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ジルベールの嫉妬
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才能がない。
そんな残酷なことに気が付いたのは、一体、いつからだろうか。
自分は、フランシス家の跡取りだから、誰よりも努力しなければいけない。
ジルベール・ド・フランシスは、小さい頃から、そればかり言い聞かせてきた。
剣で同世代の子に負けたら、勝てるまで家で講師と一緒に鍛錬をした。テストで百点を取れなければ、家では泣きながら勉強したかった。誰にも負けたくなかった。フランシス家の一員として恥じない生き方をしたかった。
ルックス、家柄、実力、運……自分は恵まれた人間だと自覚していた。でも、現状で満足するつもりはなかった。誰よりも上を目指し続けた。
けれども、名門ノルディック学校でバルド・モナクフィアという自分よりも才能があるという奴に出会ってしまった。バルドは、要領のいい奴で、ろくに努力をしていなくてもテストで高得点を取るし、剣では誰よりも強かった。
悔しいと思うと同時に、バルドにはかなわないと認めていた。仲がいい友人というわけではなかったが、互いに意識しあうライバルだった。いつか肩を並べて戦える存在になると信じていた。
バルドと一緒にヴァレル国に留学すると、上には上がいることに気が付いた。ゴドフリー・シアーズ、ヴィレン・ハルボー……。僕たちが、生まれ変わっても勝てる人間じゃないことを思い知った。
そして、遅咲きの天才ライリー・ストームブリンガーは、いつしかクライシス国で無双するようになっていた。
誰よりも一番になりたかったはずなのに、才能がないとあきらめることを覚えてしまった。自分には、無理だ。才能がないから、勝てるわけがない。だけど、いつかバルドなら、あんな化物みたいな奴らを倒すことができるかもしれない。
そう思っていたが、バルドは病死した。あまりのことに、現実が受け入れられなかった。
描いていた未来は、真っ黒く塗りつぶされた。
代わりにカルタヤ人のダスティがモナクフィアを名乗りだした。ダスティという、バルドの持っていたもの全てを持つことになった存在を受け入れられなかった。
バルドの居場所が、ダスティに奪われたみたいで悔しくてたまらなかった。
ろくに努力もせずに負けてばかりいる彼のことが嫌いだった。身体を何十回も剣で突き刺しながら殺してやりたかった。
「で、ユリア様の護衛のルイの正体がヴァレル国の刺客で、ユリア様を殺そうとしたらしいぜ。それをダスティが一人で防いだんだって」
昼のサンドイッチを食べていると、メイナードがそんな情報を教えてくれた。だから、ほかの人間が騒がしそうにしていたのか。
「ふーん」
どうせその刺客がめちゃくちゃ弱かったんだろう。ダスティには、人並みの実力なんてない。あいつは、モナクフィアの恥さらしだ。
今日のサンドイッチの具は、トマトとハムか。本当はローストビーフに硬めのパンの方が好きだが、これもこれでわりと嫌いじゃない。
「で、そいつの正体が、あのヴィレン・ハルボーだったらしいぜ」
え……。
べちゃり。
衝撃のあまり、サンドイッチは、地面に落ちた。
指先がプルプルと震えている。心臓がドクリ、ドクリとなる音がやけに大きく感じられる。
「お、お、お、おい。サンドイッチが落ちたぞ」
メイナードが取り乱す声が遠くから聞こえる。
しかし、そんなことどうでもよかった。
ダスティは、暗殺者を撃退した。つまり、あのヴィレン・ハルボーを倒したのか……。
ヴィレン・ハルボー。ヴァレル国が産んだ天才。ライリー・ストームブリンガーや、ゴドフリー・シアーズを超える逸材。彼とは、模擬闘で一年前に戦ったことがあるが、勝てなかった。彼は、本気の僕をあっさりと倒した。
「今の話は本当か!?あの落ちこぼれのダスティがヴィレン・ハルボーを一対一で戦って勝ったのか!!!!」
メイナードの肩をガシッとつかみながら、問いかけた。
「ああ、本当らしいぜ。まさかあのヴィレンを倒すなんてな。どんな卑怯な手を使ったんだろうな」
「卑怯な手……」
例えば、僕が卑怯な手を使ったところで、彼に勝てるだろうか。いや。どんな手を使っても、彼には勝てないだろう。
「まぐれで奴を倒すなんて、本当に運だけはいい奴だよな」
ヴィレン・ハルボーをまぐれで倒す?
