20 / 83
再会
しおりを挟む~前回までのあらすじ~
七人の盗賊たちに対してたった一人で挑んだアズマ。それを見ていることしかできなかったボクに山の霊力が流れ込み、斜面の土砂が盗賊たちを襲う。
アズマは何とか無事だった。良かったぁ……。
***
なんだかいいにおいがした。
おいしいもののにおい、ってわけじゃないよ。確かに食べ物は、ボクが今一番欲しているものの一つかもしれないけれど。
でもそのにおいはなにか違った。
丸くて柔らかくてとても安心できる手触りで、温かくてなんだか眠くなってしまうような、そんなにおいだった。
ボクはお母さんのことを思い出していた。
お母さんは優しい人だった。ボクがなにか手伝いをするといつも誉めてくれた。怒らせると怖かったけど、理不尽なことじゃ怒らなかった。
その点シノ様は、時々急に怒りだす。
天気が良くないと言っては不機嫌になり、背中がかゆいと言っては不機嫌になり、おやじとボクが談笑していたら不機嫌になることもあった。
不機嫌になったからボクを蹴とばしたりするわけじゃないけれど、むっすーとして口を聞いてくれなくなるから困る。
ボクが無邪気を気取って、シノしゃまぁ~と甘えれば機嫌が戻ることもあったし、鬱陶しそうな顔をすることもあった。
さて。
では今、目の前にある表情はどっちのシノ様でしょう。
シノ様は薄目を開いたボクのことをじっと眉間にしわを寄せて睨んで、唇はむっと結ばれていた。
その顔を照らすのはぼんやりとした光。
朝だ。
ボクはどこかの崖の下の陰でシノ様の腕に抱きかかえられている。
何か言おうとしたけれど、声が出ない。身体にもうまく力が入らない。
それにおなかがぺこぺこだ。
ボクはあのあと何がどうなったのか分からなくて、考えようとしたけれど、頭が回らなかった。
諦めて目を閉じようとしたら、無理やり開かれた。
そんな横暴な……。
「ちょっと、起きてよ。死なないで!」
ボクの耳にシノ様の縋るような声が突き刺さる。
ボクは驚いて目を開いた。
シノ様の顔は歪んで、涙をこらえようとしてクシャっとなっていた。
ボクは思わず笑ってしまった。ボクの表情筋はあんまり仕事をしなくて、うまく笑えてはいなかったと思うけれど。
「美人が台無しですよ、シノ様」
「……生意気よ」
シノ様はほっとため息をついて、ぴんとボクの額を指で弾いた。
さて、現在の状況を紹介しよう。
ここは盗賊たちと戦った山中から少し離れたでこぼこの丘陵地帯だった。ボクが眠っている間にも移動していたらしい。
隠れることのできない平原に戻ればまた襲われる可能性もある。彼らを刺激しないように隠れながら移動するのがいいだろうということになったようだ。
旅の一行は五人。
ボクとシノ様、あとアズマと、酒場で見かけた槍の男ゴドー、キス魔のセリナ。それとシノさまたちが乗って来た馬が三頭。
シノ様は二人と一緒にボクのことを追いかけてきてくれたのだそうだ。
木刀を振っていた場所に戻ってもボクがいないことに気づいたシノ様は、初め、どこかに美味しいものでも探しに出かけたのだろうと思った。
普段の行いってやつか。
おかしいなぁ。ボク、ホントにこれまで修練をサボったことなんてないのに……。
でも夕方になってもボクが戻って来ないから不安に思っていたところ、セリナが、ボクがさらわれたことを知らせに来る。
ゴドーとセリナは、ボクがさらわれて馬車に乗せられるところを見ていたのだそうだ。
知らない顔ではないし助けてやろうと後を付けたところ、護衛も加わり、手出しできそうもないとセリナだけを知らせに戻した。
ゴドーは尾行を続行。
どうやら馬車のかなり後方を馬でずっとつけてきていたようだ。
二人には離れていても何らかの連絡手段があり、離れていても居場所を伝えられるらしい。
ボクらが廃村に入ったのを見てゴドーはとりあえず休止。
しかし夜になってなにか騒ぎがあった。
いくつかの明かりが散って行った後、こっそりと村に近づいてボクとアズマがどこかへ逃亡したことを知り、途方に暮れた。
次の日、街道を少し戻ったところでシノ様とセリナと合流。
ボクがどこに行ったのか最早分からないと言うゴドーに対し、シノ様は呪印の繋がりを手繰り寄せてボクの居場所を感知。
馬を走らせ、追いついて来てくれたのだという。
「ホントに心配したんだから!」
シノ様は目を潤ませながらボクの首根っこにかじりついた。
ぐえっ、ってなる。
申し訳ありません、とボクがもごもご言うと、本当にね!と睨まれた。
ボクが起きると、近くの町で買ってきたというヤギ肉を鍋で煮てくれた。
ボクは三日二晩の間眠り続けていたらしい。
「胃が弱っているだろう、ゆっくりと飲め」
ゴドーが肉汁の浮き出た水をコップにすくってくれた。
受け取って飲むと、身体の隅々まで滋養が行き渡るような心地がした。ぼんやりとしていた意識が次第にはっきりとしてくる。
