アポロ・ファーマシー

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2-5 アプロディテの吐息

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 次の日の休み時間。チャイムが鳴ったと同時に、モコはさっそく廊下側のエイキの席に向かった。
「エイキくん。アプロディテの吐息のことだけど」
「ッバ! お前、ば、ばばっば、ちょ、こっち来い!」
 あからさまに動揺し始めたエイキにモコは腕を引っ張られていく。
 そして人通りの少ない西階段につれてこられた。
 長い息を吐きながら、階段に腰を下ろしたエイキに、モコはさっそく玉野からの伝言を伝える。
「エイキくん、あのね、ラティの蜂蜜も良い薬なんだって。それじゃダメ?」
「あのな。お前はあの薬局のなんなんだよ。関係者でもないのに、口出しするな」
 もっともな言い分に言葉をつまらせるモコ。
 玉野の薬作りも手伝ったことがあったことで、すっかりアポロファーマシーの関係者ぶっていたが、確かに自分はあの薬局のただの客なのだ。
 エイキに薬をすすめる立場ではないのかもしれない。
 ――しかし。
「気になったの。エイキくんが言ってたことが」
「はあ?」
「お兄さんと、ずいぶん前に来たことがあるんだよね。アポロファーマシーに」
「……だったら、何だよ」
「お兄さんがその時買った薬が、アプロディテの吐息なんでしょ」
 モコの言葉に、エイキは何も言わなかった。
「そして、お兄さんは好きだった人と結ばれることができた。だから、エイキくんもお兄さんが使ったことで効果が出ることを知っているアプロディテの吐息を買いたかったんだよね」
「……そうだよ。悪いか。効果のない薬を買って、ガッカリするよりは確実だろ」
「でもね、効果はラティの蜂蜜にも……」
「俺は! 絶対にフラれたくないんだ! 傷付きたくないんだよ!」
 エイキは悲痛の表情でモコを見上げ言った。
「日向にはわからねえよ。俺の気持ちなんて」
 階段に座り、うずくまるエイキにモコは言葉を詰まらせた。
「そりゃ、私はまだ恋なんてしたことないけどさ」
「じゃあ、なおさら口出しすんな」
「そもそも、誰のことが好きなの? うちのクラスの子なの?」
「あほ、言うわけないだろ」
「症状がもっとくわしく分かれば、いろいろ対処できるって玉野さんが言ってたの」
「……玉野って、アポロファーマシーの? カラスの店主か」
 モコがうなずくと、エイキはそのまま黙り込んでしまった。
 ――キーンコーンカーンコーン。
 授業開始のチャイムが鳴る。
「わ、鳴っちゃった。もしよければでいいから、今日もアポロファーマシーに……」
「行くよ」
「えっ、ホント?」
「ああ、学校終わったら、行くから。アポロファーマシーに」
 エイキは言いながら、モコを通り過ぎ、一足先に教室に戻って行った。
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