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裏切り者
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不意にコンコンとドアがたたかれる音がした。
慌てて彼から離れて、部屋に移動する。ダスティも、名残惜しそうに私から離れてしゅんとした犬みたいについてきた。
「失礼します。ユリア様……」
ドアが空いた瞬間、ダスティは何かを察して素早く剣を抜いた。
そこにいたのは、私の専属執事ルイ・マリアードであった。見慣れているはずの彼は、異質な雰囲気で黒剣を持ちながら現れた。いつもきっちりとワックスでオールバックにしているはずの黒髪はほぐれて、きっちりと占められていたはずのボタンも第2ボタンまで外れている。普段身に着けていた灰色のジャケットも着ていなかった。そして、彼の手には黒い柄をしたきらりと光る剣が握られていた。
嫌な予感がする。背中にじわりと汗がにじんだ。ドクリ、ドクリと心臓の音が鳴り響いた。
「ルイ……何をしているの?」
「ゴドフリーが負けるなんて予想外だったな。あいつは、俺の次に強い騎士だったのに……。まさかこんなことになるなんて……」
彼は、私の質問に答えず遠い目をしながら独り言みたいに呟いた。
「ゴドフリーより強い騎士……」
いつだったか、ダレルは『ヴィレン・ハルボーっていうめちゃくちゃ強い騎士がいる。そいつは、世界一の剣士だ』って自慢げに語っていた。そして、その後、『……彼は、非常にもったいないことをした』とも……。
ヴィレン・ハルボー。ルイヴィトール家の一族を皆殺しにして失踪した犯罪者。
ま、ま、ま、まさか……彼の正体が……あのヴィレン・ハルボーなの?
そんなバカな……。しかし、ルイが現れた時期は、ルイヴィトール家暗殺事件が起こった半年後のことだ。
「あなた……ヴィレン・ハルボーなの?」
「はははっ。その名前で呼ばれるの久しぶりだな。やっぱり懐かしいなって思ってしまう。身体にその響きがなじんでいる気がするな」
獰猛な笑みを浮かべて、彼は、肯定した。
終わったあああああああああああああああああああああああああああああ。
最悪だ。今から私は、殺されるうううううううううう。
ここにいるのは、へっぽこダスティ一人だけだ。どう考えても、こんな最上級の騎士には勝てない。
もうダメだ。終わりだ。くうううううううううう。こんなに頑張ってきたのに、こんちくしょう。
「あ、あ、あなたの依頼主の倍額払うわ。だから、寝返ってくれないかしら」
「俺が金で動く人間に見えるか」
仕えていたルイヴィトール家を皆殺しにする男だ。とんでもないサイコパスに違いない。
「ど、ど、どうして私をもっと早くに殺さなかったの?」
「本当は、あんたの評判がもっと堕ちてから殺すつもりだったんだ。ゴドフリーが殺され、ダレルが投獄され計画が狂った。俺にも祖国の血が流れているから……。ダレルのために、あんたを殺そうと思う」
ああああああああああああああああああああああああ。
こんなことなら、決闘裁判なんてするんじゃなかったあああああああああああ。私のばかあああああああああああああ。
「これから死んでください、ユリア様」
剣を私の方に構えながら彼は、そう言ってきた。
まるで悪魔みたいな奴だ。一切の隙がなさそう。
ああ。せっかくチャンスをもらったのに、こんなところで死んでしまうのか。
こんな風にあっけない最期を迎えるなんて思っていなかった。
まだ、誰も守れていないのに……。
私は、最後までやり遂げたかったのに……。
「そもそも、どうして私を殺そうと考えていたのよ」
ドロリとした濁った光のない目を向けられた。
「あなたが悪だから。だから、俺は、始末するだけだ」
「あなただって、悪人じゃない」
「ああ、そうだ。……正気でいられなかったから、悪人になるしかなかった」
