悪女ユリアの華麗なる破滅

さつき

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手紙

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 私がダスティを専属護衛にした話は城中であっという間に広がった。おかげで、結婚吐き……じゃなくて、破棄は、ライリーがダスティに女を取られたとか言われている。いい気味だ。プークスクス。

 しかし、ダスティをよく思わない連中は大勢いて、悪口をわざと聞こえるように言っている奴もいた。

「……ユリア様も変わっているな。ジルベールにしておけばいいのに……」
「全くその通りだ。あんな奴にしなくていいのに……」

 歩いていると、扉越しにそう言っている奴もいた。

「申し訳ありません。俺が弱いせいであなたがいろいろと言われて」

 部屋に入ってきたダスティは、さっそく謝ってきた。

「え……。そういう話の流れだっけ?」

 あれ?ダスティが弱いとか関係あった?なかった気がするんだけど……。

「俺はもっと強くなります。あなたをどんなことからも守れるくらいに」
「ちなみにあなたは今、どのくらいの強さなの?」
「わかりません」
「いや、わかれよ!騎士をやっているなら大事なことでしょうが!」

 ……私は頭が痛くなってきた。

「毎年、隊から4名ほど剣技大会に出られますが、奴隷上がりの俺は一度も出たことがありません」

 でしょうね。こんなイケメンを見たら、私が忘れるはずないもん。

「じゃあ、隊の中で何番目に強かったの?」
「全くわかりません」
「何でええええええええええええええ?毎日、稽古をしているでしょうが!それで自分の実力がわからないとかどんだけだよ!」
「実は、毎日の稽古では手を抜いていたなんです。あまり目立つといじめが悪化しますから」

 そうか。奴隷上がりの彼は、やっかみとかいろいろあったに違いない。

「自然に負ける方法は誰よりも得意でした」
「……」

 クールな顔をしながら、そんなに堂々と言わないでくれ。不安にしかならないよ。
 しかし、能力が全く未知数の生き物を護衛にしてしまった。何てレアキャラだ……。

「とりあえず、お茶にしましょう」
「すぐに用意します」

 キッチンに向かおうとするダスティを見て、絶句する。

「それは、執事の役目よ!ルイ、お茶の準備をしなさい」

 ダメだ。突っ込みが追いつかない。

「あ、ルイは今、買い物に行っているので、俺が準備します」

 そう言って、ハンスがいそいそと準備しだした。そして、彼は、お茶の準備と一緒に一通の手紙も持ってきた。
 そこについている、金色の馬の刻印を見て、ゲッという気持ちになった。

 毎年、初夏になると彼がやってくる。
 今年も例外ではなく、彼から手紙が届いた。
 いつもは、彼の手紙を見ただけで、胸をワクワクと弾ませていたのに、今日は心が萎んでいった。
 ゆっくりと開くと、見慣れた筆跡が飛び込んできた。


 愛しのユリア

 初夏になったね。君は、相変わらず麗しい姿でいるだろうか。最後に君にあったときを今でも、昨日のことのように思い出す。君は、黄色いドレスを着て、エメラルドの宝石を20個近く頭に飾り付けていた。君は、パーティーにいる誰よりも輝いていた。あの時の君は、夢にでも出てきそうなくらい麗しかった。
 ライリーとの婚約破棄の話を聞いたよ。女神のように魅力的な君なら、もっと素敵な人がふさわしいはずだ。例えば、この俺とかね。
 来月、君に会いにいくのが楽しみでたまらない。俺は、また君の美しさに全てを奪われてしまうだろう。
 君に似合う真っ赤なルビーも一緒に持っていくよ。

                                           あなたのダレルより


 まるで砂糖菓子を煮詰めたように、ゲロ吐きそうなくらい甘い文章である。
 昔は、このお世辞を心から信じられた。
 彼は、いったいどんな気持ちでこれを書いていたのだろうか。

「はあ……憂鬱だわ」
「どうかされたんですか。もしかして俺がいれたお茶がまずかったですか」

 ハンスは、青ざめた顔をしながらそう聞いてきた。ちなみに、ルイは私に頼まれている書物を買いに行っているためいない。

「味はまずいけど飲めるから問題ないわ。ねえ、ハンス。昔の私についてどう想う?」

 やばい質問をされてしまったとでもいうように、ハンスの目が泳いだ。

「えっとお、ユリア様は、誰よりも神々しい姿をして、眩しくて、輝いていました」

 彼は、汗を滝のようにダラダラと流しながら必死にそう言葉を紡いだ。

「本音は?正直に言わないと、一週間食事抜きにするから」

「はいいいいいい。この世のものとは思えないほど、ど派手クリエーチャーだと思っていました。服も胸焼けしそうになるほど濃すぎて吐き気がしました」

 彼は青ざめた顔でガタガタと震えながら正直に言った。

「そうよね……」

 そうだ。盛り盛りにした髪に20個近くの宝石を埋め込み、ゴテゴテの誰も着たことのない未知のドレスを着ていた。私は、他人からそういう風に評価されていたに違いない。

 ところが、このダレルという男は、まるで川が上から下へ流れるように自然にスラスラとお世辞を言うのが得意なのである。かつての私は、その賛辞を心の底から信じていた。

 しかし、今となっては、ダレルがとんでもなくうさんくさい男のような気がして会うのが憂鬱でたまらないのである。

「はあ……。人生、辛いわね」
「ごめんなさい。俺が悪かったです。ユリア様が、罵られて歓ぶ特殊な性癖に目覚めたかと思ってしまったんです」

 ハンスが何かをほざきながら、土下座をはじめたがそれどころではなかった。
 ダレル・ヴァレンシュタインは、ヴァレンシュタイン国の第一皇子である。あまり冷たく接することはできない相手である。どうしてあそこまで私に優しくするのだろうか。クライシス国の皇女を利用するためだろうか。私を嫌っているわけではないとは思う。

「もうすぐヴァレル国から、ダレル達が来るのよ。でも、ダレルはともかく、赤毛の騎士には、なんか嫌われている気がするのよね~」
「あのゴドフリー・シアーズ様ですか。でも、俺は、あんな精悍な男に憧れてしまいます」

 脳内がお花畑だった頃は、ゴドフリーは私のことが好きで照れているのねなんて思っていたが、今はそう思えない。私は、嫌われていたのだろう。

 クライシス国の人間は、そもそもヴァレル国の人間には、嫌われて当然なのだ。
 ダレルのような利害関係のある人間を見分けて、瞬時に媚びを売ることができる人間の方が珍しいのである。

「はあ……。ダレルの訪問……。憂鬱だわ」
「ヴァレル国といえば、大犯罪者ヴィレン・ハルボーは捕まったのでしょうか」

 2年ほど前、ルイヴィトール一族が何者かに皆殺しにされた。全員、剣で刺されて死んでいたらしい。そして、そこの元使用人であったヴィレンが訪れていたという噂があり、ヴィレンは事件以来行方不明になっている。その男が犯人だろうと騎士団が捜索しているが、屋敷中の人間が死んでしまったため、目撃情報も少なく、捜索は困難になっている。

「まだらしいよ。早く捕まってほしいわね」

 本当に物騒な世の中だ。薄くてまずい紅茶を飲みながら、深々としたため息をついた。
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