女王の真実

黒木 市野

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王女と少女

捨てられた王女

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「舜英様~#__しゅんえい__#。舜英王女様~」
ここは灯国、その中心都市であり王族の暮らす王宮、のある街『紅泉#__こうせん__#』。
その宮中に侍女の声が響く。

「なあに、泡鈴#__ほうりん__#。騒がしいわよ」
侍女の声に、応えるように可愛らしい声と華奢な体がひょこっと扉から身を乗り出した。

「あぁ!舜英様!!そこにおられましたか。」
大声を出しすぎて疲れたのか侍女の泡鈴は息を切らしながら舜英に近づいた。

「全く!舜英様、貴方という人は私の目を盗んで何処かへ行くのやめていただけますか?!」
泡鈴の悲痛な叫び声が宮中の奥の室に響く。

「何を言っているの?泡鈴。私を見張るのがあなたの仕事でしょ、何仕事サボってるのよ。」
舜英の嘲笑う声が泡鈴に突き刺さった。

『全く、この王女様ときたら王族の欠片も無いんだから。5歳の頃からお世話をしているけれど、頭と口が良く回るとこ以外の取り柄なんか無いし、最近では王から疎まれているとすら聞く。はぁ、仕える相手を間違えたわ。』
と、泡鈴は密かに思っていた。

この灯国は大陸にある4つの国の中で歴史が最も古く国土が小さいなりにも西の他大陸との貿易で栄えてきた。
そんな灯国には現在二人の王位継承者がいる。
一人は隣国 火国、#__かこく__#の第二王女で正室でもある潤蘭#__じゅんらん__#の娘、舜英。もう一人は灯国の宰相の娘で側室の息子、翠尭#__すいぎょう__#。

現在、舜英は14歳。翠尭は12歳だが国王候補に最も親しいのは男子である翠尭なのだ。

「あなたも大変ね。こんな見捨てられた王女のお守りを任されるなんて。」

舜英が申し訳なさそうに、自嘲気味に笑いながら言うと泡鈴は「そう思うなら死ぬ気で玉座についてください。私のために。」と少しふざけて返すのだ。

泡鈴のこの欲を隠さぬ生意気な態度に舜英は堅苦しい宮中で救いのようにかんじていた。

泡鈴は舜英の事を少しも敬ってないし、舜英も泡鈴に敬われようとしていない。不思議な主従関係だった。

「でも、舜英様。こんな奥の室に毎日毎日籠もって、翠尭一派から更に冷たい扱いを受けますよ。」

「あら、それじゃあ私王宮の人間全てに疎まれるのね。」
ケラケラと笑いながら舜英は言った。

「笑い事じゃありません!全く、こんな王宮の馬番ですら足を踏み入れない廃屋の宮殿に好んでくるなんて舜英様だけですよ。」

泡鈴は、呆れたように言い返すが舜英はどこ吹く風。ちっとも気にしてなどいなかった。

「ここには、王宮では見られない文献が隠されているのよ。王宮の書物は全て読み尽くしてしまったんだもの。仕方ないじゃない。」唇をムッと尖らせてふくれっ面になった舜英。

『ちっ、顔だけは潤蘭様に似て美人なんだから活かせばいいものを』

泡鈴は、かつて舜英の母 潤蘭に仕えており彼女と共に灯国へ入った。
潤蘭は、絶世の美女と謳われその娘である舜英も母によく似て美人であった。

「泡鈴」

舜英が改まり服と姿勢を正して泡鈴を呼んだ。
その空気の変化を察した泡鈴も滅多に見ない真面目な表情で舜英と向かい合った。
二人の間に静かな静寂の時間が流れる。
何十分とたったように感じる数十秒の後、舜英が口を開いた。

「先ほど、父王陛下よりお呼び出しがかかりました。恐らく良い内容ではありません。大体の予想はついています。」

泡鈴は、息を呑んだ。舜英は潤蘭が無くなってから宮中で孤独。ただの一人も味方がいない。
それが分かってるからよけいに泡鈴は、舜英の言葉に動揺を隠せなかった。

泡鈴の動揺を見抜いたのか、舜英がフッと笑って少し力を抜いた。

「大丈夫。あなたには何も危害を及ばさないよう力を尽くします。泡鈴、今までありがとう。貴方に暇を与えます。次の職は出世できるようなものだと良いですね。」

舜英は、悲しそうに笑った。
泡鈴は、うつむいて何も言わなかった。いや、言えなかった。

泡鈴の反応が無いのを確かめて、舜英はその場を後にした。

一人残されは泡鈴は、空虚な宮殿に向かって静かに激しく言葉をこぼした。 
「どうか、潤蘭様。姫をお守りください。姫を殺させないでください!!」

誰もいない宮殿に悲痛な叫びが響いた。

 

