上 下
7 / 8
毒舌令嬢はそのネーミングに物申す

白い結婚に物申す

しおりを挟む
 私の兄イアン・カカーリンと、幼い頃からの婚約者ユリア様の婚約解消が正式に決まった。

 これはね、仕方ないと思う。兄が他の女性と真実の愛を見つけたとか言い始めて、ユリア様との間に亀裂が入っちゃったんだよね。

 お兄様はユリア様に何度も謝って許しを乞うたけど、ユリア様の気持ちも完全にお兄様から離れちゃっていたからどうしようもなかった。毎日毎日ユリア様の元を訪れては土下座して、呪文のように「許してください」って言ってたらしいんだけど、ユリア様は折れなかった。


 私何度も熱く語ってきたんだけどさ、最近の男女関係や結婚事情っていうのは怖いよね。

 身代わり結婚、攫われ結婚、契約結婚。色んなパターンがある。普通に婚約していたところで、突然現れる真実の愛とやらに邪魔されることだってあるのだから。


 ちなみに私が今、最も注目している結婚形態はね、


『白い結婚』


 これです。




「私たちは白い結婚なんです!」


 っていう人いるじゃん? 私はそう言う人に心から問いたいよ。


 それって本当にホワイトですか? って。




「ユリア様、白い結婚ってご存知ですか?」


 今日は兄と婚約解消したばかりのユリア様と会ってる。別に彼女を慰めるためじゃないよ。

 お兄様の浮気が婚約解消の直接の原因ではあるけど、ユリア様の方も婚約破棄を希望していたから円満解決なんだもん。

 ユリア様は聖女エミリーちゃんと同じで、日本っていう国に住んでいたんだって。ある日トラックっていう大きな馬車に轢かれて、この世界に転生した。前世でエミリーちゃんと一緒にお笑いコンビ『カタハライタイ』を結成していたらしいんだけど、つい最近その前世を思い出したらしいわ。


 異世界転移した聖女エミリーちゃんと、異世界転生したユリア様。

 日本での相方同士、異世界でもこうして再会できるなんて、素敵なご縁だよね。



「白い結婚ですか……? ブラックな企業なら知ってるんですけど、ホワイトな結婚はよく分かりませんわ」
「なるほど。ちょっと聞き捨てならないワードが出てきたんですけど、『ブラックな企業』って逆に何ですか?」

 ユリア様が思いがけないネタを振ってきたんで、『ブラックな企業』について色々と聞いてみた。

 どうやらユリア様の前世の日本では、成人すると全員が奴隷の身分になるらしい。

 どのご主人様の元で働こうかなって調べて、雇われ口を自分から必死で探しに行くんだって。いろんな試験を突破してやっと働く先が決まったら、まずは契約内容に記載されていない単純労働に就かされる。そこから各個人の能力や財力によって、貴族に戻れるか奴隷のまま働き続けるかが決まるらしい。

 貴族になるために、なぜか必死で太鼓を叩く人もいるんだって。

 ……よく分からない文化だよね。

 大体さ、成人したら全員奴隷ってひどくない? 夢がなさすぎるじゃん。


「ユリア様も、そのブラックな企業とやらで奴隷として働いてたんですか?」
「そうなんです。奴隷ですので、まず休日も睡眠時間もございません。報酬は少し頂けますが、それを使う時間がございません」
「過酷ですね。どういうお仕事を?」
「何もしてないのにパソコンが壊れたんですけど! っていう苦情にお答えしたりとか」
「パソコン? よく分からないですけど、何もしてないのに物が壊れるっていうのは、呪いかなにかですかね。他には?」
「バグが出た時の対処」
「バグってなんですか?」
「突然おかしな動きをするっていうことです」
「なるほど。それとそれと?」
「突然の仕様変更」
「仕様変更?」
「いつの間にか早まる納期」
「ユリア様、顔が真っ青ですけど大丈夫ですか?」


 いけないいけない、ユリア様の奴隷時代を思い起こさせるような質問をしてしまった。

 とりあえず、『仕様しよう』というのはその商品のスペックのことで、『バグ』っていうのは仕様通りにいかず突然おかしな動きをすること……っていうところかな?

 きっとユリア様も奴隷生活に疲れて、お笑い芸人とかいう職業を目指したんだろうな。

 でも、すごく参考になったよ。


 『白い結婚』っていうワードに、私が疑問を持っていた理由もよく分かった。

 結婚するって決まった時点で、本来はお互い夫婦としてやっていこうっていう誓いを立てるわけじゃん。それなのに夫婦生活もなく、夫には冷たくあしらわれ、妻としての役割を果たさせてもらえないわけだ。

 そんなの、ユリア様から聞いたブラックな企業の奴隷と一緒だよね。聞いてた契約内容と違います、っていう話だよ。



「ユリア様、とても参考になりました。ありがとうございます。やっぱり白い結婚はホワイトじゃない。これからは、『黒い奴隷』って呼んだ方がしっくりきますね」
「そうですね。タチアナ様のお話を聞く限り、そんな酷い結婚をホワイトなどと称する意味が分かりませんわ」


 黒い奴隷。

 我ながら、また良いネーミングだと思うよ。これまたラノベのタイトルにありそうじゃない?


「黒い奴隷の私、なぜか隣国の皇帝から溺愛されています!」
「麗爵様の黒い奴隷は、最強魔導士に成り上がる」
「辺境スローライフを楽しむモブですが、黒い奴隷に採用されたようです」


 あるあるー!


 あれ? 二人でそんな話をしている所に、お兄様がやって来たわ。私たちを見つけると、悲愴な表情で駆け寄ってきたお兄様。突然ユリア様の目の前にスライディング土下座して、頭を上下に激しく振り始めた。


「ユリア! 許してくれ! 君ともう一度やり直したいんだ!」


 とっくに婚約破棄されたのに、お兄様ったらまだ諦めてないのね。地べたに土下座して、ブンブンと頭を上げたり下げたりする様子は、かなり異常。


「ユリア様。お兄様っていつもこんなにおかしいのですか? バグですかね?」
「いいえ、仕様です」



 お兄様をその場に残し、私とユリア様は静かに立ち去った。

しおりを挟む

処理中です...