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17【圧倒的強者】

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独眼のホッパーがピョンっと跳ねて大岩から飛び降りた。グルリと回ってから着地する。

緑の全身。着衣は無い。イナゴの頭に太い首。逆三角形の上半身には大胸筋と腹筋が凛々しく型どられている。四本ある腕は筋肉で引き締まり、太い両足は筋肉でド太かった。そして背中に昆虫特有の翼を生やしている。

明らかにコックランナーとは異なる体系だ。人間に近い体型のモンスターである。

俺は心の中で、これがホッパーかと納得する。人間より少し強いってのが離解できた。

特にリーダー格の独眼ホッパーは更に凛々しい。背筋が真っ直ぐに伸びていて直立する姿からも勇ましさが伝わってくる。そして、鋭利な鈎爪が殺伐と輝いていた。それらから、こいつが一番厄介だと悟れた。

独眼ホッパーが一歩前に出てから述べた。

「骸骨ヨ。モシモ意識ガ残ッテイルナラバ、ココヲ立チ去レ。儂ラホッパーハ、骨マデ齧ラヌヌ故ニ」

なるほど、暴食だけれど骨までは食べないのね。でも、こいつらはすべてを食べ尽くす害虫だ。ここで出来るだけ殺しておくのが正しいのだろう。自然破壊も免れる。

そう考えた俺はバールを構えて向かい合う。俺が武器を構えたことでホッパーたちにも俺の戦意が伝わった。すると独眼ホッパーの背後に控えていたホッパーたちが一斉に飛び掛かってくる。問答無用だった。

速い!

そのひとっ飛びは瞬速のジャンプ。木槍を突き立て俺に突進してきた。それが複数だ。

俺は複数の木槍をしゃがんで躱す。俺の頭上で木音が鳴り引き木槍が重なり合っていた。

だが、一瞬遅れて飛びかかってきたホッパーの槍が一本だけ俺の体に突き刺さった。木槍は鎖骨の上を抜けて肋骨の間を抜けると背後まで貫通する。ジャージに穴が開いた。

しかし、骨には命中していない。骨の隙間を抜けるように貫通しただけである。

だが、もしも俺に心臓があったのならば、今の一突きで絶命していたかも知れない。危なかっただろう。

今度は俺の反撃である。俺は鋼鉄製のバールを振るって木槍を薙ぎ払いながら立ち上がった。その一振りで数本の木槍が折れて散る。

更に二度三度とバールを振りましてホッパーたちの頭を打ち払った。次々とホッパーたちの頭をぶん殴る。それは一撃必殺。

しかし、バールから伝わってくる感触は硬いものだった。コボルトたちの頭をかち割ったときと感触が違うのだ。

コボルトたちはもっと生々しかった。なのにホッパーの頭はヘルメットを被っているかのような硬い感触だった。

どうやらこいつらの皮膚は硬いようだ。頭も硬い。まさに昆虫の強度である。

それでも俺に強打されたホッパーは一撃で倒れてしまう。僕打の跡はへこんでおり重症に伺えた。傷口からは深緑の液体が吹き出ている。おそらく流血だろう。

そして、俺がバールを振り回して暴れているとホッパーたちは逃げに回る。俺との戦力差が理解できたのだろう。何せパワーもスピードも俺のほうが遥かに高い。打ち合っても、押し合っても、一対複数であっても俺が勝るのだ。だからホッパーたちが逃げ始めたのだ。そこはコボルトたちと同じ展開である。