 広い宮中には4つの宮殿があり、その中で最も広いのが国王の住む王宮で、それは他の宮殿とは別格なる雰囲気を醸していた。

舜英は、その王宮の王の自室で王を待っていた。国王に疎まれていると噂のある王の庭で一人でいるのはとてもいきのつまるものだった。

暫くして扉の外に宦官の声が響いた。
「国王陛下の御成りに御座います。」

重厚な扉が重々しく開き、灯国国王が入ってきた。
舜英は恭しく頭を下げ国王が席につくのを待っていた。

椅子にドカッと座り、フンと一息吐いた後国王は舜英にやっと目を向けた。

「久しいな、舜英」

王の威厳を感じさせる重い声が室に響いた。

「はい、お久しぶりで御座います。陛下」

舜英は頭を下げたまま、口を開いた。

「今日、ここへ呼ばれた訳をそなたなら予想がついておろう。」

王の言葉に舜英は息を呑んだが、王の求める回答を答えるため口を開いた。

「私は、王族として生まれた以上この国の為ならばいかなる仕打ちも、命令も喜んで受け入れる覚悟はできております。」

怯えを見せぬよう、厳格な父に劣らぬようはっきりと太い声で言った。
そして、一層大きくはっきりとした声で続けた。

「どうか、ご躊躇なさらずに私を切り捨ててください。」

王の室にその凛とした声が響いた。王は暫く何も言わなかった。

「…よく言った。その覚悟この青観、生涯忘れる事はなかろうぞ。」

幾分か経って王は口を開いた。そして、続けるように命をくだした。

「姫よ、そなたに命を与える。我ら灯国の為に……死んでくれ、舜英。」

余りにも非情な命に王は苦虫を噛み潰したような顔をした。
それを目の当たりにした舜英は、にっこりと笑って

「そんなお顔をなさいますな、陛下。これは私の望みでもあります。どうぞご容赦など王が持たぬように」

そう、王に諭した。
王も舜英のそんな顔を見て、少しだけ頬を緩めた。

「おい!何をする!待て!」

親子の時が静かに流れていた王室に扉の外から激しい声が響いてきた。

「何事であるか、呂粋。」

王が宦官である呂粋を呼ぶと、扉が突然開いて、女が転がり込んできた。

「……泡鈴」

それは、舜英の侍女泡鈴であった。
「連れ出せ!」呂粋が叫ぶと泡鈴は、負けじと

「陛下!無礼を承知で申したき義がございます!!どうかお許しを!」

そう、叫んだ。

「呂粋、良い。そなたは下がれ」

王が不服気な顔をする呂粋を下がらせ泡鈴の言葉に耳を傾けた。

「舜英様はこの国にとって失うには余りにも大きすぎる存在ではありませんか?舜英様を殺すと言うならば代わりにどうか、私を殺してください」

泡鈴の冷静な言葉の中には、なんとかして王を説得しようと言う思いがこもっていた。

「……舜英にはこの国のために死んでもらう。これは決定事項である。」
泡鈴の必死な想いを非情な言葉で王は一蹴した。

「なぜですか!?舜英様が何をしたと言うのですか!!この国の事を誰より想い、師をつけずに学問を身につけ、いづれこの国を導く賢王になられる素質をお持ちなのに!!」

泡鈴が涙を流しながら叫んだ。舜英の目にも涙が浮かんだが、流しはしなかった。

「舜英に罪があると言うならそれは生まれてきた事だ。この時代に、この国に、王族として、女として、ただ生まれてきた。それだけが、罪なのだ。」

泡鈴は震撼した。なんと非情な王なのかと。実の娘に対して、生まれてきた事が罪だと言う、そんな王を軽蔑すらした。

その時、これまで事の経緯を静かに見守っていた、舜英が口を開いた。

「泡鈴、あなたのその気持ちを知れただけで私は幸せです。ありがとう。」

泡鈴に、優しく微笑んだあと更に続けて言った。

「今、この国は大きな選択を迫られています。先日、貴方と母の故国である火国が大国、慎国#__しんこく__#に攻め入られ為すすべもなく属国となりました。」

