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45【髑髏のオーブ】

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俺のホネホネラッシュを喰らったジャックの幽体が霧となって消滅した。だが、その霧が天井まで昇ると壁の方に流れて行く。そして、霧は壁の中に消えていった。

これは逃げられたのかな。討伐が完了したのならばクエストブックが輝くはずなのに、その様子が見られない。だからまだ終わっていないのだろう。

俺はボーンウォールを消すと霧が消えていった壁のほうを睨み付けた。すると俺の側に駆け寄ってきたチルチルがはしゃぎながら俺を褒め称える。

「流石は御主人様です。あの悪霊を見事に退治いたしましたね!」

あー、なるほどー。チルチルには見えていなかったのか。霧と化したジャックの霊魂が壁に逃げ込んでいったのがさ。

たぶんワカバやワオチェンたちにも見えてないのだろう。これって俺だけが見えているのかな。

そんな感じで気を張り続ける俺を見てチルチルが首を傾げる。

「如何なされましたか、御主人様?」

周囲を見回す俺。それを黙って見守るチルチルとワカバ。ワオチェンは気絶しているポコを介護している。

俺はジャックの魂が逃げ込んだ壁を掌で触ってみる。その頭上を見上げて見れば、謎の剣が天井に突き刺さっていた。

俺は音読アプリでワオチェンに問う。

『コのトンネルの霊はちョくちョく討伐さレているのダろ?』

ワオチェンはポコの頭を膝枕しながら答えた。

「はいアル。年に一度ぐらいは若手冒険者を募って訓練がてら討伐していたアルよ。でも、今まではジャックにだけは逃げられてたアル。しかしこれでこのトンネルも静かになるネ。骨のアニキには感謝感謝アル」

なるほどね。こいつらは悪の元凶がジャックだと思っていたんだな。だから毎回一般霊や兵士の霊が復活していても疑問に思わなかったのか。だが、まだ何かありそうだ。

俺は音読アプリに別の文章を打ち込むとワカバに聴かせた。

『ワカバ。アの天井の剣がレバーにナっているかラ、反対の向キに曲げテもらえなイか』

ワカバは天井に突き刺さった剣を見ながら首を傾げる。

「あれがレバーとな?」

俺の直感である。あの剣は不自然だ。だから何らかのギミックなのは間違いなかろう。故にレバーの可能性が高いはずだ。

「まあ、ならば――」

ワカバは屈伸の後に垂直ジャンプすると5メートル上の剣を掴んだ。そして、身体を揺らして剣の角度を変える。するとトンネルのあちらこちらでガチャガチャと機械音が鳴り響いた。

「なんですか、これは?」

「何が起きているアル?」

唖然としながら周囲を見回すチルチルたち。そんな中でジャックが逃げて行った壁が開いて隠し扉が現れた。

やっぱりだ。マンガで見たとおりである。

「あの剣が隠し扉の鍵だったアルか!」

どうやら冒険者ギルドは気づいていなかったようだな。決行ボンクラである。シークレットドアを見逃すなんて冒険者失格レベルの見逃しだろう。

俺は扉のノブを回して開けてみる。鉄枠に木材で作られた扉は音を鳴らして開かれた。

扉の先には真っ暗な通路が伸びている。壁も床も煉瓦造りの構造物だった。

鼻を使って臭いを探ったチルチルが述べる。

「カビと埃の臭いしかしてきません。中に生物は居ないと思います」

なるほどっと思った俺が通路に一歩踏み込んだ。扉サイズの向こうは高さ3メートルで幅は2メートルほどの廊下であった。そのような感じの廊下を20メートルほど進むと大部屋に出る。そこには木製の長テーブルや椅子がいくつか転がっていた。高校で見られるような広い食堂のような風景である。

俺は小姑のように指先で積もった埃をツツーッと拭き取る。かなり長いこと放置されていたのだろう。埃の厚みは相当だった。

「ここは、何アルか……」

ポコに肩を貸して部屋に入ってきたワオチェンが誰に問うたわけでもなく訊いてきた。すると壁に掛けられた大量の剣や槍をダイエットバーで叩きながらワカバが想像で答えた。

「これだけの武器や防具が揃っているところからして、兵士の待機所ではなからうかぇ。待機所ならば、武器とテーブルの組み合わせが納得できるじゃろ」

ワカバの意見は納得できた。推測からして正解だろう。

すると懐中電灯を持ったチルチルが隣の部屋を覗き見ながら報告してくる。

「隣の部屋は二段ベッドが並んでいるから仮眠室っぽいですね」

「こっちの部屋は調理場っぽいアル。調理用の竈門や食器があるアルね」

たぶん戦時中に使われていた兵士の待機場なのだろう。トンネルを守るために作られた施設だと思う。

しかし、そんなことはどうでもよい。問題はジャックの魂が何処に逃げ込んだかが重要だ。

するとワオチェンが覗き込んでいた調理場から霊気が流れてくる。何か幽体が居るようだ。

俺はワオチェンに変わって調理場を覗き込んだ。その調理場の隅に女性の霊が淋しく立ち尽くしていた。

長い髪で目元を隠した女性の口元にはほうれい線がハッキリと見える中年。喉を切りたのかダラダラと血を流している。その姿はワオチェンには見えていない様子。やはり潜んでいる幽体は俺にしか見えていない様子だった。

喉を切られた女性は床の一点を見つめている。その様子から床に何かあるのだろうと察しられた。

俺は黙っている中年女性の霊に近付いた。すると彼女は床を指さしながら俺に言う。

『主人を殺してください。そして、娘を開放してください……』

そう述べると中年女性の霊は消え失せた。

主人を殺してくれって、この人はもしかしてジャックの奥さんだったのか。娘ってホーリーのことだろう。ならば、この下にジャックが潜んでいるのかな?

俺が床板を一枚捲ると地下に降りれる階段が出てきた。隠し階段である。

「階段じゃのぉ」

「地下に降りる階段ですね」

俺は黙って階段を降りた。上の階と同じような煉瓦造りの階段。やがて部屋に出る。しかし、その部屋には複数の白骨が転がっていた。それはすべて人の物。男女の衣類も一緒に放置されている。

何より悍しいのは部屋の奥に祀られていた髑髏。壁の窪みに髑髏が祀られている。その内部に薄っすらと輝くオーブが入っていた。そのオーブから真っ黒な妖気が噴出している。それは明らかにジャックの悪意と類似していた。

これが悪霊ジャック・シャドーの本体だろう。そして、このトンネルに霊体を招き入れている権化だろう。

俺はチルチルからバールを受け取ると髑髏ごと水晶を打ち砕いた。すると室内にジャックの悲鳴が絶叫となって響き渡る。

絶命の叫び。これで今度こそジャックの魂は消滅しただろう。それと同時にチルチルが下げている鞄が内部から輝いた。おそらくクエストが完了したのだと思われる。

「あれ、なんか焦げ臭いです……」

チルチルが述べた瞬間だった。正面の壁に火花が走る。その火花は壁をなぞって文字を築いた。

文章だ。しかも日本語である。現代から異世界へのメッセージだった。





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