だが、俺は背を見せて逃げるホッパーたちを追い回す。容赦無く背後から襲いかかった。

すると高くジャンプしたホッパーが空中に逃げ出した。背中の翅をバタつかせながら飛んで逃げようとしていた。空中に逃げれば追ってこれないと考えたのだろう。

しかし、甘い。

俺は空いている左手を突き出すとダークネスショットの魔法を唱え始めた。掌底の中に漆黒の煙が湧き上がると鏃に変わる。

俺は影鏃を放って次々と飛行で逃げ出したホッパーたちを撃ち落とした。俺の影鏃を食らったホッパーたちは弾丸が体を貫通して次々と墜落して行く。

たぶんあれならば即死だろう。もしも死ななくってもやがて死ぬダメージだ。俺は逃走すら許さない。

こうして俺は逃げるホッパーたちを次々とダークネスショットで皆殺しにしていった。20匹ぐらいならばあっという間だ。ちょっとやり過ぎ感もあったが仕方あるまい。これも害虫駆除だ。

そして、最後まで残ったのは独眼のホッパーだけである。こいつだけが俺の戦力を目の当たりにしても逃げなかった。かなり肝が座ってやがる。それか、まだ俺を倒せると本気で考えているのだろうか。もしも前者ならば、ただの阿呆だ。だが、後者ならば強者である。故に侮れない。

俺は片手にバールをぶら下げて独眼ホッパーの前に立った。一騎打ちだと強い意志で独眼ホッパーを無空の瞳で睨みつける。

それに応えた独眼のホッパーが木槍を前に突き出して身構えた。そして、左腕に持った小さな盾で脇腹部分を守って見せた。攻防一体の構えである。

俺も独眼ホッパーに敬意を評して構えを築く。だが、その構えはなんちゃってな見せかけだけの構えだった。だって俺は武道の心得なんてないんだもの仕方がないよね。てへぺろ。

しかし、独眼ホッパーは緑色の肌から冷や汗を流していた。何故ならば、眼前の骨男が見せる構えには隙のひとつも見当たらなかったからである。まさに鉄壁の構えに伺えたのだ。偶然にも――。故に足がすくむ。

独眼ホッパーは考えていた。

構えをもって向かい合って初めて知る。自分と敵との戦力差を。しかもそれは圧倒的な戦力差だった。ここで勝てないと知る。

だが、ここで諦められない。何故なら仲間がすべて殺された。残っているのは自分だけだ。部族のリーダーだけが生き残るなんて無様な真似は出来ない。それだけが心の支えで独眼ホッパーは逃げずに立っていた。

刹那、独眼ホッパーから動いた。木槍を突き出し一歩大きく踏み込んだ。槍先が頭蓋骨を狙っていた。しかし、次の瞬間には回避されていた。しかも回避と共に反撃が振るわれる。

ザクリと響く生暖かい音と冷めきった激痛。見れば左右の両腕が一本ずつ落とされていた。両脇の下から千切れて足元に落ちたのだ。骸骨に素早い攻撃で引きちぎられたのだろう。鉤爪の腕を失う。

独眼ホッパーはあまりの苦痛に背後に飛んで距離を作る。だが、逃げない。決着を望む。

こうなったら一矢報いる。それだけを独眼ホッパーは考えた。死を覚悟する。

「一撃ニ掛ケル!」

そう呟き腰を落とす独眼ホッパー。下半身に全力を溜めて飛び掛かる積りだ。下半身の筋肉が執念を孕んで膨らんでいた。

ホッパーにはホッパーらしい戦い方があるのだ。それがジャンプ。自慢の脚力を活かした戦法だ。

「飛ンデ参ルッ!」

跳ねた。真っ直ぐに、なんのフェイクも無しに全力で跳ねた。向かう先は眼前のスケルトン。

しかし――。

衝撃のあとに目眩が襲う。次の瞬間には、世界が回っていた。体が動かない。回転する世界の中で独眼ホッパーは逆さまになっていた。

何が起きたか理解できない。だが、一瞬だけ見えた。スケルトンの背中が――。

スケルトンは手に持った鈍器を振るっていた。それだけだ。それだけで独眼ホッパーの意識が消えてなくなる。闇に沈んで行った。深い闇に……。

強すぎたのだ。相手が遥かに強すぎただけなのだ。


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