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【第一章】アスラン伝説編

1-27【二人の姉妹】

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俺が朝起きて広間に出ると、村の男たちが部屋のあちらこちらで飲み潰れて眠っていた。

地べたで雑魚寝状態である。

なんだかまだ酒臭い。

椅子やテーブルにもたれ掛かったまま寝る者もいれば、床に大の字になって寝ている者たちもいた。

不思議なことに一人だけ立ったまま器用に寝ている者もいる。

しかも直立不動だ……。

「き、器用だな……」

どうやら村の男たちは一晩中騒いでそのままここで寝てしまったのだろう。

俺は死屍累々のように倒れている人の隙間を縫うように進むと家から出る。

そして、玄関の前で朝日を全裸に浴びながら背伸びをした。

すると少し風が素肌に凍みる。

そこで気付く──。

「やべ、服を来てくるの忘れてた……。たぶん寝相が悪くて寝てる最中に服を全部脱いだんだな……」

そのぐらい俺は寝相が悪いのだ。

俺は服を着ようと室内に戻る。

そして、全裸で寝ている男たちの頭の上を跨いで部屋に戻った。

「さて、これでよし!」

俺は服を着直すと再び玄関を目指した。

そして、家の外に出てから周囲を見回した。

村の中はまだ荒れている。

コボルトに襲撃された時とほとんど変わらない。

まだ襲撃を受けて一晩だ。

それに俺がコボルトたちを討伐出来なかったら村を捨てるかも知れなかったんだ。

そんな状況で復興なんて進むわけがないか……。

「さてと、確か──」

俺はズボンの腹部分に手を突っ込むと、腹巻きに手を入れてブラつく飲んだくれのオヤジのように荒れ果てた村の中を散歩した。

そして目的の場所を探す。

「確か、ここだったよな」

村の中をブラついていた俺は一軒の焼け落ちた家の前に立つ。

まだ焼け落ちた家からは焦げた臭いが漂っている。

その家は、焼け焦げた柱や石を積み重ねただけの壁だけが残っていた。

もう、ほとんど瓦礫の山である。

天井も焼け落ちて、家としては人が住める状態ではない。

修理も無理だろう。

ここに住むなら建て直しが必須だと思えた。

その焼け落ちた家の敷地内に俺は進んで行く。

「すっかり焼け落ちてるな~。確かこの辺だったはず……」

俺は目の前に積み重なっていた焼けた柱を数本ほど横に退かした。

すると退けた柱の下から地下へ進む扉が出てくる。

「あったぞ──」

俺はその床式の扉を開けると中を覗き込む。

すると床式扉の奥から焼け焦げた臭いが上がってきた。

「階段は焼け落ちてない見たいだな。ならば中は無事か?」

地下は暗かったので俺はダガー+1を腰から取り出すとライトの魔法を唱えて地下に下りて行った。

ライトの明かりに照らし出された階段は煤だらけである。

俺の一歩一歩に木製の階段がミシミシと脆い音を鳴らしていた。

なんとも頼りない間食である。

「あらら、地下は半分崩れているな」

階段を下りて室内を見てみると、地下室の半分は天井が崩れて瓦礫に埋まっている。

俺が椅子に縛り付けられていた場所が、そのまま瓦礫に潰されて埋まっているのだ。

「やべぇ~な~。あのまま椅子に縛られて放置されていたら、今ごろ俺は焼けた瓦礫の下敷きになってこんがりカリカリ肉になっていたんだろうな……。それを思うと怖いわ~……」

