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誘い
しおりを挟むアンジェロは、勝利の余韻に浸ったりせず、冷静に周囲を見渡した。そして、シリウスとジョンと戦うへルとミクトランの姿を見かけると、落ちていたヨヅキの剣とルミティスの剣をミクトランの方に投げた。
ミクトランは、アンジェロが投げた剣に気がつくと、ヘルの背後に隠れた。
「きゃああああああああああああ!!!あなた……どうして……」
夫に身代わりにされたヘルのヘーゼルの瞳が絶望で染まる。何かを求めるように、震えながら伸ばされた彼女の手を握りしめるものはいない。
剣が心臓付近に刺さったヘルは、体制を大きく崩した。その隙に、シリウスがヘルにとどめをさした。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああ」
ヘルは、断末魔の叫び声と共に白目を剥き、噴水のように激しく血をまき散らしながら死んでいった。
ミクトランは足にバネがついているように背後に飛び上がり、シリウスとジョンから距離をとると、アンジェロを値踏みするように見つめた。
「お前は、誰だ?」
その言葉に、アンジェロが「俺は、吸血鬼ハンターだ」と答えると、ミクトランは、自分の唇を指で触りながら考え込んだ。そして、首を振りながら「いや、違うな」と呟いた。
「違うな。お前は、私と同じだ。私にはわかる。どうして吸血鬼が人間側についている?吸血鬼のくせに、ハンターの振りをしているなんて、バカじゃないのか。弱みでも握られているのか。私が助けてやろうか」
(は?アンジェロに俺たちを裏切れと提案しているのか?)
ヨヅキの中で、後頭部を殴られるような衝撃が訪れた。
しかし、アンジェロは、ミクトランの提案に揺れている様子はないようだ。
「弱みなんて握られていない。俺は、自分の意思でハンターになった」
「お前をハンターにした奴らは、お前を利用しているだけだ。お前が利用できなくなったり、怖くなったりしたら、殺されるだけだ」
「それくらいわかっている」
その言葉を聞いた途端、ヨヅキの胸がズキッとガラスの破片を突き立てられたように痛んだ。
(そうだ。俺だって、アンジェロを殺そうとしたじゃないか)
ミクトランは右手の剣をおろして、アンジェロに向かって、誘いかけるように左手を伸ばした。
「私は、ミクトラン・ラモルテだ。君は、私の家族になるべきだ」
(家族?こいつ何を言っている?)
なんと彼は、アンジェロに向かって驚くべき提案をしてきた。ヨヅキやアンジェロの目が点になった。
それを聞いたアンジェロは、シリウスをバカにするように歪んだ笑みを浮かべた。
「は?何、バカなことを言っているのか?長生きしすぎて、脳みそが劣化したのか」
「バカなことなんかじゃない。いい提案をしているだけさ。私の家族になれば、自分を偽らずに生きていける」
「断るに決まっているだろう。お前みたいなカスといても、イライラするだけだ」
「ふざけるな。お前は、吸血鬼なんだよ!」
ミクトランは、血管を浮き彫りにして、唾を吐き飛ばしながら必死でアンジェロに叫ぶ。
「お前は、どうして吸血鬼のくせに、人間如きとつるんでいるんだよ!私たちは、選ばれたんだ!!人間は、食い物だろう!食い物なんかと仲良くできるわけがない。お前は、俺みたいな奴と仲良くすべきだ。私は、お前を気持ち悪がったりしないし、お前だって俺の前で好きに食事ができる。他にも、もっと吸血鬼を探して、今度こそ、完璧な家族を作るんだ。血のつながりはなくても、絆は生まれるだろう」
必死の形相で叫ぶミクトランは、アンジェロは嘲るように笑った。
「はっ。俺は、さっきお前の家族を殺したばかりだ。そんな人間を家族に勧誘するのかよ」
「あいつらは、吸血鬼だから私の家族にしてやった。君にも私の家族になる資格がある。どうせ人間の寿命なんて短い。どんなに食料と仲良くしても、すぐに別れがきて、孤独に苦しむことになるだろう。だったら、私の傍にいた方がいいだろう」
そう言いながら、ミクトランは少しずつアンジェロに近づいていく。しかし、アンジェロの顔は険しかった。
「あんた、さっき女を自分の身代わりにしただろう。家族なんて口だけで、どうせ利用できる駒が欲しんだろう」
「誤解だ。私は、ヘルを心から愛していた。彼女は、吸血鬼だし、とても美しく優しかった。ただ、彼女は、私の命ほど重要じゃなかった。仕方がなかった」
ミクトランは、胸に手を当てながら、演説するように、よくとおる声でしゃべり続ける。
「私たちは、同じ生き物だ。どんな奴よりも深い絆で結ばれる。お互い理解し合えるだろう」
ミクトランの言葉は、あまりにも唐突だ。しかし、ヨヅキは、アンジェロが吸血鬼だからという理由で殺そうとした過去がある。人間の血を主食とするアンジェロが怖くないといえば、嘘になる。ヨヅキの他にも、アンジェロの正体に気がつくものがいたら、彼を恐れて殺そうとする奴は現れるかもしれない。ハンターには、吸血鬼に恨みを持つ人間が非常に多い。アンジェロがヨヅキ達の仲間になってくれているが、こいつは自分を理解してくれる吸血鬼の近くにいた方が幸せなんじゃないか……。
そう考えていると、ふいにアンジェロは、ヨヅキの頭をポンと叩いた。彼のルビーを溶かしたような瞳は、まるで陽だまりのように愛しいものを見るような優しい色をしていた。
「俺は、隣にいる奴も、守りたい奴も自分の意思で決める。ただの寄せ集めの同種族なんていらない。くだらない話はもう終わりでいいか」
アンジェロは、ヨヅキの心配に反してミクトランの提案をきっぱりと断った。何の迷いもないようだ。
「いや、まだ私の話は……」
「いい加減、めんどうくさい。もうお前を殺す」
アンジェロは、剣の先をミクトランの心臓に向けて伸ばした。
「はっ。バカな奴だ。私に勝負を挑んだことを、後悔するなよ。私は、始祖から特別に大量の血を頂いた。選ばれた吸血鬼だ。お前らとは、違う!」
次の瞬間、ミクトランは、アンジェロに向かって大量の触手を伸ばした。
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