婚約破棄されることは事前に知っていました~悪役令嬢が選んだのは~

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オーロラ商会は最近シェド王国との本格的な海外輸出貿易に活気づいている。

シェド王国は、この国の南に位置する隣国だ。牧歌的な国ではあるが、穏やかな気候でエメラルドに輝く海は観光名所にもなっている。温かいシェドは果物の種類も豊富で収穫時期も長いのが特徴だ。

レイシャルが幼い頃に食べたマンゴーが忘れられず『久しぶりにマンゴーが食べたい』とお父様に話したら、ある日マンゴーを輸入しようと言い出したのだ。

お父様と仲のいいシェド王国陛下に『レイシャルがマンゴーを食べたがっている』と手紙を送ると、すぐに契約書を取り交わしてくれた。シェド王国を皮切りに周辺国と貿易を始めるのは自然な流れだった。

最近では海外から輸入した果物や野菜を市場で見かけるようになった。シェドの果物はカラフルなのですぐに気が付く。食べたことがない人向けにオーロラ商会の1階に併設するカフェでも、輸入食材を使った料理を提供しているが若い女性に人気だ。

オーロラ商会が扱う商品が増えると、馬車では間に合わず大型船を購入すると運搬量が一気に増えた。港から降ろした荷物は、蜘蛛の巣のように張り巡らされた運送ルートを使って各地に運ばれる。

今やオーロラ商会の少女のマークを見かけない日はない。

***

レイシャルの日常は学園から帰ると、慌ただしく事務所に向かう。10歳から習った簿記や仕分けを手伝うのだ。12歳になると商談に同席することが許された。ただし、発言は一切しないというお父様との約束だ。商談の間黙って話を聞いているだけで今では相手の呼吸を読んだり、表情を見て次に何を言い出すか分かるようになってきた。

レイシャルはお父様が相手が仕掛けてきた話術を巧みに切り崩し優位に話を進める展開や、大きな商談が決まった時の高揚感が好きだった。

レイシャルが仕事を手伝うのは普段は忙しいお父様と一緒に過ごせるからだ。泊りの視察はレイシャルにとっては旅行と同じで喜んでついて行く。農村へ赴き、農地の開墾や新しい肥料について農民たちに指導する父を見学するだけでも楽しかった。

レイシャルにとって、視察は忙しいお父様を独り占めできる絶好のチャンスなのだ。馬車の中でもお父様の隣に真っ先に座る。従業員が知らずに隣に座るとレイシャルの機嫌が悪くなるので、隣の席はレイシャルお嬢様が座るとしっかり申し伝えがしてある。

隣に座ったレイシャルが嬉しそうに父の腕に抱き付くと、お父様も嬉しそうに頭を撫でてくれる。

「本当に仲がいい親子ですね」

「ふっふっふ」

お父様が素晴らしいのは、口を出すだけでなく農民と一緒に汗水を流すことだ。貴族が領地を訪れても口は出しても実際に土を触ることはしない。農民からすれば苦労も知らずに、生産量を増やせと言われてもおもしろくない。そんな貴族を嫌っている農民は多い。

しかし、お父様は農民に戻った元従業員から話を聞いているので、じっくりと話を聞き一緒に働くことを選んだ。従業員にも父の精神が宿っているのか、力自慢の従業員が農民に混ざって一緒に手伝う。最初は『貴族の癖に農民の何が分かる』と非協力的だった農民たちがいつの間にか笑ってお酒を酌み交わすのだ。

娯楽が少ない農村ではお土産が特に喜ばれる。私はサマリからお土産を受け取るとひとりづつ配っていく。みんな興味津々で、自分より幼い子供達に見た目も可愛らしい箱をあげると、早速箱を開けだした。中には花や葉を模した焼き菓子が入っている。それを見た子供たちが飛び跳ねて喜んでいた。

奥様達には王都でも人気の折り目が美しい生地を選んだ。しっかりしていて農作業でも簡単に破れることはない。やはり女性は美しいものが好きなようで、何を作るか楽しそうに話していた。

