋敷の周囲と庭に配置・巡回させる事になった。
本物の『赤い指輪』は、フォスター男爵が懐にしのばせ、主任のハンソン警部が彼の護衛につく。
シャーロットとジョンソンも、招待客にまぎれて男爵と令嬢の護衛に参加する事になった。
続く
道中の馬車の中で、シャーロットは無言のままでいる。
かなり複雑であろう彼女の心境をジョンソンは理解していた。
待ちに待った『鳳凰の血』の情報。
最初は首飾りだった宝石は、おそらく盗まれた後に解体され、故物屋の手を経由して大陸に渡り、指輪に姿を変えてフォスター男爵に買われたのだろう。
そして、それを狙う盗賊がいる。
何処の誰とも知れぬ輩にストラスフォード公爵家の家宝をくれてやるわけにゆかない。
だが盗賊から守ったところで、シャーロットの元に戻って来るわけでもないのだ。
やがて馬車は大きな門の前に到着した。
3人はそこで降り広い前庭をぬけて玄関へ入る。
長い廊下を経て華美な装飾に彩られた客間に通され、主を待たされた。
「……大丈夫か?シャーロット」
「お気遣い無く」
はねつけるような物言いだったが、内心の葛藤を悟り、ジョンソンは黙る。
まもなく、セバスチャンを従えてフォスター男爵が現れた。
「私がフォスター男爵である。警視庁のハンソン警部からの紹介だそうだな」
見た目は穏やかそうなロマンスグレーの紳士は、愛想笑いの笑顔を向ける。
シャーロットは極力感情を映さぬ瞳で、儀礼的に挨拶をした。
「初めてお目にかかります。私はシャーロット・ホームズ、こちらは私の友人で助手のDrジョンソン・ワトスンという者です」
一応の紹介が終わると、男爵は二人に椅子を勧める。
やはりと言うか、高名な探偵が己の娘と大差ない歳頃なのを見ると、驚きを隠せないようだった。
4人はお茶を運んで来たメイドが退室した後、本題に入る。
「早速ですが、『卿』にお願いが――― 」
その呼称に男爵はふと眉を寄せた。
だがシャーロットはすぐに気付き、訂正して言い直す。
「――― 失敬。『閣下』にお願いがあります。賊に狙われているという宝石を拝見させていただけませんか」
毅然とした態度で、それでも低姿勢かつ丁寧な口調で乞われると、男爵はコホンと咳払いをして承諾する。
さすがに、たかが庶民の言葉尻にいちいち目くじらを立てては貴族として狭量だと考えたのだろう。
とはいえ『男爵』は貴族階級では最下に当たり、その逆で最高位たる公爵の娘であるシャーロットが、つい格下に対する呼称『卿』で呼んでしまったのも、実は当然の事なのだが。
ほどなくしてセバスチャンと共に一人のメイドが、美しい宝飾箱をうやうやしく捧げ持って現れた。
「これが我が男爵家の家宝、『赤い指輪』です」
――― ストラスフォード公爵家の家宝だ。
そう主張したいのを押し殺し、シャーロットはポーカーフェイスのまま、箱の中を見つめる。
色とりどりの宝石が散りばめられ、装飾過多な宝飾箱の中には漆黒のビロードが敷き詰められており、中央の窪みに小さな指輪が乗っていた。
シャーロットは思わず息を呑む。
黄金で象嵌され、周囲を小粒のダイヤに取り巻かれているが、真ん中に輝く真紅の宝石だけは昔と同じ。
「…これは素晴らしい宝石ですね」
丁寧な言葉使いでジョンソンが賞賛する。
彼にも、それなりの審美眼はあるし、何よりシャーロットの母親がつけていた当時の写真を目にしていたから。
ジョンソンはシャーロットの反応が気になり、チラリと視線を向ける。
彼女は思っていたよりは落ち着いて見えた。
いや、むしろ冷たいまなざしとも思える。
「……つかぬ事を伺いますが、閣下。この指輪は本物ですか?」
「え!?」
唐突なシャーロットの質問に、ジョンソンは驚いた。
彼だけでなく、フォスター男爵も、セバスチャンも、一様に目を丸くする。
しばしの沈黙の後、男爵は苦笑した。
「…これは驚いた。なぜわかったのかね」
「は?」
「だ、旦那様?」
ジョンソンとセバスチャンはいまだ目を白黒させている。
対してシャーロットはいとも冷静に言った。
「盗賊に狙われるような品を――― 実際に狙われている今、こんな目立つ宝飾箱に保存している事を不審に思ったので、言ってみただけです」
説得力はあるが実際は、本来の所有者だから真贋の見分けがついたのだろうとジョンソンは推察する。
「さすがは名探偵だな。そう、これは以前作らせておいた偽物だ。―――本物は、ここにある」
笑いながら男爵は、自らの上着の内ポケットに手を入れ、小さな袋を取り出した。
それは偽物を入れた宝飾箱とは違って何の飾りも無い、白い絹製のありふれた小さな巾着である。
中には偽物の指輪とまったく同じ形状の―――少なくとも素人目には見分けのつかない、そっくり同じ指輪が入っていた。
ジョンソンは再びシャーロットに視線を送る。
シャーロットは指輪をじっと見つめた後、溜息をつくかのように目を閉じた。
「……こちらが、本物ですか」
「さよう。私はこのような事態が起きた場合に備えて贋作を用意している。普段は金庫に保管してあるが、いざという時こうして肌身離さず所持しておけば、たとえ賊に盗まれても、それは偽物の方というわけだ」
「それは賢明ですね」
言葉ほどには感情の無い口調で、シャーロットは社交辞令を言う。
「ですが、ご令嬢が夜会で身につけるとうかがっていますが」
「娘には悪いが、偽物の方を渡すつもりだ。何しろ1億ドルの宝石だからな。万一の事態があっては困る」
男爵はまるで悪びれずに返答する。
娘の身に危害が及んだら、とは予想していないらしい。
「お嬢様が納得なさるでしょうか?」
「あの娘のことだ、本物だと言えばそれで信じるだろう」
セバスチャンの問いかけに、男爵は平然と答える。
その様子にシャーロットは、なかばあきれ、不快さを押し隠しながら無言でいた。
───こんな男にストラスフォード公爵家の家宝をさわらせるのも腹立たしい。
だが現状では、この宝石の所有者はフォスター男爵なのだ。
そして今、シャーロットにできる事はただ一つ。
「この依頼、受けさせていただきます」
男爵は、パーティーの興を削ぐような物々しい警備は望まない為、警官隊は主に屋敷の周囲と庭に配置・巡回させる事になった。
本物の『赤い指輪』は、フォスター男爵が懐にしのばせ、主任のハンソン警部が彼の護衛につく。
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続く
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