俺は再び少女Aの姿を思い出しながら室内をライトで照らし出す。

黒山羊の仮面に大きな肉切り包丁──。

あれは完全なDQNである。

マジでサイコパスだろう。

もう思い出したくもない。

だから彼女のことは考えるのをやめた。

「あった……」

壁際に置かれた煤だらけの棚の上に、俺の荷物がまだ置かれていた。

骨の破片を入れて置いたロングブーツだ。

「うわぁ、中まで煤だらけじゃあねえか……」

俺がロングブーツを手に取ると、後ろの壁がグラリと揺れた。

「ここも脆くなっているな」

俺の頭上からパラパラと煤が降ってくる。

「ヤバイかも。ここもいつ崩れるか分からんぞ……。早う退避せんとな……」

俺はロングブーツを片手に抱えると、そそくさと地下室の階段を上って外に出る。

「よっと」

俺が外に出た直後であった。

俺の足元から揺らぎ出す。

やがて周囲の揺れが大きくなる。

たぶん足元が崩れそうなんだ。

「ヤベェ!」

俺は走ってその場を離れた。

すると先程まで俺が立っていた地下室の入り口付近が一気に陥没して崩れ落ちたのだ。

凄い轟音が轟く。

「マジで危なかったじゃんかよ……。コボルトを討伐したのに地下室の倒壊に巻き込まれて死んでたら情けないぞ……」

そして、俺はその場に腰掛けると地面の上にロングブーツの中身を出してみた。

ロングブーツの中から人骨の破片と汚いパンティー、それに手紙が一枚、それらが黒い煤と一緒にモッワっと出てきた。

どれもこれも煤だらけである。

人骨の破片と汚いパンティーは、妹のフローネちゃんかお姉さんのレベッカさんの物だろう。

紙切れはレベッカさんがフローネちゃんに当てた古い手紙である。

「あれれ、ルビーの原石+3が入ってないな……。もしかして、あの魔女にガメられたのか、くそ!」

たぶん俺の予想は当たっているだろう。

「あの糞女もちゃっかりしているよな。良い物はちゃんと持って行っちゃうんだもの」

俺はボロいロングブーツに八つ当たりした。

ポカリとロングブーツを叩く。

「しゃあねえ、無いものは無いのだ。諦めよう……」

俺は人骨の破片と汚いパンティーをロングブーツの中に戻すと手紙を持って寝ていた家に帰る。

俺が家に帰ると、酔い潰れるように寝ていた男たちが起きて来ていた。

ぞろぞろと家から出て来て庭にある井戸で水を組んで顔を洗っていやがる。

俺はその背中に朝の挨拶を投げ掛けた。

「よう、皆起きたのか~」

「ああっ、これはアスラン殿。おはようございますだ」

男たちはタオルで顔を拭きながら柔らかく挨拶を返す。

男たちはコボルト討伐の朗報と村の復興を誓った宴を終えて、何やらふっ切れたような明るい顔をしていた。

村人の一人が俺に問う。

「アスラン殿は、朝からどこに行ってらしたのですか?」

「ああ、ちょっと早朝の散歩だ」

「散歩だべか」

村人は何か不思議な表情をしていた。

そして、更に俺に問う。

「その片方だけのロングブーツはなんですか?」

「あ~、これは遺品だな」

「誰の遺品ですか?」

俺は手に持っていた手紙を広げながら村人に見せた。

「なあ、誰かフローネちゃんかレベッカさんって言う女性を知らないか。この村にそんな名前の女性は居ないかな?」

「えっ?」

問われた村人はキョトンとしていたが、一人の老人が話に加わって来る。

「レベッカとは、昨年老衰で死んだ儂の妻だべさ」

「妻?」

俺は老人の顔を凝視する。

老人は白髪頭で枯れ木のように痩せていた。

年齢にすると70歳から80歳と言ったところだろう。

かなりの老体である。

「ちょっとその手紙を見せてくれないべか?」

「ああ……」

俺は老人にレベッカからの手紙を渡した。

老人は老眼なのか手紙を手元から離したり近付けたりして文章を読んでいた。

そして、読み終わると俺に言う。

「これは間違いないべさ。妻が若いころに妹のフローネに宛てた手紙だべさ。文字の癖がレベッカしているもの」

文字の癖がレベッカしてるってなんだよ?

それよりも……。

「レベッカさんってあんたの奥さんなの……?」

「ああ、昨年老衰で亡くなってのぉ」

老衰で亡くなるってことはババアか!?

もしかして俺はババアにモエモエキュンキュンしてたのか!

「じゃあ、妹のフローネちやんは……」

俺がフローネちゃんのことを訊くと老人は俯いてしまう。

そして、ゆっくりと語り出す。

「フローネちゃんは儂らが結婚する前に行方不明になってもうた……」

「行方不明。なんで?」

老人は俯いたまま歩くと近くの岩に腰掛ける。

俺はその老人の横に座った。

俺と老人が二人っきりになる。

すると老人が重々しく口を開いた。

「この村の近隣に、ソドムタウンと言う町があるんだべさ」

えっ、町が近隣にあるのかよ。

「若いころの妻は、その町に出稼ぎに行っとったんじゃあ。何せこの村は見てのとおりひもじい村だからのぉ……」

「それで?」

「ソドムタウンって町は辺境にありながら特殊的に栄えている町なんだべさ」

特殊的?