彼は、ひどく哀しそうな顔をしながら、降り始めた雨みたいにぽつりと呟いた。
慌てて彼から離れて、部屋に移動する。ダスティも、名残惜しそうに私から離れてしゅんとした犬みたいについてきた。
「失礼します。ユリア様……」
ドアが空いた瞬間、ダスティは何かを察して素早く剣を抜いた。
そこにいたのは、私の専属執事ルイ・マリアードであった。見慣れているはずの彼は、異質な雰囲気で黒剣を持ちながら現れた。いつもきっちりとワックスでオールバックにしているはずの黒髪はほぐれて、きっちりと占められていたはずのボタンも第2ボタンまで外れている。普段身に着けていた灰色のジャケットも着ていなかった。そして、彼の手には黒い柄をしたきらりと光る剣が握られていた。
嫌な予感がする。背中にじわりと汗がにじんだ。ドクリ、ドクリと心臓の音が鳴り響いた。
「ルイ……何をしているの?」
「ゴドフリーが負けるなんて予想外だったな。あいつは、俺の次に強い騎士だったのに……。まさかこんなことになるなんて……」
彼は、私の質問に答えず遠い目をしながら独り言みたいに呟いた。
「ゴドフリーより強い騎士……」
いつだったか、ダレルは『ヴィレン・ハルボーっていうめちゃくちゃ強い騎士がいる。そいつは、世界一の剣士だ』って自慢げに語っていた。そして、その後、『……彼は、非常にもったいないことをした』とも……。
ヴィレン・ハルボー。ルイヴィトール家の一族を皆殺しにして失踪した犯罪者。
ま、ま、ま、まさか……彼の正体が……あのヴィレン・ハルボーなの?
そんなバカな……。しかし、ルイが現れた時期は、ルイヴィトール家暗殺事件が起こった半年後のことだ。
「あなた……ヴィレン・ハルボーなの?」
「はははっ。その名前で呼ばれるの久しぶりだな。やっぱり懐かしいなって思ってしまう。身体にその響きがなじんでいる気がするな」
獰猛な笑みを浮かべて、彼は、肯定した。
終わったあああああああああああああああああああああああああああああ。
最悪だ。今から私は、殺されるうううううううううう。
ここにいるのは、へっぽこダスティ一人だけだ。どう考えても、こんな最上級の騎士には勝てない。
もうダメだ。終わりだ。くうううううううううう。こんなに頑張ってきたのに、こんちくしょう。
「あ、あ、あなたの依頼主の倍額払うわ。だから、寝返ってくれないかしら」
「俺が金で動く人間に見えるか」
仕えていたルイヴィトール家を皆殺しにする男だ。とんでもないサイコパスに違いない。
「ど、ど、どうして私をもっと早くに殺さなかったの?」
「本当は、あんたの評判がもっと堕ちてから殺すつもりだったんだ。ゴドフリーが殺され、ダレルが投獄され計画が狂った。俺にも祖国の血が流れているから……。ダレルのために、あんたを殺そうと思う」
ああああああああああああああああああああああああ。
こんなことなら、決闘裁判なんてするんじゃなかったあああああああああああ。私のばかあああああああああああああ。
「これから死んでください、ユリア様」
剣を私の方に構えながら彼は、そう言ってきた。
まるで悪魔みたいな奴だ。一切の隙がなさそう。
ああ。せっかくチャンスをもらったのに、こんなところで死んでしまうのか。
こんな風にあっけない最期を迎えるなんて思っていなかった。
まだ、誰も守れていないのに……。
私は、最後までやり遂げたかったのに……。
「そもそも、どうして私を殺そうと考えていたのよ」
ドロリとした濁った光のない目を向けられた。
「あなたが悪だから。だから、俺は、始末するだけだ」
「あなただって、悪人じゃない」
「ああ、そうだ。……正気でいられなかったから、悪人になるしかなかった」
彼は、ひどく哀しそうな顔をしながら、降り始めた雨みたいにぽつりと呟いた。
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