男性陣が酒を飲みながら時折『お前達うるさいぞ』と注意が入るが、誰も本気で怒ってはいない。

夜も更けてくると誰からともなく豊作を祈願した歌を歌い始めると、外から聞こえる狼の遠吠えと女性の透き通る声がなんとも言えな調和になってレイシャルは父の膝に頭をのせて知らないうちに眠ってしまった。

「良くできた娘じゃな」

「ああ、誰に似たのか」

「ほっほっ。あんたに良く似ておる。意思の強さも目を見れば良く分かる。この子は何かを成し遂げる運命の元に産まれてきておる」

顔が皺だらけのお爺さんが不思議なことを言っていたが、男たちの笑い声でかき消されたのだった。


***

海外輸出でも農村部の繋がりも大切にするお父様だが、シェド国王陛下とオッド家の繋がりはこの国に招待されたシェド国王ご夫婦をお父様が接待したことがきっかけだった。

ふたりは酒の勢いで意気投合し、お父様が陛下を屋敷に連れて帰ってきたことがある。陛下が父の馬車から降りてきたときは執事が目を見開き立ったまま失神していたらしい。

その頃、勝手に抜け出してきた陛下を護衛たちは血相を抱えて探していたという。昼頃になって何食わぬ顔で戻ってきた陛下は、王妃様にそれはこってり絞られた。

帰国の前に正式にオッド公爵家に訪れた陛下は、母の体調が優れないと聞くとお詫びも兼てシェドに招待してくたのだ。レイシャルが5歳の時だった。この時はシェド王国とオッド公爵家が長い付き合いになるとは誰も思っていなかったが。

その年の冬シェドに着くといつもは屋敷で寝ているお母様が、シェドに来てから顔色も良く体調も安定していたのだ。暖かいシェドの気候がお母様には良かったのかもしれない。短い時間だったが家族3人で海辺を歩くこともできた。

歩きにくい砂浜に足をよろけさせたお母様を見て、お父様が支えるように腰に手を回すとお母様は少女のよう赤くなっていた。レイシャルは気が使える子供だったので少し離れて歩く。私にも優しいお父様だが母を見る目は別格だ。母も安心しきたように父に支えられている。そんな両親を見て少し照れ臭くなったのだ。

少しするとお母様が立ち止まり後ろを振り返った。

「レイシャル、おいで」

レイシャルは手を伸ばす両親に向かって走って行くと、手を繋がれ別荘に戻ったのだ。

誰にも優しいお母様の周りには自然と人が集まる。使用人達からも母は好かれていた。そんなお母様がレイシャルは大好きだった。将来お母様のような女性になりたいと幼心に思うのだった。

***

お母様が別荘で休んでいる間は、お父様と一緒に異国情緒あふれる街の景色を楽しんだ。賑やかな市場に行っては、珍しい食べ物やお母様が喜ぶ物をふたりで探すのだ。

「レイシャル、シオンの土産にこれはどうだ?」

「きっとお母様も喜ぶね」

別荘に戻るとレイシャルは真っ先にお母様の待つ部屋に突撃する。そして、今日行った場所や食べた物を報告すると、お母様はいつも嬉しそうにレイシャルの話を聞いてくれる。

「さあ、旦那様が買って来たマンゴーを奥様食べてみてください」

父と一緒に入ってきたのは王家から滞在の間だけ配属された侍女のアンヌだ。あれこれ世話を焼いてくれるアンヌは、陽気でとても大らかな女性だ。

「まあ、とっても甘いのね」

「ええ、太陽の日差しをいっぱい受けて甘くなるのです、これを食べりゃ奥様もたちまち元気になりますよ」

「聞いた?お母様いっぱい食べて」

「ええ、いっぱい食べないとね」

シェド王国での滞在はレイシャルが8歳の時母が亡くなるまで過ごした思い出の場所になった。

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