「なんでさ?」

「ソドムタウンは、冒険者と風俗嬢の町なんだべ」

「冒険者と風俗嬢の町!?」

どっちも俺は嫌いじゃないぞ!

俺はこの異世界で冒険者になりたいし、ピンク色の世界観も興味を抱いている。

それにこの世界にも春を売る乙女っているのね!!

ぁだっ、あだだだだ!!!

ぐ~ぞ~お~!!!

この話の展開でふしだらなことを考えるなってのが無理あるぞ!

俺は風俗とかに行ったことないが、そこは憧れの花園だ!!

何せアダルトな世界はいつの時代も若者の憧れである。

こんなことを言うと真面目な女性には凄く叱られるが、とにかくパフパフの一つや二つ体験してみたいのだ。

それが男と言うものだ。

ぐ、ぐぁぁああああ!!!!

心臓が口から出ちゃいそう!!

「だ、大丈夫だべか……?」

呪いに苦しむ俺の様子に気が付いた老人が俺の背中を擦って気づかってくれた。

ああ、ちょっと落ち着いた……。

「いきなりどうしたんたべさ!?」

「い、いやね。ちょっと持病の癪が……」

俺は大きく深呼吸を一つした。

「そ、それで、その町が、出稼ぎに出ていたレベッカさんとなんの関係があるんだよ……?」

老人は再び俯くと答えた。

「妻は若いころ、ソドムタウンで春を売ってたんじゃ……」

若いころのレベッカさんって、春の妖精さんだったのね。

「な、なるほど……」

畜生!

俺の脳内には揚羽蝶の美しい翼を羽ばたかせたドレスの女性たちしか思い浮かばない!

もう妄想がクラウチングスタートのホームを取って走り出すすんぜんだぜ。

が、我慢だ!

スタートダッシュを切ったら死ぬぞ、俺!!

「たぶんこの手紙は、そのころに妻から妹のフローネちゃんに送られた手紙だとおもうべさ」

「じゃあ、妹のフローネちゃんはまだ生きてるのか?」

「さっき行方不明って言ったべさ……。その後の消息は分からないべさ。ただ──」

「ただ?」

「フローネちゃんは妻とは違って内気な子だったから村からも出たことがなかったと聞いてるべさ……」

俺は少し考え込んだ。

爺さんの話を聞くからに、この骨はレベッカさんじゃなくてフローネちゃんってことになるのかな?

でも、なんで、内気な村娘だった子が広野でスケルトンになって何十年も放浪していたのだろう。

なんだか良く分からないが謎ばかりが残った。

そこで老人がボソリと呟く。

「たぶん、そのころぐらいからかのぉ。あちらこちらの村で人攫いが流行り出したのは……」

「人攫い……」

「この辺は奴隷交易が国法で禁止されているし、違法な奴隷狩りも見られないんだべさ。なのに神隠し的な人攫いが昔っから多い地域でのぉ……」

「あわわ……」

俺の脳裏にポニーテールの魔女が思い浮かんだ。

黒山羊の頭をかぶり、鉈のような包丁をフラフラさせる少女A。

まさか、あいつみたいな頭の可笑しい野郎が、この地域には昔から多いのか!?

やべぇ~土地だな……。

女神の呪い並みに怖い世界だわ。

それよりも──。

俺はロングブーツの中から人骨を少し取り出した。

「たぶんこれ、フローネちゃんの遺骨だわ」

「えっ!?」

「俺が近所の荒野で放浪しているときにスケルトンと出合ってな。その手紙は、そいつが持っていた手紙なんだ。そんで、これがスケルトンの骨の一部だわ」

「これが、フローネちゃんの遺骨だべか……」

俺は骨の破片をロングブーツの中に戻すと老人に差し出した。

「わりーけど爺さん。これをレベッカさんのお墓の横にでも埋葬してくれないか」

老人はロングブーツを受け取ると、一つコクリと頷いた。

「分かったべさ。フローネちゃんを妻の隣に埋めてやるべさ」

「頼んだぞ、爺さん」

「本当はレベッカの隣には儂が入る積もりだったんだべがのぉ」

「その反対側にお前は入れよ!」

「反対の隣にはレベッカの元カレが埋まってるべさ」

「なんだかレベッカさんってモテモテだな!」

まあ、こうして俺は呪いの汚いパンティーと別れることとなった。

彼女たち姉妹が、何十年ぶりに再会出来たかは知らないけれど、これで二人とも安らかに眠れるだろう。

そんな感じだと良いよね。



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