突然の舜英の発言に泡鈴は目を見開いた。

「そ、そんなこと……慎国と火国は互いに不可侵条約を結んでいます………」

「慎国の王朝が変わった事が原因だと思います。先日、慎国内でクーデターが起こり火国と条約を結んだ、慎王朝は倒れ今は新たな王朝が立ちました。直に国名も変わるでしょう。」

「舜英の言うとおりである。火国は属国となった。慎国の新たな王朝は、かなり武力的で暴力的な王朝。この国にもいずれその火の粉は振ってこよう。故に舜英は、殺さねばならぬ。」

「い…意味が…わかりません。何故それが舜英様を殺す事になるのですか。私には、わかりません!!」

泡鈴が涙を流しながら叫んだ。

「黙りなさい!!!何故、分からぬふりをするのですか!!貴方は賢い、分からぬはずないでしょう!!今、火国王家の血を引く私はこの国にとって不利でしか無いのです。そして、慎国と争うかどうかを今後決めてゆくのに王位継承者は二人もいりません。」

舜英は初めて泡鈴に怒鳴った。

「いいえ、分かりません……分かりません。」

泡鈴の顔はボロボロだった。舜英が死なねばならない理由を悟ったから、よけいに顔をゆがめた。

そんな泡鈴を見兼ねて舜英は、泡鈴を抱きしめた。舜英より年上と言ってもまだ、19歳。10歳の頃から面倒を見ている舜英の死を受け入れたく無いのだ。

「泡鈴。分かって頂戴。この国を守るためなの。私は、この14年間とっても幸せだったのよ。泣かないで。」

舜英が先程と打って変わって穏やかな声で泡鈴をなだめる。 

泡鈴はこれが、王族。国の為にと命すら惜しまない、王族として正しい行動をとる舜英を誇りに感じたが同時に、愚かさも感じた。

「………、私も殺してください。」

泡鈴はボソッと消え入りそうな声で言った。
そして、誰の返事も聞かず直ぐに続けた。

「私は、潤蘭様にお仕えしていました。主に従い灯国に入りました。10歳の時、潤蘭様に舜英様に仕えるよう言われ、嫌々仕方なくお世話をしておりました。生涯、主はただ一人潤蘭様であると思って。しかし、共に過ごす中で舜英様を守りたい、そう思うようになり潤蘭様が亡くなられたとき、私の主は舜英様だと心に決めました。」 

ひと呼吸おいて王と舜英の顔を見ながら泡鈴は、続けた。

「舜英様がここで死を選べば私は二人も主を失う事になります。生涯、お仕えする主は一人と思いながら、お二人にお仕えしました。三人目はいりません。主も故国も失った今、思い残すことは何一つありません。どうか、私を共に殺してくださいませ。」

泡鈴は王の目を真っ直ぐ見つめ、頭を下げた。

「…と、言っておるがいかがする舜英。」
 
王は舜英に意見を求めた。

「舜英様には先程お暇を頂きました。私の行動を制限する事はできません。」

舜英の答えを待たずに泡鈴は言った。
舜英は、何も言わずに泡鈴を見ていた。

「分かった。そなたの最後の望みを叶えてやろう。舜英、そなたの処刑時間は追って連絡する。今しばらく待機せよ。」

王は、冷たく言い放って奥に姿をけした。
 








部屋を後にした、舜英と泡鈴は無言のまま部屋に向かった。

部屋につくと泡鈴が舜英に頭を下げた。

「勝手をして申し訳ありませんでした。しかし、後悔はありません。」

舜英は、一つため息をついて、そしていつものように微笑んだ。

「全く、貴方という人は……。自分の為に死すら共にしてくれる者を私が如かれるわけないではありませんか。」

「私は世界一幸せ者です。」

舜英の言葉に泡鈴は緩みきった涙腺を引き締める事はできなかった。

ボタボタと大粒の涙を零す泡鈴に舜英は、寄り添い「ありがとう。」と、何度も呟いた。
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