いや、そんなことまぐれでできるわけない。ヴィレンは、本物の天才だ。ライリー・ストームブレイカーと同レベルくらいの存在だ。そんな相手に、騎士団の雑用係が勝っただと……。
そんなばかなことがあってたまるか……。
「違う……。そうじゃない……」
どうして気がつかなかったのだろうか。
彼は、ヴィレンを倒せるだけの実力があったのだ。
いつも、僕相手にわざと負けていたのだ。カルタヤ人が、フランシス家の人間に勝つことがないように、負けていたのだ。本当の彼は、ヴィレンを超える天才だったのだ。
いつの間にか、唇を強く噛みすぎたせいか血の味がした。
「騙された……」
「え?」
「ちくしょうっ!」
僕は、ずっとあのカルタヤ人にバカにされ続けていたのだ。
「あいつをぶっ殺してやる」
啞然とするメイナードを置いて、走り出した。今すぐ彼を殺してやりたい。ぐちゃぐちゃのドロドロにしてやりたい。そんなマグマみたいな熱くてドロドロとした感情が溢れて爆発してしまいそうだった。
予想通りダスティは、訓練場で、一人で素振りをしていた。
そうだ。彼は、いつも、たった一人で誰よりも練習をしていた。それなのに、誰よりも負けてばかりいた。
「お前……ヴィレン・ハルボーを倒したのか」
後ろから声をかけても、彼は、少しも驚かなかった。気配だけで、僕が来たことに気が付いたのだろう。
「ああ、そうだ」
彼は、素振りを続けながらそう返事をした。
「ダスティ・モナクフィア。今すぐ、僕と決闘をしろ!!!」
驚きのあまりか、彼の動きがぴたりと止まり、目が開かれた。
「ヴィレンを倒したんだろう。お前の実力を見せてみろよ」
けれども、彼は、首を振った。
「お前とは戦えない」
「どうしてだ?僕がフランシス家の人間だからか?」
「……」
その沈黙こそが、答えだった。
「そうやって、お前はいつも負けたふりをして、喜んでいる僕をあざ笑い続けてきたんだろう」
「そういうわけじゃない」
わかっている。彼は、カルタヤ人だから、もしも身分の高い人間に勝っていたら、半殺しにされていただろ。
「何が違うんだ?誰と戦う時も、わざと負けていたんだろう」
「……」
「早く剣をとれよ」
こいつの本当の実力が知りたい。
「……今のお前とは戦えない」
「そんなに僕と戦うのが嫌か?だったら、その気にさせてやる」
グッとこぼしを握りしめて、彼のすました横顔を殴りつけた。殴った手のひらがじんじんとしびれて痛かった。けれども、心は少しだけスカッとした。
「うぐっ」
そのまま顔を抑える彼の腹部を蹴りつける。
「……」
今度は呻き声すら聞こえないことにいらついて、さらに3回ほど蹴りつけた。
「ずっとお前みたいな汚れた血の人間が嫌いだった」
彼は、一切抵抗をせずに一方的に蹴られ続ける。そのことで、自分のパンチや、蹴りがなめられている気がしてムカついて、更に暴力を重ねていく。
「ふざけるな!どうして抵抗しないんだよ?お前、どこまで僕のことをなめているんだよ」
「……どうすればいいのかわからないんだ」
彼は、困ったようにそういった。
「あー。このままお前なんて殺してしまいたい」
そんなことを思いながら、彼の首に手を添えて、力を込めていくがそれでも彼は、抵抗をしない。
どうすれば彼を少しでも傷つけられるだろうか。
彼の心を自分と同じくらい堕落させられるだろうか。
「目障りなんだよ……。大した実力もないくせに、権力者に媚びを売ることだけうまくて」
卑しいカルタヤ人のくせに、どうやってユリアに取り入ったんだよ。
「バルドだったら、きっと立派な剣士になれていたのに……。お前なんかが騎士になるよりも、ずっと活躍していただろう。あいつはお前と違って、剣も、社交性も何でもあるすごい奴だったのに……」
バルドのことは、今でも覚えている。こいつと正反対みたいな人間だった。こいつじゃなくて、バルドだったら、僕も素直に負けを認められたのに……。
「お前なんかがどうしてそんな場所にいるんだよ。何が騎士だ……。専属護衛だ……。お前が全部、バルドから奪ったんだ。偽物なんだよ……」
それは、僕が欲しかった場所だ。喉から手が出るほど、望んでいたものだ。ずっと憧れてきたものだ。僕が手にしようと、血がにじむような努力をしながら、必死にあがいてきたものだ。どうして、お前みたいな奴がそんなところにいるんだよ。何でそんなもの欲しくなかったとでもいうようなすました顔をしているんだ。ふざけるなよ。
「お前なんかが何かを守れるわけないだろうが!」
そんな残酷なことに気が付いたのは、一体、いつからだろうか。
自分は、フランシス家の跡取りだから、誰よりも努力しなければいけない。
ジルベール・ド・フランシスは、小さい頃から、そればかり言い聞かせてきた。
剣で同世代の子に負けたら、勝てるまで家で講師と一緒に鍛錬をした。テストで百点を取れなければ、家では泣きながら勉強したかった。誰にも負けたくなかった。フランシス家の一員として恥じない生き方をしたかった。
ルックス、家柄、実力、運……自分は恵まれた人間だと自覚していた。でも、現状で満足するつもりはなかった。誰よりも上を目指し続けた。
けれども、名門ノルディック学校でバルド・モナクフィアという自分よりも才能があるという奴に出会ってしまった。バルドは、要領のいい奴で、ろくに努力をしていなくてもテストで高得点を取るし、剣では誰よりも強かった。
悔しいと思うと同時に、バルドにはかなわないと認めていた。仲がいい友人というわけではなかったが、互いに意識しあうライバルだった。いつか肩を並べて戦える存在になると信じていた。
バルドと一緒にヴァレル国に留学すると、上には上がいることに気が付いた。ゴドフリー・シアーズ、ヴィレン・ハルボー……。僕たちが、生まれ変わっても勝てる人間じゃないことを思い知った。
そして、遅咲きの天才ライリー・ストームブリンガーは、いつしかクライシス国で無双するようになっていた。
誰よりも一番になりたかったはずなのに、才能がないとあきらめることを覚えてしまった。自分には、無理だ。才能がないから、勝てるわけがない。だけど、いつかバルドなら、あんな化物みたいな奴らを倒すことができるかもしれない。
そう思っていたが、バルドは病死した。あまりのことに、現実が受け入れられなかった。
描いていた未来は、真っ黒く塗りつぶされた。
代わりにカルタヤ人のダスティがモナクフィアを名乗りだした。ダスティという、バルドの持っていたもの全てを持つことになった存在を受け入れられなかった。
バルドの居場所が、ダスティに奪われたみたいで悔しくてたまらなかった。
ろくに努力もせずに負けてばかりいる彼のことが嫌いだった。身体を何十回も剣で突き刺しながら殺してやりたかった。
「で、ユリア様の護衛のルイの正体がヴァレル国の刺客で、ユリア様を殺そうとしたらしいぜ。それをダスティが一人で防いだんだって」
昼のサンドイッチを食べていると、メイナードがそんな情報を教えてくれた。だから、ほかの人間が騒がしそうにしていたのか。
「ふーん」
どうせその刺客がめちゃくちゃ弱かったんだろう。ダスティには、人並みの実力なんてない。あいつは、モナクフィアの恥さらしだ。
今日のサンドイッチの具は、トマトとハムか。本当はローストビーフに硬めのパンの方が好きだが、これもこれでわりと嫌いじゃない。
「で、そいつの正体が、あのヴィレン・ハルボーだったらしいぜ」
え……。
べちゃり。
衝撃のあまり、サンドイッチは、地面に落ちた。
指先がプルプルと震えている。心臓がドクリ、ドクリとなる音がやけに大きく感じられる。
「お、お、お、おい。サンドイッチが落ちたぞ」
メイナードが取り乱す声が遠くから聞こえる。
しかし、そんなことどうでもよかった。
ダスティは、暗殺者を撃退した。つまり、あのヴィレン・ハルボーを倒したのか……。
ヴィレン・ハルボー。ヴァレル国が産んだ天才。ライリー・ストームブリンガーや、ゴドフリー・シアーズを超える逸材。彼とは、模擬闘で一年前に戦ったことがあるが、勝てなかった。彼は、本気の僕をあっさりと倒した。
「今の話は本当か!?あの落ちこぼれのダスティがヴィレン・ハルボーを一対一で戦って勝ったのか!!!!」
メイナードの肩をガシッとつかみながら、問いかけた。
「ああ、本当らしいぜ。まさかあのヴィレンを倒すなんてな。どんな卑怯な手を使ったんだろうな」
「卑怯な手……」
例えば、僕が卑怯な手を使ったところで、彼に勝てるだろうか。いや。どんな手を使っても、彼には勝てないだろう。
「まぐれで奴を倒すなんて、本当に運だけはいい奴だよな」
ヴィレン・ハルボーをまぐれで倒す?
