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37【ホーリー】

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夜も更けて部屋の中は真っ暗である。

俺はスケルトンボディーが最初っから有している暗視能力で薄っすらと暗闇の室内が見えていたが、やはり真夜中の明かりなしは薄暗く見えて寂しかった。

既に深夜の時間帯。窓から外を覗いてみれば真っ赤な月光に照らされて街の屋根が遠くに見えていた。その他に街からは明かりは殆ど見えない。やはり現代社会の町並みと違って24時間営業のコンビニとかはないのだろう。

俺は次元の扉を召喚してアパートに帰った。すると窓の外は暗くなっていた。時計を見てみれば0時に近い。向こうの世界で四日ぐらい過ぎたのだろう。やはりこちらとあちらで時間の流れが異なるのは馬鹿な俺にはややこしい。

そして、俺はスマホで辞表の書き方を検索する。決意が決まったのだ。会社を退職しようと思う。そして、ゴールド商会に入社しようと決意したのだ。

この数日間を異世界で暮らしてみて決意が固まったのだ。もう、異世界のほうが楽しくって仕方がないのである。わざわざ現実社会でブラック寄りの会社でダラダラと働いているよりは遥かにマシである。

黄金を異世界から現実社会に流す仕事、これで生きていこうと考えた。故に早速会社に辞表を提出しようと思う。それから鏡さんに連絡だ。

こうして俺は辞表を四畳半の狭い部屋で書き上げる。初めての辞表を書いてみて思ったことは、つまらない書類を書くよりも楽しかったことだ。なんだかとても心がスッキリしたのである。開放されたって感じが強かった。

さて、あと7時間で会社に出社だ。それまで異世界だと3日ぐらいだろう。この3日間で出来るだけ金貨を稼いでおこう。それを手土産にゴールド商会に入社である。

そして、辞表を書き終えた俺は客間に戻った。それから一人で部屋を出る。チルチルとワカバは使用人の待機室で眠っているはずだ。

さてと、少し館の中をブラ付くか。それでおかっぱメイドのホーリーを探してみる。幽霊に間近で接触してみたいのだ。

だが、なかなかおかっぱメイドには出会わなかった。幽霊って奴は会いたい時に会えないものである。これだから気まぐれな心霊現象は困ってしまうのだ。

俺は漆黒のローブを引き摺ってロビーに進んだ。正面入口から外に出ようとしたが扉には鍵が掛かっている。まあ、当然の戸締まりだよね。夜になったら鍵を閉める。当たり前だ。平和な日本とはわけが違うのだ。

そして、俺がドアノブから手を離した刹那だった。背後から気配を感じる。それは霊気だった。

俺が咄嗟に振り返ると突き当りの廊下の奥から冷気が流れ出てきていた。その冷気は妖気を孕んでいる。普通の気配ではない。

闇に包まれる廊下の奥で何かが揺れていた。暗視能力を持つ俺には、その闇が人影だと分かる。

黒い洋服に黒いロングスカート。その上に純白のエプロンを締めていた。更には短いおかっぱヘアーの上にはカチューシャを乗せている。

おかっぱの幽霊メイド、ホーリーだ。間違いないだろう。

その幽霊メイドが前に歩みだす。俺との距離は15メートルほどある。だが、彼女が放つ霊気が有り有りと感じられた。その霊気から感じられる感情は無。まるで意思を感じ取れない。

何をしに出できたのだろう。そう俺が考えていると歩む彼女との距離が狭まっていく。

闇の中で伺える彼女の顔は怪奇だった。黒髪のおかっぱで眉毛まで前髪で隠れている。しかし前髪で影を落とす表情は瞳を大きく見開いてこちらを凝視していた。その眼差しがおどろおどろしくて不気味であった。ちょっと怖い。

そんな彼女が5メートルほどまで近付くと語り出す。

「骨の魔法使い様。こんばんは……」

挨拶である。何気ない挨拶だった。俺も片手を上げて挨拶に応える。

すると更に彼女が語り始める。

「骨の魔法使い様。シャドーゴーストをお探しなのですか……?」

驚きである。まさか彼女の口からシャドーゴーストの名前が出るとは思わなかったからだ。

暗く冷めた口調の彼女に俺は頷いて答えた。

「シャドーとは、私の家名で御座います……。私の生前の名前はホーリー・シャドーであります……」

ビンゴ。居た。目的のシャドーゴースト本人を発見したぞ。

俺はブラリと下げた右手の掌にダークネスショットを形成させる。これでいつでも魔法を放てる。彼女を撃ち取れるだろう。

だが、このまま彼女を退治して良いのだろうか。もしも彼女が成功報酬のシャドーファミリアだったら勿体無い。否、その時はもう片方の声を貰えば良いだけか。

しかし、戦意を見せていない者を暴力的に退治するのは気が引ける。それに相手は幽霊だが女の子だ。ちょっとガン見する眼差しが怖いが若い女の子なのだ。それを襲うように退治するのは許されるのだろうか。それって、だいぶ俺の共感度が低下するよね。それは不味かろう。

俺が自分の判断に苦悩しているとホーリーが述べる。

「骨の魔法使い様にお願いが有りまして、本日は参上しました……」

お願い?

幽霊が骸骨の俺にお願いですか。それはなんだろう。話ぐらいは聞いてやるか。

俺はホーリーの話に形の無い耳を傾ける。

「是非とも骨の魔法使い様に、私の父を退治してもらいたいのです……」

父親の退治だって。どう言うこと?

「父の名前はジャック・シャドー。遥か昔に私や母を殺して亡霊のトンネルに逃げ込んだ殺人鬼の悪霊です……」

うわ~。どんぴしゃりで話が繋がったわ~。スゲェ~奇遇だわ~。まるで仕組まれた筋書き通りですわ~。

「悪霊化した父ジャックはトンネルの霊たちを取り込んで年々少しずつ強い悪霊に成長しています。このままでは、いつか手が付けられない怨霊と化して人々に多大なる災いをもたらすのは間違いありません。そうなる前に父を退治して止めてもらえませんでしょうか……」

礼儀を正し深々と頭を下げる乙女の幽霊。死者なのに生きている人間を思って行動できるとは凄いものである。尊敬しちゃうわ。

ならばと俺はホーリーに条件を出した。父ジャックの悪霊を退治したのならば、彼女には俺の専属メイドになってもらうことだった。これを飲んでくれるならば、成功報酬の幽霊メイドを貰うも達成されるだろう。

「父の怨念。母や私の無念を果たしてもらえるならば、その条件をお飲みしましょう……」

そう言うとホーリーは後退り闇に溶けて消える。闇夜の廊下に沈黙だけが再び流れた。

よし、これで次のクエストは何をしたらいいのか明確に確定しただろう。

まずは死霊のトンネルのジャックを倒すだ。これで成功報酬も頂けるだろう。

ただ、また声はゲット出来そうにない。それが無念である。


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