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ミッドタウン~アップタウンで

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急に部屋の中が広くなった。

俺はキッチンテーブルに座り
クアーズの栓を抜いた。

煙草に火を点ける。

何だか慌ただしかったが。

あっという間の逆転勝利ってとこか。

まあいい。

恋人が戻って何よりだ。

こうなる為に奔走してたんだから。

結局全部あいつの言う通りだったな。

あんなに急いで何の用だ。

カイル、、、

イベントが終わって正装のまま来たのか。

また何処かでサプライズでもやるのだろうか。

カイルとシドが恋人同士なんて
デマだったのか。

キリシマの言葉を反芻する。

『生きてる限り会えるんだから』

あいつ
何であんな言い方したんだ?

映画、、、

カイル、、、

シド、、、

ホー・ファミリー、、、

マフィア、、、

次の瞬間
クアーズをテーブルに叩き置いた。

何て事だ。

何て事だ。

何て事だ。

俺は馬鹿だ。


煙草を揉み消し立ち上がる。

あいつらが急いだのは、、、

その時、ドアにノックの音が鳴ったので
ふたりが戻って来たかと
慌ててドアを開けた。

黒いタキシードの上に
黒いシルクのコートを着た
綺麗な男が立っていた。

「、、、サクマ警部ですね。」

シドレイ・ガーナー。

一目で分かった。

俺の部屋を訪れるのに
正装の必要はないと
張り紙をしておくべきだろうか。

「ニキ・カイルは居ますか?」

気だるげな低い声だが
この目なら知っている。

警官が確信を込めて
尋問する時の目だ。

「、、、行ってしまいましたよ。」

どう答えたら正解か
分からないまま応えた。

腰のホルスターにあるベレッタを意識しながら。

シドもコートのポケットに銃を持っている。

銃の膨らみは直ぐ判る。

「、、、部屋を見せて下さい。」

「、、、義務はありませんが。」

頭の中は目まぐるしいが
おとなしくシドを部屋に通した。

シドは狭い部屋をぐるりと見回し
寝室からバスルームまでドアを開けた。

「、、、何処へ?」

「知りません。
言わずに行ってしまった。」

シドはちょっと目を細めたが

「、、、失礼しました。警部。」

そのまま出て行こうとしたので
俺は更に頭をフル回転させた。

「ちょっと待って下さいよ。
プロデューサーのシドレイ・ガーナーさんでしょう?
いきなり来てこれは無いでしょう。
あのふたりについては言いたい事もあるんだ。
振り回されて。
ムシャクシャするんで一杯飲んでたんです。
付き合ってくれてもいいでしょう?」

アイドル張りに微笑んでみせた。

シドは俺の話を図るように聞いていたが何か情報でも得られるかと
思い直したらしい。

「そう。
わたしも失礼が過ぎましたね、警部。
小飼の俳優が男と逃げて
いささか頭にきてました。
夜のパーティーをすっぽかした。
では一杯だけ。」

お互いお芝居ごっこは承知だが構わない。

シドはコートのまま
キッチンテーブルに座った。

「クアーズ?
それともバーボンかな。」
と尋ねる。

「ではバーボンを少し。」

バーボンをグラスに注ぎ
シドの前に置く。

これであいつらが逃げる時間を
少しでも稼げるだろうか。

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