いや、そんなことまぐれでできるわけない。ヴィレンは、本物の天才だ。ライリー・ストームブレイカーと同レベルくらいの存在だ。そんな相手に、騎士団の雑用係が勝っただと……。
そんなばかなことがあってたまるか……。
「違う……。そうじゃない……」
どうして気がつかなかったのだろうか。
彼は、ヴィレンを倒せるだけの実力があったのだ。
いつも、僕相手にわざと負けていたのだ。カルタヤ人が、フランシス家の人間に勝つことがないように、負けていたのだ。本当の彼は、ヴィレンを超える天才だったのだ。
いつの間にか、唇を強く噛みすぎたせいか血の味がした。
「騙された……」
「え?」
「ちくしょうっ!」
僕は、ずっとあのカルタヤ人にバカにされ続けていたのだ。
「あいつをぶっ殺してやる」
啞然とするメイナードを置いて、走り出した。今すぐ彼を殺してやりたい。ぐちゃぐちゃのドロドロにしてやりたい。そんなマグマみたいな熱くてドロドロとした感情が溢れて爆発してしまいそうだった。
予想通りダスティは、訓練場で、一人で素振りをしていた。
そうだ。彼は、いつも、たった一人で誰よりも練習をしていた。それなのに、誰よりも負けてばかりいた。
「お前……ヴィレン・ハルボーを倒したのか」
後ろから声をかけても、彼は、少しも驚かなかった。気配だけで、僕が来たことに気が付いたのだろう。
「ああ、そうだ」
彼は、素振りを続けながらそう返事をした。
「ダスティ・モナクフィア。今すぐ、僕と決闘をしろ!!!」
驚きのあまりか、彼の動きがぴたりと止まり、目が開かれた。
「ヴィレンを倒したんだろう。お前の実力を見せてみろよ」
けれども、彼は、首を振った。
「お前とは戦えない」
「どうしてだ?僕がフランシス家の人間だからか?」
「……」
その沈黙こそが、答えだった。
「そうやって、お前はいつも負けたふりをして、喜んでいる僕をあざ笑い続けてきたんだろう」
「そういうわけじゃない」
わかっている。彼は、カルタヤ人だから、もしも身分の高い人間に勝っていたら、半殺しにされていただろ。
「何が違うんだ?誰と戦う時も、わざと負けていたんだろう」
「……」
「早く剣をとれよ」
こいつの本当の実力が知りたい。
「……今のお前とは戦えない」
「そんなに僕と戦うのが嫌か?だったら、その気にさせてやる」
グッとこぼしを握りしめて、彼のすました横顔を殴りつけた。殴った手のひらがじんじんとしびれて痛かった。けれども、心は少しだけスカッとした。
「うぐっ」
そのまま顔を抑える彼の腹部を蹴りつける。
「……」
今度は呻き声すら聞こえないことにいらついて、さらに3回ほど蹴りつけた。
「ずっとお前みたいな汚れた血の人間が嫌いだった」
彼は、一切抵抗をせずに一方的に蹴られ続ける。そのことで、自分のパンチや、蹴りがなめられている気がしてムカついて、更に暴力を重ねていく。
「ふざけるな!どうして抵抗しないんだよ?お前、どこまで僕のことをなめているんだよ」
「……どうすればいいのかわからないんだ」
彼は、困ったようにそういった。
「あー。このままお前なんて殺してしまいたい」
そんなことを思いながら、彼の首に手を添えて、力を込めていくがそれでも彼は、抵抗をしない。
どうすれば彼を少しでも傷つけられるだろうか。
彼の心を自分と同じくらい堕落させられるだろうか。
「目障りなんだよ……。大した実力もないくせに、権力者に媚びを売ることだけうまくて」
卑しいカルタヤ人のくせに、どうやってユリアに取り入ったんだよ。
「バルドだったら、きっと立派な剣士になれていたのに……。お前なんかが騎士になるよりも、ずっと活躍していただろう。あいつはお前と違って、剣も、社交性も何でもあるすごい奴だったのに……」
バルドのことは、今でも覚えている。こいつと正反対みたいな人間だった。こいつじゃなくて、バルドだったら、僕も素直に負けを認められたのに……。
「お前なんかがどうしてそんな場所にいるんだよ。何が騎士だ……。専属護衛だ……。お前が全部、バルドから奪ったんだ。偽物なんだよ……」
それは、僕が欲しかった場所だ。喉から手が出るほど、望んでいたものだ。ずっと憧れてきたものだ。僕が手にしようと、血がにじむような努力をしながら、必死にあがいてきたものだ。どうして、お前みたいな奴がそんなところにいるんだよ。何でそんなもの欲しくなかったとでもいうようなすました顔をしているんだ。ふざけるなよ。
「お前なんかが何かを守れるわけないだろうが!」
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