生きてるって感じがする。
そうなると俄然食い気が出てくるが、ボクに出されたものは麦粉を茶で溶いた粥だった。
肉が食べたいと文句を言ったら、その様子ならすぐに体力も戻るだろうと笑われた。お肉はくれなかった。
その日は野営地からずっと動かなかった。
ゴドーやセリナは時々高いところに監視に出たり食糧を探しに行ったりしていたが、アズマは日向にごろりと寝転がって寝息を立てていたし、シノ様はずっとボクのそばにいた。
ボクは意識だけははっきりしたけれど、どうにも身体中がだるくてシノ様の腕の中で甘えていた。
そうしているとシノ様の中からなにかごおと奥底を流れる音が聞こえてくるのに気が付いた。
ボクはその音を知っていた。
それはつい数日前にも聞こえてきた音だった。
それは精霊の力の鼓動だった。
尋ねると、シノ様は少し複雑そうな表情になって、気づいたのね、と言った。
その力は物心つく前からシノ様の許にあって、当たり前すぎてミドウさんに指摘されるまで気にしたこともなかったらしい。
どうして大地の内側から感じたような強大な霊力がシノ様の中から感じられるのかは分からない。
けれど山津波を起こせるほどの力であれば、きっと誰もが欲しがるものなのだろう。アマミヤ家がシノ様を狙う理由にも合点がいった。
「しかしイヅルがあれをやったとはね。もう呪術師としては抜かれちゃったかな」
シノ様が複雑そうな顔で言った。
「そんなことないです。ボク、ずっとアズマに助けられてばかりで……」
ボクが言うのを遮って、シノ様は寂しそうに首を横に振った。
「呪術を扱おうと思ったらね、素質がいるのよ。どれだけ努力しても素質の無い人には扱えない。
その素質にもいろいろあって、イヅルみたいに大きな術を使える人もいれば、わたしみたいに小さな術を小出しにするしかできない人もいる」
そしてシノ様は何かをさかさまにする動作をしてみせた。
「わたしの中には強い霊力が流れてる。でもね、わたしにはそれを引き出す力がないの。大きな水袋を逆さにしても、出口が小さければ少しずつしか出ないでしょ。わたしはそんな感じなの。でもイヅルは違う。
素質があるとは思ったけど、まさか山の精霊の力を引き受けられるほどとはね」
あの師匠に才能があるなんて言わせただけはあるわ、とシノ様はボクの頭を撫でてくれた。
その言葉は自分に言い聞かせるためのものにも聞こえた。
もしかしたら、ボクはシノ様のプライドを傷つけてしまったのかもしれない。
シノ様は何年もミドウさんに呪術の技を伝授されたのに、ほんの二年ほどのボクが自分にできないことをやったと。
「申し訳ありません……」
つい小さくなって謝ったら、何がよ、と耳を引っ張られた。
「あんたね、調子に乗ってたらぶちのめすからね!」
そう言ったシノ様は冗談だとでも言うように笑っていたけど、目だけ笑ってなかった。
怖い!
「はぁ……、ホント……」
シノ様はため息を吐いてボクの身体をきつく抱きしめた。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~
金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。
そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。
カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。
やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。
魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。
これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。
エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。
第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。
旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。
ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!!
お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。
皆様、お気に入り登録ありがとうございました。
現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる