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第一章 再会、そして日常
3.再会-3
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後付けしたカーテンの向こう側、脱衣場から大きなため息が聞こえてきてソータはほんの少し笑った。
「まーさかだけどさ、ソータ、ドライヤー無いとか言う?」
確信と絶望を含んだ声でレオが言った。ソータは期待に応えて言った。
「リンスの無い家に何を期待してるんだ」
「だよね、うん、これは俺が間違ってた」
もうひとつため息をして、髪を拭きながらレオがリビングにやって来る。ソータのスウェットが少しゆったりとして見えた。この家に唯一の机は小さくてコンビニ弁当と350mlの缶ビールを広げると大体埋まっていたけれど、それをソータの向かい側に座ったレオが無理やり押しのけて両肘をつく。この家には座布団という概念もないので、二人ともフローリングの上に直で座っている。
レオの動きに合わせてふわっと、甘くて暖かい香りがした。
「ねー、それ美味しいの?」
レオの問いに「別に」と返したソータは片膝を立て、そこに頬杖をつく。この弁当を食べ終わり、缶を空にしたらそれが就寝のタイミングなのだ。レオはふうんと興味なさげに首を捻り、しかしそれから目を閉じて大きく口を開けた。
「あー」
「ハッ、名家のご子息がこんなもん口に入れたら大目玉だぞ」
「馬鹿か、もう絶滅を待つだけの種族に名家もクソもあるかよ」
ほら、あー。
レオがもう一度口を開ける。ソータは少し息をついて、その育ちの良さを隠せない口の中に親指を突っ込んだ。
「はあ!?」
「いや、本当に無いんだなと思って。 牙」
「自分ので確認しろや!!」
ソータの指が今は人間の犬歯とそう変わらないサイズとなったレオの歯をなぞって反対側まで確かめていく。いつまで経ってもソータが指を抜かないのでレオがあむあむと甘噛みしはじめれば、ソータは眉をひそめてさっと手を引いた。
「そんな趣味はない」
「俺だってねぇよこの馬鹿」
吐き散らかすようにレオは言って、そのまま後ろに倒れて行った。ついでにソータの足を蹴り飛ばし、ソータが持っていた缶の中身を揺らす。そのちゃぽんという音が静かになるのを、レオは電灯を眺めながら待っていた。
「ねえ」
「なんだ」
二人は吸血鬼ばかりが通うアカデミーの同級生で、32年ぶりの再会だとしても彼らの間に流れる空気はその頃のままだ。そのことに対する安堵がレオを満たし、レオは大きく息を吸った。その胸が大きく上下するのを、ソータも静かに見つめていた。
「俺、ここにいてもいい?」
それは32年前、レオが口にできなかった言葉だった。案外言えるときはスルっと言葉が出て行くもんだなぁとレオは思った。レオの耳がアナログ時計の、分針が一つ進む音を拾った。
「……いつまでだ」
そうぶっきらぼうに返したソータは、重たい瞬きをひとつしたところだった。
「死ぬまで」
珍しく少し低めのトーンで、でもかすれた声でレオが答える。ソータがビールを飲み干して、空の弁当箱と一緒にビニール袋に入れて口を縛った。それもベランダへ出してしまおうと立ち上がる。
「“お前が飽きるまで”なら居てもいい」
「ふは、分かった。 よろしくね」
握手握手、と言いながらレオは横を通り過ぎようとするソータの足首を飛びつくように掴んだ。ソータは少しバランスを崩したが、めんどくさそうな顔でもう片方の足でレオの顔を踏みつけようと狙いに行く。それにはさすがのレオも焦った。
「おい!! 俺そんな趣味もねえから!!」
「じゃあその髪はなんだ? 良い趣味してるな」
「まさか髪も伸びないとは思わなかったんだよ!」
丁度冷蔵庫の稼働音がブゥゥンと落ち着いた瞬間で、ソータも何も言わないから部屋が静かになった。それに居たたまれなくなった半べそのレオはソータのベッドによじ登って不貞寝を決め込む。ソータはとりあえず袋をベランダの外に出してから、「いいんじゃないか」と呟いた。
吸血鬼の王の呪いによって、彼らの体はもうそれ以上成長することはない。おそらく怪我をしても、治ることは無いんじゃないかとソータは思っている。
「そんな適当な励ましで俺の心が晴れるか!!」
レオが掛布団の端を掴んだと思えば、躊躇なくバタバタとはためかせ、タバコの粒子を部屋に舞わせ始めた。すっ飛んできたソータに頭を掴まれベッドに沈められたレオは、想定外のベッドの硬さで思わず黙る。
「お前、ふざけんなよ」
そう言ったのはソータだった。アカデミーでは表情筋の動かないことに定評のあったソータが本気で怒っているのが指の間から見えた。それから、その指はレオの前髪を左右に流して離れていった。
「今日はお前がベッド使え。 ただし明日朝一で洗濯するから起きろよ」
「やだ。 俺長旅だったんだぞ。 お客様だぞ」
「タバコ使ってベッドぶんどってくるようなヤツに客の権利はない」
「お、バレてた。 いやほんと俺頭良いよな」
「まじで覚えてろよお前」
部屋の明かりを落とすと、いっそう音が大きく聞こえるような錯覚におちいる。レオはソータの立てる物音をしばらく頬杖をついて聞いていたが、いつの間にかそっと、意識を手放した。
「まーさかだけどさ、ソータ、ドライヤー無いとか言う?」
確信と絶望を含んだ声でレオが言った。ソータは期待に応えて言った。
「リンスの無い家に何を期待してるんだ」
「だよね、うん、これは俺が間違ってた」
もうひとつため息をして、髪を拭きながらレオがリビングにやって来る。ソータのスウェットが少しゆったりとして見えた。この家に唯一の机は小さくてコンビニ弁当と350mlの缶ビールを広げると大体埋まっていたけれど、それをソータの向かい側に座ったレオが無理やり押しのけて両肘をつく。この家には座布団という概念もないので、二人ともフローリングの上に直で座っている。
レオの動きに合わせてふわっと、甘くて暖かい香りがした。
「ねー、それ美味しいの?」
レオの問いに「別に」と返したソータは片膝を立て、そこに頬杖をつく。この弁当を食べ終わり、缶を空にしたらそれが就寝のタイミングなのだ。レオはふうんと興味なさげに首を捻り、しかしそれから目を閉じて大きく口を開けた。
「あー」
「ハッ、名家のご子息がこんなもん口に入れたら大目玉だぞ」
「馬鹿か、もう絶滅を待つだけの種族に名家もクソもあるかよ」
ほら、あー。
レオがもう一度口を開ける。ソータは少し息をついて、その育ちの良さを隠せない口の中に親指を突っ込んだ。
「はあ!?」
「いや、本当に無いんだなと思って。 牙」
「自分ので確認しろや!!」
ソータの指が今は人間の犬歯とそう変わらないサイズとなったレオの歯をなぞって反対側まで確かめていく。いつまで経ってもソータが指を抜かないのでレオがあむあむと甘噛みしはじめれば、ソータは眉をひそめてさっと手を引いた。
「そんな趣味はない」
「俺だってねぇよこの馬鹿」
吐き散らかすようにレオは言って、そのまま後ろに倒れて行った。ついでにソータの足を蹴り飛ばし、ソータが持っていた缶の中身を揺らす。そのちゃぽんという音が静かになるのを、レオは電灯を眺めながら待っていた。
「ねえ」
「なんだ」
二人は吸血鬼ばかりが通うアカデミーの同級生で、32年ぶりの再会だとしても彼らの間に流れる空気はその頃のままだ。そのことに対する安堵がレオを満たし、レオは大きく息を吸った。その胸が大きく上下するのを、ソータも静かに見つめていた。
「俺、ここにいてもいい?」
それは32年前、レオが口にできなかった言葉だった。案外言えるときはスルっと言葉が出て行くもんだなぁとレオは思った。レオの耳がアナログ時計の、分針が一つ進む音を拾った。
「……いつまでだ」
そうぶっきらぼうに返したソータは、重たい瞬きをひとつしたところだった。
「死ぬまで」
珍しく少し低めのトーンで、でもかすれた声でレオが答える。ソータがビールを飲み干して、空の弁当箱と一緒にビニール袋に入れて口を縛った。それもベランダへ出してしまおうと立ち上がる。
「“お前が飽きるまで”なら居てもいい」
「ふは、分かった。 よろしくね」
握手握手、と言いながらレオは横を通り過ぎようとするソータの足首を飛びつくように掴んだ。ソータは少しバランスを崩したが、めんどくさそうな顔でもう片方の足でレオの顔を踏みつけようと狙いに行く。それにはさすがのレオも焦った。
「おい!! 俺そんな趣味もねえから!!」
「じゃあその髪はなんだ? 良い趣味してるな」
「まさか髪も伸びないとは思わなかったんだよ!」
丁度冷蔵庫の稼働音がブゥゥンと落ち着いた瞬間で、ソータも何も言わないから部屋が静かになった。それに居たたまれなくなった半べそのレオはソータのベッドによじ登って不貞寝を決め込む。ソータはとりあえず袋をベランダの外に出してから、「いいんじゃないか」と呟いた。
吸血鬼の王の呪いによって、彼らの体はもうそれ以上成長することはない。おそらく怪我をしても、治ることは無いんじゃないかとソータは思っている。
「そんな適当な励ましで俺の心が晴れるか!!」
レオが掛布団の端を掴んだと思えば、躊躇なくバタバタとはためかせ、タバコの粒子を部屋に舞わせ始めた。すっ飛んできたソータに頭を掴まれベッドに沈められたレオは、想定外のベッドの硬さで思わず黙る。
「お前、ふざけんなよ」
そう言ったのはソータだった。アカデミーでは表情筋の動かないことに定評のあったソータが本気で怒っているのが指の間から見えた。それから、その指はレオの前髪を左右に流して離れていった。
「今日はお前がベッド使え。 ただし明日朝一で洗濯するから起きろよ」
「やだ。 俺長旅だったんだぞ。 お客様だぞ」
「タバコ使ってベッドぶんどってくるようなヤツに客の権利はない」
「お、バレてた。 いやほんと俺頭良いよな」
「まじで覚えてろよお前」
部屋の明かりを落とすと、いっそう音が大きく聞こえるような錯覚におちいる。レオはソータの立てる物音をしばらく頬杖をついて聞いていたが、いつの間にかそっと、意識を手放した。
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